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プロローグ

プロローグ ④

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「……ふぁあ」

 美咲は駐輪場に自転車を停めながら、大きくあくびをする。今日は木曜日、後輩とバイトのシフトを変更した日だ。

 世間はクリスマス、至るところでカップルが楽しげにしているのに美咲ときたら、遅くまで本を読んでいせいで少し寝不足だった。

「あ、美咲ちゃん! 美咲ちゃんも今日仕事なの?」

明子あきこさん、こんにちは」

 美咲の自転車の隣に、同じショッピングセンターで働く明子が自転車を停めた。明子は美咲の働く本屋ではなく、その近くにある若い女性向けのファッションブランドで働いていた。おしゃれには、中々厳しい。

「美咲ちゃんってば、またそんな地味な格好して」

 明子は美咲の頭の先からつま先まで、じっくりなめるように見ながら恒例となったファッションチェックという名の小言を言う。スキニージーンズにスニーカー、黒いコートの下はハイネックにチュニック。かわいい、よりも動きやすいことをメインに考えたコーディネートだ。

「もう、クリスマスなのに。デートの予定は?」

「ないです……」

「美咲ちゃんも若いんだから、男の一人や二人はべらせないと!」

 その一人の彼氏を作ることすらできないのに、二人をはべらせるなんて夢のまた夢だ。美咲がぎこちなく笑うと、明子はそんな美咲の背中を強く叩く。

「いっ!」

「可愛い服着たくなったら、いつでもうちのお店おいでね! お姉さん、全力でコーディネートしてあげるから」

「は、はい……」

 明子の明るさにあっけに取られながら、美咲はぎこちなく笑みを作った。

 クリスマスの本屋は、そこまで客が来ない。それは毎年同じことで、多少店員が少なくても問題はなかった。緩やかに流れていく時間を感じながら……そろそろ、閉店の時間の近づいてきたことを確認する。

「美咲ちゃん、本棚の整理お願いしてもいい?」

 店長も、レジで閉店の準備を始めていた。隣のレジに立っていた美咲は、大きく頷く。

「わかりました」

 今日も一日、無事に終わりそうなことに美咲はほっと息を漏らしていた。平和なのが一番、それに今日はクリスマス。世界中の人たちも幸せで平和なひと時を過ごしているに違いない。

(あれ……?)

 美咲が少年漫画売り場に向かうと、近くの高校の制服を着た男の子がなにやら物色していた。きょろきょろとあたりを見渡していて、美咲の目には、その動きがとても怪しく映った。

(あれって、もしかして……)

 美咲は本棚の影に隠れて、高校生の動きをじっと窺い見る。彼はあたりをきょろきょろと見渡し……誰もいない事を確認したのか、最近発売になったばかりの漫画を持っていたカバンの中にしまった。

(やっぱり!)

 美咲の感は当たっていたようだ。驚きのあまり、美咲は言葉を失い少しだけ身震いをする。しかし、万引きの瞬間を見るのは、長くこの本屋で働いていたが見るのは初めてだった。忍び足で店を出ていこうとする高校生の後を、ミサキはこっそりついて歩く。そして、その肩をトントンと叩き声をかけた。

「あの……! 私、見てましたよ」

 マニュアルには、『万引きを見つけたら店長に報告する』と明記されている。しかし、慌てた美咲の頭の中から、そんな言葉はすっかり抜け落ちてしまっていた。美咲が声をかけると、高校生は振り向いた。一瞬で美咲がこの本屋の店員であるということに気づき……走って逃げだしていた。

「あ、あの! ちょっと待ってください!」

 その背中を美咲は追いかけていく、どれだけ走っても若い男子高校生には到底追いつきそうにない。階段を駆け下りていくその背中を見た時には、美咲は肩を上下させ呼吸すらままならない状態だ。

「待って……! 誰か、その人捕まえてください!」

 叫んだ声は、かすれて裏返っていく。それでもその叫び声に反応した別のテナントの店員が、わらわらと店の中から飛び出してくるのが見えた。美咲ももつれた足で、階段を下りていこうとした。

その時……。

「きゃぁあっ!」

 階段を大きく踏み外し……美咲は真っ逆さまに階段を転がり落ちていく。何段かゴンゴンと体にぶつかり、じわっと鈍い痛みが広がっていく。体が大きく跳ね、そして……。

「美咲ちゃん!」

 店長には美咲が階段から落ちていく姿は見えていた。慌てて階段に駆け寄り、階下を見下ろした。

 しかし……そこに美咲の姿はなかった。
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