転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

しゃむしぇる

文字の大きさ
上 下
570 / 1,052
第四章

釣果報告

しおりを挟む
 ゼーウェンが幼い頃より育ち、また魔術師として修行を積んできた賢神の森を出てから一月余り。
 今朝岩山の大きな風穴の影で簡単に朝食を済ませ、再び飛行を続ける。
 飛竜の疲れを見ながらの旅だ。

 ゼーウェンの飛竜――騎乗用として用いられるグルガンのような竜種は、ある程度体に脂肪を溜め込むと、そのまま飲まず食わず2週間は持つ。
 竜の代謝経路は本当に良く出来ていて、脂肪からエネルギーと水分を無駄なく取り入れられる。腎臓も、かなりの尿の濃縮に耐えられる。
 このような死の大地では欠かすことの出来ない交通手段となるのだ。

 竜が環境に耐えられるとはいえ、万が一病気にでも罹られれば即ち死を意味する。その上、こんなところで盗賊にでも襲われたらたまったものではない、とゼーウェンは思う。

 ――早く目当ての物を得て死の大地を出なければ。

 厳しい環境だからこそ、希少価値の高い飛竜を狙う賊もいない訳ではないのだから。

 「――! 見えた」

 前方に遠く小さく見える岩山より少し左。
 一段と高いそこは、ゼーウェンが目指す死の大地の頂である。
 ゼーウェンは、すぐさま意識を静め、周囲の場を探った。
 間違いない、かの頂のそれはとてつもない諸力の高まりを見せている。意識下で意識が眩む程の強い光を感じた。

 辿り着くまで後2クロー(約1時間半)程だろうか。


***


 意識下で見る光の渦はどんどんその強さを増してゆく。飛竜を着地させるために、その頂の周りを旋回し、首を返して上方から下降しようとした、その時。

 ゼーウェンの魔術師としての目に、頂に奇妙な靄がかかっているのが映った。

 「なんだ、あれは」

 近づくにつれ、その形が何かに似ている、と思い。
 人影だ、と直感した瞬間突然そこが眩い光に包まれた。

 「グルガン、しっかりしろ!」

 ゼーウェンはすばやく呪文を唱え、目を眩まされた飛竜を回復させる。同時に体勢を立て直すと再び上昇した。頂上の光はもはやなく、意識の目にも暗黒の穴が周囲の場を引き込んでいるのが分かる。
 不安と焦りと絶望が入り混じったような感情が彼の心を支配しはじめた。

 ――誰かいる!

 先ほどまでは人の気配が感じられなかったのに。あの人影だろうか。
 もしや、花を先に奪われてしまったのだろうか。

 ゼーウェンは今度は下方から真っ直ぐ飛ぶようにグルガンに指示した。
 湧き上がる、自分自身への怒り。

 ――油断した、何たる失態だ!

 母の形見だという指輪をした手をぎゅっと握り締めた。

 ――奪われたのなら取り戻す――我が師の恩に報いる為にも、何としてでも『花』を持ち帰らなければ!


***


 この大陸にあるグノディウス王国とアリア皇国の南方に接するフォルディナ公国。その辺境、カーリア地方に、かつて、暗黒森と呼ばれていた広大な森が広がっている。
 そこは昔から入ると必ず迷い、二度と出て来る事は出来なかった。故に、人々は、その森には魔物が棲んでいて、入ったものは魅入られ喰われてしまう、と噂しあった。
 いつしかそこは暗黒入らずの森と恐れられ、忌み嫌われるようになったのである。

 18年前、一人の男がこの地にやって来た。

 男は魔術に長けており、この森にある種の結界が施されている事に気が付いた。男がその結界を解いて結びなおした事で、人々は森に入って歩き彷徨っても必ず出口に辿り着けるようになったのである。

 後に、暗黒森であったそこは、魔術師の男に畏怖と敬意を表してセルヴェイの森もしくは賢神の森と呼ばれる様になった。
 セルヴェイとは魔術師の男の名。賢神とは風の神フォーンを指し、フォーンは魔術と知恵の神でもあった。

 セルヴェイは森の中央に庵を結んだ。そして、ゼーウェンの師となったのである。

 ゼーウェンが物心ついた時には師であるセルヴェイと共に暮らしていた。
 自分自身、養い親でもある師について知ることはあまりなかった。近くの村に買出しに行ったついでに村人達から色々師について聞かれることがあった。
 しかしゼーウェンが知っているのは、かつて師が北方のグノディウス王国に仕えていたということと、偶に身分の高そうな人物が尋ねて来ること位だった。

 そんな時、いつも心なしか師が暗い表情をしていたのを覚えている。
 何者であるかは兎も角、セルヴェイ師は森を安全にした功労者として村人達に歓迎されていた。ただ一人、村のウルグ教の神官を除いてだが。

 治療の知識や珍しい薬草を持っているセルヴェイ師は、医者がいない辺境の小さな村では貴重な人物である。ウルグ教会の説くところの魔術は禁忌であるとか、邪術であるとかいう思想はここではあまり意味を成さなかったとも言える。

 彼はまたよき教師、親であり、ゼーウェンはそんな師のもとだからこそ魔法の才能を最大限に発揮できたと思う。

 一人前の魔術師になる為には、師から出された試練を乗り越えなければならなかった。

 試練はそれぞれの導師によって、また弟子によって違う形式で与えられるが、おおむね旅にでて、何かを証として持ち帰る――凡そ手に入れにくい物がその対象となったが――が一般的である。
 よって、それは俗に『試練の旅』と言われていた。

 ゼーウェンに試練の旅として与えられた課題、それは。
 死の大地の中心、術場の高まる瞬間に現れる『花』を持ち帰ること、だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い異世界転生。何も成し遂げることなく35年……、ついに前世の年齢を超えた。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)

土岡太郎
ファンタジー
 自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。 死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。 *10/17  第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。 *R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。  あと少しパロディもあります。  小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。 YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。 良ければ、視聴してみてください。 【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮) https://youtu.be/cWCv2HSzbgU それに伴って、プロローグから修正をはじめました。 ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

処理中です...