宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第五章 はじめての【夢】

第五章 はじめての【夢】 ⑥

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「良かったね、丸く収まって」


 私がそう言うと、真奈美ちゃんは深々と神妙に頷いた。


「じゃ、樹里ちゃん。申込用紙書こうか」


***


「二人で顔つき合わせて、何してんの?」


 次の日のお昼休み、真奈美ちゃんと机を合わせて、私は作曲のために用意していたノートを開いていた。そこに、パンをかじりながら近づいてきた。とっさにノートを隠そうとしても、真奈美ちゃんがそれを阻止する。


「樹里ちゃん、曲作ってるの」

「え? あんた、そんなことまでできるの?」

「ま、まだ初心者ですので……」

「ふーん。それ見ても全然わかんないや」


 書き記された楽譜を見ても、杏奈ちゃんは分からなかったようで首を傾げる。


「それでね、これ完成させて学校祭のステージ発表でやるんだ」

「へ~。よくやるね、あんなの」


 私も、出来ることならやりたくはない。しかし、真奈美ちゃんの強い押しに負けてしまって、昨日の帰り際申込用紙を学校祭実行委員に提出してしまった。今年は集まりが悪かったらしく、とても感謝されたのをよく覚えている。


「これ、弾くだけ?」

「え?」

「せっかくステージに出るなら、歌えばいいじゃん」

「え……む、無理無理無理! 絶対無理!」

「それ、ナイスアイディア!」


 必死で首を横で振る私をよそに、真奈美ちゃんも杏奈ちゃんも何だか盛り上がっていく。


「インスト曲より、聞いてる人は楽しいしね」

「そうそう。ただの曲聞いててもつまんねーもん」

「わ、私作詞なんてしたことない! そもそも、作曲だって初めてなんだから!」


 それにインストゥルメンタルな楽曲だっていいじゃない! と反論したい気持ちでいっぱいだ。その言葉は、真奈美ちゃんがぐいっと身を乗り出して遮ってしまう。


「大事なのは、自分の気持ちを乗せることだってうちのお兄ちゃんだって言ってたでしょ? そうしないと、誰の心にも届かないよ」


「そ、そうだけど……」

「今樹里ちゃんが、誰かに届けたい気持ちって何?」


 頭の中で、私の体がぶわっと浮き上がる。まるで空を飛ぶように、私の暮らす街を俯瞰していた。家には、きっとお母さんがいる。まだあまり話したいとは思わないけど、いつか必ず、私の気持ちを理解してもらわなければいけない。でも、それは……私の姿を見て、強張ったお母さんの心がほぐれた時。今は、私のやるべきこと、曲を作ることを考えたい。お父さんは、きっと大学にいる。私が今何を思っていても、きっと暖かく受け入れてくれる。だって、応援すると言ったのだから。それなら、私が今、誰かにどうしても届けたい気持ちって……。


(あった……)


 【子ども図書館】には、今日もたくさんの子どもたちがいるだろう。春恵さんがいつもいるカウンターには、一言ノートが置いてある。そのノートには、私の背中を押してくれた人が……たとえ届かなくても、今溢れる感謝を伝えたい相手が、いる。


「書けるかも、歌詞」

「え? 本当に!?」

「へぇ~、どんな感じにすんの?」

「あのね、私がうじうじ悩んでいるときに『曲作ったらどう?』って勧めてくれた人がいるの。その人に、ありがとうって感謝を伝えたい」

「へぇ~。それ、どんな人?」


 杏奈ちゃんは近くから椅子を引っ張り出して、どかっと音を立てるように座った。すっかり話を聞く体勢になってしまっている。


「いつも行く図書館があるんだけど……そこにね、『一言ノート』っていう来た人が好きな事書いていいノートがあって」

「うん」

「そこに愚痴を書き込んだときに、返事をくれる人」


 初めて見た時は、むっと腹が立ったことを覚えている。それでも、あのノートを読んだ中でたった一人、私の言葉に向き合ってくれた人。その存在がいてくれることに、感情を揺さぶれるようになったのはいつだろう? 曲を作ってみればと言われた時だろうか? それとも……あの悩みを打ち明けられた時だろうか?

 気づいたら笑みを浮かべていたらしくて、真奈美ちゃんと杏奈ちゃんはポカーンと口を開けていた。


「え? な、何?」

「いや……なんか、ねえ」

「あんた、その人好きなの?」

「は、はぁあ!? 何てこと言うの?」

「だって……その人の事話してる時の樹里ちゃん、嬉しそうだったから」

「頬っぺたなんて、赤くしちゃってさ」

「え? え、え……えぇ!?」


 指先で頬に触れると、確かに赤くなっている。


「でも、会ったこともないし……顔も分からないような人なんだよ? そんな人の事、好きになるわけ……」

「でも、ロマンチックじゃない? お互いの顔も素性も知らないのに、惹かれてしまうなんて」

「ハイリスクすぎるでしょ……三原、夢見すぎ」

「でも、杏奈だってこのノートの相手がもしかっこいい男の子だったら好きになっちゃわない? 自分の背中を押してくれた人がそんな人だったら」

「まあ、そうだけどさ」


 私はいつの間にか蚊帳の外、真奈美ちゃんと杏奈ちゃんだけが盛り上がっていく。口を挟む隙も無いので、私は自分の胸に手を当てて深く考える。
 ノートの相手に対する感謝は、山のようにある。私の背中を押してくれたこと……そのおかげで、私に友達が二人もできた。でも、それをすぐさま「好き」という感情につなげるのは、少し違うと思う。もちろん、杏奈ちゃんが言うように、顔どころかどんな人なのかもさっぱり分からない。私が知っていることと言えば、細い文字を書くことと、過去の事。もしこれから先出会うことがあっても、気が合ったり……仲が発展することでもあるのだろうか? 私は小さくため息をつく。


「ねえ、樹里ちゃん!」


 ぼんやりと考え事をしていると、真奈美ちゃんが声を張り上げて私の名前を呼ぶ。


「な、何?」

「樹里ちゃんにとって、人好きになることだと思う? 杏奈ってば、キスしたくなったらとか言い出して……」


 真奈美ちゃんの唇がわなわなと震えて、顔が真っ赤になっていく。


「杏奈ちゃん、オトナだね……」

「だって、そうでしょ? 大事なのは相性なんだから。それで? 相沢は?」

「私? 私はねぇ……」


 少し考え込む。ちらりと外を見ると、雲一つない晴天で……鮮やかな青がいっぱいに広がっている。私はそれを見て、きれいだなと無意識に思っていた。


「私は……綺麗だとおもった景色を、その相手に見せてあげたいと思う事、かな?」

「樹里ちゃん、ロマンチック~」

「そ、そうかな?」

「でも、素敵だと思う」


 真奈美ちゃんはにんまりと笑った。
 会ってみたいとは思う。直接、ありがとうって言いたい。でも、私の気持ちは今ここにいても届くことはない。

 放課後、学校祭の準備を終わらせてから私は【子ども図書館】に向かう。図書館は閉館ギリギリで、春恵さんには「ずいぶん遅くに来たわね」と呆れられた。私は一言ノートを開く。あの私のメッセージの下には『話を聞いてくれてありがとう』といつものあの細い字で書かれていた。その言葉を言いたいのは私の方だよ、と私はそっとノートを閉じた。
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