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2話

2話 ③

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「服はクローゼットの中に入っている。まずはシャワーでも浴びたらいい。腹が減ったら、冷蔵庫の中にあるものを勝手に食べていてもいいし、何か欲しいしたいものがあればタブレットとクレジットカードをリビングに置いていくから、勝手に注文していても構わない」
「あの!」

 早口でまくし立てる加州さんの腕を私はすがる様に掴む。彼はピタッと話すのをやめて、じっと私を見た。

「どうして、ここまでしてくれるんですか……? だって、私たち初対面ですよね?」

 こんなに至れり尽くせりされる理由は、私には全く心当たりがなかった。彼はきょとんと眼を丸めたあと、小さくため息をついた。

「……莉乃は何も考えなくていい。俺がそうしたいだけだ」

 彼はそう言い、腕時計をちらりと見た。

「もう時間だな。行くぞ、フジイ」
「承知しました」
「あの!」

 話しておきたい事は山ほどあるのに、彼は私を置いてさっさと玄関に行ってしまう。靴がない私は、そこで足止めとなってしまう。

「今日は疲れただろう。遅くなるから、先に寝ていても構わない。ああ、あと」

 ピカピカに磨かれた革靴を履いた彼は、振り返って口を開く。

「その喪服、あとでクリーニングに出すから分かりやすいところに置いておいてくれ。それじゃ、行ってくる」

 そう言って、彼はフジイさんと共に出て行ってしまった。鍵のかかる音が聞こえたと思ったら、どんどん足音が遠ざかっていった。

「どうしてこんなことに……」

 誰もいなくなったマンションの一室に、私はぽつんと取り残される。体はぐったりくたびれているはずなのに、頭は妙に冴えている。けれど、今の状況だけは飲み込むことはできなかった。
 クローゼットの中には、彼が言っていた通り衣類が詰め込まれているけれど……クローゼットの端から端まで大量にかかっている。それだけじゃなく、アクセサリーや靴、下着も。恐ろしいことに、靴や下着のサイズは私ぴったりだった。

「……もう、深く考えるのはやめよう」

 私はクローゼットの中から部屋着を探し出して、私は喪服の裾を引きずりながら浴室に向かう。分からないことはたくさんあるけれど、ここで考えていてもきっと答えも出てこない。加州さんが帰ってきたら聞けばいい。

 お風呂にはすでにお湯が張られていた。ここ数日、ずっとシャワーだったから……これは少し嬉しかった。浴室の中には男性用シャンプーだけじゃなくて、女性用まで用意されている。しかも、新品。ここまでくると、それに違和感すら覚えなくなってしまう。

「……はぁ」

 お風呂につかりながら、私は大きく息を吐く。

 立て続けに色々な事があったから、想像していた以上に体に疲れが溜まっていたみたいだ。お湯の中に疲れが溶け出ていくような、そんな錯覚すら覚える。私は目を閉じて、その心地よい温かさに浸っていた。目蓋の裏には、まるで走馬灯みたいにここに至るまでの出来事が次々に思い浮かぶ。

 実家の工場に融資してもらうために結婚に応じたのにその相手が亡くなり、融資の話も、目論んでいた遺産も何もかも手に入らなくなったその時、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、加州さんが現れた。

「莉乃、俺のモノになれ」

 アノ時の言葉が、まるで耳元でもう一度言われたみたいに蘇る。背筋はぞくっと震えるのに、体の中心が熱くなるのを感じていた。
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