3 / 7
第三話 御防人(みさきもり)の襲撃
しおりを挟む■第5話(後篇):回る回らない
「あの煮物や荒炊き旨かったな」
「びっくりだよ。アカネがあんなもの好きだとは・・・」
今日、幸尋が委員長を送り届けた、いや、ついていったとき、
お礼にもらったのは、彼女の家の手料理だった。
人参、筍、蓮根、椎茸、こんにゃくの煮物。
じんわりするようないい出汁が染みていて、
辛くもなく甘くもない絶妙な味付けだった。
そして、鯛の荒炊き。
頭と胸鰭のところを甘辛く煮たものだった。
付け合わせに、細長い牛蒡が添えられていた。
見た目は濃くてしつこいかと思いきや、
案外そんなことはなく、何ともいい味で、
身をせせって口に運ぶのが止まらなかった。
ふたりともよくごはんが進んだ。
どちらも幸尋は普段食べることが無い料理だった。
これほど手間暇と熟練の技を必要とするものは無理だった。
こういった和風の料理をアカネは苦手だろうと思ったが、
意外なことに彼女もよく食べ、途中からは取り合うように食べた。
「覚えとけよな!ああいうの好きなんだよ」
恥ずかしそうに料理の趣向を教えてくれた。
あくまで上から目線なアカネである。
・・・日曜日の今日は、朝のちょっとした事件をきっかけに、
ふたりで出掛けることになっていた。
古びた団地から出て、いつもの道を歩いていたのだが、
アカネが川を見ながら歩きたいと言い始めた。
しぶしぶ幸尋は堤を越えて河川敷まで出た。
幸尋は学校帰り、気分転換に堤を少し歩くことはあったが、
河川敷まで降りて河口に向かって歩いたことは無かった。
「ボク、ここが地元じゃないんだよ・・・」
ちゃんと先が通じているのか不安な幸尋である。
最近は雨が少なくて、川の水量も少なく、
川底が透けて見える。
「はぁ?そうなのかよ」
アカネが思わず足を止める。
驚いた顔に微かに喜色が浮かんだ。
(うっすらバカにしてるなぁ・・・)
変な反応だと思いながら、
幸尋はそのまま歩いていく。
(カイテンヤキ・・・)
よく分からないもののために出掛ける。
幸尋は納得していなかった。
――今朝のことだった。
急にアカネが「カイテンヤキ」を食べたいと言った。
幸尋はそれがどんなものかイメージできなかった。
「何てゆうか、丸いやつだよ」
「こんぐらいで、あんこギッシリで」
アカネは困った顔で、手で形をつくってみる。
幸尋はその手を凝視しているが、よく分からない。
「ん~カステラ的なやつ?」
「あんこギッシリっつたろ」
「たい焼きだろ?」
「丸いっつてんだろうが!」
お互いのイメージがぜんぜん結びつかない。
アカネの説明がふわっとしていて、ぜんぜん幸尋に伝わらなかった。
彼は彼で具体的なものを挙げるが、全くの見当外れしか出てこない。
「あーもー!!」
業を煮やしたアカネは幸尋を連れ出した。
どうやら駅の近くで売っているのを見たという。
駅までだいたい20分ぐらいかかる。
それもいつもの道を歩いたらのことだった。
必要以上の距離を歩きたくない幸尋と、
ただ川を見ながら歩きたいアカネ。
家を出てすぐにふたりはどの道を通って行くか、
回る回らないでしばらく不毛な主張が続いた。
結局、幸尋が押し切られて、ふたりで河川敷に下りた。
さすがに河川敷は開けていて風が通る。
さっきまでの気分が変わった。
それを何となく認めたくなくて、
幸尋は黙ったままだった。
「うーんっ」
アカネは背伸びしながら、どんどん遊歩道を歩いていった。
後ろから見ていると、アカネは川面に目を向けているのが分かった。
その目が少し細くなるような気がした。
(・・・・・・・・・)
こんな顔を何度も見た。
このときの彼女は別人のように思えてしまう。
どうしてそんなことが気になるのか、
幸尋はちょっとおもしろくなかった。
川の向こう岸を見たり、空を見たり、
しばらく落ち着かなかった。
「あ・・・あれ?歩道終わってる・・・」
「ちゃんとしろよな!ったく・・・」
アカネもアカネである。
先を歩いていたのは彼女である。
幸尋は何となくぼ~っと歩いていたので、
堤に上がる道を見落としていた。
ふたりは仕方なく引き返した。
すぐに堤を越える階段があると思っていたが、
結局だいぶ来た道を戻ることになった。
「だから、いつもの道を行こうって言ったんだ!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
なかなか堤を越える階段が見つからなかったことが
ふたりを余計にイライラさせた。
ようやく堤を越える階段があった。
ちゃんと案内看板も掲げられていたのに、
ふたりとも見落としていた。
堤を越えると、道が二股に分かれていた。
一方は真っすぐに、よく通る道に通じていた。
もう一方は左へ斜めに伸びている、
アカネは迷うことなく左へと進んでいった。
「おいおい、真っすぐ行こうよ!
