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第1章 人生激変! 婿を取れ、モブ令嬢!

第1章 人生激変! 婿を取れ、モブ令嬢! ⑤

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「な……っ! 泣かなくてもいいだろう? 笑ったり泣いたり忙しい奴め」

 そう言いながら、アルフレッド様は慌てている。私は涙を引っ込めたいけれど、中々うまくいかず、嗚咽交じりになっていく。アルフレッド様は制服のポケットから綺麗にアイロンがかかったハンカチを私に差し出してくれた。

「きっと兄上はすぐに戻る。信じて待っていろ」

 その声は焦りが混じっていたけれど、とても優しいものだった。私は借りたハンカチで目を抑え、何度も頷く。でも、お兄様の姿を思い浮かべるとこみ上げてくるものがある。私が俯いたまま涙を堪えていると、温かな何かが、私の頭に乗った。

「落ち着いたら教室に戻ってこい。教師には私から話をしておくから」
「……ありがとうございます」

 それは、アルフレッド様の手のひらだった。まるで子どもをあやすかのように、ぽんぽんと二度撫でられて、彼は踵を返していく。図書室の本棚の間で、ただじっと立ち尽くしていた。

***

 しばらく時間をおき、私は腫れぼったい瞼を冷ますために手洗いで顔を洗った後、教室に戻る。教室はまだ私の話で持ち切りだったらしく、みんながチラチラと私に注目してくるのが分かった。やっぱり居心地が悪い。大きく息を吐くと、ベロニカがマリリンを引き連れてやって来た。

「大変だったわねぇ、ティナ」
「え、えぇ……まあ、そうですね」
「昨日お父様から速達で手紙が来たの、シモンズさんのおたくが大変みたいだって。私、とてもびっくりしてしまって、みんなにお話ししてしまったわぁ」

 まさか、噂の発信源はベロニカだったらしい。後ろにいるマリリンはちらりと私を見て、すぐに視線をそらしてしまった。まるで「止められなくってごめんなさい」と言っているようにも見える。私は呆れながら「はぁ」とだけ返した。

「これからどうなさるの? 爵位を継ぐ嫡男がいなければ、お家が滅んじゃうかも……お婿さんでももらうしかないんじゃない?」
「え、えぇ、そうなんですが……」
「この私がお父様にお願いして、良家のご子息でもご紹介してさしあげましょうか?」

 きっとベロニカは嫌味でそんな事を言ったのだと思う。けれど、私にはまさに渡りに船だった。

「本当に!?」

 飛び上がって、ベロニカの手を握る。彼女は驚いて、私と自分の手元を交互に見比べていた。

「それ、すっごく助かる! ベロニカのお父様の紹介だって知ったら、うちの父も安心してくれるに違いないわ! ありがとう!」
「え、えぇ、まぁ……」
「本当に嬉しいわ!」

 その勢いのまま、私はベロニカにぎゅっと抱き着いていた。ベロニカの体がぎゅうっと固くなる。私はそれを無視して、強く抱きしめていた。ふっと横を見るとマリリンもびっくりして動けなくなっている。

「私、お父様に知らせないと! 手紙出してくるわね」
「えぇ、気を付けて……」

 呆気にとられたままの二人は私を見送ってくれた。私の足取りは先ほどに比べてとても軽くなっていた。そのまま学園の中にある郵便局へ向かう。便箋セットと切手を買い、さっそく手紙を書き始める。お父様の喜ぶ顔と、お母様が安心する姿が目に浮かず。たとえ性格が悪くても、ベロニカは名門ハワード家の令嬢。商船をいくつも保有し商売上手で、先祖代々王家からの誉れも高い。いい繋がりをたくさん持っているはず、きっとお父様以上に。その期待感で胸の高揚が止まらなくて、いつもなら書くことに困ってしまう手紙もどんどん筆が進んでいく。そろそろ2枚目の便箋にさしかかる……その時、手紙を覗き込むような誰かの影がさした。

「み、見ないでよ!」

 とっさにペンを置いて、手紙を隠した。顔をあげると、そこにいたのは予想だにしない人物だった。

「……アルフレッド様?」

 彼の顔色は、少し悪いようにも見える。

「あの、どうかなさったのですか? 郵便局にご用事ですか?」

 私がほんの少しだけ歩み寄ると、彼はじっと私の手元を見つめ……一気に持っていた便箋を引き抜いていった。

「ちょ……! お、お返し下さ、あぁあああ!!」

 返してもらおうと手を伸ばした瞬間、彼はそれを真っ二つに引き裂いていってしまった。いや、二つに分かれた手紙を四つ、八つ……ついには粉々にしてしまう。私の変な叫びが郵便局中に響いていく。

「な、何をなさるのですか!!」

 相手は皇太子だけれど、もうそんなのは関係ない。やっていい事と悪い事、その境を飛び越えてはいけないのは平民でも貴族でも王族でも一緒! 私が声を荒げると、彼はキッと鋭い視線を私に向ける。それはまるで怒りを孕んでいるようで、でも、どうして彼が怒っているのかさっぱり分からない。

