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烏名
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返事がない。
(リス!)
返事がない。
(リス!!)
(っんだよ! うるっせえなあ!)
(リス。俺の嫁が昏倒した)
(は……?)
(俺の嫁が昏倒したと言ったのだ)
病でないのなら、ジョゼフィーネが昏倒した理由は、なにか。
ディーナリアスには思いつけなかった。
となると、リスに聞くしかない。
宰相であるリスは、様々なことに詳しかった。
王宮にいるだけでは知り得ないようなことにも精通している。
(アンタ……純潔相手に、そんな酷い抱きかたしたのかよ)
ジョゼフィーネが男性を知らないことは知っていた。
報告書に書かれてあったからだ。
正妃となる女性については、事前に調べが入る。
リフルワンスは他国だが、ロズウェルドとは比較にならない小国だった。
魔術師もおらず、防衛するすべも持たない。
魔術師がいれば魔力感知され、ほかの魔術師の存在は悟られてしまうのだが、その心配はなかった。
つまり、姿を消して入りこむなど造作もないのだ。
ロズウェルド王国内の誰かを調べるより、よほど簡単にジョゼフィーネの身辺は調べられている。
(アンタの嫁は、アンタの今までの相手とは違うんだぜ? なんせ純潔なんだからな。あ、もう、純潔だった、か)
(舌を入れただけだ)
(……は?)
(口づけで、舌を入れただけだ)
しーん。
気配はあるので、集言葉は切れていないはずだ。
しばしの間のあと、リスの声が聞こえてくる。
(それだけ?)
(それだけだ)
(マジで?)
(マジだ)
再び、しーん。
待つことしばし。
今度は、リスが大きく溜め息をついた。
(これだからな。オレは、純潔なんざ絶対に相手にしねーぞ)
(お前が誰を相手にしようが、どうでもよい。今は、俺の嫁の話をしておる)
(ていうか、なんでオレに連絡してくるんだよ……)
(リロイが病ではないと言ったからだ)
耳の奥で、リスが小さく舌打ちする音が聞こえる。
が、ディーナリアスは「次期国王になんたる無礼」などとは言わない。
そういうことには無頓着なのだ。
とくにリスに対しては、その言動のほとんどを気にしたことがなかった。
(ちょっと待て……)
(待つ)
今度は、少し長く待たされる。
数分ほどして、リスの気配が強まった。
(アンタの嫁、どうやら貴族教育を受けてねーみてえだな)
(それと昏倒と、どう関係がある?)
(夜のこと、なぁんも知らねーってことサ)
(む)
そうか、と思う。
貴族令嬢は、ある一定の年齢になると、専門の学校に通わせるなり、家庭教師をつけるなりして、教えを受けさせるのだ。
その中で、男性との夜のいとなみについても学ぶ。
ジョゼフィーネは、その教育を受けていない。
(口づけのやりかたも知らなかったんだろうよ。息ができずに苦しくなって、口を開いたところに、アンタが舌を突っ込んだ。そんで、よけい息ができなくなって……ばたん)
(そうであったか)
(あ~嫌だねえ。純潔ってのは面倒でいけねーや)
ぴくっと耳が反応した。
ディーナリアスは、すうっと目を細める。
(リス)
向こうで、リスが息をのむ気配がした。
緊張も伝わってくる。
(俺の嫁を愚弄することは、たとえお前でも許さん)
(申し訳ございません、我が王よ)
即座にリスが謝罪した。
ふっと、ディーナリアスは空気を緩める。
リスとの関係を堅苦しいものにしたいとは思っていない。
ただ、駄目なものは駄目と示しておく必要があっただけだ。
(しかし……そうなると、俺は、これからどうすればよいものか)
(教育を受けてねーだけなんだから、アンタが教えればいいんじゃねーか?)
一理ある。
うむ、とディーナリアスは、リスの言葉にうなずく。
(せいぜい大事にして、可愛がってやれ)
(むろん、そうする)
嫁は誰よりも大事にすべき存在なのだ。
言われるまでもなく、大事にするつもりだった。
(じゃあ、もうオレの邪……)
リスの言葉が切れる。
ディーナリアスが手を振ったため、リロイが魔術を切ったのだ。
聞きたいことは聞いたし、知りたいことも知った。
リスとの会話につきあう義理はない。
リロイはとっくに姿を消している。
ジョゼフィーネは病ではなく、昏倒の原因もはっきりした。
必要があれば呼ばれるだろうと、通常の警護任務に戻ったに違いない。
そういうリロイの手間のかからないところが気に入っている。
ディーナリアスはジョゼフィーネの頬を撫でながら、思案中。
彼女が昏倒したのは、自分のせいだった。
リスの言った「今までの相手とは違う」を、実感している。
ディーナリアスの相手は手慣れた女性ばかり。
あえて男女のいとなみについて教える必要はなかったのだ。
「報告書には、家庭教師の出入りがあると書かれていたのだが。そうか……お前は教育を受けさせてもらえなかったのだな」
ロズウェルド王国は、この大陸で最も力のある国として君臨している。
そのためロズウェルドの貴族言葉は、どの国でも第2公用語扱い。
平民ならいざ知らず、貴族では話せない者などいないはずだ。
ジョゼフィーネのたどたどしい口調に、胸が痛くなる。
「お前は、俺の嫁だ。今後、そのような悲しき思いはさせぬ。必ず俺が守る」
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