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第15話
しおりを挟むどうやらクロノスは、それなりに実力のある魔術師らしかった。
MMORPG【レヴァースティア】での魔術師は属性魔法をメインに戦う職業で、単体魔法から範囲魔法まで幅広くカバーする火力職だった。モンスターに遭遇するたび、高威力の魔法を惜しげも無く使用するクロノスの様子を見るにつけ、私の認識は間違っていないのだと実感させられる。クロノス曰く、杖やロッドなどの媒介が無くても魔法は使えるものらしい。よくわからないけど。
ちなみに、ロイドの職業である騎士は剣を用いて戦う前衛職だ。剣術スキルに重きを置くスタイルが一般的なので、私もロイドには率先して剣術スキルを覚えさせていた。二次転職は聖騎士にするつもりだったが、魔法騎士もちょっと捨てがたかったので、気持ち程度に魔法も覚えさせ、転職のタイミングを逃したまま今に至る。どちらかを選べないままレベルばっかり上がって、ギルドメンバーからは早く転職しろってせっつかれてたっけ。
道中、転職についてクロノスにも話を聞いてみると、ゲームで言う二次転職以降の上位職に就いている人は意外と少ないのだそうだ。並々ならぬ努力と抜きん出た才能が無ければ無理なんだって。条件さえ揃えばすぐにでも転職できたゲームとは違ったようだ。
クロノスからは何故こんな初歩的なことを聞くのかと言われたけど、事情が事情なので曖昧に笑って流しておいた。頭のおかしい子だとは思われたくなかったし。
その話の流れで、クロノス自身のことも少しだけど聞くことができた。と言っても、視野を広げるために見聞の旅をしているってことと、彼の年齢が二十六歳だってことだけだけど。これ以上はもう少し親しくなってからね、と教えてくれなかった。
あと、クロノスはオカマだけど一応男性の括りに入れてしまってもいいようだ。本人からは「性別はアナタの好きな方にとっていいわよ」言われているので、外見的にそうしておいた。中身は紛うことなきオカマだけど。恋愛の対象的にはどっちもいける、ということらしい。別に聞いてないのに。
胡散臭げな目を向ける私を見て、意味深な含み笑いをされたときにはさすがにどうしていいのかわからなかった。
そんなこんなで、ティレシスに戻るまでの道のりは、足元に気を付けてさえいれば何の問題もなかったように思う。
「――ん?あれは……」
ようやく森を抜けるか抜けないかというところで、正面から誰かがやってくることに気が付いた。何故わかったのかというと、ランプの灯りらしき光が一直線にこちらに向かってくるのが見えたからだ。
モンスターの類いが活発化する真夜中の森に、好き好んでやってくる者などそういない。それこそ冒険者か――あるいはこちらに用事のある者か。
「あれって、もしかして――」
言いながら、私はクロノスを見上げた。どうやら彼も同じことを思ったらしく、うっすらと笑って肩をすくめてみせる。
私達は、光に向かってゆっくりと歩き出した。
お互いが近付くにつれ、少しずつ相手の全体像が見えてくる。
やがて現れたのは、私達の予想通り、ランプを持ったロイドだった。
「コトハ!」
「……ロイド?来てくれたんだ!」
ロイドは私達の姿を認めると、私の名前を呼んで駆け寄ってきた。息を切らしているところを見ると、相当急いで来たのだろう。ランプの光に照らし出された彼の顔には、いつもの柔和な笑みは浮かんでいない。
「迎えに来るのが遅くなってしまってすみません。ご無事ですか?お怪我などしておりませんか?」
「うん、大丈夫だよ。怪我とかも全然してないし……ごめんね、私のせいでこんなことに」
そう言うと、ロイドは「いいえ」と首を振った。
「コトハのせいではありませんよ。私の読みが甘かったために、コトハを危険な目に遭わせてしまったのです。……本当に、申し訳ありませんでした」
その場で軽く頭を下げるロイドに、私は慌てて声をかける。
「いやいや、ロイドのせいじゃないって!どっちかっていうと、何も考えずに着いてきた私のほうがいけないんだからさ!だから頭なんか下げちゃダメ!」
「しかし……それでは」
「そんなことしなくったっていいから、ほらっ、顏上げて!それに私も、クロノスさんが助けてくれたおかげで何ともなかったし」
私の言葉で、ロイドはようやく顔を上げた。
隣に並び立つクロノスを視界に入れた瞬間、ロイドは今気付いたとでもいうような表情をする。
「……主人、こちらのお方は?」
何故か私を久方ぶりの呼び名で呼んだロイドの声音には、わずかながらもクロノスに対する警戒が滲んでいた。
無理もない。一人で逃げたはずの私が伴ってきたのは、まったく知らない人間だったのだから。
「この人は、迷子になってた私をここまで連れてきてくれたの。モンスターからも守ってくれたんだよ。ええと、名前は」
「クロノス・シェクライドよ。よろしくね?」
私の台詞に被せるように、クロノスがにっこりと笑って自己紹介をする。
ロイドは居住まいを正すと、クロノスの挨拶に淡い笑みを返した。
「クロノス様、と仰るのですね。私はロイド・アーウィンハイムと申します。コトハを――私の主人を助けていただき感謝致します」
「あー、アタシ、堅っ苦しい挨拶はどうにも苦手なのよねえ。クロノス、でいいわ。アタシもアナタのことロイド、って呼ばせてもらうから」
「は、ではそうさせていただきます」
「コトハちゃん、アナタもよ?」
「……えっ、私も良いんですか?」
聞き返せば、クロノスはくすりと笑い、人差し指を立てて自身の唇に当てた。
「良いに決まってるじゃない。“さん”なんて他人行儀だもの。その敬語だって取っ払ってもかまわないくらいだわ?……うん、我ながら良い考えね。ね、そうしちゃいなさいな!?」
「え、でも」
「アタシが良いって言ってるんだから良いの!……ねえ、コトハちゃん?お・ね・が・い」
とっても良い声で言葉を一つ一つ区切り、ぱちりとウインクを投げてくる。
視界の片隅で、ロイドがさりげなく視線を逸らしたのがわかった。
いろいろと目に毒だったのかもしれない。見目麗しい青年が、身体をくねらせる姿など見たくはなかっただろうに。かく言う私も、オカマに会うのは初めてだ。破壊力抜群である。今はそこまで寒くないはずなのに、軽く寒気がしたのは気のせいだと思いたい。
「……わ、わかりました。じゃなくて、わかったよ、えっと、クロノス?」
「うん、良い子ね。コトハちゃんってば、素直でかわいいわぁ。うふふっ、このまま食べちゃいたいくらい」
クロノスは嬉しそうに微笑むと、私の頭を軽く撫でてきた。
これは褒められているのだろうか。よくわからない。
クロノスの手を頭に乗せたまま、なんとなくロイドの方を見やれば、彼は珍しく不機嫌そうな表情を見せていた。私と視線が合うと、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻ってしまったが。
(……何故?)
