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第6章 モブ令嬢はその恋を貫く

第6章 モブ令嬢はその恋を貫く ②

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 どれくらい眠っていたのだろう? たっぷり寝ていたかもしれないし、ほんの数時間かもしれない。部屋は薄暗く、時計もないため時間も分からない。もう一度寝ようと寝返りを打った時、ドアがゆっくり開く音が聞こえてきた。

「!?」

 それは忍び足で私に近づいて来る。私は息を殺して、身を固くさせた。もしかしたら、イヴの一味が復讐のためにやって来たかもしれない。私の頭には最悪の妄想ばかりが駆け巡る。肩のあたりに手が近づいて来るのを感じ取った私は、ぎゅっと目をつぶる。胸はずっとざわざわしていて苦しいくらいだった。耐えきれなくなった私がそっと息を吐きだすと、近づいてきたその人は小さな声を漏らした。

「……ティナ」

 その声には聞き覚えしかない。優しく、私に触れるその手は温かい。嬉しくて、涙が溢れてくる。その人も、私の変化に気づいたようだった。

「起こしたか?」
「いいえ、起きてました」
「……そうか」

 そういって、アルフレッドは気が抜けたように笑った。その声は震えていて、彼が今にも泣きそうであることに気づいた。私はアルフレッドに助けてくれたお礼を言おうと思って起き上がる、その瞬間、彼に引き寄せられ強く抱きしめられていた。

「……良かった」

 まるで私の無事を確かめるような力強いハグ。耳元で囁かれる声に、安堵の色が混じっていて、それを聞いた私は泣き出しそうになっていた。顔をぎゅっと彼の肩のあたりに押し付けると、アルフレッドはさらに強く抱きしめてくれた。まるでもう離さないと言わんばかりに。

「ハワード嬢が慌てた様子で俺のところにやって来たんだ。一緒に出掛けたはずのティナが戻ってこない、何かあったに違いない、と。そこから慌てたさ、最近は誘拐事件が多い。すぐに直属の近衛兵を動員して、怪しい所をすべて探させた。その時、イヴが不審な行動をしていると連絡があったんだ」

 こそこそと見知らぬ男と話すイヴ、その姿を目撃した兵隊からそのような連絡があり、尾行することにしたらしい。そのおかげで私が見つかったし、人さらいの一味を捕まえることができた。今は一味の残党の捜索をしているらしい。しばらくこの国が悩まされていた事件が解決し、皇帝陛下も胸を撫でおろしているらしい。アルフレッドは私の事をぎゅっと抱きしめながら、そう教えてくれた。

「まさか、イヴが犯人だったなんて」

 私がそう呟くと、アルフレッドは「なんだかきな臭いやつだとは思っていたけどな」と返した。そう言えば、アルフレッドだけではなくベロニカやマリリンもあまりイヴの事を信用していない様子だった。私だけがゲームのヒロインとしてのイメージに囚われていて、彼女の本質を見ようとしなかったみたいだ。

 しばらくの間、私たちは抱きしめあったまま過ごした。アルフレッドが体を離すので、私は名残惜しくて離れていく手に触れた。アルフレッドは片手で私の手を握り、もう片方の手で頬を触れた。私が上を向くと、彼は真剣なまなざしで私の事を見つめていることに気づく。私の心臓がドキンッと跳ねる。ゆっくりと、アルフレッドは顔を近づけてきた。あ、これはキスだ。キスされるんだ。そう思った私はそっと目を閉じた。アルフレッドの呼吸がそこまで迫って来て……。

