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第一話 目覚めれば異世界
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なんとも例えようのない幸福な充足感のなかに葉月はいた。
その充足感を表すのにもっとも近い表現があるとすれば、それは母の胸に抱かれた幼子のような無条件の安心感が近いだろうか。
ふかふかとどこまでも沈みこむような柔らかな感触がおそろしく心地良かった。
同時に軽いいらだちと敵意が葉月の胸の内に湧き上がる。
この感触には覚えがあった。忘れもしない巨乳(てき)の格差の象徴であった。
貧乳呼ばわりは決して許すことは出来ないが、少なくとも男たちが巨乳に惹かれる理由は身体で理解した。なるほどこの誘惑には抗いがたい。
そういえば死んだ母も、圧倒的なボリュームの胸囲を誇る人だった。ということはあれか、あれで父を惑わしたのか。
あの母の娘である自分にも遺伝学上、将来的には当然発展の余地はあるはずだ。……というかそうでなきゃ嫌だ。
それにしてもこの戦闘力……もとい、ボリュームはただごとではない。Eカップどころか……Gカップにすら届きそうな気配である。
思春期の女性の一人として、羨望の念を禁じえない。
ああ、なんて幸せな感触だろう。
無意識のうちに、葉月は巨大なそれに頬を擦りつけるようにして、柔らかなその感触を堪能したのであった。
「……まったく……大胆な娘じゃの」
鈴が鳴るような美声が頭上から降ってきたのはそのときだった。
聞き覚えのない女性の言葉に、まどろみから覚めた葉月はようやく自分の置かれた状況を認識した。
先ほどから自分が頬を擦りつけていたのは、やはり女性の胸だったのだ。
――夢ではなかったのか!
思いもかけぬことに葉月は惑乱した。まさかあの絶体絶命の状況で、生きて再び目覚めることが出来るとは思わなかったのだ。
自分は確かに命を魔王に差し出してこと切れたはずではなかったか。
「あん♪」
雑念を振り払うために頭を振ったはずみに、乳房の敏感な先端を刺激してしまったらしく、妖しくも艶めいた吐息が美女から漏れる。
「あああああっ! ごめんなさい! わざとじゃ! わざとじゃないんですぅ!」
羞恥のあまり耳まで真っ赤に染まりながら、葉月は弾かれるように身を起こした。
こんな醜態は両親が生きていた幼児期以外に晒したことはない。
想定外の事態に葉月はどう謝罪するべきかジタバタと身体をわたつかせたが、それも目の前の美女を見るまでのことだった。
―――――驚きのあまり声が出ない。
小柄な葉月より頭ふたつ分は大きそうな長身に、目も眩まんばかりの美貌が無造作に乗っていた。
腰にまで伸びた豪奢な金髪に、血の色のような真紅の瞳。
瞳と好一対を成したかのような、妖しく滑りを帯びた小さな唇。
血管が透けて見えそうなほど、透明感のある白い素肌。
とどめはあまりに存在感の大きすぎる巨大な双丘、いや、これはもはや丘などではなく山脈と表現すべきかもしれない見事な胸だった。
(……何故かしら? 御防人にやられたときよりも敗北感を感じるわ……)
「どうやら気づいたようじゃな。まあ、無事で何よりじゃ」
圧倒的な戦力(むね)を前に、目に見えてがっくりと落ち込む葉月をよそに、美女は嫣然と微笑むのだった。
ようやく気持ちも落ち着いた葉月は、自分がいつの間にか丁寧に治療を施されていることに気づいた。
クリーム色の暖色を基調とした部屋の中央で、葉月は大人が三人は楽に眠れそうな巨大なベッドに寝かされていた。
三十畳近くはありそうな庶民にはありえない部屋の広さに、長年ワンルーム住まいであった葉月は思わず感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。
「これは…………貴女が?」
おそらくはこの美女が瀕死の自分を手当してくれたのだろう。
「うむ、さすがに息があるのに見捨てるのは気が咎めるのでな……それにそなたほどの容姿であればむしろ見捨てることなど不可能じゃ。さきほど求愛を受けたときには不覚にも心が躍ったぞ」
「えっ?」
「えっ?」
(……何か今、聞き捨てならないことを聞いたような気がするのだけれど……)
口元をひくつかせ、葉月は激しく不穏なその言葉を尋ねた。
「あの……誰が誰に求愛を?」
「えっ?」
「えっ?」
互いに何か決定的な齟齬があることに気づいた美女は驚愕するとともに顔色を変えていく。
もしかして意識のない間に私はとんでもないことをしたのではないだろうか?
