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3.尋問は得意じゃない
しおりを挟む「さて、教えてもらおうか」
「……それは良いんだけどさ」
昼休み。給食という尊い存在とお別れした俺の手を取ったのは、何よりも慣れ親しんだお袋の味。
俺は意気揚々と母さんが早起きして作ってくれたお弁当を食べようと弁当箱を取り出したところで、矢掛くんから声をかけられてしまった。
今朝の件だろう。説明すると言ってしまった以上、その約束は果たさなければならない……幸い信濃さんは昼休みが始まると、すぐに教室を後にしていた。先ほど図書館に行きたいと言っていたので、恐らくそれが目的だろう。
「なんか……多くない?」
「そりゃあそうさ! 北中出身なら、今回の一件を見逃すわけには行かないんだ!」
我らが一年三組の北中出身生徒六名に加え、他のクラスからもちらほらと来ているようだった。
十人程度の男女に席を囲まれる……中々迫力のある光景に少し気圧される。
「信濃さんが誰かとまともに会話をするところなんて、僕たち北中出身の人は見たことがない。黒澤くんがどんな事をしたのか、聞かせてもらおうか」
「まぁいいけどさ……」
なんで尋問みたいなことされてるんだ、と零しそうになるところをぐっと押さえ、俺は昨日の出来事を簡単に説明する。
その中で、彼女が涙を流していたことは話さない。自分が泣いていた話なんて、吹聴されたっていい気にはならない。
一通り俺の説明を聞いた彼らは、皆神妙な面持ちでこちらを見つめていた……困惑していた、という方が正しいのだろうか。
「……それで? 君は彼女の左目を見たのかい?」
「見てないよ……何があるのか知らないけど、見られたくないから隠してるんだろう?」
「気にならないの?」
「気になるけど……俺の好奇心より、相手の気持ちだろう?」
「……なんで、助けたの? 信濃さん、冷たいのに」
「冷たくされたから助けない、なんて考えたこともないね」
そんな人間だったら、俺はあの親友を助けられなかったし……とは、言わない。自分語りは、嫌われる原因の一つだ。言ったとしても彼らには伝わらないだろうし。
一つ一つ、彼らの疑問を晴らすように質問に即答していく。尋問みたいだ、なんて考えていたが、これは紛れもない、尋問そのものだった。
空気が、どこか重い。俺を取り囲む彼らに同級生をからかおうというような意図は全く感じられない。むしろ、品定めをされているような気分だった。
何も悪いことはしていないんだけどな……もし信濃さんに話しかけること自体が悪だ、なんて言われたら、流石に怒ってしまうかもしれない。
「……なんで、君は、彼女と会話ができたんだ」
最後に、全員の気持ちを代弁するかのように矢掛くんが吐き出された言葉。
どこか羨望するかのような面持ちの彼らを見て、俺は少しだけ思考を巡らせた。
しかし──答えは、結局出てこなかった。
「……ごめん、心当たりがない」
俺の行動の何かが彼女に響いたのだろう。それは違いない。違いない、が……なんだったのかは、彼女にしか分からない。
俺は彼女の顔を──あの泣き顔以外、ほとんど見ていないのだ。自分が見ようともしなかった上に、それを隠したからなのだが……そのせいで彼女の感情の起伏を感じ取れなかった。
だから、知らない。分からない。見当もつかない。
そう答えるしかなかったのだが……どうやら彼らは、納得していないようで。
「……そんなわけ──っ!」
「……邪魔」
一人の女子が声を上げようとしたその時、話しかけにくいであろうこの集団にぴしゃりと言い切る存在が現れた。
ヒートアップしかけた空気を一瞬でキンキンになるまで冷やした張本人は、相変わらず一切表情を変えていなかった。
「あれ、信濃さん。おかえり。図書館はどうだった?」
「中々。暇は潰せそう」
それは何よりだよ、と彼女に微笑みかける。どこか満足げに頷いた彼女は、まるで俺の周りの人間がそこに存在しないかのように自分の席に歩み寄る。
彼女の席の周辺に立っていた彼らは、それだけでまるで蜘蛛の子を散らすかのように立ち去って行った。唯一残ったのは、発起人となった矢掛くんだけだった。
「……ごめん、黒澤くん。熱くなりすぎた」
「気にしてないよ……それに、今後も気にしない。君達にとっては、それくらい重要な事なんだろう?」
その言葉に安心したのか、ばつが悪そうな顔をしていた彼はほっとしたように表情を緩め、ありがとうと俺に告げて自分の席に戻っていった。
残された、俺と信濃さん。
これは、俺が想像した以上に彼女たちの周りに起きている問題は根深いのだろうなと考えながら彼女の様子を伺う。
「黒澤くん。ついてきて」
「……どこに?」
「昨日の教室。ご飯も持って来て」
「仰せのままに」
特に誰からも昼食を共に食べようと誘われていなかったので、二つ返事で了承して見せる。
わざわざ場所を変えてくれるのはありがたい。先ほどの一件で、教室には少し居づらい。
足早に教室から出ていく俺たち二人。背中に感じる視線の数々が、今の俺たちへの評価なのだろうと、高校生活二日目にして気が重くなりそうだった。
「……嫌なら、断ればいい」
そんな俺の気苦労を感じたのか、信濃さんがこちらに顔を向けることなくこちらに声をかける。
──信濃さん。やっぱり君、結構いい子だよね。
なんて事は口に出さず、俺は彼女に並び、にこりと笑いかける。
「嫌じゃないさ。嫌ならちゃんと断る男だよ、俺は」
「そう……なら、いい」
初めて、彼女の右側を歩く。
いつもの無表情……のはずなのに、どこか嬉しそうに見えるのは、流石に俺の勘違いなのだろう。
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