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1章 ダンジョンと鍵

第2話 伝説のはじまり

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「なんで!なんでボス部屋でもないのにこんなやつが!」

「うるさい!黙って撃て!野村!」

「くそー!」

 2人の焦りと同調するように、マシンガンが火を吹き続けていた。2人が使っているのは光学銃だ。赤い光線が銃弾となり、敵めがけて連続で放たれている。

 オレは、東京スカイラインの東京駅ダンジョンに忍び込み、高校生らしきパーティがモンスターと戦っているのを物陰から眺めていた。

 彼らが戦っている場所は、黒い大理石で作られたダンスホールのような場所で、左右にギリシャ神殿にあるような柱が何本も立っていた。全てが黒い大理石で出来ている薄暗い部屋だった。明かりとなるのは、柱の中に埋め込まれた謎の光源だけだ。
 オレがいるのは、そんな柱の3段目、1階まで10メートルほどの高い位置から戦いを見下ろしている。

 高校生らしき制服を着た2人が銃を向けている相手は、巨大な毛むくじゃらだ。オレはあんな生き物、見たことがない。いや、たぶん、誰も見たことがないはずだ。
 狼のような見た目をしているそいつは、狼というには巨大すぎた。人間の5倍はあるだろうか。噛まれたら丸呑みされそうなほどの頭をしている。真っ黒な体毛は銃に撃たれても、なお艶やかだった。つまり、光学銃が効いていないのだ。
 それに、やつの周りにも子分のような小さい狼も10匹ほどいる。戦いの形勢は、人間側が不利なように見える。

「クソ!効いてない!セイヤ!どうする!」

「いつも通りやる!僕たちなら勝てるさ!みんな!勇気を持て!」

 先頭に立って、光り輝く剣を振るっていた金髪の高校生が仲間たちに笑顔を向けた。1人だけ制服の上から赤いマントを羽織っていて目立つ男だ。リーダーなのだろう。彼が装備しているのは光学兵器の剣、光を収束し、その熱で相手を叩き斬る剣であった。
 このリーダーの言葉と笑顔で、動揺してきた仲間に士気が戻る。

「おう!」
「わかった!」
「うん!」

「よし!桜!どう動けばいい!」

「え、えっと!まずは群れの弱いやつから!数を減らしてから大きいのを狙って!」

「わかった!」

 リーダーが駆け出し、黒い狼の周りに群れる灰色の小型狼に剣を振るった。こっちは大型犬くらいの大きさだ。胴に一撃入り、斬り裂かれ、光の粒となって消える。

「よし!小さい方はやれる!みんな!頼む!」

「ああ!」

 仲間たちが銃を構えて小型の狼たちを撃ち出した。

 オレから見える位置には、高校生が5人、リーダーの剣の男、マシンガンの男が2人、スナイパーの女が1人、空中にモニターを出しアドバイスを出しているオペレーター女が1人だった。
 オペレーター女の頭の上にはリングのようなものが浮いていて、あれは脳波でロボットを動かすデバイスなのだということが伺える。おそらく、黒い狼の周りを飛んでいる拳大のボール型カメラを操作しているのだろう。

 オレは、彼らが戦っている様子をじっくりと眺め、戦いの経験値を積もうとしていた。いつか、オレ自身が戦う力を手に入れるために。

「いける!こいつらなら!いけるわ!」

 スナイパー女が灰色の狼を撃ち抜き、5体目を仕留めたところだった。残り半数となって、安心したのだろう。ドットサイトから目を離し、トリガーから手を離して、仲間たちのことを見た。
 それが、良くなかった。

「グルル……」

「え?」

 一瞬の呻き声、女が振り返ったときには、そいつはもう目の前にいた。柱の間の暗闇の中から姿を現したそいつは、スナイパー女の首元にかじりついていた。

「……ぁ」

 スナイパー女からはそれ以上の声が発せられることはなかった。巨大な影の牙が首元に食い込み、そいつの白い体毛が赤く染まる。

「酒井?酒井ー!!」
「いやー!!」

 マシンガンの標的が白い狼へと変わる。黒い狼ほどではないが、それに近い巨大な狼だ。食いちぎられた女の首が胴体から離れ、無残な姿になる。
 男子高校生2人が青い顔をしながら銃を乱射していると、灰色狼の対応が疎かになってしまった。