葉月は己が意識のない間に犯したかも知れぬ失態を想像して、思わずこめかみを押さえた。
「あれほど熱心に妾の胸を求めてくれたではないか……!?」
「そんな難易度の高い求愛のしかたがあってたまりますかああああああっ!!」
想像の完全に斜め上を行かれた葉月は、弾かれたように絶叫する。
た、確かに無意識に胸に顔を摺り寄せていたのは事実だが、それは人間の胎内回帰願望というか、まあ、その、本能のようなものだ。
断じて邪な欲望があったわけではない。きっと、たぶん、メイビー……。
「はて、そうなのか……? 父上には母上の胸を揉んで揉んで揉み倒して求愛した、と聞いたのだがそうではないのか?」
「いやいや、普通の人間がそれをしたら犯罪ですから!」
変態さんだ! 変態さんがここにいます!
彼氏いない歴十五年の葉月には、いささか刺激の強すぎる、許容範囲外のマニアックな見識というほかはなかった。
遠い記憶の父母も非常に仲のよい、割と目の毒な夫婦ではあったが、葉月の記憶では少なくともスキンシップに関してだけは、ごく平凡の域を出ることはなかったはずであった。
――――信じていいですよね? お父様!
「しかしそなたのほうが普通でないという可能性はないのか?」
「断言しますが私はノーマルです!」
シュールな光景だった。
天使ですら裸足で逃げそうな美貌の美女が、胸を揉み倒すとか言ってる時点で何かが決定的に間違っている気がした。
――――葉月と美女が、ひとまず落ち着きを取り戻すためには、さらにしばらくの時を必要とした。
求愛について納得のいかない美女が、それならばお返しとばかりに、葉月の胸を揉みたがったのでこれを抑えるのにまた一苦労したからである。
何が悲しくて、この女神のような同性の美女を相手に貞操の危機を感じなくてはならないのだろう。
「申し遅れたが妾の名はテイタニア・エルリッヒ・ハイデルベルグ・ラ・サタニカという。ティータと呼ぶがよい」
「ハヅキ・クカミです。助けてくれてありがとうございます」
ようやく平常な会話に持ち込めたことに、葉月はホッと胸を撫で下ろしていた。
どこの深窓の令嬢なのかしらないが、一般常識の足りなすぎるティータのような天然な性格は、葉月のもっとも苦手とするところなのだ。
「ところでハヅキに聞くが、いったいどうやってこの結界内に入り込めたのだ……?」
葉月はティータの質問に首を傾げた。
自分があの山積神社で命を散らしたのはほぼ間違いがない。
仮に九死に一生を得たにしても、誰かが連れ出さないかぎりあの場を動けなかったのは確実だ。
当然あの場から自分を救いあげてくれたのがティータだと思っていたのだが………。
「私の最後の記憶では、鳳市の山積神社で退魔士に襲われて致命傷を負ったはずなのですが……それを助けてくれたのがティータさんなのではないのですか?」
「ヤマツミジンジャだと……? 聞かぬ名だな。はたしてシュワルツブラッケにそんな土地があったかの?」
果てしなく不吉な言葉を聞いたような気がして、葉月は眉間の皺に指を寄せた。
「シュワルツブラッケ……って、なんかドイツ風な地名を聞いたような気がするんですけど、まさか、ここってヨーロッパとか言わないですよね……?」
もしかして人身売買? まさかとは思うけど、この身体を目当てに金持ちに売られちゃったとか言わないでしょうね……?
あの御防人を相手に、そんな真似が出来る人間がいるとは思えないけど。
「ヨーロッパなる場所がどこにあるのか寡聞にして知らぬが、ここは西方大陸最大の樹海ニブルヘイムの最奥じゃ。シュワルツブラッケ王国は樹海の入口に存在する最も近き人族の王国なのだが……その様子ではそれも知らぬようじゃの」
……いや待て、そんなことがありうるだろうか?
