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1 お隣さんは(性にだらしない)アイドル!?
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優奈には「できるだけ自炊して、自信を持ちなさい」と言われているけれど、どうしても台所に立つと気分が悪くなってしまう。だから、ご飯はもっぱら近所にあるコンビニに頼り切り。今日もお昼ご飯と晩ご飯、そして仕事情報誌を買って自宅に戻る。今日は木曜日だから、少しだけ早く寝るつもり。
あれから、Oceansが出演する番組や動画サイトの公式チャンネルを見てみた。MINATO君が眠そうにしていたのはあの朝番組だけで、他の番組ではわりとしっかりとしていた。ファンの人たちが言っていたみたいに朝だけが弱いみたい。
特筆すべきは、あの歌の上手さ! 音域の広さ、特に高音は声が裏返ることなく歌ってのける。そして、ラブソングを歌う時の声の甘さと言ったら……私でもちょっとドキドキしてしまうくらい。KOTA君もYOSUKE君も歌は上手いけれど、やはりMINATO君だけが格別だった。あの朝番組のだらけたような姿を見た後だと、そのギャップにクラッとしてしまいそうになる。
(これが推し活っていうやつかなぁ?)
確かに、生活に張りや潤いが出てきた気がする。……Oceansを見ていると、嫌な事を思い出さなくていい。気を抜いた瞬間、私の脳裏に現れる藤野さんの姿。それを振り払うのにうってつけだった。明日は金曜日、朝からOceansを見ることができる日だ。
マンションの前まで行くと、ちょうど誰かがオートロックを開けているところだった。帽子をかぶりサングラスをかけた男性が、私の事をちらりと見る。私は小さく頭を下げて、彼の隣にいた女の人を見た。このマンションでよく見かけるタイプの綺麗な女の人。もしかして、この男の人がお隣さん? 確かに、背が高くて鼻筋も通っていて、女性にもてそうな雰囲気を醸し出している。彼は女性を盾にしてこそこそとエレベーターの端っこを陣取る。私が行先のボタンを押すと、ちょっとだけ息を飲んだような気がした。私はそれを気にせず『閉』ボタンを押す。ゴウン……と鈍い音を立てて上昇していくエレベーター。ちらりと横を見ると、女性が男性の腕に絡みついたり、首筋に唇を寄せたりしてイチャイチャし始めた。私がいるのに……そう思った瞬間、男性が「おい、やめろって」と小さな声で諫めた。
(……あれ?)
その声音が、私の頭の中で引っかかった。初めて会うはずの人なのに、どうしてだろう? 声に聞き覚えがある。私が誰だったか思い出そうとしている内に、エレベーターが止まった。カップルは足早に降りて行き、私も後に続く。私の目線の少し上で、帽子からはみ出た金色の髪が揺れた。焦ったように玄関の鍵を開けて、家の中になだれ込んでいった。私はそれを見届けてから、自分の部屋のドアを開けた。
部屋に入って、晩ご飯用のお弁当を冷蔵庫にいれ、お昼ごはん用のおにぎりをもってリビングに向かう。リビングのローテーブルの上には優奈から渡された書類やらで散らかっていた。まずは片づけないと……。
「あ」
書類をまとめていると、優奈から貰ったあの雑誌が出てきた。それを見た瞬間、私の頭の中が高速回転し始める。
整った顔立ち、聞き覚えのある声、金色の髪。それらすべてに該当する人物が、その雑誌の表紙を飾っていたからだ。
「う、嘘! MINATO君!?」
思わず大きな声を出してしまう。隣の部屋に聞こえていないか、慌てて壁に耳をくっつけて様子を窺うけれど、何も聞こえてこない。私は胸を撫でおろし、先ほど見た光景を記憶から消し去ろうとするけれど……やはり、あの声は忘れられそうにない。
「も、もし本当にMINATO君だったら……」
それは大変な事だ。だって、人気急上昇中のアイドルが女の子をとっかえひっかえ家に呼んでいるなんて、超特大級のスキャンダル。もしバレたら、Oceansの人気も地に落ちてしまうかもしれない。そんなリスクがあることを、彼は簡単にするだろうか?