「野村!足立!冷静になれ!」

 リーダーの男がカバーに入ろうとするが、

「おまえ!冷静になんてなれるか!酒井が死んだんだぞ!あ?」

 足立と呼ばれた男の足元に灰色狼が噛みついていた。

「うわー!!」

 足立がそいつにマシンガンを撃ち込む。しかし、そいつがかき消えると共にバランスを崩し、尻餅をついてしまう。マシンガンのトリガーを握る指は離すことができなかった。

「あえ?」

 足立のマシンガンから発射された赤い光弾が、野村に撃ち込まれる。

「ごふっ……」

 野村の身体に焦げた弾痕ができ、貫通していた。大量の血が口から溢れでる。信じられないものを見るように、野村が自分の身体を触っていると、隣から白い影が現れて、頭を丸呑みした。
 足立は灰色狼の餌となっていた。断末魔はもう、聞こえない。

「うわぁー!!」

 リーダーの男が光剣で灰色狼たちを斬り裂く。そいつらは全て殺し終えたが、残ったのは仲間の死体だけだった。

「あ……ああ……いやー!!」

 オペレーター女はへたり込み、泣きじゃくるだけだ。

「桜!退避だ!逃げろ!」

 リーダーの声は届かない。そこに白い狼が近づいていく。

「桜に近づくなー!!」

 光剣を構えながら走り、今にもオペレーター女を丸呑みしそうな白い狼に飛びかかる。
 後ろ足を斬りつけ、振り返って反撃してきた爪をスライディングで避け、噛みつこうとしてきた顎を下から貫いた。白い狼が光の粒となってかき消える。

「はぁ……はぁ……桜、逃げるぞ」

「……でも」

「桜!」

「う、うん……」

 リーダーの男は、油断なんてしていなかったと思う。真っ直ぐに黒い狼を目線に捉え、光剣を構えていた。
 でも、影のように消えた黒い狼は、次の瞬間にはリーダーの横腹に噛みついていた。

「ああー!!」

 あまりの激痛に強烈な断末魔が響き渡る。しかし、ギリギリで口の中に差し込んだ光剣が上顎を突き破ったことで噛む力を弱めているようだ。リーダーの胴体は、まだ繋がっていた。

「僕が死んでも!桜だけは守る!」

 リーダーは、血を吐きながら、腰からもう一本の光剣を掴み取り、狼の目玉に突き刺した。

「ガァァァ!!」

 叫び声と共に口を離す狼。

「逃すか!」

 すかさず血まみれの右手でもう片方の目も潰すことに成功する。しかし、

「ガァ!」

 視力を失った黒い狼がやたらめったら振りかざした爪が、リーダーの腕を、足を、斬り刻んだ。そして、

「に、げ……」

 〈逃げろ〉、その言葉を発する前に首が飛ぶ。

「……セイヤ、くん?」

 桜と呼ばれた女が泣きながら、横を見る。セイヤだったものが、転がっていった先を。ジッと。

「ぐるる……」

 最後の1匹だ。喰らってやる。獣の呻き声が終わりを告げていた。

「ひっ……!」

 最後の女の子が殺されそうになって、やっと、オレの身体は動いてくれた。
 怖くて、怖くて、動かなかった足が立ち上がってくれる。
 手が震える。

 逃げようと思った。これも経験だ。戦いの参考になった。今日は逃げて、いつか戦うんだ。いつか、オレがダンジョンを攻略して、あの人たちの仇を取る。

 でも、うみねぇちゃんなら、そんなこと、言うだろうか?
 想像がつかない。あの人なら、困ってる人を見捨てたりない。オレの大好きなあの人なら。

 それに、いつかって先延ばしにしたって、いつかはやって来るんだ。命をかける時が。

「……行こう」

 オレは父さんの部屋から勝手に持ってきた短剣を抜いて、廊下の縁に足をかけた。手すりなんて気の利いたものなんてない。一歩先は空中、その下は敵の頭上だ。

 階下の狼を目線の中心に捉え、短剣の柄にあるボタンを押す。刃先が目では見えない速度で微振動をはじめ、青い光を放つようになった。これでオレの腕力でも一定の攻撃力は発揮するだろう。

 あいつは、ゆっくりと鼻を鳴らしながら女の子に顔を近づけていっている。女の子はへたり込んで動けない。

 オレが、助けるんだ。そして、うみねぇちゃんも。

 短剣を両手で握りしめて、空中に身を乗り出した。こんな高い位置から飛んだことなんてない。10メートル下の、黒い狼目掛けて身体が落ちていく。

「ぐるる……」

「た……たべないで……死にたくない……」

「クンクン……」

 やつが、鼻を鳴らして何かに気づき、上を向いたとき、オレがやつの頭上に到達した。両足で着地する前に、両手で握った短剣をやつの頭蓋に突き立てた。

「ギャァ!?ガァァ!!」

 短剣はめり込んだ。しかし殺しきれない。黒い狼はオレを振り落とそうと必死に頭を振り、走り出した。大理石の柱に頭から突撃し、オレをなんとしても引き剥がすつもりだ。

「ぐっ!絶対倒す!オレがやるんだ!らあー!!」

 バラバラと崩れる柱の音を聞きながら、気合いを入れて、更に短剣を押し込んだ。自分がどれほどの負傷を負ってるかなんて考えていなかった。目の前の敵を倒す。その一心だったと思う。