そっち行ったこと無いし!」
「うるせえ!こっちの方が近いって」
置いて行かれると思って、幸尋は急いで後を追った。
「・・・え?」
異様な雰囲気だった。
道は進むにつれて、うねるように曲がっていて、見通しが利かない。
両側の家々が崩れ落ちてきそうに建て込んでいる。
幅は2mほどだろうか。
人ふたりが並んで歩ける程度だった。
建ち並ぶ家々に、人が暮らしている気配は無かった。
瓦が落ちて、屋根の木材が剥き出しになっているところもある。
壁もくすんでいて、ヒビが入っている。
ふたりが暮らしてる古びた団地からそう離れていないはずだった。
ここはいつも通る道と川の間だろうと幸尋は思った。
幸尋が暮らしている団地もまぁまぁ古びているが、
この辺りはそれ以上だった。
見上げてみると、空の青さとは対照的に
家々が黒く見えてしまう。
立ち止まって見上げていた幸尋が視線を戻すと、
アカネはどんどん先に進んでいた。
慌てて後を追いかけた。
ガタン!
「ひっ!」
音がして、思わず幸尋が声を上げた。
先を進むアカネが振り返って、冷たい目を向けられた。
「な、何の音ぉっ!?」
「あ?どうでもいいだろ」
すぐにアカネは歩き始めた。
幸尋は足早に追った。
怖くないはずだったのに、ちょっとしたことで
けっこうビビッていたことが自分でも恥ずかしい。
(何でこーゆーのは平気なんだよ・・・)
急にムカムカしてくる。
ズカズカ歩いていくアカネの後姿を見ながら、
さっきの音に無反応だったのが信じられなかった。
「おぉう?」
急に開けたところに出た。
それはいつも通る道で、ちょうど交差点のところだった。
目の前の車道を渡ると駅に続く南側の商店街だった。
幸尋は見たことがある風景にホッとした。
車が行き交い、人々が歩いている。
目の前にはそうした生活の息遣いがあった。
「何だ?この疲労感は・・・」
「ヤバくね?」
ふたりそれぞれに振り返って見ると、
交差点に面したところは普通の家々だった。
歩いてきた道の奥にはただならぬ雰囲気があった。
「もう絶対あの道は通らないからな!」
「ひひっ♪何か取り憑かれたんじゃね?
疲労感とかあるって絶対やべぇよw」
「そぉんなのあるワケないよ」
咄嗟に返した言葉が裏返る。
そんな幸尋を背に、アカネは信号が変わった横断歩道を渡った。
「ホントにカイテンヤキってあんのか?
