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第八十二話 初夜
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ローマ皇帝コンスタンティノス11世は、間諜からもたらされた弟デメトリオスの叛意の情報に胸を痛めていた。
考えてみれば自分は弟たちの危機感に、あまりに鈍感であったように思う。
いまだ再婚相手すら決まらぬ自分の後継者を心配するのは理の当然であるはずであった。
だが、問題なのはワラキア公の声望の高まりである。
宰相のノタラスなどは、明らかにワラキア公とヘレナの血統による皇位継承を望んでいた。
弟たちが健在であるにもかかわらずそうした声があることに、コンスタンティノスは不快の念を禁じえない。
しかし、ワラキア公なくしてこうしてコンスタンティノポリスが活気を取り戻すこともありえなかったのだ。
正直弟の不満を責める気になれないコンスタンティノスである。
「…………余ははやまったやもしれぬな………」
ワラキア公の器量はコンスタンティノスの想像を遥かに超えていた。
わずか19歳にすぎぬ若者が、帝国にこれほどの影響をもたらすなど誰が想像したろうか。
将来的に帝国に益する君主に育つやもしれぬと思いはしたが、まさか四年弱で東欧に巨大な王国を築きあげてしまうとは。
だが、その空前の躍進も帝国の援助があったればこそである。
それで逆に帝国がワラキアに飲み込まれるようなことがあっては本末転倒というものであろう。
「………やはり余は弟を見捨てる気にははなれぬ」
自分の皇位継承者として、皇太子にデメトリオスを指名しよう。
そうすれば弟も馬鹿な真似には及ばぬはずだ。
ワラキア公にはルーマニア王位を名乗ることを許そう。
実質的にワラキア公はハンガリー・トランシルヴァニア・ワラキア・モルダヴィアの王だ。
王号を名乗るには十分であろう。
もちろん王号を称するということは、ヘレナの夫として帝国の藩屏たることを受け入れることにほかならない。
一度は捨てた選択肢だが、ワラキア公の出方次第では再び東西合同に動くことも可能かもしれなかった。
コンスタンティノスは決して暗愚な君主ではない。
むしろ内政に関しては英邁な君主の部類に入るであろう。国民に寄せられる絶大な人気がそれを証明している。
しかし頭のいい人間にありがちな見通しの甘さがあり、帝国の長い歴史を背負わされたことによる重みが時として決断を誤らせる傾向にあるのかもしれない。
何より育ちの良いコンスタンティノスは、人の悪意というものに鈍感でありすぎた。
ワラキア公にルーマニア王位を与えることが、メフメト二世にどのように受け取られるかについて、皇帝はなんら危機感を抱いてはいなかったのである。
寝耳に水とはこのことであろうか。
「伯父上はいったい何を考えているのか!」
ルーマニア王即位の打診を受けたことにヘレナは激昂を隠せずにいた。
この情勢下でオスマンを刺激すれば、偶発的に双方が望まぬかたちで戦争が始まりかねない。
戦のきっかけは何もお互いがそれを望んだときとは限らないのだ。
確かにコンスタンティノスは善人なのだろう。
皇位をデメトリオスに譲る代わりとして、ヴラドに対して好意を示したつもりに違いなかった。
しかしそれは裏をかえせばワラキアを警戒しているということでもあり、さらには親オスマンのデメトリオスを次期皇位継承者にするという皇帝の決意表明でもある。
デメトリオスの国民の間での人気は低いうえ、ヘレナの父ソマスとも不仲を極めていた。とうてい破局寸前の帝国を支えられる器ではない。
そのうえ、今回の皇位継承にからみ反ワラキア色を鮮明にしていた。
もし万が一のことがコンスタンティノスにあれば、ワラキアは累卵の危機に立たされることになるであろう。
ただそれだけならば、ヘレナもここまで激昂はしなかった。
なんといってもヘレナは帝国千年の歴史が生んだ政治的怪物なのだ。
対応すべき方策のひとつやふたつを考え付くのは赤子の手をひねるようなものであった。
しかし今回の皇帝の策動の焦点は実のところヘレナ自身にある。
皇帝やデメトリオスがワラキアを警戒する原因のほとんどは、ヘレナに流れる皇帝の血筋にあるのだ。
