38 / 51
終わりは突然に ②
しおりを挟む先ほどに比べると冷ややかに聞こえるその言葉に、私も頷くほかない。すっかり目が覚めてしまった私も、あちこちに散らばった下着や服を探し始めていた。
「はる、いいんですよ。休んでて」
「でも、こんなところに一人で置いておかれても……」
シュッとネクタイを締めた副島課長が、一糸まとわぬ私の隣に腰を掛ける。そのまますっと肩を抱き、その勢いのまま軽く口づけを交わした。
「寂しい?」
「そういうつもりで言ったんじゃ……」
「ウサギは、寂しがり屋ですからね。……今度は、朝までたくさん可愛がりますから」
そう、耳元でたっぷり甘く囁く。びりびりとした電気のような甘さが、直接頭の中を揺らす。素直にぽっと頬を染める私を見て、「ご主人様」は満足げに微笑んでいた。
***
いつも通りの封筒と、ついでにタクシー代まで受け取ってしまった私は……金曜日の夜なのに、自宅のベッドにいた。適当に服を脱ぎ捨てて、情事の名残も副島課長の体温も全て消え去った体をベッドに横たえる。目を瞑って、何度も深呼吸を繰り返した。さっきまで体の中で渦を巻いていた眠気はどこかに行ってしまい、今の私に残っているのは、眠らなきゃという義務感だけ。
何度かうとうとと、頭が引っ張られるような眠気に襲われたけれど、結局深く眠りにつくことが出来なかった。平日出勤する時間よりも少し遅めに目を覚ました私は、大きく伸びをする。
そう言えば、土曜日にこんなにゆったりとした時間を過ごすなんて……本当に久しぶりな気がする。ご主人様との関係が始まって以来、土曜日といえば、クタクタになりながら朝方帰って来て、そのまま夕方近くまで眠っていることの方が多かった。寝て過ごすというのも無駄な時間の過ごし方だけど……いざ時間ができると、どんな風に過ごしたらいいか分からなくなる。あの関係が生まれるまで、私はどんな休みを過ごしていたっけ?
結局、暇を持て余した私は街に出てソレを潰すことしか思いつかなかった。土曜日の繁華街は混んでいて、そこら中にいるカップルや家族連れがやたらと目に入った。私みたいに一人ぼっちでぶらぶらと当てもなく歩いている人が、逆に目立つくらいに。何だか肩身が狭くなっていくような気分だ……少しだけ肌寒さを覚えた私はそそくさと人ごみの中を抜けていく。
ファッションビルの中に入っても、特に買う物はなかった。それに、まだ服を買ったり贅沢できるほどお金は溜まっていないし……何度か『ペット代』のことが頭の中をよぎったけれど、それを振り払い、冷やかし以下のウィンドウショッピングばかり繰り返す。大分時間が経ったけれど、私の手に握られていたのはそろそろ無くなりそうだったファンデーションが入った袋だった。
無駄に歩いたせいか、足腰がじわじわと痛みだした。家に帰るか、それともどこかで休憩するか……少しだけ悩んで、私は近くにあるコーヒーショップに向かうべく足を進めた。ちょっとくらい贅沢したって、大して影響ないはずだ。
先の事までよく考えない甘えた思考回路だから痛い目ばっかり見るのに……この時ばかりは、そんな私の欠点がすっかり頭から抜け落ちていた。
「あ……」
ガラズ張りのコーヒーショップが近づいてきて、顔を上げた。出入り口のドアが目に入るよりも先に、大きな窓際のカウンター席に座る男女に目が入った。先ほどまで死ぬほど見たカップルだったら、もしかしたら気にしなかったかもしれない。
ただ……そのカップルの男の人の方が、今の私にとってかけがえのない存在になりつつあったから、すぐに気づいてしまったのだと思う。
私はさっと視線をそらし、早足で元来た道を引き返す。早足は駆け足になり、私は人ごみをかき分けて走り出していた。バクバクと速いテンポで心臓が鳴りつづける、焦燥感と波の様に押し寄せつづける胸の痛みが、次第に足を鈍らせていった。私はビルとビルの間の小路に潜り込んで、肩を上下させ忙しない呼吸を繰り返した。ギュッと目を閉じると、先ほどのコーヒーショップのカウンターに座る副島課長の姿が瞼の裏に映る。その表情はまるで私に向けるときのように……ううん、もっとリラックスしたような、柔らかい表情だった。それに、その隣に座っていた女の人にも私は見覚えがあった。忘れられるはずがない、副島課長の家に行った時に見た、あの写真の人だった。
「……なーんだ」
口から漏れる息は熱を持っているのに、その言葉は冷たく、ドスンと音を立てて心の中に落ちていく。ふにゃふにゃと力が抜け、私はその場で座り込んでいた。
「そうだよね、遊びだよね……」
私はただ、ちょっと脅せば手頃に遊べる女だっただけだ。それなのに、どうしていつか対等になれる……恋人同士になれるだなんて、夢を見てしまったのだろう。息を吐きながら、上を仰ぎ見る。ビルとビルの間、小さな隙間から空が見えた。今は、彼の存在があの漂う雲よりも遠く感じる。
0
お気に入りに追加
753
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる