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第六章 見せたい景色
第六章 見せたい景色 ①
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「……今まで歩んできたことに、無駄な事なんて一つもない」
僕は一言ノートを読んで、ぽつりと呟いていた。その呟きは、子どもたちの歓声に紛れて誰にも聞こえていない。しかし、僕の胸にはじわりと染み込み始めた。ノートを閉じて、僕は頭の中で何度もその言葉を繰り返していた。このノートの相手にも、いろんなことがあったようだ。それでも前を向いて、歩こうとしている。友達が出来ない、環境が良くないと嘆いているだけだった人が。書いた人の父親の言葉だけではなく、その姿勢に僕は背中を押されている。僕はノートを閉じて、前を向く。視界がぐっと広がりだした気がした。
しかし、たとえ背中を押されたとしても、僕の足はすくんでしまう。心がすっかり凍り付いたように、足も冷たく意志という熱を奪っていく。一歩も動けない僕は、その言葉に布をかけてそのまま【子ども図書館】から去っていた。
「彼方、ロケットのスカートなんだけど……角ばってるんじゃなくって、流線型に滑らかにするのはどうかな?」
「あ、ああ。良いと思う」
「だよね、空気抵抗も減りそうだし」
学校祭も間近に迫り、学校中装飾品で彩られ始めている。僕たち三人のペットボトルロケット作りも佳境に迫っている。ロケットに取り付ける羽の改良を続け、少しずつ遠くに飛ぶようになってきた。佐竹は手先が器用で、三原よりも役に立っている。今日だって、新しく作ったペットボトルロケットの羽を、学校について早々席についていた僕に見せてきた。完成に向けて、部品は揃いつつある、しかし……。
「後は、本体だよね……」
佐竹はため息をついた。僕も、釣られたように深く息を吐く。付属品の完成は近いのに、肝心のロケット本体はどこにもない。じろりと三原を見ると、額から冷汗を垂らした。
「全く、どうして爆発させちゃうかな友次郎は」
「ご、ごめん!」
残っていた最後のペットボトルで作ったロケットは、昨日、三原がまた爆発させた。彼の頑張りと気合が空回りした結果と言えども、材料がなくなった今、僕たちの歩みはぴたりと止まってしまっている。
「どうする? もう飲み物買ってきて前祝いにパーティーでも開く? お金もったいないけど」
「三原が出すなら」
「え? 俺が~」
「そりゃ、友次郎がやらかしたんだから責任取らなきゃ」
「彼方も智和も、ひどくない? 連帯責任って言葉あるだろ?」
「……ない」
僕はけんもほろろに三原の嘆願を振り払う。しかし、耳元には彼が読んだ僕の名前がこびりついていた。まだ、この二人に名前で呼ばれることは慣れなかったし、僕も一向に下の名前で呼ぶことはなかった。そのハードルはまだ高く、それを乗り越えるには、やっぱり二人にアノ話をしなければと思ってしまう。僕はもう一度、二人には気づかれないようにため息をついた。
「あの……」
佐竹と三原が小競り合いをしているとき、僕の机にそっと誰かが近づいてきた。顔をあげると、クラスメイトの女子が立っている。手には、ビニール袋が握られていた。
「あ、伊藤じゃん。どうしたの?」
三原もそれに気づいたようで、僕がするべき返事をさらっと奪っていく。
「これ、困ってるみたいだから」
そう言って、伊藤と呼ばれた彼女は袋の中から……ペットボトルを取り出した。三原と佐竹は大きな歓声を上げる。
「ありがとう、伊藤さん! 今ちょうど欲しかったところだったんだ!」
「良かった、役に立てて。あのさ……」
「ん?」
伊藤は、気まずそうに口を開く。
「今まで、何か無視した感じになっちゃって、ごめんね。三人ともすごく頑張ってるから、私も少しくらい協力しないとって」
そう言って、恥ずかしそうに伊藤は顔を伏せた。その表情は、本当に申し訳なさそうに思っているように映る。
「いいってことよ! 俺らだって楽しんでるしさ」
「そうそう。でも、今回だけは助かったよ、ありがと」
「あの、もし私でも役に立てることがあったら言ってね。協力するから」
伊藤は、軽く手をあげて女子の輪に戻っていく。僕の机の上には、ペットボトルが三本も。とりあえずの材料は揃いそうだ。ほっと息をつく。
「これで何とかなりそうだね、彼方」
「……三原が爆発させなきゃな」
「大丈夫だって! 安心しろ!」
「友次郎が言うと不安なんだよなぁ……」
そう言って佐竹は、からっとした笑顔を見せた。僕も釣られて、小さく笑みができる。それと同時に、クラスメイトの男子が大きな声をあげた。
「な、何?」
驚いたのは僕だけではなく、三原も佐竹も同じだったようだ。僕たちが目を丸めているのを見て、クラスメイトは大きな声を出して笑った。
「な、なんだよ。そんなに驚かなくっていいじゃん……俺はただ、野々口が笑っているとこなんて、初めて見たなと思っただけで」
「そうだね、彼方は普段あんまり笑わないから。他の人から見たら新鮮かも」
「俺らだって慣れてないよな、彼方が笑うの」
「……いいだろ、別に僕が笑っていても」
「いいけどさ。でも、何か隠れて笑うっていうか……一緒になって笑う事って少ないかもな」
「そうそう。何だかまだ彼方との距離を感じるよ、僕は」
神妙に頷いて見せる二人を見て、僕はまた二人との距離を感じていた。ふっと視線を下げると、先ほどのクラスメイトが、佐竹が作ってきたばかりの羽をいじっている。
「なあ、俺でも手伝えることある?」
「……え?」
「ペットボトルロケット。お前らだけにやらせるのわるいし……なんか、三人見てたら楽しそうだし」
「……それは」
「お! いいぞ!」
僕が返事に困っていると、三原が胸を張って答えていた。
「ただし、彼方のいう事は必ず聞くこと。それが条件だ」
「友次郎こそ、彼方の指示あんまり聞いてないじゃん」
「い、いいんだよ! 俺は特別! でも、彼方はすごいからな」
「え?」
「うん、僕もそう思う。彼方、ロケットの射出角度と水の量と、あとプッシュした回数で簡単に飛ぶ距離計算しちゃうし……あれは凡人にはできないね」
「そりゃそうだろ、野々口、全国模試トップだぞ」
僕は一言ノートを読んで、ぽつりと呟いていた。その呟きは、子どもたちの歓声に紛れて誰にも聞こえていない。しかし、僕の胸にはじわりと染み込み始めた。ノートを閉じて、僕は頭の中で何度もその言葉を繰り返していた。このノートの相手にも、いろんなことがあったようだ。それでも前を向いて、歩こうとしている。友達が出来ない、環境が良くないと嘆いているだけだった人が。書いた人の父親の言葉だけではなく、その姿勢に僕は背中を押されている。僕はノートを閉じて、前を向く。視界がぐっと広がりだした気がした。
しかし、たとえ背中を押されたとしても、僕の足はすくんでしまう。心がすっかり凍り付いたように、足も冷たく意志という熱を奪っていく。一歩も動けない僕は、その言葉に布をかけてそのまま【子ども図書館】から去っていた。
「彼方、ロケットのスカートなんだけど……角ばってるんじゃなくって、流線型に滑らかにするのはどうかな?」
「あ、ああ。良いと思う」
「だよね、空気抵抗も減りそうだし」
学校祭も間近に迫り、学校中装飾品で彩られ始めている。僕たち三人のペットボトルロケット作りも佳境に迫っている。ロケットに取り付ける羽の改良を続け、少しずつ遠くに飛ぶようになってきた。佐竹は手先が器用で、三原よりも役に立っている。今日だって、新しく作ったペットボトルロケットの羽を、学校について早々席についていた僕に見せてきた。完成に向けて、部品は揃いつつある、しかし……。
「後は、本体だよね……」
佐竹はため息をついた。僕も、釣られたように深く息を吐く。付属品の完成は近いのに、肝心のロケット本体はどこにもない。じろりと三原を見ると、額から冷汗を垂らした。
「全く、どうして爆発させちゃうかな友次郎は」
「ご、ごめん!」
残っていた最後のペットボトルで作ったロケットは、昨日、三原がまた爆発させた。彼の頑張りと気合が空回りした結果と言えども、材料がなくなった今、僕たちの歩みはぴたりと止まってしまっている。