冷静に考えれば、確かにここは自分がいた世界を基準にすれば違和感だらけの場所である。
豪奢ではあるが、明らかに家電製品がひとつも存在しない部屋。
そして原始的な料理釜に不思議なことにガスも電気も通っていないお風呂。
さらに西方大陸、樹海、王国、そんな単語が全て使用されるような地域は、葉月の知りうるかぎり世界中のどこにもないはずであった。。
これはすなわち、自分は異世界に迷いこんだ、ということなのだろうか?
まさかそんなファンタジーな話が?
「……ひとつ聞きますが地球という名に心当たりは……?」
「チキュウ? ……ハヅキも顔に似ず大胆なことを聞くものだの。……はっ! まさかハヅキの求愛は胸だけでは足りぬというのか!?」
「誰が恥丘の話をしましたかぁっ!!!」
葉月は耳から首筋まで真っ赤に染まって力の限りに絶叫した。
もう一生分の突っ込みをここで使い果たしてしまいそうな勢いであった。
ティータのこれまでの性教育について、両親に問いたい。小一時間問い詰めたい。
「心当たりを聞いたのはハヅキであろう?」
はぁはぁと肩で息をする葉月の苦悩をよそに、ティータはどこ吹く風で微笑する。
というよりむしろ葉月がとり乱すのを楽しんでいるフシすら感じられた。
新しく手に入れたおもちゃに目を輝かせている子ども、というのが最も相応しい表現になるだろう。
「…………ここはいったいどこです?」
葉月が知りたがっている答えをティータは正確に洞察していた。
結界が破られた気配はないにもかかわらず、忽然と出現した人と魔の混血児。
見慣れぬ不思議な服装に聞いたことのない地名。
それが示す答えはひとつしかない。
「この世界の名はアヴァロン。東方大陸と西方大陸の二つの大陸で構成された人族と魔族が覇権を争う血塗られた土地じゃ」
中学のころ、図書室で胸をときめかせながら空想した、ここではないどこか。
天敵に狙われ命を脅かされぬ暮らし。
陰鬼である自分を受け入れてくれる暖かい人々。
誰も私を知らない世界。
私が私として人目を忍ばずに生活していける世界。
そんなありえないはずだった遠い日の幻想が、葉月の脳裏を駆け巡っていた。
もしも夢なら覚めないで欲しい。
―――――あれほど夢にまで憧れた異世界に、自分はやってきたのだ。
その充足感を表すのにもっとも近い表現があるとすれば、それは母の胸に抱かれた幼子のような無条件の安心感が近いだろうか。
ふかふかとどこまでも沈みこむような柔らかな感触がおそろしく心地良かった。
同時に軽いいらだちと敵意が葉月の胸の内に湧き上がる。
この感触には覚えがあった。忘れもしない巨乳(てき)の格差の象徴であった。
貧乳呼ばわりは決して許すことは出来ないが、少なくとも男たちが巨乳に惹かれる理由は身体で理解した。なるほどこの誘惑には抗いがたい。
そういえば死んだ母も、圧倒的なボリュームの胸囲を誇る人だった。ということはあれか、あれで父を惑わしたのか。
あの母の娘である自分にも遺伝学上、将来的には当然発展の余地はあるはずだ。……というかそうでなきゃ嫌だ。
それにしてもこの戦闘力……もとい、ボリュームはただごとではない。Eカップどころか……Gカップにすら届きそうな気配である。
思春期の女性の一人として、羨望の念を禁じえない。
ああ、なんて幸せな感触だろう。
無意識のうちに、葉月は巨大なそれに頬を擦りつけるようにして、柔らかなその感触を堪能したのであった。
「……まったく……大胆な娘じゃの」
鈴が鳴るような美声が頭上から降ってきたのはそのときだった。
聞き覚えのない女性の言葉に、まどろみから覚めた葉月はようやく自分の置かれた状況を認識した。
先ほどから自分が頬を擦りつけていたのは、やはり女性の胸だったのだ。
――夢ではなかったのか!
