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第六十六話 落日の上部ハンガリー
しおりを挟む「どうしても行きてえってんなら好きにするさ」
「長い付き合いだったなヤン」
ちょうどそのころ、上部ハンガリーではヤン・イスクラの率いるフス派軍事集団がまさに分裂の時を迎えようとしていた。
ヤンにとって、フスの教義は味方同士で殺しあった、あのリパニの戦いですでに死んでしまったものである。
死者は生き返らない、いや、生き還ってはならない。
戦って戦って戦いぬいて、戦うほどに何故か信仰は遠くなっていったあの日の絶望を、もはや二度と味わうつもりもない。
今は己の生というものをいかに燃やしつくすことができるか、それだけがヤンの全てであった。
しかし、部下の全てがヤンのように刹那的に生きられるわけではない。
わけても故地であるボヘミアが、ハンガリー王ラディスラウスの廃位により無政府状態になっていることは彼らの望郷の念を一層強くしていた。
今こそ故郷に立ち返り、理想の社会を築き上げるときではないのか?
フスの理想を実現するためにこそ、我らは兵を上げたのではなかったか?
口々にそういい募る部下たちを説得する術を、ヤンは持てずにいたのである。
「だが、出て行くってんなら俺とは縁切りだぜ? この上部ハンガリーからは出て行ってもらうからな」
配下の隊長たちとヤンとの間で青白い火花が飛び散った。
ヤンの言い分は到底呑む事はできない。
なんとなればフス派の戦術の基本は火力戦であり、旧来の軍形態以上の後方兵站を必要としたからである。
現状で兵站として武器弾薬を製造する拠点は、上部ハンガリー以外にはありえなかった。
神の教えを全うするためには、この不心得者を(ヤン)倒すしかないかもしれぬ、と彼らが考えるのは当然の帰結であった。
ヤンは部下たちの心に芽生えた叛心を正しく洞察していたが、だからといって彼らの要求を入れる気は毛頭ない。
彼らに同心するということは、またあの永久運動のような戦いに身を投じるということなのだ。
上部ハンガリーは神の国のための兄弟が治める国に成り果てる。
(ふざけるな! この国を治めるのはこの俺様だ! もう誰の指示も受けねえ!)
こいつらはまた同じことを繰り返そうとしている。
あの理想のために現実を踏みにじり続ける、糞ったれな狂信者どもと同じ過ちというものを。
あの日の親友を見捨てた後悔を忘れるつもりはない。
主人(かみ)に考えることを預けて、ひたすらに主人の言葉を信じて戦った。
その結果が兄弟の決別、あまりにも凄惨な家族殺しの惨劇。
俺の主人は俺であり、俺は俺の判断と責任で俺の生を全うするのだ。
二度と主人を頂くつもりはない。自分ではない誰かの考えによって戦うつもりもない。
俺が戦うのはただ俺自身の意思によってのみ。
だがそんなヤンを理解する仲間はあまりに少なかった。
………………そういえば一人面白い男がいやがったが、な
ヤンは遠い南の空を見上げて、一人の若い青年の姿を思い出し薄く嗤った。
「ふう…………」
今日もストレスの多い日だった。
ヘレナに頭突きされた顎はまだじんじんと痛む。
湯舟の方まで浸かるのが、このうえない至上のリフレッシュタイムであった。
はずなのに――――
「あの、何分初めてのことでございますゆえ粗相があるかもしれませぬが………」
気配を感じて振り向けば、全裸のフリデリカが恥ずかしそうに両手で零れ落ちんばかりの胸を覆っていた。
いかん、目が離せん。
「あ、あまり見ないでくださいませ」
それは無理というものだろう。
会見では終始ヘレナに折檻されて、ろくに見れなかったからな。
ちゃぷん、という水音とともにフリデリカの豊満な柔らかい感触が俺の右腕に触れる。
それにしても腕が埋もれそうなこの柔らかさはなんなのか。
「殿下はそんなに胸がお好きですか………?」
好きです、と即答したい気持ちをかろうじて抑える。
そんなことを考えつつも、目は欲望に忠実に巨乳に吸い寄せられてしまっていた。
初々しいヴラドの反応に思わずフリデリカの表情から笑顔がこぼれた。
(可愛らしいお方)
男性上位のキリスト教社会では、女性はただ男性の欲望を受け止めるのが美徳とされる風潮がある。
義兄であるカジェミシュ四世ならば、女性を相手にこうも恥じらったりすることなく、強引に押し倒して自分の欲望を果たすだろう。
そんなヴラドが新鮮であり、好ましいと感じている自分がいた。
そうでなければ、フリデリカはこんな大胆なことができる女性ではなかった。
もっとも、決断するためにはとある暗躍する人物がいたのだが。
「…………は、恥ずかしいですが、どうか殿下の好きなようになされませ」
覚悟完了とでも言いた気に、ギュッと目をつぶり巨乳を押しつけるフリデリカに、俺のなかの理性は軽々とリミットを振り切った。
もう辛抱たまらん!
「たわけえええええええええええええええ!!!」
「げほおおおおおおおおおおおおお!!!」
どこから潜り込んだものか、ヘレナ渾身の頭突きが俺の股間に炸裂していた。
「汝の初めての女になるのは妾であろう? それが何じゃ! こんな簡単に色香に惑いおって! 妾だって……妾だって、胸はなくとも汝のためならあああ、あれ以上恥ずかしいことだって我慢できるぞ! って何を言わせるのじゃ!」
グキリ
照れ隠しのヘレナの拳がマイサンを直撃する。
脳天を貫く衝撃に、たまらず悶絶した俺を、心配してフリデリカとヘレナが全裸のまま抱きかかえる。
この幸せな地獄をなんとかしてえええええええええ!