「……見合いをする、そう書いてあったな」
「え、えぇ。お兄様がいなくなってしまったので、私が代わりに家を継いでくれる方をお婿に取ることに変わったのです」

 それが、殿下に手紙を破られる理由になるのか。私は唇をわなわな震わせて浅く呼吸を繰り返す彼の言葉を待つ。
 しかし、それは手紙を破られた以上に衝撃的なものだった。

「見合いなど、許さない」
「……はい?」
「勝手にそのような真似をして……お前は今ここで、俺の妻になると言え!」
「……はぁああ!」

 今度は素っ頓狂な声が響く。だって、彼が今口走った言葉の意味が全く理解できない。

「妻って……何をおっしゃっているのですか!? 気でも狂いましたか?」

 それはまさにプロポーズの言葉そのもの。攻略対象の一人である彼が、ヒロインではなくモブである私にそんな事を言うなんて、冗談としてはあまりにも私を侮辱している。私はフンッとそっぽを向いて、新しい便箋を取り出した。再びベロニカが良い方を紹介してくれると書こうとした瞬間、彼はそれを奪い取り、またびりびりに破いてしまう。私たちの足元には便箋の残骸が広がっていく。

「もー!! 何するのよ! もったいないじゃない!」
「だから! 俺は見合いなどするなと言っているんだ!!」
「何それ! 変な事言って、勝手に決めないでよ!」

 私たちの言い争いはどんどん過激に、そしてエスカレートしていく。彼は私が持っていた残りの便箋も奪い取り、手を高く掲げてしまう。私がどれだけ背伸びしてもジャンプしても、それには届かない。

「手紙書けないじゃない! 返して!!」
「俺の妻になると言えば返してやろう!」
「こっちは家の一大事なの! そんな冗談に付き合っている暇なんてないの!」

 ギャーギャーと喧しい言い争い。気づけば、郵便局には多くのギャラリーが集まっていた。

「ホントだ、皇太子が喧嘩してる……」
「珍しいわね、アルフレッド様が女子生徒と喧嘩だなんて……」

 ひそひそと野次馬が言っている言葉が耳に入る。それを無視して、私たちは便箋を巡って郵便局内で追いかけっこまで始めていた。じりじりと隅っこまで追い詰めても、彼は中々捕まらない。その攻防戦に嫌気がさしてきたとき、褐色の手が彼の腕を掴んだ。

「はい、喧嘩はここまで。何してるのさ、二人で」
「セオドア?」

 そこにいたのは、私の幼馴染であり攻略対象の一人であるセオドア・クーパーだった。セオドアはきょとんとしながら、私とアルフレッドを交互に見比べる。

「クーパーには関係ない。これは、俺とティナ、二人の問題だ。他の者が首を突っ込んでくるのは遠慮願いたい」
「ティナは俺の幼馴染だよ。そんなティナがこんな所で喧嘩しているのは見てられないよ」

 セオドアはケラケラと笑いながらそう返す。

「もういい、セオドア、行こう」
「え? でもあの手紙、ティナのだろ?」
「もういらない。手紙なら今度こっそり書くからいいわ」

 それに、人の目を集めすぎた。ただでさえ嫌な噂が出回っているのに、これ以上悪目立ちするのはやめておきたい。私はセオドアの手首を握って、早足で郵便局を後にする。「ティナ!」と呼ぶ声が聞こえてきたけれど、私はそれを耳に入らなかったことにした。

***

「災難だったなぁ」

 そう言ってセオドアは笑う。それが、たった今の騒動とお兄様の失踪、二つの事を差しているのはすぐに分かった。他人事だと思って……私はため息をつく。

「とてもひどい事をいうのよ、アルフレッドったら!」

 見合いをするなとか、自分の妻になれとか……思い出しただけで疑問が増していく。

「殿下はそういう質の悪い冗談を言うタイプじゃないのにな。まあ、俺は大して親しくないけどさ」

 私だってそれはよく知っている。言葉数は少ないけれど、自分の気持ちや考えをストレートに伝えて、変な事は言わない。アルフレッドルートを何度プレイしたことか……彼はイヴに対してとても真摯で一途で、そして真面目だった。彼の言葉に裏があった事なんてない。だからこそ、今回の彼の行動が理解できなくて困っていた。

「でも、ティナっていつの間に殿下と親しくなっていたんだ?」
「え?」
「殿下だってティナの事名前で呼んでたし、今、ティナだって『アルフレッド』って呼んでたじゃないか? それにさっきの喧嘩だって、こうやって俺と話している時みたいだったよ」

 私は両手で口を覆う。

「ふ、不敬罪で逮捕されるのかしら、私」
「いや、そんな事はないと思うけど。でも、殿下があんな風に話をしているの初めて見たからびっくりしちゃったよ。いつもは自分の事を『私』って呼ぶのに、『俺』なんて言ってさ」

 あの人も人間なんだなとセオドアはまだ笑っていた。

「それにしても、お兄さんの事はびっくりしたよ。まさか駆け落ちなんてする人とは思わなかったからさ。まあ、何とかなるよ」

 セオドアはいつもあっけらかんとしている。でも今は、その明るい姿に救われたような気がした。

 でも、急にアルフレッドがそんな事を言い出した理由。それが全く分からなくて、私はただモヤモヤし続けるばかりだった。
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