古代ローマから連綿として引き継がれてきた高貴な血統。
ヘレナがワラキア公のものになると心に決めたときに捨て去ったはずのものが、今こうしてワラキア公を窮地に陥れていることがヘレナには辛い。
理性ではむしろ当然のこととして理解している。
物心ついたときから自分は、そうしたものとして育てられてきたのだから。
ただ帝国の血筋を未来に繋げるための道具として、生きていくことを強いられてきたのだから。
しかしそれはヴラドに会って解放されたと思っていた。
ワラキアという小国の主………世が世なら到底帝国の血筋を娶るような地位にはない。
ましてオスマンに服属し、貴族たちは勝手に後継者を乱立させて混乱する大国にはさまれた小国など誰が評価するものか。
ところがヴラドはその才覚と度量ひとつでワラキアを東欧一の大国にまで育て上げてしまった。
人は血筋に頼ることなく、その才によって世界を変える力がある。
ヘレナがヴラドに期待し、そして証明したもっとも大きな喜びはそれだった。
そして自らもその才によってヴラドに必要とされ、帝国の皇女ではなくただひとりのヘレナとして自立できたとも感じていた。
残念ながら女として必要とされるには、いま少しの努力と時間が必要なようではあったが。
それがひとりよがりの幻想であったと知らされて、平静でいられるほどヘレナは大人ではなかったのだ。
「ご機嫌斜めだな、我が妻は」
「………黙ってみているとは人が悪いぞ、我が夫(つま)」
いつの間にか自分の私室にヴラドがやってきたのにも気づかずに暴れていた恥かしさにヘレナは顔を赤らめた。
自分が幼子に戻ってしまったようななんともいえぬ罰の悪い感覚であった。
「………ヘレナの髪は綺麗だな」
やさしく髪を梳かれてヘレナは戸惑ったように身体を身じろがせた。
心地よさとともにひどく頬が熱い。
「………それにとてもいい匂いだ」
さらに耳元に顔を寄せられ匂いを嗅がれてはヘレナの羞恥心も限界に達した。
「どどどど……どうしたというのだ? 我が夫。これではまるで………」
男女の睦みあいのようではないか、といいかけてヘレナは赤面して思わず俯く。
もしかして自分の自意識過剰であったら恥ずかしすぎるからだ。
「もしヘレナが帝国の皇女でなくてもヘレナの綺麗さは変わらないよ」
「我が夫!…………」
ようやくヘレナは理解した。
ヴラドがやってきてくれた本当のわけは、ヘレナを元気付けるためだったのだと。
「帝国の血筋などヘレナが身につけた宝石とさほどの変わりはない。それはそれで美しいかもしれないが所詮はヘレナを飾る添え物のひとつにすぎない。私の愛する妻は飾りに負けるような器量ではあるまいよ」
現実にはそうとばかりはいえない、とヘレナの冷徹な理性は判断するが今は何よりヴラドの気持ちがうれしかった。
哀しいほどに優しい………いったいどうしたらそれほどに強くて優しくあれるものか。
この優しさを失いたくない、そう思ったときにヘレナは唐突に真実に気づいた。
ああ………妾はつくづく我が夫を愛してしまっているのだな…………。
なんのことはない。
ヴラドに嫌われるのが怖かったのだ。
自分という存在が、ヴラドの不利益になることが許せなかった、ただそれだけのこと。
「愛しているぞ、我が夫………もしも我が夫が少しでも妾を愛してくれているのなら……どうか今夜だけは妾を女にしてくれ」
そう気づいたらもう、是が非にもヴラドの女にならずには気がすまなかった。
愛する男の証を、身体に刻みこみたい。
それは女の本能に近いものであった。
「もとより今夜はそのつもりだ」
愛し合うもの同士の証を得たい気持ちはヴラドとて変わりはなかった。
実のところヴラドにもそれほど精神的な余裕はない。
不安なのはむしろヴラドのほうといってもよいくらいだ。
しかし男としての矜持がかろうじてヴラドに精一杯の見栄を張らせていた。
「………こ、今度こそは本当に本当じゃな?」
首まで真っ赤に染めながらヘレナは疑りを隠さない。
これまで何かと方便に騙されてきた経験からすればごく当然のことであった。
「信じてくれないのか?」
「今まで散々妾を騙したではないか。擦ったり、〇んだりとか」
「生まれてすいません」