「ほ、本物かどうか確認しよう。まずはそれから……」
私の声が震え始める。それもそのはず。だって、彼の弱点なりうる部分を見つけてしまったのだから。
日付が変わって少し経った頃、私は一心にドアスコープを覗いていた。早朝番組の場合、テレビ局に入るのは夜が明ける前だと聞いたことがある。時間がさえ分かれば、出勤する姿を見ることができる絶好の機会。私は寝ずに、息を潜めて待ち続ける。彼が連れてきた女の人はちょっと前に部屋を出て、私の目の前を通り過ぎていった。きっと彼も、もし本当のMINATO君だったら、今頃出かける用意をしているに違いない。私は今か今かと期待しながら、もしくは「どうかMINATO君じゃありませんように」と願いながら、待ち続けた。そして、時計が午前三時を回った頃、ドアが開く音がどこからともなく聞こえてきた。私は息を止め身構える。
(……あぁ)
後頭部を叩きつけられるような、強い衝撃。金色の髪をかきあげて、キャップをかぶっていく男の人の横顔……それは紛れもなく、OceansのMINATOそのものだった。
(……うそ、まじか)
彼が通り過ぎていった後、私は大きく息を吸ってその場でへたり込む。間を置いてから胸がドキドキとざわめきだした。知ってはいけない特大級の秘密を知ってしまった、パンドラの箱を開けるってきっとこんな感じなんだ。
四つん這いになりながら寝室へ向かう。頭から布団をかぶって先ほど目撃した光景を頭の中で何度も繰り返していく。そうしていくうちに、新鮮だったはずの記憶は劣化していき「あれ? 本当にMINATO君だったかな?」と自分自身の頭を疑い出す。
(そうだ! もう一度、確認しなきゃ!)
一度自分自身を疑ってしまうと、信じることは難しい。私は確証が得られるまで、今日と同じことを繰り返した。
それは女の子と一緒に帰ってくる姿だったり、仕事に向かうような様子だったり。私はタイミングが合えば、スコープを覗くようになっていた。忘れてしまったら困るから、たまに消音のカメラアプリを使って写真を撮る。何度も姿を確認しては、「MINATO君だ」「いや、違うかもしれない」と思考の行き来を繰り返す。時々、帽子やサングラスを身に着けないまま外出する光景を見ては「やっぱり本物だ」と思って写真を撮ることがあっても、もしかしたらそっくりさんかもしれないと思うこともある。
そんな事を繰り返す日々を送っている内に、私は遠くから聞こえるエレベーターの到着音が聞こえるようになった。それが聞こえた瞬間ドアスコープにカメラを合わせる。MINATO君(仮)の写真は日替わりカレンダーが作れるくらい溜まっていた。
可愛らしい女の子が嬉しそうに廊下を歩いている。こういうときは、百発百中、MINATO君の部屋に来た子だ。それに続くように、すっかり見慣れた姿が現れる。
「み、み、MINATO君だ」
私はスマホの画面をタップする。その瞬間「カシャッ」とシャッター音が響き渡った。私は思わずスマホを落としていた。その落ちていく音も、静まり返った玄関に大きく響いた。頭の中は「どうして」という言葉でいっぱいになっていく。
どうして消音アプリじゃなくて、普通のカメラアプリを起動していたんだろう? 私のうっかりミスを見逃してくれる……そんな都合のいい事は、あるはずない。
「……ひっ」
ドアから「ドンッ」と大きな音が聞こえてきた。この音には聞き覚えがある、一人になりたくてトイレに閉じこもったときに藤野さんに何回もされた……ドアを蹴る音だ。
「おい、いるんだろ、開けろよ」
いつもの歌声とは違う、怒りを含んだ低い声。ドアの向こうにいる【彼】が怒っている。私の頭はそれに抗おうとしても、体はまるでプログラムされたロボットみたいに動き出してしまう。ドアの鍵を開けて、ゆっくりと開けようとすると、彼はドアノブを掴んで勢いよく開けた。
「お前、何してんの?」
優奈には「できるだけ自炊して、自信を持ちなさい」と言われているけれど、どうしても台所に立つと気分が悪くなってしまう。だから、ご飯はもっぱら近所にあるコンビニに頼り切り。今日もお昼ご飯と晩ご飯、そして仕事情報誌を買って自宅に戻る。今日は木曜日だから、少しだけ早く寝るつもり。
あれから、Oceansが出演する番組や動画サイトの公式チャンネルを見てみた。MINATO君が眠そうにしていたのはあの朝番組だけで、他の番組ではわりとしっかりとしていた。ファンの人たちが言っていたみたいに朝だけが弱いみたい。
特筆すべきは、あの歌の上手さ! 音域の広さ、特に高音は声が裏返ることなく歌ってのける。そして、ラブソングを歌う時の声の甘さと言ったら……私でもちょっとドキドキしてしまうくらい。KOTA君もYOSUKE君も歌は上手いけれど、やはりMINATO君だけが格別だった。あの朝番組のだらけたような姿を見た後だと、そのギャップにクラッとしてしまいそうになる。
(これが推し活っていうやつかなぁ?)
