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そして、再びつながる二人 ②

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「はるちゃん、今日、外に出たりしてる?」

「え? いいえ、今日は一歩も出てないですけど……」

「そう、良かった」

「何かありました?」


すぐに金曜日はやって来る。バイトも強制的に休みになり、何もすることのない金曜日の夕方、早田先輩がこっそり耳打ちしてきた。


「あのね……玄関の所に、変な人いるんだって」

「へ、変な人?」

「受付の子が言ってたんだよね、何かチラチラ見られてる気がするって」

「怖いですね、それ……警察とか呼んだりしたんですか?」


早田先輩は首を横に振る。


「中に入ってきたわけじゃないし……しばらく様子見って感じ?」

「えー……何か嫌ですね」

「だから、はるちゃんも帰る時気を付けてね」

「はい」


小さく頷くと、早田先輩は自分の席に戻っていった。今日は、早めに帰った方がいいのかもしれない……そう思いながら、私はデスクのパソコンに向き直った。

少しだけ伸びをしていると、ふと柔らかく触れる様な視線を感じる。『あれ』から、何度も同じような視線を感じることが増えた……すべて、副島課長から放たれる物だ。でも、私は絶対そちらを向くようなことはなかった。少しでも情を移すような事があったら、私はすぐに戻っていってしまう。そんなの、誰のためにもならない。定時までの間、私はむりやり集中して書類を片づけていった。

退勤の時間を迎え、私はすぐに会社から飛び出していった。……副島課長の視線が、いつも以上に刺さってくる。痛いくらいに。揺れる気持ちを抑えながら、私は逃げるように定時ちょうどに席を立った。会社の玄関で大きく息を吐く。金曜日だからって、思い出させるようなことしなくてもいいのに。私は頭の中で文句を吐きながら、大股で駅に向かった。


「……ねえ」


そんな私の背後から、誰かが声をかけた。……この時まで、私は早田先輩の言葉をすっかり忘れていた。背筋が強張り、前に進んでいた足がぐっと動かなくなる。恐る恐る後ろを振り返ろうとした瞬間……早田先輩が『変な人』と呼んでいた相手は、思いがけない言葉を口にした。


「はるちゃんでしょ? 久しぶり」

「……た、タッくん?」


私の真後ろにいたのは、副島課長と関係を持つ直前まで付き合っていた元カレだった。数か月ぶりに見るその顔だけど、目立った変化はない。ただ、少しだけ目の下に隈があるように見えた。


「はるちゃん、元気だった?」

「う、うん……タッくんも、元気そうだね」


「じゃあね」とそこで手を振って別れられる雰囲気ではない。ニタニタと人懐っこい笑顔を見せながら、タッくんはもう一歩私に近づく。


「何かあったの?」

「いや……俺さ、もしかしたらはるちゃんちに忘れ物したかもしれなくって」

「忘れ物?」

「うん。先週もちょっと家の前で待ってたんだけど、遅かったんだね」

「あ……」


あの煙草の吸殻は、タッくんが残していったものだったのか。一人で納得した私は、小さく頷く。


「それで、取りに行ってもいいかなって」

「うん、大丈夫。もう帰るだけだから」

「良かった、待ったかいがあったよ」

「……もしかして、ずっと会社の前で待ってたの?」


タッくんは、大きく頷いた。


「はるちゃん逃がすわけにいかないじゃん?」

「でも、電話とかくれたら良かったのに」

「今ちょっと使えなくってさ……」

「大丈夫なの? それ?」

「何? 元カレの心配してくれるの?」


付き合っていた頃の世話焼きが、うっかり癖となっているみたいだ。私はタッくんから少し離れて、駅に向かって歩き出す。


「でも、探し物って何? うちにもうタッくんの物なんて残ってないと思うんだけど……」

「あー、ちょっと見つかりにくいかも。大丈夫、俺場所覚えてるから。見つけたらすぐに帰るよ」

「うん……」


家に入るんだ、と途方もなくがっくりと気落ちする。タッくんは、強引な所がある。副島課長のとは違う、とても身勝手な強引さだ。
私は言葉少なに、タッくんの話を聞きながら帰路についた。タッくんの話は、付き合っていた頃と大して変わり映えのしない所属している劇団とアルバイトの話だった。


「あの、そうだ、タッくん……」

「なに?」


私はキーシリンダーに鍵を差し込みながら、どうしても聞きたかったことをタッくんに問いかけた。


「あのね、貸してたお金って……どうなったかな?」


まるで禁忌の扉を開ける様な、そんな恐怖がある。確かに、もう彼に貸していたお金は諦めたつもりでいた。それでも……ちょっとくらい謝罪があっても良いだろうという甘えが、私の中に残っていたのだ。

その考えなしで隙だらけの甘えは、いつだって身を滅ぼそうとする。理解しているようで、私はさっぱり分かっていなかった。ドアを小さく開けると、背後からガッと……タッくんがドアを押さえつける。慌てて閉じようとしても、力が強くうんともすんとも動かない。


「はるちゃんも、バカだよね」

「え?」

「……ろくでなしの元カレが来ても、全く疑わないんだもん」

「タッくん……?」

「忘れ物とかどうでもいいからさ、ちょっと一回ヤらせてくれない? はるちゃん、えっち好きだったでしょ?」

「でも、付き合ってる人いるんじゃないの?」

「あー? もうとっくのとうに別れてるよ。やっぱり、こういう時はお金なくても手ごろにデキるはるちゃんが一番だと思って」


タッくんが、私の背中を押してドアの中にいれようとする。必死に抵抗しても、若い男の人の力に敵う訳がなかった。
私は、ぎゅっと目を閉じた。まるで祈るように……その祈りは届くわけがない、頭はちゃんと分かっているけれど、ただひたすらに祈っていた。


「……待った」


だから、その祈りが届いた時は……もう死んでもいいくらい嬉しかった。
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