「いや、今ではないな」
「……え?」

 そう言って、彼は手を離した。拍子抜けの私がぽかんとした顔をしていると、アルフレッドは口角をあげて笑っている。

「今じゃなかったら、いつなんですか?」
「……もっと先だ」

 彼のベストなタイミングっていつなのかしら? 彼は黙りこくってしまう。でもアルフレッドが真面目にそんな事を考え込む姿が何だか面白くて、私も笑みをこぼしていた。

「殿下」

 私が呼びかけると、アルフレッドは顔をあげた。

「だから、その呼び方はやめろと何回言ったと……」
「兄の事、ありがとうございました。兄から色々話を聞きました」
「あぁ、あのことか。駆け落ちという割にはすぐ近くに住んでいて驚いたな。でも家に戻ると決めたのはティナの兄上自身だ。俺はきっかけにすぎない」
「でも、殿下が働きかけてくれなければ、お兄様はきっと今も家を飛び出したままですから」
「そうだな。これで、シモンズ家も後継ぎの心配がなくなったわけだ」

 アルフレッドはそう言ってウィンクをした。私も嬉しくなって、その言葉に頷いていた。

「心配事がなくなったなら、ゆっくり眠れるだろう? もう休め」
「……アルフレッド、帰るの?」
「なんだその甘えた声は。俺だって忙しい――いや、ティナが眠りにつくまではここにいよう」

 私はベッドに横になる、アルフレッドは私の手を握ってくれる。彼の温かさが、私を一気に眠りの世界まで運んで行ってしまった。

 朝日の眩しさで目を覚ました時、アルフレッドの姿はなかった。その代わり、ベッドサイドのテーブルには一輪挿しのバラがあった。あとで花言葉を調べておこう。

 朝食を取ってお医者様の診察を受け終えたころ、私の病室に見舞客が来た。

「本当に! 心配したんだから! このバカ!」
「ベロニカさん、声が大きいです。ここ、病院……」
「少しくらいいいでしょう! ティナにはこれくらい言わないと伝わらないの!」

 鼓膜が破れてしまいそうなくらいの大声で私を説教するベロニカ、そのベロニカを必死に止めようとしているマリリンが来てくれた。私たちがようやっとベロニカを落ち着かせたときには、頭の傷がまた少し痛むような気になっていた。

「本当に心配したんだからね!」
「ありがとう、ベロニカ。マリリンも」
「ふんっ!」

 私がお礼を言うと、ベロニカは恥ずかしそうに顔を背け、マリリンははにかむ様に笑った。

「話、聞いたよ。二人がアルフレッドに私がいなくなったって教えてくれたって」
「本当に驚きました。いくら待ってもティナさんが戻ってこないんですもの。きっとこれは良くないことが起きたんだわって、慌てて学園に戻って」

 そこからはきっとアルフレッドに聞いたのと同じだった。少し違うのは、二人は私が発見された後、先生方にこっぴどく叱られたという事。授業をさぼって学園の外で遊んでいたのだから仕方ない。

「しかし、あの女、本当にムカつくわね!」

 ベロニカの怒りの矛先は、今度はイヴに向けられていた。

「まさか犯罪者と一緒に授業を受けていたなんて、思い出しただけでもぞっとします」
「私もお父様にお手紙を書いたわ。さっそく、理事会はあの女をスカウトした学園長の責任を追及しているみたい。もしかしたら失脚するかもしれないわね」

 イヴの本質を見抜けなかった人物がもう一人いた。マリリンが学園長の姿を見かけたらしいけれど、すっかり肩を落としていたらしい。何人もの卒業生を輩出していて人を見る目に自信があったのに、そんな極悪人を生徒としてスカウトした自分の審美眼が信じられなくなったそう。ベロニカは「初めからそんなものないじゃない!」とさらに怒っていた。

「でも、怖い事件が解決して良かったです。ティナさんも無事、という訳にはいかないけれど戻って来られたわけですし」
「えぇ、あの貧乏人と同じ空気を吸うこともなくなって良かったわ」

 二人は、今度は学園から外出許可を貰って病院まで来てくれた。そろそろ帰宅時間が迫ってきているらしく、忙しなくしゃべって席を立った。

「そうだ、ティナ」
「ん? 何ですか?」
「祝賀パーティーの日は、私とマリリンが腕によりをかけてオシャレにしてあげるから」
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