確かに、生活に張りや潤いが出てきた気がする。……Oceansを見ていると、嫌な事を思い出さなくていい。気を抜いた瞬間、私の脳裏に現れる藤野さんの姿。それを振り払うのにうってつけだった。明日は金曜日、朝からOceansを見ることができる日だ。
マンションの前まで行くと、ちょうど誰かがオートロックを開けているところだった。帽子をかぶりサングラスをかけた男性が、私の事をちらりと見る。私は小さく頭を下げて、彼の隣にいた女の人を見た。このマンションでよく見かけるタイプの綺麗な女の人。もしかして、この男の人がお隣さん? 確かに、背が高くて鼻筋も通っていて、女性にもてそうな雰囲気を醸し出している。彼は女性を盾にしてこそこそとエレベーターの端っこを陣取る。私が行先のボタンを押すと、ちょっとだけ息を飲んだような気がした。私はそれを気にせず『閉』ボタンを押す。ゴウン……と鈍い音を立てて上昇していくエレベーター。ちらりと横を見ると、女性が男性の腕に絡みついたり、首筋に唇を寄せたりしてイチャイチャし始めた。私がいるのに……そう思った瞬間、男性が「おい、やめろって」と小さな声で諫めた。
(……あれ?)
その声音が、私の頭の中で引っかかった。初めて会うはずの人なのに、どうしてだろう? 声に聞き覚えがある。私が誰だったか思い出そうとしている内に、エレベーターが止まった。カップルは足早に降りて行き、私も後に続く。私の目線の少し上で、帽子からはみ出た金色の髪が揺れた。焦ったように玄関の鍵を開けて、家の中になだれ込んでいった。私はそれを見届けてから、自分の部屋のドアを開けた。
部屋に入って、晩ご飯用のお弁当を冷蔵庫にいれ、お昼ごはん用のおにぎりをもってリビングに向かう。リビングのローテーブルの上には優奈から渡された書類やらで散らかっていた。まずは片づけないと……。
「あ」
書類をまとめていると、優奈から貰ったあの雑誌が出てきた。それを見た瞬間、私の頭の中が高速回転し始める。
整った顔立ち、聞き覚えのある声、金色の髪。それらすべてに該当する人物が、その雑誌の表紙を飾っていたからだ。
「う、嘘! MINATO君!?」
思わず大きな声を出してしまう。隣の部屋に聞こえていないか、慌てて壁に耳をくっつけて様子を窺うけれど、何も聞こえてこない。私は胸を撫でおろし、先ほど見た光景を記憶から消し去ろうとするけれど……やはり、あの声は忘れられそうにない。
「も、もし本当にMINATO君だったら……」
それは大変な事だ。だって、人気急上昇中のアイドルが女の子をとっかえひっかえ家に呼んでいるなんて、超特大級のスキャンダル。もしバレたら、Oceansの人気も地に落ちてしまうかもしれない。そんなリスクがあることを、彼は簡単にするだろうか?