「死ねー!!」

 ガキン。なにか硬いものを貫くような感触。その少し後、黒い狼は光の粒となって、かき消えた。
 台座を失ったオレは地面に転がり落ちる。

「はぁはぁ……やった……倒した……オレが……」

 呆然と短剣を見つめる。父さんの部屋から勝手に持ってきた短剣だ。こいつでダンジョンのモンスターをそれもあんなボス級のモンスターを倒すことができた。

「……よし!やった!」

「……あなたは?」

 うずくまって喜びを噛み締めていると、生き残った女の子に声をかけられる。オレよりもだいぶ年上の女の人だ。

「あ、オレは……オレのことは誰にも言わないでください!それじゃあ!」

「あ!待って!」

 オレは不安そうな声をあげる女の子を1人残して、その場を立ち去った。こんなところにいたなんてバレたら、大変なことになる。だから、必死にその場から逃げてダンジョンの出口へと向かった。
 全力で走って、ダンジョンの外に出ようとゲートの前までやってきたところで、頭の中に声が聞こえてきた。

『ユニークモンスター、《彷徨うフェンリル》を討伐したことで、スキル《群れの統治者》を取得しました』

「な、なんだ?スキル?」

 突然のことに驚き、聞き返してしまう。そして更に言葉が続いた。

『咲守陸人を群れのリーダーとして登録しました。加入特典として5ポイントのステータスポイントを付与します』

「な、なんだ一体?なにを言っている?」

 スキルというのは、ダンジョンでボスを倒すと得られる特殊能力のはずだ。たしか、この前ニュースでやっていたと思う。だから、おかしい。

「なんでボスを倒してもいないのに?」

 独り言をつぶやきながら、ゲートをくぐる。紫色のモヤの先、ダンジョンを出た先は、見知った東京の町だ。
 空を飛ぶ車、光り輝く高層ビル、そして、振り返るとダンジョン災害によって時間が停止した町並みが広がっていた。白い幕のようなものが東京スカイラインの沿線上に被さっており、うっすらと向こうの様子が伺える。あちら側は時間が止まっているらしい。でも、囚われているはずの人影は、何故か確認できない。

「うみねぇちゃん……オレが、もうすぐ助けるから」

 オレは東京駅ダンジョンのゲートを睨みつけてから、地上に降りることにした。
 駅の端に移動し、置いておいたスケボーを手に取ってスイッチを押し足元に投げる。スケボーがふわふわと宙に浮く。オレはそれに乗ってから、目立たないように腰を低くして駅から飛び降りた。30メートルほど降下したら、いつもダンジョンに忍び込む時に使っている倉庫の裏手だ。
 スケボーから降り、拾い上げて背中に当てる。背中から数センチの離れた空中に固定され、オレが歩くと、同じ間隔を保ってついてくる。

 倉庫の裏手から道路に出て、もう一度、駅の方を見上げた。何度も何度も繰り返してきた習慣だ。

「絶対、絶対にオレが助けるから……」

 何百回目かの決意を反芻してから、自宅へと向かって走り出した。

 涼しい夜風を受けて走りながら、ゴシゴシと頭を擦る。手の甲には、べっとりと血がついていた。戦った証、男の勲章だ。さっきのは夢じゃない。オレがモンスターを倒したんだ。
 オレは高揚していた。はじめて、あんな強敵に相対し、倒したことで、ダンジョン攻略が現実味を帯びてきたと感じていたからだ。

 だから、スキルのことなんて頭から抜けていた。

 《群れの統治者》、このスキルを得たことで、オレのダンジョン攻略が一気に加速するなんて、このときのオレには思いつきもしなかった。

 咲守陸人(さきもりりくと)、12歳、濃い青髪のその男は、まだ幼い顔立ちの中、戦士の顔になっていた。ダンジョン災害の被災者である彼は、災害から5年後、弱冠12歳にして最年少のスキルホルダーとなったのだ。

 2261年現在、東京スカイライン全30駅のうち、踏破されたダンジョンは、たったの1駅だけであった。



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【あとがき】
本作を読んでいただきありがとうございます♪

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