なんとかヘレナを誤魔化すためとはいえ、言われてみれば鬼畜の所業であった、と俺は土下座した。
「あんな恥ずかしい真似をさせたのだ。優しくせねば許さぬぞ?」
「無論、そのつもりだ」
その夜、俺は十分優しく、そして念入りにヘレナを愛した。
翌朝ヘレナはベッドから起き上がることすらかなわなかったが、念入りすぎたかどうかヘレナが答えることはなかったという。
「我が夫はけだものだな。全くサレスめ、話が全然違うぞ。なにが天井の染みを数えている間に終わりますじゃ」
幸せそうに微笑みながらも、じんじんと痺れるような腰の痛みにヘレナは眉を顰めた。
「むしろ我が夫の言っていたことは本当に正しかったな。アイタタタタタタ!」
そしてヘレナが次の夜も腰の痛みに悩まされている頃――――
「………やはりお前も来たか………」
「ええ、この千載一遇の機会を逃す手はございませんから」
薄化粧に絹の肌着を纏ったアンジェリーナとフリデリカは、ヴラドの寝室の前で計画通りとなかりに笑いあっていた。
二人とも薄絹の下からは白磁のような素肌が透け、桃色に染まった頂がお互いの官能を強調しているかのようである。
「不本意ではあるがここは一時休戦とするとしようか?」
「了承」
既成事実をつくるのは今をおいてほかにはない。明日か明後日か、腰の痛みから回復したヘレナの妨害が入るのは確実である。
争うのはヴラドの寵愛を受けた後でいいのだ。もっとも初体験が3Pというのはどうかとも思うのだが
ヴラドという極上の雄を前に、美味しそうに舌なめずりをする二匹の女豹がそこにいた。
「あわわわわわわ………フリデリカ! 息が! 胸に埋もれて息が~~~~!」
「ぬわっ! アンジェリーナ! 挟んじゃダメだって! うぐぅ」
もはやヴラドの抵抗は女豹たちの前に風前の灯であった。
「――――もうゴールしてもいいよね?」
「…………………遅かったか………」
ようやく起き上がることができるようになったヘレナが翌朝に見たものは、干からびたまま失神しているヴラドと、明らかに肌つやの増した裸の女豹の姿であった。
「初夜の翌日にはもう浮気されるとは…………この慮外者め!!!!」
――ゴキリ
早朝の寝室に実に嫌な衝撃音が木霊した。
男なら泡を吹いて悶絶すること間違いなしな見事な鉄槌であった。
オスマンとの戦い以前に、まずはこの危機から脱することを考えなければならないようである。
考えてみれば自分は弟たちの危機感に、あまりに鈍感であったように思う。
いまだ再婚相手すら決まらぬ自分の後継者を心配するのは理の当然であるはずであった。
だが、問題なのはワラキア公の声望の高まりである。
宰相のノタラスなどは、明らかにワラキア公とヘレナの血統による皇位継承を望んでいた。
弟たちが健在であるにもかかわらずそうした声があることに、コンスタンティノスは不快の念を禁じえない。
しかし、ワラキア公なくしてこうしてコンスタンティノポリスが活気を取り戻すこともありえなかったのだ。
正直弟の不満を責める気になれないコンスタンティノスである。
「…………余ははやまったやもしれぬな………」
ワラキア公の器量はコンスタンティノスの想像を遥かに超えていた。
わずか19歳にすぎぬ若者が、帝国にこれほどの影響をもたらすなど誰が想像したろうか。
将来的に帝国に益する君主に育つやもしれぬと思いはしたが、まさか四年弱で東欧に巨大な王国を築きあげてしまうとは。
だが、その空前の躍進も帝国の援助があったればこそである。
それで逆に帝国がワラキアに飲み込まれるようなことがあっては本末転倒というものであろう。
「………やはり余は弟を見捨てる気にははなれぬ」
自分の皇位継承者として、皇太子にデメトリオスを指名しよう。
そうすれば弟も馬鹿な真似には及ばぬはずだ。
ワラキア公にはルーマニア王位を名乗ることを許そう。
実質的にワラキア公はハンガリー・トランシルヴァニア・ワラキア・モルダヴィアの王だ。
王号を名乗るには十分であろう。
もちろん王号を称するということは、ヘレナの夫として帝国の藩屏たることを受け入れることにほかならない。
一度は捨てた選択肢だが、ワラキア公の出方次第では再び東西合同に動くことも可能かもしれなかった。
コンスタンティノスは決して暗愚な君主ではない。