何かの見間違いだろ・・・」
商店街に入って人心地ついたのか、幸尋は悪態をついた。
商店街は人通りがちらほらある程度だったが、
「生きた」感じがあってホッとした。
彼の言葉などには応じず、アカネはどんどん歩いていった。
「これ」
アカネが立ち止まったのは南側の商店街の終わりの方だった。
もうしばらく行くと、駅に行き着く。
見ると、甘味屋さんだった。
正面には饅頭や大福が並ぶケースがあり、
店先には鉄板で焼くものを扱う小さな屋台が出ている。
「回転焼き2つくださーい」
「はいは~い、ここで食べてく?」
「うん、そうするー」
さっそくアカネが近寄って注文した。
応じた店の人が小さな包み紙に素早く回転焼きを入れる。
「ほら、回転焼き」
幸尋は店先に出されている長椅子に座って、
差し出された回転焼きを受け取った。
それは手の平サイズの円盤型で、4cmほどの厚みがあった。
包み紙からアツアツ温度がじんわり伝わってくる。
「アカネの説明ヘタ過ぎ!」
「うるせぇ!」
そう言うなり、アカネは回転焼きにかぶりついた。
ほふほふしながら顔がほころぶ。
幸尋も回転焼きをかぶる。
(んふっ)
きつね色の生地は、表面こそカリッとしていたが、
すぐにもっちりした層が始まる。
ほのかな小麦の香りが広がったかと思うと、
アツアツのあんこの塊に至る。
ほっこりしたやさしい小豆の甘味。
小豆たっぷりのあんこがたちまちほどけていく。
もっちりした生地と甘いあんこが
渾然一体となってクチを魅了していく。
何とも言えないやさしい甘味だった。
「んふぅ~」
思わずふたりは見合って同じ声音を上げる。
「うん、たい焼きとは違うね」
「だろ?」
たい焼きの生地とは微妙に食感が違っていた。
たい焼きにはいくぶんハードな歯触り感があるが、
回転焼きはもっちり感がある。
あんこをハード生地で楽しむか、
もっちり生地で楽しむか、難しい問題である。
それはともかく、一口喉を下りていった後、
溜息のように鼻に香りが抜ける。
あの生地。
あのあんこ。
しっかりした甘さなのに後味がすっきりしていた。
もうこの味を知ってしまったら、止められなかった。
まだ熱いにもかかわらず、次から次へとかぶりついた。
おなかに収まった回転焼きは
まだほかほかしているような心地だった。
「あんこの一族って家族多過ぎだろ?」
「あんろいひろくってw」
アカネが口をもごもごさせながら笑う。
どういうわけか幸尋は回転焼きが初めてだった。
彼はアカネが美味しそうにかじりつくのを横からずっと眺めていた。
(つづく)
「あの煮物や荒炊き旨かったな」
「びっくりだよ。アカネがあんなもの好きだとは・・・」
今日、幸尋が委員長を送り届けた、いや、ついていったとき、
お礼にもらったのは、彼女の家の手料理だった。
人参、筍、蓮根、椎茸、こんにゃくの煮物。
じんわりするようないい出汁が染みていて、
辛くもなく甘くもない絶妙な味付けだった。
そして、鯛の荒炊き。
頭と胸鰭のところを甘辛く煮たものだった。
付け合わせに、細長い牛蒡が添えられていた。
見た目は濃くてしつこいかと思いきや、
案外そんなことはなく、何ともいい味で、
身をせせって口に運ぶのが止まらなかった。
ふたりともよくごはんが進んだ。
どちらも幸尋は普段食べることが無い料理だった。
これほど手間暇と熟練の技を必要とするものは無理だった。
こういった和風の料理をアカネは苦手だろうと思ったが、
意外なことに彼女もよく食べ、途中からは取り合うように食べた。
「覚えとけよな!ああいうの好きなんだよ」
恥ずかしそうに料理の趣向を教えてくれた。
あくまで上から目線なアカネである。
・・・日曜日の今日は、朝のちょっとした事件をきっかけに、
ふたりで出掛けることになっていた。
古びた団地から出て、いつもの道を歩いていたのだが、
アカネが川を見ながら歩きたいと言い始めた。
しぶしぶ幸尋は堤を越えて河川敷まで出た。
幸尋は学校帰り、気分転換に堤を少し歩くことはあったが、
河川敷まで降りて河口に向かって歩いたことは無かった。
「ボク、ここが地元じゃないんだよ・・・」
ちゃんと先が通じているのか不安な幸尋である。