「ほ、本物かどうか確認しよう。まずはそれから……」
私の声が震え始める。それもそのはず。だって、彼の弱点なりうる部分を見つけてしまったのだから。
日付が変わって少し経った頃、私は一心にドアスコープを覗いていた。早朝番組の場合、テレビ局に入るのは夜が明ける前だと聞いたことがある。時間がさえ分かれば、出勤する姿を見ることができる絶好の機会。私は寝ずに、息を潜めて待ち続ける。彼が連れてきた女の人はちょっと前に部屋を出て、私の目の前を通り過ぎていった。きっと彼も、もし本当のMINATO君だったら、今頃出かける用意をしているに違いない。私は今か今かと期待しながら、もしくは「どうかMINATO君じゃありませんように」と願いながら、待ち続けた。そして、時計が午前三時を回った頃、ドアが開く音がどこからともなく聞こえてきた。私は息を止め身構える。
(……あぁ)
後頭部を叩きつけられるような、強い衝撃。金色の髪をかきあげて、キャップをかぶっていく男の人の横顔……それは紛れもなく、OceansのMINATOそのものだった。
(……うそ、まじか)
彼が通り過ぎていった後、私は大きく息を吸ってその場でへたり込む。間を置いてから胸がドキドキとざわめきだした。知ってはいけない特大級の秘密を知ってしまった、パンドラの箱を開けるってきっとこんな感じなんだ。
四つん這いになりながら寝室へ向かう。頭から布団をかぶって先ほど目撃した光景を頭の中で何度も繰り返していく。そうしていくうちに、新鮮だったはずの記憶は劣化していき「あれ? 本当にMINATO君だったかな?」と自分自身の頭を疑い出す。
(そうだ! もう一度、確認しなきゃ!)
一度自分自身を疑ってしまうと、信じることは難しい。私は確証が得られるまで、今日と同じことを繰り返した。
それは女の子と一緒に帰ってくる姿だったり、仕事に向かうような様子だったり。私はタイミングが合えば、スコープを覗くようになっていた。忘れてしまったら困るから、たまに消音のカメラアプリを使って写真を撮る。何度も姿を確認しては、「MINATO君だ」「いや、違うかもしれない」と思考の行き来を繰り返す。時々、帽子やサングラスを身に着けないまま外出する光景を見ては「やっぱり本物だ」と思って写真を撮ることがあっても、もしかしたらそっくりさんかもしれないと思うこともある。
そんな事を繰り返す日々を送っている内に、私は遠くから聞こえるエレベーターの到着音が聞こえるようになった。それが聞こえた瞬間ドアスコープにカメラを合わせる。MINATO君(仮)の写真は日替わりカレンダーが作れるくらい溜まっていた。
可愛らしい女の子が嬉しそうに廊下を歩いている。こういうときは、百発百中、MINATO君の部屋に来た子だ。それに続くように、すっかり見慣れた姿が現れる。
「み、み、MINATO君だ」
私はスマホの画面をタップする。その瞬間「カシャッ」とシャッター音が響き渡った。私は思わずスマホを落としていた。その落ちていく音も、静まり返った玄関に大きく響いた。頭の中は「どうして」という言葉でいっぱいになっていく。
どうして消音アプリじゃなくて、普通のカメラアプリを起動していたんだろう? 私のうっかりミスを見逃してくれる……そんな都合のいい事は、あるはずない。
「……ひっ」
ドアから「ドンッ」と大きな音が聞こえてきた。この音には聞き覚えがある、一人になりたくてトイレに閉じこもったときに藤野さんに何回もされた……ドアを蹴る音だ。
「おい、いるんだろ、開けろよ」
いつもの歌声とは違う、怒りを含んだ低い声。ドアの向こうにいる【彼】が怒っている。私の頭はそれに抗おうとしても、体はまるでプログラムされたロボットみたいに動き出してしまう。ドアの鍵を開けて、ゆっくりと開けようとすると、彼はドアノブを掴んで勢いよく開けた。
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