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第3章 魔王と勇者
第080話 勇者の手紙
しおりを挟む魔王城へと帰ってくると、アルマ様は先ほどのヒュマノの人間たちの態度に不満を口にした。
「なんなのあの態度っ!!いくら前まで敵同士だったからってさ、下に見すぎじゃない?」
「平和条約はこちらが下手に出て結ばれたものですので……致し方がないかと。」
「む~良いもんね!!もうお菓子食べて忘れるっ!!カオル、甘いの作って~。」
「わかりました。」
先程の鬱憤を全て食欲に向けたのだろう、その後のアルマ様の食欲はとんでもなかった。
あのラピスでさえ目を見開くほどの暴食具合……大量のシュークリームや生クリームがたっぷりと使われたケーキを気が晴れるまで頬張ったのだ。
暴食は止めるべきだったのだが……。甘いものを頬張るごとに幸せそうな表情になっていくアルマ様を見て、俺も流されてしまった。
だが、大好きな甘いお菓子をたくさん食べたことでアルマ様はすっかり機嫌を良くしてくれた。
そして一日の仕事終わり……つまり、アルマ様に夕食を作り終えた俺は、汗を流すべく城の大浴場へと足を運んでいた。
「ふぅ……正装は動きにくくて敵わないな。」
ヒュマノの王城へと赴いたあと、上に着ていた黒い燕尾服はシワになる前に脱いだのだが……中に着ていたワイシャツとズボンはそのままだった。
ワイシャツのボタンをプチプチと外して脱ぐと、脱いだワイシャツからヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。
「ん?なんだこれ。」
床に落ちたそれを拾い上げると、折り畳まれた内側にうっすらと文字が透けているのが見てとれた。
その紙を広げると、そこには……。
『E-666』
Eという英単語一文字と、ゾロ目で6が三つ書かれていた。
俺はこの言葉の表す意味を知っている。
「っ!!これは……。」
このE-666というのは、現代日本で流行っている謎のウイルスにつけられた名称だ。
なぜこれを知っているのかと疑問に思っていると、その答えは紙の端に書かれていた。
『夜、庭園で待っています。勇者カナン。』
此方の世界にきてから一度も目にすることのなかった日本語で、紙の端にそう書かれていた。
「日本語を知っているということは、勇者カナン……彼女は日本人なのか?」
だとするならばあのウイルスのことを知っていてもおかしくはない。
だが……これは信用してもいいものなのか?
庭園とは恐らくあの城の中にある、あそこのことだ。ナインに頼めば簡単に行ける……だが、罠である可能性も十二分に有り得る。
「…………あの時、俺だけボディチェックが厳しかったのは、ボディチェックを装ってこれを渡すため?」
仮に罠ならば、あんなにこそこそとして渡すだろうか?
もし罠でないのなら……俺に何か伝えたいことがある。ということか?
なんにせよ、彼女が何を考えているのかは行ってみないとわからない。
「…………行くか。」
俺は脱いだワイシャツを再び着直すと、大浴場を出てナインのもとへと向かった。
「ナイン、お願いがある。」
「マスター?なんでしょう。」
「俺をまたあの庭園に連れていってくれ。」
「かしこまりました。」
俺のお願いに何も問いかけることはなく、彼女は機械仕掛けの剣をどこからか取り出すと、その場で一閃する。
「どうぞマスター。」
「ありがとう。」
ナインが繋げた空間に足を踏み入れると、ヒュマノの王城の庭園に転移した。
俺の後を追って入ってきたナインに、俺はあることを問いかける。
「ナイン、この庭園の中に人の気配は?」
「人間と思われる反応を一つ検知しました。」
「わかった。」
その一つの反応が彼女であることを信じ、俺は庭園の中を歩く。すると、色とりどりの花が植えられた花壇の前に一人の少女が立ち尽くしていた。
月明かりが吸い込まれるような銀色の髪……そして光のない瞳。間違いない。
彼女はこちらに気がつくと、ゆっくりと振り向いた。俺は彼女に渡された手紙を見せながら声をかける。
「この手紙……いったい何を伝えたかったんだ?」
俺がそう問いかけると、彼女は言葉を発することなく、どこからかノートとペンを取り出してサラサラと何かを書き始める。
「……??」
そして書き終えると、そのノートをこちらに渡してきた。
『まずは信じて来てくれてありがとうございます。訳あってボクは言葉を封じられているので、このノートで言葉を伝えます。』
と、ノートには日本語で書かれていた。読み終えて彼女の方を見ると、返してと言わんばかりに両手を広げて待っていた。
俺は事情を理解した上で彼女にそのノートを返す。それと同時に疑問に思ったことを問いかけてみた。
「言葉を封じられてるって……いったい誰に?」
すると、また彼女はサラサラとノートに綴り始めた。そして書き終えたものをまたこちらに手渡してくる。
『ボクの言葉を封じたのはイリアスです。この国の人達は、日本でウイルスに侵されて死んだボクの魂を魔法で勇者として転生させて利用してるんです。あの人達はボクを言いなりにするために言葉と感情を封じました。』
「…………それは本当なのか?」
衝撃的な文章に、思わずそう問いかけると彼女はコクリと頷く。
また彼女にノートを返すと、またサラサラと何かを綴り手渡してきた。今度ノートに書いてあったのは、短い言葉だった……。だが、彼女の感情が一番籠っている言葉だった。
『助けてください。』
「…………っ。」
ノートに書かれていたその言葉に息をのみ、再び彼女に目を向けると、彼女の光のない瞳からはポロポロと涙が溢れてきていた。
それはまるで、封じられた感情が涙という形として溢れてきているようだった。
どうすべきか思い悩んでいると、後ろに立っていたナインがあることを告げる。
「マスター、こちらに向かって複数の反応が向かってきています。」
「っ!!」
悩む時間すらくれないっていうのかっ!!
早く考えろっ!!
仮にもし……今ここで彼女を見捨てれば、もう連絡手段はなくなる。それはつまるところ、二度と彼女が助かる道が開くことはないということだ。
「マスター……。」
「~~~ッ、ナイン帰りの道をすぐに繋いでくれ。」
そうナインにお願いし、俺は勇者の手をとった。
そして人が来る前に、勇者を連れて魔王城へと戻るのだった。
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