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第三章 一歩前に進む勇気

第三章 一歩前に進む勇気 ④

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「ただいまー、あれ、真奈美、友達連れてきたの?」

「うん、同じクラスの相沢さん。相沢さん、これうちの二番目の兄。バカが移るから口きかなくっていいよ」

「え?」

「何だよ、すぐ人の事バカ呼ばわりしやがって」

「だってそうじゃん~。じゃ、行こう相沢さん。途中まで送るから」

「う、うん。お邪魔しました」

「ばいばーい、今度来たときゆっくり話でもしよう」

「絶対にさせないから!」


 三原さんに腕を引っ張られて、私はあわただしく外へ飛び出していく。すっかり夜も更けていて、周囲は真っ暗だ。


「今日、ありがとう」

「え? いいのいいの! 私こそ急に連れ出してごめんね!」

「ううん、嬉しかった。私、高校入ってから人に誘われるの初めて」

「そっか。相沢さんって、一人でいるの好きな人?」

「え?」

「だって、いっつも一人でご飯食べてるし……孤高を好む一匹オオカミタイプなのかなって」


 とんだ誤解だ。ぶんぶんと首を横に振って否定する。


「そうなんだ!」

「うん。私、入学式から一週間くらい休んだから……友達作るチャンス見失っちゃって」

「同中の子からは?」

「同じクラスにいる同中の子……新田さんなんだ」

「あぁ~……」


 その名を言うと、三原さんは一気にトーンダウンした。


「あんまり合わなさそう、新田さんと相沢さん。私もちょっと苦手、何かキャラ合わないって言うか」


 私と同じように思っている子がいて、少し安心する。


「それならさ、明日からお昼とか誘っていい?」

「え?!」


 飛び上がりそうなくらい驚いていると、三原さんは「そんなにびっくりしなくても」と気まずそうに笑った。


「私ね、ずっと相沢さんと話してみたかったんだ。合唱コンクールの練習始まったくらいから」

「そ、そうなの?」

「うん、ピアノ上手ですごいなって。私も昔習ってたんだけど、全然うまくならなくて辞めたの。だから憧れてたっていうのもあるけど、最初の練習の時あったじゃん」

「う、うん」

「あの時、楽譜渡されてすぐサラサラサラ~って弾いたじゃん! あれすごいなって思って……ずっと話しかけてみたいなって思ってて。今日、やっと」

「あれは、家で初見演奏の練習してるから……」


 どんな楽譜を渡されてもすぐに対応できるように。そう言って、お母さんはレッスンの中に今まで見たことのない楽譜を渡す。それをうまく弾くことができないと、私の真後ろで貧乏ゆすりを始めてしまう。それが嫌で、初見練習だけは丁寧にするようになっていた。


「でもすごいなぁ~って思ってて。ねえ、樹里ちゃんって呼んでもいい?」

「え?」

「私の事も、真奈美とかマナとかでもいいからさ。友達になったのに、苗字で呼び合うなんてなんか白々しいじゃん」

「それなら……真奈美、ちゃん?」

「ふふ! これで友達だね」

「う、うん! よかった、もう高校でずっと友達出来ないかと思った」

「そんなに?」

「うん。……友達もできないし、お母さんのレッスンもすっごい怖いし……私ね、いっつも【子ども図書館】っていうところに行って、そこの司書さんにずっと愚痴言ってたの」

「へぇ……」


 突然こんなことを言われても、真奈美ちゃんだって困るに違いない。それでも、私の口は止まることを知らない。


「そこにね、一言ノートっていうノートがあるの。来た人が何でも好きに書いていいんだけど、そこにも愚痴書いたの。……イライラしすぎて、どんな曲弾いても気分が晴れない。そう思って。そしたらね、『それなら、自分で曲書いてみたら?』って誰かに書かれて」

「それで、自分で作ろうと思ったの?」

「うん。そんな事考えたことなかったし、どうやったらいいのかも全然わからなかったけど……そのおかげで、友達が出来た」


 きっかけは全然違うこと。それなのに、あっという間に友達になってくれる人が現れた。私の胸の中に、見知らぬあの細い文字の主に対する感謝が溢れてきた。


「それがなくても、きっと友達になってたよ、私たち」

「え?」

「だって、ずっとお話してみたいなって思ったんだもん、私。いつか絶対話しかけてたよ」

「本当に?」

「うん、本当に」

「そっか……」


 分かれ道で、私は立ち止まった。「ここまででいいよ」と言うと、真奈美ちゃんは「大丈夫?」と首を傾げた。


「大丈夫、これ以上行くと真奈美ちゃんも帰るの遅くなるでしょ?」

「そう? じゃあ、私はこれで……」

「うん、今日はどうもありがとう」

「こちらこそ、無理言ってごめんね」

「ううん。嬉しかった、お兄さんにもありがとうって伝えておいて」

「はーい。また、明日ね」

「うん、学校で!」


 お互いに手を大きく振って、別れを告げる。少し歩いて振り返っても、真奈美ちゃんはそこで手を振り続けていた。私が小さく手を振り返すと、それに応えるように大きく。それが嬉しくて、何度も何度も、真奈美ちゃんが見えなくなるまで振り返っていた。

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