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第4章 皇太子殿下の想いとモブ令嬢の気持ち

第4章 皇太子殿下の想いとモブ令嬢の気持ち ④

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「ティナ!」

 アルフレッドが私の名を呼び引き留めようとする。けれど、私は手のひらで涙をぬぐいながらその場から逃げるように駆け出していた。こんな顔、誰にも見られたくない……そう思いながら逃げていた時、図書室にやって来たイヴが目に飛び込んだ。あぁ、きっとイベントを起こしに来たんだ。私が奪ってしまったけれど……上手くイヴも起こせますように。そう祈った瞬間、私の足は止まった。

「――っ!」

 イヴは一瞬だけ私を見て、口角をあげて笑った。まるでベロニカがいじわるをしている時の笑い方に似ていた。このゲームをプレイしていた時、スチルに出てくるイヴの表情はいつも柔らかくて優しいものばかり。今みたいな笑い方なんて、決してしないはずなのに。その光景があまりにも信じられなくて、私の涙はぴたりと止まっていた。違和感を覚えたけれど、私はイヴを引き留めることなく、彼女が図書室の奥に進んでいくのを見守るしかなかった。

***

「ねえ、シモンズさん」

 翌日、リリアが教室にいた私に声をかけてきた。いつも意地悪ベロニカと行動を共にしていた私は、リリアのような大人しい女の子から遠巻きにされていたから、とても珍しい。私が驚きながら顔をあげると、リリアは声を潜めた。どうやらあまり周りから聞かれたくない話らしい。私は廊下に出て、その隅っこでリリアと話をすることにした。

「最近、イヴと何かあったりした?」

 リリアはそう私に聞いてきた。

「え……? う、ううん。最近は話すらしたことないよ」

 図書室で一度だけすれ違ってはいるけれど、それだけ。ベロニカと一緒にいることが多い私に、イヴが話しかけてくることなんてないし、私から声をかけたのなんて彼女が転校してきた初日だけ。リリアの言葉に首を傾げると、リリアはそう聞いた理由を教えてくれた。

「そうなんだ。あのね、最近イヴによく聞かれるの。シモンズさんってどんな人なの? 皇太子様とは仲がいいの? って」

 私の胸がドキリとうずく。リリアは私の事はよく知らないけれど、去年の郵便局での喧嘩から始まった私とアルフレッドの騒動について教えたらしい。イヴは不快そうに「ふーん」と言い、それから機嫌が悪くなってしまったらしい。リリアが声をかけても、返事すらなく不貞腐れた表情をしている。

「もしかして、イヴとシモンズさん、喧嘩でもしたんじゃないかと思ったんだけど、違う?」

 私はそれを否定する。

「だよね。二人が話しているところ見たことないし……でも、イヴが何か精神的に不安定っていうか、ちょっとイライラしているみたいで気になっちゃって」
「そうなの?」
「うん、だから心配してたの。もしシモンズさんが何かイヴの事で話を聞くことがあったら、私に教えてくれたら嬉しいな」

 友達思いのリリアはそう言って教室に戻っていった。私もリリアに続いて教室に戻り、イヴの様子を観察した。確かに、貧乏ゆすりをする回数が多く、爪をかじっている時もあり、どこからどう見てもイライラとしている様子だった。どうして気づかなかったのだろうと思うくらい、それを感じ取っていたのはリリアや私だけではなく、意外なあの人も同じだった。

「あの転校生、どうしたわけ?」

 マリリンに誘われて、私はベロニカも交えて三人で昼食を取っていた。マリリンが二人でお昼の取るのがしんどくなった時に、たまに誘われる。その席で、ベロニカがそう切り出した。

「確かに、最近ちょっと様子が変ですよね」

 私がそう言うと、ベロニカは「そうなのよ!」と大きな声で答える。

「私がちょっとちょっかいかけても無視したり、ひどいときには舌打ちなんてするのよ! このハワード公爵家令嬢である私に、貧乏庶民が舌打ちなんて許されると思う!?」

 ベロニカは相当ご立腹だった、マリリンがそれをなだめる。私は心の中で、舌打ち以上にひどい事をしているのでは……? とツッコミをしていた。

「確かに、前はまだ学園に慣れていなかったのかおどおどしていましたけれど、今日はベロニカさんがお声をかけても反応がなかったりしますね」

 マリリンも異変を感じ取っていたみたいだった。二人は何かあったのかしら? と首を傾げていた。

「そう言えば、あの転校生、アルフレッド様に色々ちょっかいかけていてそれも不快だったのよね」
「でも、最近あまり話しているところを見ることはなくなりましたね」
「そうなの?」

 私がマリリンに尋ねると、彼女は頷いた。

「最後に一緒にいるところを見たのはいつだったかしら……? 確か、図書室で見た気がするんですけど」

 私の心臓がドキリと大きく跳ねががった。図書室、アルフレッド、イヴ。私には心当たりがあった。私はマリリンがイヴの事を見かけるよりも前に、図書室でアルフレッドに抱きしめられていた。もしかしたら、イヴはあのイベントを起こすことができなかったのかもしれない。私の心がざわめき始める。幸いなことに二人はそのことに気づいてはいなかった。

「ティナさんは見なかったですか? 今年も図書委員でしょう?」
「う、ううん。見ていないけど」

 とっさに嘘をつく。

「殿下と何かあったのかしら? そもそも、あんな貧乏庶民の分際で皇太子殿下にお声かけする時点で大間違いなのよ。もっと高貴な身分でないと、見劣りするに決まっているわ。最低でも貴族じゃないといけないのに、おぞましい!」

 ベロニカがぷんぷんと怒っているのを見て、マリリンは「そうですわね」と持ち上げた。私は返事も出来ず、不安と愉悦が混じり合うのを表情に出ないよう必死に押し殺していた。私はきっと、イヴが起こすはずだったイベントを奪い取ってしまったのだ。イヴの攻略が失敗してしまったらどうしようという不安がこみ上げる。それと同時に、もしかしたら、と甘い考えが芽生え始めていた。もしかしたら、この世界のヒロインではない私が彼の【ヒロイン】になれるのかもしれない。そんな喜びが春の芽吹きのようにやってくる。

「ねえ、ティナ。私の話を聞いているの?」
「え? あ、申し訳ございません。ちょっとぼんやりしていて……」
「全く! そんなのだからお見合いに失敗するのよ!」

 ベロニカもマリリンも、私の異変には気づいていない様子だった。それにそっと胸を撫でおろす。

 あんなことがあったなんて、誰にも言えない。言いたくない。私とアルフレッドだけの秘密にしていたい。思い出すたびに、胸が暖かくなっていっていく。そして、とある後悔を抱くようになっていた。

 あの時――お兄様が駆け落ちしていなくなってしまった夜。お見合いをする、お婿さんを取るなんて言わなければ、私は彼と共に歩むことができたかもしれないのに。今更こんなことを考えても遅いのに。けど、私は【ヒロイン】としての自分の姿に焦がれてしまうようになっていた。

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