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プロローグ
プロローグ第三話
しおりを挟む自由を得たルイスはフランスを飛び出し、東にあるスロバキアへと向かった。馬でさえ何日もかかるその道を空路で超高速で移動していたルイスはあっという間に目的の場所へとたどり着く。
「あれだ、チェイテ城。」
特徴的な絞首台が城の屋上に設置されていた。あの下には文字通り、全身を血に染めた凶悪犯罪者が幽閉されている。
ルイスはその絞首台の前に降り立つと、それを眺めてポツリと言った。
「くっだらない。」
そう言ってどこからか血の剣を手に作り出すと、それをバラバラに切り裂いてしまった。
「入り口はあそこだね。」
屋上から城の中へと繋がる扉を開けると、掃除がなされていないのか、埃が大量に宙に舞った。
「ケホッ……埃っぽい。」
少し咳き込みながら下へと続く階段を下っていくと、反響する兵士の声が聞こえてきた。
「今日も配給の時間だ。まったく嫌になるぜ。」
「そういうな、俺たちだってこれで金をもらってんだ。」
「んなこと言ったってよ、殺人鬼に飯なんて食わせなくたっていいだろ?偉いからって処刑されないのは間違ってるぜ。」
そんなことを話しながら二人の兵士達が廊下を歩いていく。
ルイスは気配を消してその二人の後をつけることにした。
そして、彼らがそれらしい黒塗りの扉の前に立つと……。
「案内ご苦労さま。」
背後から音もなく現れたルイスによって兵士二人は首をはねられる。持っていた食器が床に落ち散乱するが、そんなことお構いなしにルイスは黒塗りのドアノブに手をかける。
しかしドアノブは回らない。それどころか、ドアの四方の隙間が全て何かによって埋め尽くされているようだった。唯一空いているのは食器がギリギリ通せるぐらいの小さな穴。とても人間が通れるような穴ではない。
「なるほどね。」
何か理解した彼女は血の剣で強引に黒扉をバラバラに切り裂いて中へと押し入る。そして化粧台の前に座っていた女性に声をかけた。
「こんばんはバートリー夫人。」
「……誰?」
「ルイスって言えばわかるかな?」
「ルイス…………アンリ4世の娘?なぜこんなところに?」
「そんなことはどうでもいいの。」
そう言うと、ルイスはおもむろに自分の手首を血の剣で切り裂く。すると、鮮やかな血液がポタポタと床に垂れる。それを見たバートリー夫人は嫌悪するわけでもなく、顔を少し紅潮させた。
その様子にルイスはニヤリと笑う。
「ルイスはね、たぶん本物の吸血鬼なんだ。だからこうやって血を操ることだってできる。」
そう言って、自分の血液でワイングラスを作り出すと、ルイスはそこの中に改めて自分の血液を注いだ。
「ねぇ、飲む?」
その言葉とともに差し出された血のワイングラスをバートリー夫人は無意識に受け取っていた。
「ふ、ふふふ、本物の吸血鬼の血は……初めてだわ。」
彼女はそう言うと、コクリと血のワイングラスからルイスの血を飲んだ。すると、カッと目を見開いた。
「あぁ、美味しい……美味しいっ!!体に力が漲るようだわ!!」
しかしその言動とは裏腹に彼女はフラフラと体をふらつかせていた。
「なぜかしら、急に眠気が…………。」
そして眠り込むようにパタリと倒れ込んでしまう。そんな彼女をルイスは大事そうに抱えあげると、ベッドの上へと運んだ。
「待ってるよ、貴女ならきっと……理解者になってくれる。」
そう言ってベッドで眠りについた彼女を見下ろしたルイスは、血の剣を握るとガチャガチャと甲冑の音のなる方へと向かった。
その日平穏を取り戻していたはずのチェイテ城に数多の悲鳴が蘇る。
翌日の朝、バートリーが目を覚ますと体が面白いほど軽くなっているのがわかった。そんな彼女はいつものように化粧台の前に座ると、思わず息を呑んだ。
「これは……いったい?」
とっくに50歳という年齢を過ぎていた彼女は鏡に映る老いゆく体を毎日見てはため息を吐いていたが、今日鏡に映っていた自分は違った。
というのも、鏡に映っていた自分の姿は全盛期の美しさをも遥かに凌駕した姿だったからだ。
