悪役令嬢は召喚した異世界探偵に救われる?

高見 梁川

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かくして赤ずきんちゃんは狼に食べられた

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「ダイアナ! ダイアナ! 出てきなさい! 往生際が悪いぞ!」

 ドンドンと扉を叩く音に手加減の気配はない。

 一刻の猶予もないとダイアナはとある決心を固めた。

「やむを得ない! 力づくでこの扉をぶち破れ!」

 家具で必死のバリケードを築き、籠城していたダイアナであるが、使用人や騎士たちが人海戦術に出れば突破されるのは時間の問題だ。

「…………どうしてこんなことに……」

 血に濡れた自分の両手を見つめてダイアナは、それでも諦めることなく考え続けていた。

「このまま大人しく捕まるなんて冗談じゃないわ。冤罪なのに私が犯人にされるのは目に見えている!」

 正直なところダイアナの家族は妹のサーシャを溺愛していて、ダイアナは妹を可愛がらない異分子と考えられている。

 その妹がナイフで刺され倒れていたのだ。

 家族の誰も外部犯の犯行とは考えていないところがなんとも切なかった。

 そんなとき、ふとダイアナの脳裏に天啓が下る。

「そうだわ! お爺様がもしものときに使うようにと――――」

 ここは幸い屋敷でもっとも強固に守られている宝物庫。祖父が話していた伝来の宝もこの部屋のなかにあったはずだ。

「これ! きっとこの鏡だわ!」

 鈍い銀色の輝きを放つ大振りの鏡。古ぼけたこのどこにでもありそうな鏡こそがマグダウェル伯爵家の家宝であった。

「かつてマグダウェル家の危機を救ってくれたという召喚の鏡――もう私に残された手はこれしか!」

 バリバリと扉を斧で破壊する音が響き始めた。

 もう一刻の猶予も許されない。

「お願い! 私を助けて! 英霊様!」

 次の瞬間、伯爵邸を眩く包む閃光が走った。

 一族の者なら誰もが知る召喚の徴であった。





「僕はエルキュール・ポアロでもエラリー・クイーンでもないんだがね……」

 召喚された途端、いきなりダイアナにすがりつかれた鹿島天地は苦笑して頭を掻いていた。

 某ユーチューバーの影響で、つい他人を論破したくなる微妙なお年頃だが、天地はいたって平凡な一般人のつもりだ。

 どうして自分なんかが召喚されたのか意味がわからない。

「――――説明は今したとおりよ。このままじゃ私は破滅なの」

「でも僕は破滅しないよね?」

「召喚者である私でなければあなたを元の世界には帰せないわ」

「勝手に呼んでおいてひどくない?」

「仕方ないじゃない! 私だって手段を選んでいられないのよ!」



「――――無駄なあがきをしてくれたものだなダイアナ。そちらが英霊様か?」

 冷たい目でダイアナを睨む伯爵が入ってきたのはそのときであった。

 開き直ったダイアナは傲然と父を睨み返した。

「私の話を聞いていただくためにはこの手しかありませんでしたわ。お父様が聞く耳を持っていてくれたら私だってこんな真似はしませんでした」

「サーシャを殺そうとしておいて、今さら何を言う!」

「ですから、私はやっておりませんわお兄様」

 激高する兄にダイアナは冷笑した。

 我が家はいったいいつからこんなに話の通じない家族になったのだろう。

「やむをえん。英霊様の裁定に従うのが我が家のしきたりだ」

「ですが父上! こいつがきちんと裁定してくれるかわかりませんよ!」

「英霊の裁定に間違いはない。召喚される際に、そう条件づけられるからだ」

 父の言葉に悔しそうに兄は言葉を飲んだ。

 少し溜飲が下がるダイアナであった。

「それでは詳しく説明をさせていただきますわ」

 そして自慢の豊かな胸に天地の腕を抱いて、ダイアナは天地と家族を大広間へと集合させるのだった。





 四十畳ほどはありそうな広間の入口は、伯爵家の騎士が完全武装で封鎖されている。

 その非日常的な光景に天地はくすりと笑った。

「いいね。本当に名探偵になった気分だ」

 そんな天地の様子に軽く一瞥を送ると侯爵は軽く頭を下げると紹介を始めた。

「まずは英霊様にご挨拶をさせていただこう。私がこのマグダウェル伯爵家当主、コーウェン・マグダウェルだ。お見知りおき願う」

「妻のリーザでございます」

「嫡男のダイクだ」

 ダイクと名乗ったダイアナの兄は不満そうな顔を隠そうともしていなかった。

「人物相関関係はわかりました。それでは事件についてご説明を」





 コーウェンは肩をすくめて呟いた。

「と言っても、単純な話なのだ。つい数時間ほど前になる。我が娘サーシャの寝室から悲鳴があがり、現場に駆けつけたところダイアナがまさにサーシャを襲っている最中であった」