思いもかけぬことに葉月は惑乱した。まさかあの絶体絶命の状況で、生きて再び目覚めることが出来るとは思わなかったのだ。
自分は確かに命を魔王に差し出してこと切れたはずではなかったか。
「あん♪」
雑念を振り払うために頭を振ったはずみに、乳房の敏感な先端を刺激してしまったらしく、妖しくも艶めいた吐息が美女から漏れる。
「あああああっ! ごめんなさい! わざとじゃ! わざとじゃないんですぅ!」
羞恥のあまり耳まで真っ赤に染まりながら、葉月は弾かれるように身を起こした。
こんな醜態は両親が生きていた幼児期以外に晒したことはない。
想定外の事態に葉月はどう謝罪するべきかジタバタと身体をわたつかせたが、それも目の前の美女を見るまでのことだった。
―――――驚きのあまり声が出ない。
小柄な葉月より頭ふたつ分は大きそうな長身に、目も眩まんばかりの美貌が無造作に乗っていた。
腰にまで伸びた豪奢な金髪に、血の色のような真紅の瞳。
瞳と好一対を成したかのような、妖しく滑りを帯びた小さな唇。
血管が透けて見えそうなほど、透明感のある白い素肌。
とどめはあまりに存在感の大きすぎる巨大な双丘、いや、これはもはや丘などではなく山脈と表現すべきかもしれない見事な胸だった。
(……何故かしら? 御防人にやられたときよりも敗北感を感じるわ……)
「どうやら気づいたようじゃな。まあ、無事で何よりじゃ」
圧倒的な戦力(むね)を前に、目に見えてがっくりと落ち込む葉月をよそに、美女は嫣然と微笑むのだった。
ようやく気持ちも落ち着いた葉月は、自分がいつの間にか丁寧に治療を施されていることに気づいた。
クリーム色の暖色を基調とした部屋の中央で、葉月は大人が三人は楽に眠れそうな巨大なベッドに寝かされていた。
三十畳近くはありそうな庶民にはありえない部屋の広さに、長年ワンルーム住まいであった葉月は思わず感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。
「これは…………貴女が?」
おそらくはこの美女が瀕死の自分を手当してくれたのだろう。
「うむ、さすがに息があるのに見捨てるのは気が咎めるのでな……それにそなたほどの容姿であればむしろ見捨てることなど不可能じゃ。さきほど求愛を受けたときには不覚にも心が躍ったぞ」
「えっ?」
「えっ?」
(……何か今、聞き捨てならないことを聞いたような気がするのだけれど……)
口元をひくつかせ、葉月は激しく不穏なその言葉を尋ねた。
「あの……誰が誰に求愛を?」
「えっ?」
「えっ?」
互いに何か決定的な齟齬があることに気づいた美女は驚愕するとともに顔色を変えていく。
もしかして意識のない間に私はとんでもないことをしたのではないだろうか?
葉月は己が意識のない間に犯したかも知れぬ失態を想像して、思わずこめかみを押さえた。
「あれほど熱心に妾の胸を求めてくれたではないか……!?」
「そんな難易度の高い求愛のしかたがあってたまりますかああああああっ!!」
想像の完全に斜め上を行かれた葉月は、弾かれたように絶叫する。
た、確かに無意識に胸に顔を摺り寄せていたのは事実だが、それは人間の胎内回帰願望というか、まあ、その、本能のようなものだ。
断じて邪な欲望があったわけではない。きっと、たぶん、メイビー……。
「はて、そうなのか……? 父上には母上の胸を揉んで揉んで揉み倒して求愛した、と聞いたのだがそうではないのか?」
「いやいや、普通の人間がそれをしたら犯罪ですから!」
変態さんだ! 変態さんがここにいます!
彼氏いない歴十五年の葉月には、いささか刺激の強すぎる、許容範囲外のマニアックな見識というほかはなかった。
遠い記憶の父母も非常に仲のよい、割と目の毒な夫婦ではあったが、葉月の記憶では少なくともスキンシップに関してだけは、ごく平凡の域を出ることはなかったはずであった。
――――信じていいですよね? お父様!
