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第五章
お客さんがいない理由
しおりを挟むレイと話をしながら、俺は厨房の中で調理をする虎の獣人を横目で眺めていた。
(手際はかなり良いな。それに、肉に火を通す作業にも慣れている。この国だと肉に火を通すって文化が、あんまりメジャーではなかったみたいだから、ちょっと珍しいな。)
考察している間にも、テンポよく調理は進み、ものの数分で俺たちの元へケーブという料理が運ばれてきた。
「お待たせしました、当店看板料理のケーブになります。」
「おおぉぉ!!美味そうじゃ!!」
「なるほどこういう事か。」
ケーブの正体は、数種類の調合されたスパイスと一緒に肉と野菜を炒めて、ケバブに使われるピタパンのような生地で包んだものだった。
「お口に合うかは分かりませんが、どうぞ召し上がってください。」
「あぁ、それじゃあ早速……いただきます。」
「いただきますなのじゃ~!!」
早速一口かぶりついてみると、芋で作られたという生地のモチッとした食感と共に、スパイシーで甘辛い黒乱牛のバラ肉の奥深い味わいが、口いっぱいに広がった。
そして、じっくりと噛んで味わってみると、時折感じる野菜のシャキシャキとした食感が良いアクセントになって、野菜が肉のしつこさをさっぱりとさせてくれる。
「うん!!これは美味いな!!」
「無限に食べられそうなのじゃ!!」
「そ、そう言って頂けると……とてもありがたいです。」
こんなに美味しい料理を出しているのに、なんでお客さんは来ないんだろうな。もっと有名になってもいいと思うんだが……。
「ちなみに一つ聞いておきたいんだが、今日は何人お客さんがここに?」
「今日は勇者様方だけです。普段も一日に一人か二人来てくれれば多い方でして、一人も来ない時なんかもあります。」
「なんでじゃ?こんなに美味いものを作っているではないか。」
「恥ずかしながら、実は私の顔が怖いという声を何度か頂いたことがありまして……。」
「……なるほど。」
確かに、この店主の顔は……ハッキリ言って怖いな。こうして実際に話してみると、めちゃくちゃ良い人ということが分かるんだが、初見だと普通の人が怖がるのは無理はないな。
でもそれを帳消しにできるほど、美味しい料理を作ることができるのも、また事実だ。
どうにか手を貸してやれないかと頭を悩ませていると、店主があることを伝えてきた。
「実は、今日で本当にお店を閉めようかと思っていたんです。」
「なんじゃと!?」
「稼ぎがないので、このお店の家賃を払うのも難しくて……。」
「そうか、そうだよな。」
お客さんが来なければお金も稼げない。材料を準備して待つだけで赤字になっていくのは自明の理。
「ん~、わかった。じゃあケーブを……そうだなもう十個ぐらい追加で頼んでおこうかな。レイもまだ足りないんだろ?」
「さ、悟られてしまったのじゃ。」
ついさっき自分の分をあっという間に食べ終わって、俺の手にしていたケーブを物欲しそうに見つめていたもんな。
「じゃ、お願いできるか?」
「あ、ありがとうございます!!すぐにご用意します。」
そして彼が厨房へと戻ったのを見計らって、レイの耳元で囁いた。
「レイ、ちょっと席を外す。すぐに戻って来るから。」
「承知したのじゃ。」
音もなくお店を出ると、俺は急いで王宮へと向かって走った。
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