内心疑問に思っていると、クロノスが私の頭から手をどかして、ロイドの方に近付いて行くのが見えた。
「……それにしても、アナタけっこういい男ねェ?すっごくアタシ好みだわ、ふふっ!出会うのがもう少し早かったら、危うく惚れてたかもしれないわぁ」
「――――は?」
ロイドが、一瞬固まった――ような気がした。ついでに私も固まった。
反応に困ったのか、ロイドが私に助けを求めるような眼差しを向けてくるが、残念ながら私だってこの手の話に耐性はないのだ。私には助けられようもない。
「でも残念」
クロノスはふう、とため息をつきつつ静かに目を伏せる。
言葉ほど、残念だという感情は感じられないのは何故だろうか。
そんなことをぼんやりと思っている私の肩に、ぽんと手が乗せられた。
「アタシ、今はアナタよりもこの子に興味があるのよねェ。アナタ達が冒険者だというならば、是非、アタシのことも仲間に入れていただきたいわぁ」
「……はぁっ!?ちょ、ちょっとクロノス、何を言って――」
ぎょっとしてクロノスを振り仰げば、彼は私を視界に入れたまま、片目を瞑った。
「アタシの創った結界をいとも簡単に破壊し、人間がこの世界で生きるための最低限の魔力すら持たない“不思議”な女の子」
「……っ!?」
私は、驚愕に目を見開いた。
彼が私に何を言いたいのかは理解できない。だけど、私の知らない何かを見透かされているような気がして、少しだけ怖くなる。
そんな私の内心の怯えを読み取ったのか、クロノスは苦笑して「ごめんなさい、怖がらせるつもりじゃなかったのよ」とあやすように私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「アタシ、魔術師でしょ。だから魔力の扱いに関してはちょっと自信があったんだけど、コトハちゃんが予想外のことをしてくれちゃったものだから。つい、好奇心が抑えられなかったのよ。ごめんなさいね?」
「あ、うん……あのさ、クロノスの言う予想外のことって?」
「それは歩きながらでも説明するわ。こんな薄暗い森の中じゃ、気分も滅入ってしまうもの。早く街に戻りましょ?……あと、アタシがコトハちゃんを気に入っているのは本当よ?コトハちゃんを傷付けるような真似なんか絶対にしないわ。……だから、その物騒なものに手をかけるのは止めなさいな?」
「――――っ」
最後の台詞は、明らかに私に向かって言ったものじゃない。
ふとロイドの方を見やれば、彼はさりげなく剣の柄に手をかけており、クロノスの言葉に驚いているようだった。クロノスはロイドの方を見てすらいなかったのに。
私は、再度クロノスを見上げてみた。クロノスは、ロイドの方をちらりと見てから私に視線を戻し、それは麗しい笑みを浮かべてみせる。
「一人で旅するのも飽きてきたところだったの。アタシ、絶対に役に立つわ。すっごくお買い得だと思うけれど?」
「……旅の仲間が欲しいのならば、酒場や魔道院にでも行ったらいかがですか?貴方ならば、引く手あまたでしょう」
ロイドが静かな声で言い放つ。物腰は柔らかかったものの、彼の言葉に優しさは欠片も含まれておらず、どこか鋭い。
クロノスはロイドの言葉を大して気にした様子もなく、ただ穏やかに笑っていた。
「あら、アタシはただの旅仲間が欲しいわけじゃないのよ?コトハちゃんとロイド――アナタ達に興味があるだけよ。ね、良いでしょう?」
「……良いも悪いも……」
大きく息を吐き、ロイドがクロノスから私に視線を移した。
「コトハ、どうなさいますか?」
「ええ、それ私に聞いちゃうの!?」
簡単に決められることじゃないことはわかっている。
私達はまだ旅にすら出ていないし、私は異世界の人間だ。クロノスを仲間に引き入れるとするならば、まずは根本的なことから話さなくてはならない。信じてもらえるかどうかはまだしも。
(ううっ、どうしよう)
クロノスもロイドも、私の反応を待っているようで、何も話さない。
でも、こんな大事なことすぐには決められない。
だから。
「――と、とりあえず、街に戻ろうか!今日は疲れたし、女将さんもきっと待ってるよ!」
問題を、先延ばしにすることにした。
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