「しかしそなたのほうが普通でないという可能性はないのか?」
「断言しますが私はノーマルです!」
シュールな光景だった。
天使ですら裸足で逃げそうな美貌の美女が、胸を揉み倒すとか言ってる時点で何かが決定的に間違っている気がした。
――――葉月と美女が、ひとまず落ち着きを取り戻すためには、さらにしばらくの時を必要とした。
求愛について納得のいかない美女が、それならばお返しとばかりに、葉月の胸を揉みたがったのでこれを抑えるのにまた一苦労したからである。
何が悲しくて、この女神のような同性の美女を相手に貞操の危機を感じなくてはならないのだろう。
「申し遅れたが妾の名はテイタニア・エルリッヒ・ハイデルベルグ・ラ・サタニカという。ティータと呼ぶがよい」
「ハヅキ・クカミです。助けてくれてありがとうございます」
ようやく平常な会話に持ち込めたことに、葉月はホッと胸を撫で下ろしていた。
どこの深窓の令嬢なのかしらないが、一般常識の足りなすぎるティータのような天然な性格は、葉月のもっとも苦手とするところなのだ。
「ところでハヅキに聞くが、いったいどうやってこの結界内に入り込めたのだ……?」
葉月はティータの質問に首を傾げた。
自分があの山積神社で命を散らしたのはほぼ間違いがない。
仮に九死に一生を得たにしても、誰かが連れ出さないかぎりあの場を動けなかったのは確実だ。
当然あの場から自分を救いあげてくれたのがティータだと思っていたのだが………。
「私の最後の記憶では、鳳市の山積神社で退魔士に襲われて致命傷を負ったはずなのですが……それを助けてくれたのがティータさんなのではないのですか?」
「ヤマツミジンジャだと……? 聞かぬ名だな。はたしてシュワルツブラッケにそんな土地があったかの?」
果てしなく不吉な言葉を聞いたような気がして、葉月は眉間の皺に指を寄せた。
「シュワルツブラッケ……って、なんかドイツ風な地名を聞いたような気がするんですけど、まさか、ここってヨーロッパとか言わないですよね……?」
もしかして人身売買? まさかとは思うけど、この身体を目当てに金持ちに売られちゃったとか言わないでしょうね……?
あの御防人を相手に、そんな真似が出来る人間がいるとは思えないけど。
「ヨーロッパなる場所がどこにあるのか寡聞にして知らぬが、ここは西方大陸最大の樹海ニブルヘイムの最奥じゃ。シュワルツブラッケ王国は樹海の入口に存在する最も近き人族の王国なのだが……その様子ではそれも知らぬようじゃの」
……いや待て、そんなことがありうるだろうか?
冷静に考えれば、確かにここは自分がいた世界を基準にすれば違和感だらけの場所である。
豪奢ではあるが、明らかに家電製品がひとつも存在しない部屋。
そして原始的な料理釜に不思議なことにガスも電気も通っていないお風呂。
さらに西方大陸、樹海、王国、そんな単語が全て使用されるような地域は、葉月の知りうるかぎり世界中のどこにもないはずであった。。
これはすなわち、自分は異世界に迷いこんだ、ということなのだろうか?
まさかそんなファンタジーな話が?
「……ひとつ聞きますが地球という名に心当たりは……?」
「チキュウ? ……ハヅキも顔に似ず大胆なことを聞くものだの。……はっ! まさかハヅキの求愛は胸だけでは足りぬというのか!?」
「誰が恥丘の話をしましたかぁっ!!!」
葉月は耳から首筋まで真っ赤に染まって力の限りに絶叫した。
もう一生分の突っ込みをここで使い果たしてしまいそうな勢いであった。
ティータのこれまでの性教育について、両親に問いたい。小一時間問い詰めたい。
「心当たりを聞いたのはハヅキであろう?」
はぁはぁと肩で息をする葉月の苦悩をよそに、ティータはどこ吹く風で微笑する。
というよりむしろ葉月がとり乱すのを楽しんでいるフシすら感じられた。
新しく手に入れたおもちゃに目を輝かせている子ども、というのが最も相応しい表現になるだろう。
「…………ここはいったいどこです?」
葉月が知りたがっている答えをティータは正確に洞察していた。
結界が破られた気配はないにもかかわらず、忽然と出現した人と魔の混血児。
見慣れぬ不思議な服装に聞いたことのない地名。
それが示す答えはひとつしかない。
「この世界の名はアヴァロン。東方大陸と西方大陸の二つの大陸で構成された人族と魔族が覇権を争う血塗られた土地じゃ」
中学のころ、図書室で胸をときめかせながら空想した、ここではないどこか。
天敵に狙われ命を脅かされぬ暮らし。
陰鬼である自分を受け入れてくれる暖かい人々。
誰も私を知らない世界。
私が私として人目を忍ばずに生活していける世界。
そんなありえないはずだった遠い日の幻想が、葉月の脳裏を駆け巡っていた。
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