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第1.5章 レベリング

第056話 ジャックの弱点?

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 真の姿であるワーウルフへと変貌を遂げたジャック。彼は右手と右足を前に出す異様な構えをとると、獣のような牙を剥き出しにして笑った。

「では、参ります。」

 ダン……という床を蹴る音が聞こえた瞬間に彼の姿が目の前から消えた。そして今度は部屋の壁でその音が聞こえたかと思えば、気がつけば部屋中でその音が鳴り響いていた。

「これは……。」

 目で姿を捉えることはできないが、恐らくこれはジャックが壁や床を縦横無尽に飛び回っているのだろう。
 軌道が読めない。

 目で追うことを諦め、音のする方にひたすら注意を向けていたのだが、その時突然時間の流れがピタリと止まった。

「っ!!どこだ!?」

 辺りを見渡すが、どこにもジャックの姿はない。ふと足元に目を向けたとき、自分の影が大きくなっていることに気がついた。まさかと思い上を見上げると、天井に爪を立ててジャックが張り付いていた。

「そんなのありかよ。」

 天井も壁も、床も関係ない。全てを自分の足場にしたその動きはまさに野生を感じさせるものだった。

 時間が止まっているうちにその場から飛び退くと、時間の流れがもとに戻り、先程俺が居た場所にジャックが勢いよく飛び込んできた。

「……!!」

「そこだっ!!」

 床に拳をめり込ませ、驚いた表情を浮かべている彼に向かって、俺は魔装で作り出した魔力の剣を伸ばす。

「ホッホッホ、そちらにおりましたか。」

 攻撃されているというのに笑顔を絶やさない彼は、あろうことか飛んでくる魔力の剣に向かって拳をつきだした。

。」

 彼の拳が剣先に当たったその瞬間、まるで霧散するように魔装が消えていく。

「―――――なっ!?」

 再び魔装を使おうとするが、どういうわけか魔力を扱うことができず、魔装が使えない。

 考えられる可能性は二つ。
 
 一つは、単に魔力切れで使えなくなっている。
 もう一つは、さっきジャックが放った技によって一時的に使えなくなっている。

 魔力はナインとレベリングしたときに一度すっからかんにしたものの、今はかなり回復しているはずだし、枯渇しているのは考えにくい。となれば、彼の放った技が何かしら魔力に作用していると考えるのが妥当だろう。

「ホッホッホ、カオル様……魔力の扱いも上手になられましたなぁ。厄介そうでしたので、少し封じさせていただきましたぞ?」

 やはり彼が俺の魔力を一時的に使えなくしていたらしい。

「弱ったなぁ……肉弾戦じゃ勝てる気がしないんですけど?」

「ご冗談を、先程私の最速の一撃をかわしているではありませんか。」

 あれは危険予知のスキルが発動したからなんだよなぁ。多分あれがなかったら今頃は……。

 想像するだけで悪寒が走る。

「さて、次は……かわせますかな?」

「っ!!」

 またしてもジャックが部屋中をとてつもないスピードで駆け抜ける。

(……どうする、魔力も使えないし攻撃されればほぼ確実にフルパワーで危険予知が発動する。何回も何回も避けるのは無理だ。)

 加速する思考の中で、ふと俺は自分のステータス画面に映っていたあるスキルの存在を思い出した。

(確か、パッシブスキルで受け身ってのがあったよな。)

 普段は危険予知が先に発動するから、使うことのないスキルだが……あれをうまく使えないだろうか。

 と、そんなことを考えていると、突然時間の流れがゆっくりと遅くなった。
 それと同時に背後から殺気を感じ、振り返るとそこには、すでに攻撃を繰り出してきているジャックの姿があった。

(この攻撃で、時間が止まるんじゃなく……遅くなったってことは……俺の考えが反映されてるのか?)

 いや、今はそんなことどうでもいい。もう一つのパッシブスキルの受け身を使ってやれること……それは――――――。

「ふっ!!」

 俺は迫り来るジャックの手を両手で掴む。しかし、時間の流れの遅さに関わらず、力では圧倒的に押し負けているため、勢いが止まることはない。
 だからこの力をする。

 そして俺が彼の腕を掴むと、時の流れが一気に加速してもとに戻る。

「今度こそもらいましたぞ!!」

 彼の拳が腹に触れると同時に、パッシブスキルの受け身が発動する。
 すると、俺の体は彼の攻撃の勢いを殺すためにジャックもろとも勢いよく後ろへと飛んだ。

「むぅっ!?」

「ただでは食らいません……よっ!!」

 俺に向かって進んでくるジャックの力をスキルの受け身で更に加速させ、俺は彼のことを放り投げた。

 すると、自分の攻撃の勢い+受け身による加速+俺の投げによって急加速したジャックは背中から壁にぶつかる。

「ぐぅっ……。」

 壁に人形ひとがたのへこみを作り、床に崩れ落ちたジャックは、少し呼吸が苦しそうだ。恐らく思い切り背中から叩きつけられたから肺の空気が抜けきってしまったのだろう。

 立ち上がろうとする彼の目の前に俺は拳を突き付けた。

「今日は俺の勝ち……ですね?」

「ホッホッホ……これは敗けを認める他ないですなぁ。」

 彼が自らの口で敗けを認めたので、そっと拳を下ろすと、彼は何事もなかったようにスッと立ち上がる。

「え!?」

「ホッホッホ!!久しぶりに体を動かせて満足です。やはり定期的にこっちに戻らねば鈍ってしまっておりますなぁ。」

 そう言って立ち上がった彼は、さっきのがまるで効いていない様子だった。

「も、もしかして……さっきのあんまり効いてなかった感じ……ですか?」

「まぁ少し呼吸が乱れた程度ですかな。」

「えぇ……じゃあさっきの敗北宣言はいったい……。」

「ホッホッホ、あれはもちろん私の敗北宣言で間違いございません。流石にこれ以上やると…………内にあるワーウルフの本能が目覚めてしまいそうでしたからな。」

 あ~……つまりこれ以上やると、マジで俺を殺しそうだから自分で敗北を認めたってことか?

 ぬか喜びだったなぁ……トホホ。

 ガックリと肩を落としていると、トレーニングルームの扉が開く。

「あ!!ジャック、もふもふ~!!」

 入ってきたのはアルマ様で、ワーウルフの姿のジャックを見てキラキラと目を輝かせている。

「むっ!?ま、魔王様!?」

 そしてジャックが人間の姿に戻る暇を与えずにアルマ様はジャックに歩み寄ると彼のフワフワの体毛に顔を埋めた。

「えへへ~、やっぱりジャックのもふもふ好き♪」

「ま、魔王様いけません!!戦闘後で汗もかいておりますし……。」

「ん~?クンクン……クンクン?そうかな~、いつものジャックの匂いだよ?」

「はぅぁっ!?」

 まるで針金が通っているかのように全身をピン!!と硬直させてしまったジャックは白目を向いて倒れてしまう。

「えぇっ!?ジャックさん!?」

「あ~……やっぱりクンクンするとジャック気絶しちゃう。」

「や、やっぱりって……いうことは?」

「うん、ジャックね~。アルマにクンクンされると恥ずかしい?のかな?いっつもこうなっちゃうんだよね~。こうなると毛も硬いし、触ってももふもふしないんだ~。」

 つんつんと、アルマ様は気絶したジャックをつついている。

 今日はジャックの思わぬ秘密をいくつも知った一日になったな。
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