「だからあれは止血のためだったっていってるでしょ!」

「犯人の姿もないのにか?」

 天地は腕組みをしながら楽しそうに顎を撫でた。

「第一発見者は伯爵様ですか?」

「いや……サーシャの婚約者でサマーセット家の子息であるナイジェル殿が、な。血を見て失神してしまったので休んでいただいているが」

「妹さんの容体は?」

「幸い命に別状はないようだ。とはいえ刃物で斬りつけられたショックが薄れるわけではあるまい!」

「全く! 最初から疑問の余地などないのだ! どうせダイアナが嫉妬に駆られてサーシャを襲ったに決まっている!」

 鼻息の荒いダイクに天地は問いかける。

「嫉妬とは?」

「あまり大きな声では言えないがな。もともとナイジェル殿はダイアナの婚約者であった。サーシャの強い要望もあって婚約者を変更したのだ」

「ダイアナさんの要望は関係なしですか?」

「ふん! ナイジェル殿だって生意気なダイアナより可憐なサーシャのほうがいいに決まっているさ!」

「まあ、可愛げがないのは同意しますけど」

「そういうところが昔からお前は可愛くないんだ!」

 兄妹喧嘩を横目に天地は伯爵に向き直った。

「それで凶器は?」

「どうやら厨房から盗まれたものらしい。我が家の厨房からダイアナがナイフを盗み出すことは決して難しくない」

「つまり妹さんを殺害しようという動機があるのはダイアナさんだけだと?」

「――――私はそう判断しておる」

「立ち入ったことを聞くようですが…………」

 腕組みをして天地は首を傾げた。

「みなさんダイアナさんに冷たすぎませんか? もしかして異母兄妹とか?」

「そ、そんなことはない! この女は実の妹を殺そうとしたんだ!」

「それはそれとして、婚約者を姉から妹に変えたら普通同情されるのは姉のほうだと思うんですが、そんな空気が微塵も感じられないので」

「こいつはいつもサーシャをいじめていたんだ! 可愛い妹を守るのは兄として当然だ!」

「血の繋がった家族としては珍しいことだと思いましてね」

 飄々と嗤う天地に伯爵は厳しい視線を向けた。

「それが何か事件に関係がありましょうか?」

「あるかもしれませんし、ないかもしれません」

「おい、我が伯爵家を馬鹿にするなら英霊といえどただではおかんぞ!」

「馬鹿にするわけではないですが、ダイク殿はダイアナさんに何か恨みでも?」

「可愛げのない妹だが、別に恨みなどない!」

「可愛げのない、というだけにしては少々嫌われ過ぎのように思いますがね。おそらく事件の前から同じような対応だったのでは?」

「だからどうだというのだ!」

「可能性のひとつとして推論が成り立つな、と思っただけです」

 天地はダイアナに視線を向ける。

 ダイアナはじっと真剣なまなざしで天地を見つめ返した。

「サーシャさんを襲ったのはダイアナさんですか?」

「いいえ、誓って私はサーシャを襲っていません!」

「それが事実であれば、サーシャさんは赤ずきんちゃんなのかもしれませんね」

「なんだその赤ずきんちゃんというのは?」

 伯爵やダイクもダイアナも頭にはてなのマークをつけて首を捻る。

「私の世界の童話です。赤いずきんを被った女の子がお母さんに頼まれて、森に住んでいるお婆さんのところへお使いに行きました」

 名探偵を気取って天地は芝居がかった口調で話し出した。

「ところが道の途中で狼に唆され、赤ずきんちゃんは寄り道をしてしまいます。その隙に狼はお婆さんを食べ、お婆さんに変装して赤ずきんちゃんを待ち構えておりました。そしてお婆さんが狼の変装であることを見抜けなかった赤ずきんちゃんは、哀れ狼の餌食となってしまいます。ただ運のよいことに通りかかった猟師によってお婆さんと赤ずきんちゃんは助け出されるのでした、という童話です」



「それがサーシャとなんの関係がある?」

「僕はこの童話を読んだとき思ったのですよ。狼がお婆さんに変装して気づかないことなんてありうるのか、と」

 童話に整合性を求める自分もどうかしている、と天地は自虐的に嗤う。

「どうしてお婆さんの耳はそんなに大きいの? どうしてお婆さんのお目目はそんなにぎょろぎょろしているの? どうしてお婆さんの口はそんな大きく裂けているの?」

 ぱん、と天地は両手を鳴らした。

「僕の結論はふたつです。赤ずきんちゃんは嘘をついている。しかしそうなると食べられてしまった結果と整合性が取れない。であるならば赤ずきんちゃんは認知機能に深刻な障害を抱えていたのです」

 天地は伯爵に尋ねた。

「サーシャさんの意識はお戻りに?」

「貴様! ついさっき殺されかけたサーシャに何を聞くつもりだ?」

「ひとつだけ質問をしたいのですよ。ところで、婚約者のナイジェル殿はどこに?」

「サーシャの寝室で倒れていたのでな……同じ部屋のソファで休ませているが」

「好都合です。では参りましょう」

「ダイアナはここに残れ! サーシャとお前を会わせることなどできぬ!」

 不安そうなダイアナに天地は頷いてみせた。

 その表情がとても頼りがいがあるものに感じて、頬が赤くなるのを感じたダイアナは慌てて顔を伏せるのだった。





「――――お邪魔しますよ?」

「どなたかしら?」

「英霊の天地と申します」

 サーシャは確かに目の覚めるような美少女だった。おまけにあまりダイアナに似ていない。

 ダイアナも十分美少女なのだが、サーシャは発育が十分ではなく、正しく薄幸の美少女というに相応しい姿だった。

「まあ! 私英霊様には初めてお目にかかりますわ!」

「怪我をされて大変なところを申し訳ないですが、ひとつだけ聞かせてください。あなたを傷つけたお姉さんは今どこに?」

 伯爵やダイクたちの目が点になった。

 何を馬鹿なことを聞いているのか、と英霊である天地を完全に疑った。

「あら、英霊様はお姉さまをしらないのね? すぐそこに寝ているではありませんか」

 そうしてソファで寝ているナイジェルを指さしたサーシャに再び一同の目が点となる。

 誰も予想していなかったサーシャの反応であった。

「つまりこのソファで寝ているのがお姉さまだと」

 ナイジェルを天地が呼び指すとサーシャは頷く。

「そうですわ。お姉さまはいつも私にいじわるをされるのです。さっきなんてお前が生きていると自分が幸せになれないなんてひどいことをおっしゃるのよ?」

「――――そうですか。きっと事情があるのだと思いますよ、このお姉さまにも」

 天地は気取ったポーズで結論を言い渡した。

「かくのごとく赤ずきんちゃんは、そもそも狼さんを狼さんと認識していなかったわけだね」





 過保護な家族は気づいていなかったが、サーシャは生来認識機能に障害を持っていたようだ。

 それに気づいたナイジェルは、態度を翻してサーシャに邪険に当たるようになった。

 サーシャはサーシャで、そんな過酷な現実を、ダイアナにいじめられている、とすり替えることで耐えることにしたのだ。

「でもあなたは気づいていましたよね? ダイアナさん」

「そうね。朧気にだけど、サーシャが私を家族として認識していないことはわかっていたわ」

 嫌われているだけだと思っていたけれど、まさか父や兄にまで嫌われるとは思わなかった。

「家族を許せそうかな?」

「私が可愛げないのは事実だから」

 気が済んだのか天地はダイアナの腕にある鏡に手をかけて言った。

「事件を解決した探偵は颯爽と去るものです。そろそろ戻してもらえませんか?」

 ダイアナは天地に抱きついて豊満な胸を惜しげもなく押しつけた。

 反射的に天地の口元が緩むが男の性であろう。

「お名残惜しいですが、天地様に心から感謝を。また会える日を心からお待ちしております」

「だめだめ。今回解決できたのは本当にたまたまだよ。僕はもともと名探偵なんて柄じゃない」

 鏡が再び輝きだす。

 輪郭がぼやけていく天地の頬に、ダイアナはキスを送った。

「ありがとうございました! ご恩は忘れません!」

「僕も異世界を楽しませてもらったよ」



 天地は聞こえなかった。

 別れの間際ダイアナがなんと呟いたのかを。

 誰もいなくなった空間に向かってダイアナは嫣然と微笑んだ。

「――――またお呼びしないなんて私は一度も言ってませんけれど……傷心の令嬢を慰めないなんて許されないと思いません?」
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