むしろ内政に関しては英邁な君主の部類に入るであろう。国民に寄せられる絶大な人気がそれを証明している。
しかし頭のいい人間にありがちな見通しの甘さがあり、帝国の長い歴史を背負わされたことによる重みが時として決断を誤らせる傾向にあるのかもしれない。
何より育ちの良いコンスタンティノスは、人の悪意というものに鈍感でありすぎた。
ワラキア公にルーマニア王位を与えることが、メフメト二世にどのように受け取られるかについて、皇帝はなんら危機感を抱いてはいなかったのである。
寝耳に水とはこのことであろうか。
「伯父上はいったい何を考えているのか!」
ルーマニア王即位の打診を受けたことにヘレナは激昂を隠せずにいた。
この情勢下でオスマンを刺激すれば、偶発的に双方が望まぬかたちで戦争が始まりかねない。
戦のきっかけは何もお互いがそれを望んだときとは限らないのだ。
確かにコンスタンティノスは善人なのだろう。
皇位をデメトリオスに譲る代わりとして、ヴラドに対して好意を示したつもりに違いなかった。
しかしそれは裏をかえせばワラキアを警戒しているということでもあり、さらには親オスマンのデメトリオスを次期皇位継承者にするという皇帝の決意表明でもある。
デメトリオスの国民の間での人気は低いうえ、ヘレナの父ソマスとも不仲を極めていた。とうてい破局寸前の帝国を支えられる器ではない。
そのうえ、今回の皇位継承にからみ反ワラキア色を鮮明にしていた。
もし万が一のことがコンスタンティノスにあれば、ワラキアは累卵の危機に立たされることになるであろう。
ただそれだけならば、ヘレナもここまで激昂はしなかった。
なんといってもヘレナは帝国千年の歴史が生んだ政治的怪物なのだ。
対応すべき方策のひとつやふたつを考え付くのは赤子の手をひねるようなものであった。
しかし今回の皇帝の策動の焦点は実のところヘレナ自身にある。
皇帝やデメトリオスがワラキアを警戒する原因のほとんどは、ヘレナに流れる皇帝の血筋にあるのだ。
古代ローマから連綿として引き継がれてきた高貴な血統。
ヘレナがワラキア公のものになると心に決めたときに捨て去ったはずのものが、今こうしてワラキア公を窮地に陥れていることがヘレナには辛い。
理性ではむしろ当然のこととして理解している。
物心ついたときから自分は、そうしたものとして育てられてきたのだから。
ただ帝国の血筋を未来に繋げるための道具として、生きていくことを強いられてきたのだから。
しかしそれはヴラドに会って解放されたと思っていた。
ワラキアという小国の主………世が世なら到底帝国の血筋を娶るような地位にはない。
ましてオスマンに服属し、貴族たちは勝手に後継者を乱立させて混乱する大国にはさまれた小国など誰が評価するものか。
ところがヴラドはその才覚と度量ひとつでワラキアを東欧一の大国にまで育て上げてしまった。
人は血筋に頼ることなく、その才によって世界を変える力がある。
ヘレナがヴラドに期待し、そして証明したもっとも大きな喜びはそれだった。
そして自らもその才によってヴラドに必要とされ、帝国の皇女ではなくただひとりのヘレナとして自立できたとも感じていた。
残念ながら女として必要とされるには、いま少しの努力と時間が必要なようではあったが。
それがひとりよがりの幻想であったと知らされて、平静でいられるほどヘレナは大人ではなかったのだ。
「ご機嫌斜めだな、我が妻は」
「………黙ってみているとは人が悪いぞ、我が夫(つま)」
いつの間にか自分の私室にヴラドがやってきたのにも気づかずに暴れていた恥かしさにヘレナは顔を赤らめた。
自分が幼子に戻ってしまったようななんともいえぬ罰の悪い感覚であった。
「………ヘレナの髪は綺麗だな」
やさしく髪を梳かれてヘレナは戸惑ったように身体を身じろがせた。
心地よさとともにひどく頬が熱い。
「………それにとてもいい匂いだ」
さらに耳元に顔を寄せられ匂いを嗅がれてはヘレナの羞恥心も限界に達した。
「どどどど……どうしたというのだ? 我が夫。これではまるで………」
男女の睦みあいのようではないか、といいかけてヘレナは赤面して思わず俯く。
もしかして自分の自意識過剰であったら恥ずかしすぎるからだ。
「もしヘレナが帝国の皇女でなくてもヘレナの綺麗さは変わらないよ」