驚いている彼女にルイスが歩み寄った。
「調子はどう?」
「こ、これは貴女の力?」
「多分そう。ルイスもまだこの力の全貌を把握してるわけじゃないから、どんな力がまだあるのかはわからない。だから今、一つ試してみるね。」
ルイスはバートリーの方を真っ直ぐに見つめると、ポツリと言った。
「跪け。」
「っ!!」
ルイスの言葉に上から押しつぶされるようにバートリーはルイスの前に跪いた。
「なるほど、血を分け与えた親の命令には逆らえないみたい。ルイスの力で若さを手に入れてしまった代償にルイスの命令に絶対服従になっちゃったけど、夫人はそんな運命でも受け入れられる?」
その彼女の問いかけに、バートリーは口角を吊り上げ笑いながら言った。
「無論です、このエリザベート・バートリー……ルイス様に一生の忠誠を誓いましょう。」
そう言ってバートリーはルイスの手の甲に口づけをする。その反応にルイスはニコリと笑う。
「きっとそう言ってくれると信じてたよ。バートリー夫人。」
にこやかに笑ったルイスは昨夜殺したこの城のメイドの女性の血を普通のワイングラスに注いでバートリーに手渡した。
「夫人好みの味だと思うよ。ルイスにはちょっと青かったけど。」
「頂戴いたします。」
バートリーはルイスからそれを受け取ると高級なワインを飲むかのようにそれを一口口にした。そしてほぅ……と恍惚に満ちたため息を吐き出す。
「どうかな?」
「取れたてのブドウを絞ったような味わいが最高にございます。」
「なら結構。」
自分は飲まずにニコニコと笑みを浮かべているルイスにバートリーが問いかける。
「ルイス様はお飲みにならないのですか?」
「あぁ、ルイスは大丈夫。どうにもパパの味が忘れられなくてね。他のが美味しくなく感じるんだ。」
「お父上……と言いますとアンリ4世でございますね?」
「うん、初めて口にした血がそれでね。とても甘美なものだったんだ。あの味をもう一度味わいたいものだよ。完熟して、完熟して……腐る一歩手前の最高に美味しい果実のようなあの味を……………ね。」
ルイスはそう言って虚しく笑うと、バートリーへと向かって言った。
「ルイス達にはもっと理解者が必要だよ。表沙汰にならないように少しずつ、少しずつ……数を増やしていこう。それと、自分達のことも知らないとね。」
「承知しました。お手伝いいたします。」
そんな会話をしている二人の元に大量の兵士達が詰めかける。
「大人しくしろ!!この魔女ども!!」
「アハハ、魔女……かぁ。酷い言われようだね。」
悲しそうにルイスが笑うと同時に二人の目の前にいた兵士が何かの力によって一瞬で輪切りになる。ルイスの手にはすでに血で作られた剣が握られていたのだ。
「夫人、試しにその体でルイスみたいにこういう力が使えるのか……試してくれる?」
「承知いたしました。」
バートリーが兵士達の前に出た。彼女はルイスの見よう見まねで先ほど輪切りになった兵士たちの血へと手をかざす。すると、夫人の両手に血液が集まり、彼女の指先に長く鋭い血液の爪を作り出したのだ。
「おぉ!」
興味深そうにルイスが声を漏らすと同時に夫人は兵士たちへとその異形の爪を振りかざす。
「消えなさい。」
バートリーはその両爪をクロスするように振るうと、詰めかけていた兵士達が一人残らずコマ切れになってしまう。
「これがルイス様の力……。」
「素晴らしいよ夫人。さて、邪魔者がまたやってくる前にそろそろここから離れよう。ルイス達はもっと理解者を増やさなきゃ。」
「はっ、それでは次はどこへ?」
「うーん、そうだなぁ……行ったことないし日本とか行ってみようか。」
「日本……あの島国ですね?」
「うん。」
ルイスは天井を血の剣でバラバラに切り刻むと、降ってくる瓦礫を物ともせずに空へと飛び上がる。それに追従してバートリーもついてきていた。
「いるといいなぁ……。」
ポツリとそう言ってルイスとバートリーの二人は日本へと向かって飛び立った。
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