「どうする? もう飲み物買ってきて前祝いにパーティーでも開く? お金もったいないけど」
「三原が出すなら」
「え? 俺が~」
「そりゃ、友次郎がやらかしたんだから責任取らなきゃ」
「彼方も智和も、ひどくない? 連帯責任って言葉あるだろ?」
「……ない」
僕はけんもほろろに三原の嘆願を振り払う。しかし、耳元には彼が読んだ僕の名前がこびりついていた。まだ、この二人に名前で呼ばれることは慣れなかったし、僕も一向に下の名前で呼ぶことはなかった。そのハードルはまだ高く、それを乗り越えるには、やっぱり二人にアノ話をしなければと思ってしまう。僕はもう一度、二人には気づかれないようにため息をついた。
「あの……」
佐竹と三原が小競り合いをしているとき、僕の机にそっと誰かが近づいてきた。顔をあげると、クラスメイトの女子が立っている。手には、ビニール袋が握られていた。
「あ、伊藤じゃん。どうしたの?」
三原もそれに気づいたようで、僕がするべき返事をさらっと奪っていく。
「これ、困ってるみたいだから」
そう言って、伊藤と呼ばれた彼女は袋の中から……ペットボトルを取り出した。三原と佐竹は大きな歓声を上げる。
「ありがとう、伊藤さん! 今ちょうど欲しかったところだったんだ!」
「良かった、役に立てて。あのさ……」
「ん?」
伊藤は、気まずそうに口を開く。
「今まで、何か無視した感じになっちゃって、ごめんね。三人ともすごく頑張ってるから、私も少しくらい協力しないとって」
そう言って、恥ずかしそうに伊藤は顔を伏せた。その表情は、本当に申し訳なさそうに思っているように映る。
「いいってことよ! 俺らだって楽しんでるしさ」
「そうそう。でも、今回だけは助かったよ、ありがと」
「あの、もし私でも役に立てることがあったら言ってね。協力するから」
伊藤は、軽く手をあげて女子の輪に戻っていく。僕の机の上には、ペットボトルが三本も。とりあえずの材料は揃いそうだ。ほっと息をつく。
「これで何とかなりそうだね、彼方」
「……三原が爆発させなきゃな」
「大丈夫だって! 安心しろ!」
「友次郎が言うと不安なんだよなぁ……」
そう言って佐竹は、からっとした笑顔を見せた。僕も釣られて、小さく笑みができる。それと同時に、クラスメイトの男子が大きな声をあげた。
「な、何?」
驚いたのは僕だけではなく、三原も佐竹も同じだったようだ。僕たちが目を丸めているのを見て、クラスメイトは大きな声を出して笑った。
「な、なんだよ。そんなに驚かなくっていいじゃん……俺はただ、野々口が笑っているとこなんて、初めて見たなと思っただけで」
「そうだね、彼方は普段あんまり笑わないから。他の人から見たら新鮮かも」
「俺らだって慣れてないよな、彼方が笑うの」
「……いいだろ、別に僕が笑っていても」
「いいけどさ。でも、何か隠れて笑うっていうか……一緒になって笑う事って少ないかもな」
「そうそう。何だかまだ彼方との距離を感じるよ、僕は」
神妙に頷いて見せる二人を見て、僕はまた二人との距離を感じていた。ふっと視線を下げると、先ほどのクラスメイトが、佐竹が作ってきたばかりの羽をいじっている。
「なあ、俺でも手伝えることある?」
「……え?」
「ペットボトルロケット。お前らだけにやらせるのわるいし……なんか、三人見てたら楽しそうだし」
「……それは」
「お! いいぞ!」
僕が返事に困っていると、三原が胸を張って答えていた。
「ただし、彼方のいう事は必ず聞くこと。それが条件だ」
「友次郎こそ、彼方の指示あんまり聞いてないじゃん」
「い、いいんだよ! 俺は特別! でも、彼方はすごいからな」
「え?」
「うん、僕もそう思う。彼方、ロケットの射出角度と水の量と、あとプッシュした回数で簡単に飛ぶ距離計算しちゃうし……あれは凡人にはできないね」
「そりゃそうだろ、野々口、全国模試トップだぞ」
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