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3章 ダンジョンと仲間

第87話 クソガキの気持ち

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「まぁまぁ、荻堂せんせ、面白そうだから、見学してましょ」

 オレとムーニャが睨み合う中、うちのクソガキが茶々をいれてくる。

「双葉おまえ……面白がりやがって……このクソガキが……」

「……そいつが双葉鈴?」

 ムーニャがオレから視線を外し、今度は鈴のことを見る。いや、オレのときよりも明確な敵意を感じた。目を細め、冷たい目線で鈴のことを睨みつける。

「は? いきなり呼び捨て? なんなのよ、あんた」

「イッシンが命懸けで助けた女だよね。そんな強そうに見えない。助ける価値、あった?」

「……」

 いつも威勢のいい鈴が黙ってしまった。師匠の足のこと、やっぱりコイツも引きずっているようだ。

「おい。やめろ、ムーニャ、それは俺が決めることだ」

「雑魚イッシンは黙ってて。ねぇ、双葉鈴、あなたに、これほどの剣士が命を懸けてまで守る価値、あったのかな?」

「それは……」

 オレは、そのやりとりを見て、わなわなと怒りが込み上げてきた。突然やってきて、師匠のことをバカにして、鈴のことまで、なんなんだこいつは。

「あなた、妹が東京駅ダンジョンに囚われてるんでしょ?」

「……そうだけど……」

「で、そこの咲守と的場の大切な人が、双葉の妹のせいで巻き添えになったって聞いた」

「……」

「あなたたちを助ける価値ってある?他人の足ばっか引っ張って、邪魔して、迷惑だと思わないの?」

「ちょっと! やめてよ! 鈴ちゃんのことそんなふうに言わないで!」

 ゆあちゃんが鈴の前に出る。

「的場も、咲守だって、きっと、双葉のこと邪魔だって思ってる。あなたたちがいなければ、お姉さんも助かったし、イッシンも強いままだった。だから、あなたは無価値。いない方がいい」

「っ!?」

 いつもは絶対言い返すのに、何も言わない鈴。鈴の目には涙が浮かんでいた。それを見て、オレの我慢の限界がやってきた。「ダンッ!!」大袈裟に床を踏み込んで、鈴の前に立つ。オレがコイツを守るんだ。

「謝れ……」

「なに?大きな声で言って。聞こえない」

「鈴に謝れよ! クソヤローが!!」

「レディにクソは失礼」

「オレたちが鈴のことを邪魔だって!? そんなこと!! 1ミリも思ってない!! 人の気持ちを勝手にわかった気になんな!! コイツはオレたちの大切な仲間で!! かけがえないのない友達だ!! こいつがいたからオレたちはここまで戦ってこれた!! 今すぐ訂正しろ!!」

「陸人……」

 後ろから、涙声が聞こえてくる。

「ゆあも同じ気持ち!謝ってよ!許さないんだから!」

「ゆあ……2人とも……ぐすっ……」

 オレたちの仲間をバカにしたこと、絶対に許さない。謝るまで許してやらない。

「……ムーニャ、間違ってない」

 目の前の女は、それだけ言って踵を返した。出口の方に歩いていく。

「あ!おい!おまえ!」

「これ、イッシンの補助スーツ、置いとく」

 ピッと指を刺した先には、スーツケースが置かれていた。ムーニャは、それだけ言い残して、訓練場から出ていった。

「なんなのあの子! ムカつく! 鈴ちゃん! 大丈夫? ゆあたち、鈴ちゃんのことそんな風に思ったことないよ? わかってくれてるよね?」

「ぐすっ……うん。大丈夫。2人のことは信じてる。ごめんね……1人になるとどうしても、あいつに言われたこと、考えることがあって……」

「はぁ……何度も言ったが、俺の足は俺の責任だ。おまえが気に病むことはない。……それに、俺はおまえを助けたこと、無価値なんて思ってない。おまえには、それだけの価値がある。あー……言葉って難しぃな……双葉、伝わってるか?」