「我が夫!…………」
ようやくヘレナは理解した。
ヴラドがやってきてくれた本当のわけは、ヘレナを元気付けるためだったのだと。
「帝国の血筋などヘレナが身につけた宝石とさほどの変わりはない。それはそれで美しいかもしれないが所詮はヘレナを飾る添え物のひとつにすぎない。私の愛する妻は飾りに負けるような器量ではあるまいよ」
現実にはそうとばかりはいえない、とヘレナの冷徹な理性は判断するが今は何よりヴラドの気持ちがうれしかった。
哀しいほどに優しい………いったいどうしたらそれほどに強くて優しくあれるものか。
この優しさを失いたくない、そう思ったときにヘレナは唐突に真実に気づいた。
ああ………妾はつくづく我が夫を愛してしまっているのだな…………。
なんのことはない。
ヴラドに嫌われるのが怖かったのだ。
自分という存在が、ヴラドの不利益になることが許せなかった、ただそれだけのこと。
「愛しているぞ、我が夫………もしも我が夫が少しでも妾を愛してくれているのなら……どうか今夜だけは妾を女にしてくれ」
そう気づいたらもう、是が非にもヴラドの女にならずには気がすまなかった。
愛する男の証を、身体に刻みこみたい。
それは女の本能に近いものであった。
「もとより今夜はそのつもりだ」
愛し合うもの同士の証を得たい気持ちはヴラドとて変わりはなかった。
実のところヴラドにもそれほど精神的な余裕はない。
不安なのはむしろヴラドのほうといってもよいくらいだ。
しかし男としての矜持がかろうじてヴラドに精一杯の見栄を張らせていた。
「………こ、今度こそは本当に本当じゃな?」
首まで真っ赤に染めながらヘレナは疑りを隠さない。
これまで何かと方便に騙されてきた経験からすればごく当然のことであった。
「信じてくれないのか?」
「今まで散々妾を騙したではないか。擦ったり、〇んだりとか」
「生まれてすいません」
なんとかヘレナを誤魔化すためとはいえ、言われてみれば鬼畜の所業であった、と俺は土下座した。
「あんな恥ずかしい真似をさせたのだ。優しくせねば許さぬぞ?」
「無論、そのつもりだ」
その夜、俺は十分優しく、そして念入りにヘレナを愛した。
翌朝ヘレナはベッドから起き上がることすらかなわなかったが、念入りすぎたかどうかヘレナが答えることはなかったという。
「我が夫はけだものだな。全くサレスめ、話が全然違うぞ。なにが天井の染みを数えている間に終わりますじゃ」
幸せそうに微笑みながらも、じんじんと痺れるような腰の痛みにヘレナは眉を顰めた。
「むしろ我が夫の言っていたことは本当に正しかったな。アイタタタタタタ!」
そしてヘレナが次の夜も腰の痛みに悩まされている頃――――
「………やはりお前も来たか………」
「ええ、この千載一遇の機会を逃す手はございませんから」
薄化粧に絹の肌着を纏ったアンジェリーナとフリデリカは、ヴラドの寝室の前で計画通りとなかりに笑いあっていた。
二人とも薄絹の下からは白磁のような素肌が透け、桃色に染まった頂がお互いの官能を強調しているかのようである。
「不本意ではあるがここは一時休戦とするとしようか?」
「了承」
既成事実をつくるのは今をおいてほかにはない。明日か明後日か、腰の痛みから回復したヘレナの妨害が入るのは確実である。
争うのはヴラドの寵愛を受けた後でいいのだ。もっとも初体験が3Pというのはどうかとも思うのだが
ヴラドという極上の雄を前に、美味しそうに舌なめずりをする二匹の女豹がそこにいた。
「あわわわわわわ………フリデリカ! 息が! 胸に埋もれて息が~~~~!」
「ぬわっ! アンジェリーナ! 挟んじゃダメだって! うぐぅ」
もはやヴラドの抵抗は女豹たちの前に風前の灯であった。
「――――もうゴールしてもいいよね?」
「…………………遅かったか………」
ようやく起き上がることができるようになったヘレナが翌朝に見たものは、干からびたまま失神しているヴラドと、明らかに肌つやの増した裸の女豹の姿であった。
「初夜の翌日にはもう浮気されるとは…………この慮外者め!!!!」
――ゴキリ
早朝の寝室に実に嫌な衝撃音が木霊した。
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