最近は雨が少なくて、川の水量も少なく、
川底が透けて見える。
「はぁ?そうなのかよ」
アカネが思わず足を止める。
驚いた顔に微かに喜色が浮かんだ。
(うっすらバカにしてるなぁ・・・)
変な反応だと思いながら、
幸尋はそのまま歩いていく。
(カイテンヤキ・・・)
よく分からないもののために出掛ける。
幸尋は納得していなかった。
――今朝のことだった。
急にアカネが「カイテンヤキ」を食べたいと言った。
幸尋はそれがどんなものかイメージできなかった。
「何てゆうか、丸いやつだよ」
「こんぐらいで、あんこギッシリで」
アカネは困った顔で、手で形をつくってみる。
幸尋はその手を凝視しているが、よく分からない。
「ん~カステラ的なやつ?」
「あんこギッシリっつたろ」
「たい焼きだろ?」
「丸いっつてんだろうが!」
お互いのイメージがぜんぜん結びつかない。
アカネの説明がふわっとしていて、ぜんぜん幸尋に伝わらなかった。
彼は彼で具体的なものを挙げるが、全くの見当外れしか出てこない。
「あーもー!!」
業を煮やしたアカネは幸尋を連れ出した。
どうやら駅の近くで売っているのを見たという。
駅までだいたい20分ぐらいかかる。
それもいつもの道を歩いたらのことだった。
必要以上の距離を歩きたくない幸尋と、
ただ川を見ながら歩きたいアカネ。
家を出てすぐにふたりはどの道を通って行くか、
回る回らないでしばらく不毛な主張が続いた。
結局、幸尋が押し切られて、ふたりで河川敷に下りた。
さすがに河川敷は開けていて風が通る。
さっきまでの気分が変わった。
それを何となく認めたくなくて、
幸尋は黙ったままだった。
「うーんっ」
アカネは背伸びしながら、どんどん遊歩道を歩いていった。
後ろから見ていると、アカネは川面に目を向けているのが分かった。
その目が少し細くなるような気がした。
(・・・・・・・・・)
こんな顔を何度も見た。
このときの彼女は別人のように思えてしまう。
どうしてそんなことが気になるのか、
幸尋はちょっとおもしろくなかった。
川の向こう岸を見たり、空を見たり、
しばらく落ち着かなかった。
「あ・・・あれ?歩道終わってる・・・」
「ちゃんとしろよな!ったく・・・」
アカネもアカネである。
先を歩いていたのは彼女である。
幸尋は何となくぼ~っと歩いていたので、
堤に上がる道を見落としていた。
ふたりは仕方なく引き返した。
すぐに堤を越える階段があると思っていたが、
結局だいぶ来た道を戻ることになった。
「だから、いつもの道を行こうって言ったんだ!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
なかなか堤を越える階段が見つからなかったことが
ふたりを余計にイライラさせた。
ようやく堤を越える階段があった。
ちゃんと案内看板も掲げられていたのに、
ふたりとも見落としていた。
堤を越えると、道が二股に分かれていた。
一方は真っすぐに、よく通る道に通じていた。
もう一方は左へ斜めに伸びている、
アカネは迷うことなく左へと進んでいった。
「おいおい、真っすぐ行こうよ!
そっち行ったこと無いし!」
「うるせえ!こっちの方が近いって」
置いて行かれると思って、幸尋は急いで後を追った。
「・・・え?」
異様な雰囲気だった。
道は進むにつれて、うねるように曲がっていて、見通しが利かない。
両側の家々が崩れ落ちてきそうに建て込んでいる。
幅は2mほどだろうか。
人ふたりが並んで歩ける程度だった。
建ち並ぶ家々に、人が暮らしている気配は無かった。
瓦が落ちて、屋根の木材が剥き出しになっているところもある。
壁もくすんでいて、ヒビが入っている。
ふたりが暮らしてる古びた団地からそう離れていないはずだった。
ここはいつも通る道と川の間だろうと幸尋は思った。
幸尋が暮らしている団地もまぁまぁ古びているが、
この辺りはそれ以上だった。
見上げてみると、空の青さとは対照的に
家々が黒く見えてしまう。
立ち止まって見上げていた幸尋が視線を戻すと、
アカネはどんどん先に進んでいた。
慌てて後を追いかけた。
ガタン!
