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第9章 新たな生活
第305話 耐毒
しおりを挟むユノメルに泉の方へと導かれると、突然彼女に泉の中へと入るように促された。
「まずは泉の中へと入ってください、服はこちらで預かりますよ。」
「あ、え?この泉の中に入るんですか?」
「そうですよ。この泉の水に含まれている回復効果を使って私の毒に対する耐性をつけるんです。ですから服は脱いでくださいね~。」
「ちょ、ちょっと!?」
彼女が指を鳴らすと同時に着ていた服がパッと消え、彼女の腕の中に現れた。
「おや?少し濡れていますね。これは乾くまで干しておきましょうか。」
そしてピッと彼女が人差し指を払うと、俺の服はいつの間にか作られていた物干しざおのようなものに干されていく。
「さ、入ってください?」
「はぁ、わかりました。」
服を剝がれた俺は渋々泉の中へと足を踏み入れた。意外にもこの泉の水は温泉のように暖かく、心地よい。
『うむ、では始めよう。メルよ、用意はできているか?』
「もちろんですよ。」
そしてユノメルも一糸まとわぬ姿になると、銀色の瓶を携えて泉に入り俺の隣に座った。
『では主、体を借りるぞ。』
ナナシのその言葉と同時に意識が彼女へと切り替わる。
「うむ、遥か昔に捨てた体だがやはり馴染むな。」
「残念、あなたがやるんですね?てっきりカオルと飲み明かせると思ったのですが……。」
「ふ、これはあくまでも我の身勝手が招いた事態だ。毒耐の儀ぐらい我がやらねばな。」
「そんなこと言って、またただ飲みたいだけでは?」
「それもある。たとえ毒が入っていたとしてもその酒は甘美なものだからな。主の世界にいるフグという魚の肝に秘められた魅力と同じようなものだ。」
「ふぐ?なんですかそれは。」
「主はもともとこの世界の住人ではない。違う世界から来たものなのだ。その世界にはお前の毒よりも強力な毒を持ったこんなに小さな魚がいるのだ。」
「それはまた……物騒な魚もいるのですね。ですが、その強力な毒というものはとても気になります。あわよくば私の力を更に強化できるやもしれませんから。」
「くくく、力の探求を続けるのは良いことだ。後で主は一度元の世界に戻るようだからな、その際に掛け合ってみることにしよう。」
「それはありがたいです。」
「ふぅ、さて……。」
ナナシは一つ息を吐き出すとユノメルが手にしていた銀色の酒瓶を手に取って自分の器へと注いだ。
「いただくか。」
それを一気に飲み干すと、ナナシは苦悶の表情を浮かべた。
「ぐっ……くくく、久方ぶりに感じるこの痛み。まさか二度もこの苦痛を味わうことになるとは思わなんだ。」
胸を押さえ、苦しそうにしながらもナナシはくつくつと笑う。そんな彼女を見てユノメルはやれやれとため息を吐いた。
「まったくあなたは昔とちっとも変わりませんね。わざわざ私の毒に耐性をつけるために毒入りの酒を飲むなんて。きっとそんなもの好きは後にも先にもあなたしかいませんよ。」
「それでいいのだ。お前に対抗できる者は我一人で良いからな。お前としてもその方が都合がいいだろう?」
「否定はしません。」
ナナシはそう言ってまた毒酒を飲む。しかし今度はそんなに苦しそうな表情は浮かべなかった。それには彼女も意外そうな表情を浮かべる。
「む?む?なんだ、肉体を毒が侵食するよりも回復の方が上回っている。これは……この泉の効果だけではない。何か別の……なるほど称号か。」
ナナシは改めて今の自分の称号を目にし、その効果を知って納得した。
「あらゆる状態異常への耐性と、自然魔力回復速度の上昇がパッシブでこの称号にはついている。なかなかどうして実用性の高い称号ではないか。これがあればそんなに苦痛を伴うことなく毒耐性を取得できる。」
そして意気揚々とナナシは毒酒を飲み進めていると、彼女の頭に声が響く。
『完全毒耐性を獲得しました。』
「む、もう体得したか。早かったな。」
くいっと毒酒をナナシは飲み干しながらつぶやいた。そしてユノメルの方を向くと言った。
「メルよ、もう無理に力を抑え込まなくても良いぞ。」
「おや、もう良いのですか?」
「うむ、構わん。」
「では失礼しましょうか。」
ユノメルは隠されていた銀色の歪な翼を大きく広げた。すると、辺りに生えていた白い花が一斉に枯れていく。
「はぁ~……疲れました。あの神獣の相手よりもこれを抑える方が大変ですからね。」
「くくく、その言葉をあの神獣どもが聞いたら嘆くぞ?」
「事実だから仕方ないでしょう?今までずっと魔力で抑えていたんですから。」
「まぁ、力を自由に制御できない以上魔力に頼った制御になるのは仕方がないことだが……その枷が外れた瞬間にこれか。」
「今まで抑えていただけあって少し溜まっていたようですね。少しでも抑えるため、そろそろ私も飲みましょうか。」
「良いな、実は主の作ったつまみもあるのだ。」
「それは良いですね。ぜひいただきましょうか。」
そしてナナシは勝手にカオルの収納袋に入っていた非常時にと作っていた保存食をつまみ代わりにしてユノメルと酒盛りをまた楽しむのだった。
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