「長い付き合いだったなヤン」
ちょうどそのころ、上部ハンガリーではヤン・イスクラの率いるフス派軍事集団がまさに分裂の時を迎えようとしていた。
ヤンにとって、フスの教義は味方同士で殺しあった、あのリパニの戦いですでに死んでしまったものである。
死者は生き返らない、いや、生き還ってはならない。
戦って戦って戦いぬいて、戦うほどに何故か信仰は遠くなっていったあの日の絶望を、もはや二度と味わうつもりもない。
今は己の生というものをいかに燃やしつくすことができるか、それだけがヤンの全てであった。
しかし、部下の全てがヤンのように刹那的に生きられるわけではない。
わけても故地であるボヘミアが、ハンガリー王ラディスラウスの廃位により無政府状態になっていることは彼らの望郷の念を一層強くしていた。
今こそ故郷に立ち返り、理想の社会を築き上げるときではないのか?
フスの理想を実現するためにこそ、我らは兵を上げたのではなかったか?
口々にそういい募る部下たちを説得する術を、ヤンは持てずにいたのである。
「だが、出て行くってんなら俺とは縁切りだぜ? この上部ハンガリーからは出て行ってもらうからな」
配下の隊長たちとヤンとの間で青白い火花が飛び散った。
ヤンの言い分は到底呑む事はできない。
なんとなればフス派の戦術の基本は火力戦であり、旧来の軍形態以上の後方兵站を必要としたからである。
現状で兵站として武器弾薬を製造する拠点は、上部ハンガリー以外にはありえなかった。
神の教えを全うするためには、この不心得者を(ヤン)倒すしかないかもしれぬ、と彼らが考えるのは当然の帰結であった。
ヤンは部下たちの心に芽生えた叛心を正しく洞察していたが、だからといって彼らの要求を入れる気は毛頭ない。
彼らに同心するということは、またあの永久運動のような戦いに身を投じるということなのだ。
上部ハンガリーは神の国のための兄弟が治める国に成り果てる。
(ふざけるな! この国を治めるのはこの俺様だ! もう誰の指示も受けねえ!)
こいつらはまた同じことを繰り返そうとしている。
あの理想のために現実を踏みにじり続ける、糞ったれな狂信者どもと同じ過ちというものを。
あの日の親友を見捨てた後悔を忘れるつもりはない。
主人(かみ)に考えることを預けて、ひたすらに主人の言葉を信じて戦った。
その結果が兄弟の決別、あまりにも凄惨な家族殺しの惨劇。
俺の主人は俺であり、俺は俺の判断と責任で俺の生を全うするのだ。
二度と主人を頂くつもりはない。自分ではない誰かの考えによって戦うつもりもない。
俺が戦うのはただ俺自身の意思によってのみ。
だがそんなヤンを理解する仲間はあまりに少なかった。
………………そういえば一人面白い男がいやがったが、な
ヤンは遠い南の空を見上げて、一人の若い青年の姿を思い出し薄く嗤った。
「ふう…………」
今日もストレスの多い日だった。
ヘレナに頭突きされた顎はまだじんじんと痛む。
湯舟の方まで浸かるのが、このうえない至上のリフレッシュタイムであった。
はずなのに――――
「あの、何分初めてのことでございますゆえ粗相があるかもしれませぬが………」
気配を感じて振り向けば、全裸のフリデリカが恥ずかしそうに両手で零れ落ちんばかりの胸を覆っていた。
いかん、目が離せん。
「あ、あまり見ないでくださいませ」
それは無理というものだろう。
会見では終始ヘレナに折檻されて、ろくに見れなかったからな。
ちゃぷん、という水音とともにフリデリカの豊満な柔らかい感触が俺の右腕に触れる。
それにしても腕が埋もれそうなこの柔らかさはなんなのか。
「殿下はそんなに胸がお好きですか………?」
好きです、と即答したい気持ちをかろうじて抑える。
そんなことを考えつつも、目は欲望に忠実に巨乳に吸い寄せられてしまっていた。
初々しいヴラドの反応に思わずフリデリカの表情から笑顔がこぼれた。
(可愛らしいお方)
男性上位のキリスト教社会では、女性はただ男性の欲望を受け止めるのが美徳とされる風潮がある。
義兄であるカジェミシュ四世ならば、女性を相手にこうも恥じらったりすることなく、強引に押し倒して自分の欲望を果たすだろう。
そんなヴラドが新鮮であり、好ましいと感じている自分がいた。
そうでなければ、フリデリカはこんな大胆なことができる女性ではなかった。
もっとも、決断するためにはとある暗躍する人物がいたのだが。
「…………は、恥ずかしいですが、どうか殿下の好きなようになされませ」
覚悟完了とでも言いた気に、ギュッと目をつぶり巨乳を押しつけるフリデリカに、俺のなかの理性は軽々とリミットを振り切った。
もう辛抱たまらん!
「たわけえええええええええええええええ!!!」
「げほおおおおおおおおおおおおお!!!」
どこから潜り込んだものか、ヘレナ渾身の頭突きが俺の股間に炸裂していた。
「汝の初めての女になるのは妾であろう? それが何じゃ! こんな簡単に色香に惑いおって! 妾だって……妾だって、胸はなくとも汝のためならあああ、あれ以上恥ずかしいことだって我慢できるぞ! って何を言わせるのじゃ!」
グキリ
照れ隠しのヘレナの拳がマイサンを直撃する。
脳天を貫く衝撃に、たまらず悶絶した俺を、心配してフリデリカとヘレナが全裸のまま抱きかかえる。
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