「ひっ!」
音がして、思わず幸尋が声を上げた。
先を進むアカネが振り返って、冷たい目を向けられた。
「な、何の音ぉっ!?」
「あ?どうでもいいだろ」
すぐにアカネは歩き始めた。
幸尋は足早に追った。
怖くないはずだったのに、ちょっとしたことで
けっこうビビッていたことが自分でも恥ずかしい。
(何でこーゆーのは平気なんだよ・・・)
急にムカムカしてくる。
ズカズカ歩いていくアカネの後姿を見ながら、
さっきの音に無反応だったのが信じられなかった。
「おぉう?」
急に開けたところに出た。
それはいつも通る道で、ちょうど交差点のところだった。
目の前の車道を渡ると駅に続く南側の商店街だった。
幸尋は見たことがある風景にホッとした。
車が行き交い、人々が歩いている。
目の前にはそうした生活の息遣いがあった。
「何だ?この疲労感は・・・」
「ヤバくね?」
ふたりそれぞれに振り返って見ると、
交差点に面したところは普通の家々だった。
歩いてきた道の奥にはただならぬ雰囲気があった。
「もう絶対あの道は通らないからな!」
「ひひっ♪何か取り憑かれたんじゃね?
疲労感とかあるって絶対やべぇよw」
「そぉんなのあるワケないよ」
咄嗟に返した言葉が裏返る。
そんな幸尋を背に、アカネは信号が変わった横断歩道を渡った。
「ホントにカイテンヤキってあんのか?
何かの見間違いだろ・・・」
商店街に入って人心地ついたのか、幸尋は悪態をついた。
商店街は人通りがちらほらある程度だったが、
「生きた」感じがあってホッとした。
彼の言葉などには応じず、アカネはどんどん歩いていった。
「これ」
アカネが立ち止まったのは南側の商店街の終わりの方だった。
もうしばらく行くと、駅に行き着く。
見ると、甘味屋さんだった。
正面には饅頭や大福が並ぶケースがあり、
店先には鉄板で焼くものを扱う小さな屋台が出ている。
「回転焼き2つくださーい」
「はいは~い、ここで食べてく?」
「うん、そうするー」
さっそくアカネが近寄って注文した。
応じた店の人が小さな包み紙に素早く回転焼きを入れる。
「ほら、回転焼き」
幸尋は店先に出されている長椅子に座って、
差し出された回転焼きを受け取った。
それは手の平サイズの円盤型で、4cmほどの厚みがあった。
包み紙からアツアツ温度がじんわり伝わってくる。
「アカネの説明ヘタ過ぎ!」
「うるせぇ!」
そう言うなり、アカネは回転焼きにかぶりついた。
ほふほふしながら顔がほころぶ。
幸尋も回転焼きをかぶる。
(んふっ)
きつね色の生地は、表面こそカリッとしていたが、
すぐにもっちりした層が始まる。
ほのかな小麦の香りが広がったかと思うと、
アツアツのあんこの塊に至る。
ほっこりしたやさしい小豆の甘味。
小豆たっぷりのあんこがたちまちほどけていく。
もっちりした生地と甘いあんこが
渾然一体となってクチを魅了していく。
何とも言えないやさしい甘味だった。
「んふぅ~」
思わずふたりは見合って同じ声音を上げる。
「うん、たい焼きとは違うね」
「だろ?」
たい焼きの生地とは微妙に食感が違っていた。
たい焼きにはいくぶんハードな歯触り感があるが、
回転焼きはもっちり感がある。
あんこをハード生地で楽しむか、
もっちり生地で楽しむか、難しい問題である。
それはともかく、一口喉を下りていった後、
溜息のように鼻に香りが抜ける。
あの生地。
あのあんこ。
しっかりした甘さなのに後味がすっきりしていた。
もうこの味を知ってしまったら、止められなかった。
まだ熱いにもかかわらず、次から次へとかぶりついた。
おなかに収まった回転焼きは
まだほかほかしているような心地だった。
「あんこの一族って家族多過ぎだろ?」
「あんろいひろくってw」
アカネが口をもごもごさせながら笑う。
どういうわけか幸尋は回転焼きが初めてだった。
彼はアカネが美味しそうにかじりつくのを横からずっと眺めていた。
(つづく)
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる