宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第八章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~彼方~

第八章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~彼方~ ④

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「なにー。……誰それ」

「うちのバカ兄貴とそのお友達みたい。杏奈ちゃん、樹里ちゃん見たりしてない?」

「相沢? そういえば、さっき見送ってから見てないわね。時間、そろそろじゃない?」

「もしかして、プレッシャーに負けて逃げたとか……」

「ありうる。変な顔してたし、緊張してたみたいだし……でも逃げ出すタイプには見えないし」

「もう少し待ってみる? それでもだめなら校内放送でもかけてやろう」

「うん……」


 妹とその友人は不安げな表情をしている。そんな二人に、「今話してるのは、この文字の人?」と聞ける隙はない。


「しょうがねーや、また来ようぜ」

「そうだね、忙しそうだし……少し回ってから、体育館に直接行った方が早いかも」


 佐竹はパンフレットを確認している。三原の妹も好きかってしている自分の兄に堪忍袋の緒が切れてしまったらしく、僕たちはあっという間に追い出されていた。


「ったく。せっかく客になってやってんのに」

「自分の家族が来るのが恥ずかしい年ごろなんだよ、きっと。じゃ、次どこ行く?」

「スイーツ売ってるとこ!」

「ホント、友次郎は甘いもの好きなんだから」


 パンフレットを開いて先に進む二人について行く。学校の中は僕たちの高校の学校祭と同じくらい混んでいて、人々の隙間を縫うように進んでいく。ガヤガヤと賑やかで、耳を澄ましていないと二人の会話すら聞き漏らしてしまうくらいだった。


(……え?)


 そんな僕の耳に、聞いたこともないメロディが流れ込んできた。二人から離れて、そのメロディの出所を探す。ふらふらと導かれるように、僕は階段の下に立っていた。心惹かれたのは、そのメロディだけではない。時折聞こえてくるか細い歌声が、その歌詞が、僕が知っている……僕しか知らないものだったからだ。階段を一段昇るたびに、心臓がバクバクと太鼓を打ち鳴らすみたいに響き渡る。痛いくらいに。あと少しで昇りきるというところで、その歌は終わってしまった。思わず拍手をすると、踊り場から動揺するような布切れの音が聞こえてきた。

 この先に、あのノートの相手がいる。僕の心には揺るがない確信が芽生えた。一歩踏み込もうと思っても、足が緊張してぶるぶると震えていた。第一声は、どうしようか。なんて声をかければ、相手に不審がられないだろうか。いくら考えても答えは出てきそうにない。僕は大きく息を吸って……当たり障りのない事だけを言うことにした。


「……いい曲だね。その歌、誰の歌? 初めて聞くけど」


 何も知らないことを装ってしまう。もう無関係な相手ではないのに、どうしても憶病になってしまう。マイナスイメージを持たれること、それだけが怖くて仕方がない。


「……え? あ、あの……これ、私が作った曲なんです」

「君が?」


 もちろん、僕はよく知っている。……彼女は、小さな声で「はい」と返事をしていた。


「すごいね、自分で曲を作ることができるなんて」

「そ、そんなことないです!」

「……すごいよ、すごい」


 自分を取り囲む檻から出るために、自ら羽ばたいて飛んで行ってしまう。その姿は、逃げることしかできなかった僕にとってあこがれを抱く存在であり……今の僕には、似通う部分が多かった。「好きな物」をずっと好きでいるために、僕たちは歩き方を変えたのだ。


「こ、これから、体育館のステージで歌うんです。今の曲、でも、怖くて」

「……怖い?」


 聞き返すと、彼女が息を飲む声が聞こえた。そして、古びた箱を開けるように恐る恐ると語り始める。


「誰も来なかったらどうしよう、とか、失敗して変な空気になったらどうしよう、とか……」

「……君は、どうして曲を作ろうと思ったの?」

「えっと……」 


 僕は知っている。悩んで悩んで、どれだけピアノを弾いても晴れない心があった日を。その返事を待っていると……思いがけない言葉が僕の耳に届いた。


「本当は、嫌な事ばっかりあって……でもどれだけピアノを弾いても気持ちが晴れなくって。それを愚痴ったんです、そしたら……『曲を作ってみたら』って背中を押してくれた人がいて。私、それがすごい嬉しくって! ……この歌を、いつか一番気持ちを伝えたい人に届けるのが、今の夢なんです」