「……うん。ありがと……」

「ちっ。あのバカ弟子のせいでとんだ臭いセリフを吐くはめになっちまった」

「ふふ、荻堂さん、それを言わなければ完璧でしたよ?」

「うるせぇな」

「それにしても、あの、ムーニャさん?という方は随分と、なんというか、横柄な人なんですね?」

 栞先輩が精一杯オブラートに包んで包みきれないようなことを言う。たぶん、栞先輩も怒ってくれているんだろう。

「ま、あいつはバカでマイペースで、頑固者なんだよ。自分を曲げねーし、正しいと思ったことをズバズバ言っちまう。そこは気に入ってたんだがな。おまえらとの相性はどうなるもんかと思ってたが、悪い方向に出ちまったな」

「事前に性格とか教えておいてもらいたかったです」と桜先生。

「そんなもん知らねーよ」

 ということで、オレたちのイライラは、ぶつけどころを失って、すごくモヤモヤすることになった。
 あー……思い出すとイライラしてくる………

「……ねぇ! それよりも荻堂せんせのスーツ試しましょ! わたしならもう平気だから! ほら!」

 鈴がわざとらしく明るい声を出したので、オレたちもそれに合わせることにした。コイツが気にしないというなら、それに従おう。
 みんなでスーツケースのところに行き、中身を確認することにした。



 あれから、一旦解散して、師匠の道場にやってきた。補助スーツの動作確認兼お披露目会は、師匠の自宅でやろうということになったのだ。師匠の自宅には、生活補助ロボットのヘラクレスもいることだし、補助スーツを着たりするときに助けになってくれるからだ。

 ガラガラと木製の引き戸を開けて、道場の中に入る。すると、すぐにアイツが迎え入れてくれた。

「これはこれは陸人様、皆様も。いらっしゃいませ」

「あ、ヘラクレス、久しぶり!」

 師匠の家の家事全般を任されている高性能ロボット、ヘラクレスが丁寧にお辞儀をしてくれる。グレーのアトムと違って濃い青色の人型ロボットで、オデコに一本角がついている。

「師匠は帰ってるよな?」

「はい。お呼びして参ります。皆様は道場の方へ」

 そして、ヘラクレスが道場伝いに居住スペースの方に向かっていった。師匠はこの道場に併設された古民家で暮らしている。

 道場の床に座って、少しだけ待っていると、ヘラクレスと一緒に、師匠が歩いてやってきた。そう、《歩いて》だ。

「師匠!それって!」

 みんなして、近くに駆け寄る。

「ああ、すごい性能だ。ありがとな、おまえら。この通りだ」

 師匠が軽くジャンプして見せてくれる。下半身不随だった師匠が、ちゃんと自分の意思で立って動いていた。無意識に、目に涙が浮かぶ。

「すごい! も……もう使いこなすなんて! さすが師匠だ!」

「荻堂せんせは相変わらず化け物ね。たしか、使いこなすのに2ヶ月はかかるって書いてあったわよ?マニュアルに」

「そんなもん読んでねーよ」

「ほら!荻堂先生は感覚派だから!」

「バカってこと?」

「双葉、おまえさっきは泣いてたくせに随分威勢がいいな?」

「はぁ? そんなノンデリ発言ばっかだから、彼女できないのよ」

「てめぇ……」

「師匠ならきっと素敵な相手が見つかりますよ!」

「余計なお世話だ」

「適当で草」

「ふふ、すっかりいつもの調子ですね。鈴ちゃんはやっぱりこうでなくっちゃ」

「俺としては、大人しいバージョンを所望するがな。こいつは、泣いてるくらいがちょうどいい」

「うっさいノンデリ師匠」

「おまえって、マジで失礼なやつだよな」

「うっさいノンデリっくん」

「あはは!」

 結局、感動そっちのけでバカ話をしてしまったが、脳波制御スーツのおかげで、師匠の不自由はだいぶ解消されることになった。オレたちのせいで失ってしまった師匠の自由が少しでも取り戻されて、本当に、心の底から嬉しかった。
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