 はっと息を飲んでいた。まさか、本当に……彼女の感謝の気持ちがこちらに向いているなんて、それを伝えたいのは僕の方なのに。

 僕は声を震わせないように、とても静かに口を開いた。


「……届いたよ」

「え?」

「君が今まで頑張っていたことも、全部。……失敗してもいいと思う、先人たちだってきっと何度も失敗を繰り返してきた。その歌だってきっと、今まであった嫌なことや嬉しいことの積み重ねなように」


 いつか、あのノートの書かれていた言葉。そっくりそのまま、返す日が来た。あの言葉に、僕は慰められた。高く築いていた壁を乗り越えて、友達を作ることもできた。君が頑張ったおかげで、僕も頑張ることもできたのだと。その全てを込めて。


「あ、彼方! 探したよ~」


 振り返ると、三原と佐竹が階段の下にいた。僕を探していたみたいで、額からはじんわり汗が滲んている。僕は慌てて階段を下りていく。

 今会うことが出来なくても、僕はもう、出会う方法を知っている。だから心の中でそっと、エールを送る。大丈夫、君ならできる。


「さて、そろそろステージの時間だし、行くか~! なんか全然回れてないけど、妹の友達の晴れ舞台だしな」


「でも、偉いよね友次郎は。僕だったら妹のステージの発表会とか行かないと思うけど」

「やっぱりさ、あのおてんばと友達になってくれたってだけで嬉しいんだよな。口悪いけど、俺にとったら可愛い妹だし。ま、感謝がてらってとこか」

「妹思いだなー。ほら、行くよ」

「あ、ああ……」


 二人は地図を見ながら体育館に向かって歩き出していた。僕は少し声を張り上げて、その二人を呼び止める。


「な、何? 急にびっくりした……」

「なんだよ、トイレか?」

「違うよ。……二人とも、ありがとう」

「え?」

「ずっと言えなかったから。……友次郎も智和も、僕の友達になってくれて、ありがとう」


 二人は顔を見合わせた。照れているのか、頬がピンク色に染まっている。


「そ、そういうイイ感じの話は、今ここですることじゃないだろ!」

「そうそう。もっと落ち着いた時に言ってよ! びっくりしちゃったじゃないか」

「言いたくなったんだよ。ほら、行こう」


 僕は二人から地図を奪って、体育館に向かって歩き出していた。

 体育館に着くと、友次郎の妹とその友達がせわしなく待っていた。


「げ、本当に来たバカ兄貴」

「いいだろ? 楽しみにしてたんだから」

「まったく、静かにしてよね」


 妹は、ふんっと鼻を鳴らして仏頂面をした。僕は意を決して、そんな彼女に話しかける。


「あのさ、お願いがあるんだけど……いい?」

「お、お願い?」


 肩をびくりと震わせた彼女は、怪訝そうな顔で僕を睨んだ。思わず苦笑してしまう。


「このステージが終わったら、君の友達に会わせて欲しいんだけど……」

「何ですか? ……もしかして、樹里ちゃんにナンパですか?」


 怪訝そうな視線が、一気に不審人物を見るそれに変わった。僕は小さく首を振る。


「きっと、『一言ノート』って言えば伝わると思うから」


 彼女は首を傾げて何か言い返そうとしたが、始まりを告げるように、幕がゆっくりと開いた。ステージの灯りが、真っ暗になった体育館に差し込む。
 今まですれ違ってばかりだった、互いが書いた文字しか知らなかった二人の……新しい日々を告げるように、ピアノの音が響いた。
 僕は知っている。出会う事すら叶わないと思っていたその歌は、確実に僕の心に届いたことを。これは、この宇宙にひとつしかない、ラブ・ソングだ。
 僕たちをめぐり合わせるための、たった一つの方法だ。
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