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私的復讐 エディス・フォイ
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罪刑法定主義という言葉がある。
法律ないかぎり犯罪もなし。法治国家の原則である。
そうした意味では安楽死も法制化されないかぎり、犯罪に認定され続けることであろう。
しかし法律が裁いてくれない不義に対し、私的制裁を下す文化は今なお残されている。
管理人は私的制裁というとチャールズ・ブロンソンを思い出してしまうが。
時代は第一次世界対戦が終結して、十数年後のイギリス、コーンウォールでの話である。
ある日の夜、一人の女性が警察署に出頭してきた。
彼女の話を聞けば、たった今、人を殺してきたばかりで、ここへ自首しに来たのだという。
彼女は殺害に使ったというショットガンを警察署のカウンターに置くと、これまでの経緯を話し始めた。
妙齢の婦人である彼女の名前はエディス・フォイといった。
そして殺害した相手は、自分の娘の夫であるベージル・グラントという男性である。
自分の娘婿を射殺した女性エディス・フォイ。
どれほど凶暴な女かと思われたが、彼女の言い分を聞き、捜査してみると、殺されたベージル・グラントという男性には、殺されるだけの理由があることが分かった。
エディス・フォイは、夫と3人の娘に囲まれて平凡な生活を送っていたが、3人目の娘を出産してからまもなくして、時代は第一次世界対戦に突入した。
この戦争で戦地に出向いていた夫は戦死し、残されたエディスは、途方にくれた。これからは自分一人で幼い3人の娘たちを育てていかなければならない。
女一人の収入では家計はとても苦しい。だが、苦労して育て上げ、何とか娘たちは成人してくれた。後は結婚である。3人ともどうか幸せな家庭を築いて欲しいと、エディスは切に願っていた。
この3人の娘、長女はドロシー、次女はバーサ、三女はリリアンといった。
夫が亡くなって10年ほど経った時、長女のドロシーが彼氏を家に連れてきた。彼氏の名前はベージル・グラントというハンサムな男性だった。
だが母エディスは、最初にベージルに会った時、彼に対して良い印象は持たなかった。
娘ドロシーの話を聞けばとても裕福な家庭に育っているという。そんなお金持ちがうちのような貧乏な娘と真面目に付き合うだろうか。
見た目もどうも遊び人風だし、ひょっとして娘は遊ばれているだけではないのか?そんな疑問がエディスの頭をよぎった。
しかしこれ以降、ドロシーは、たびたびベージルを家に連れて来るようになった。最初こそいい印象は持たなかったものの、話をしていくうちにエディスはベージルのことを理解し始めた。
どうも、最初の印象は誤解だったようだ。親しくなるにつれてエディスの、ベージルに対する評価はどんどん高まっていった。
間もなくして、ベージルは、ドロシーに正式に結婚を申し込み、エディスの所へも結婚の承諾を求めてきた。すっかりベージルを気に入っていたエディスは、すぐに2人の結婚を承諾してやった。
ベージルとドロシーが結婚して1年近く経った翌年の6月、ベージルとドロシーの夫婦は、ベージルの友人の結婚式に招待された。この時ドロシーは妊娠5ヶ月になっていた。
この時から運命が狂い始める。ドロシーが結婚式の前日、ひどい風邪を引いてしまったのだ。
結婚式にはドロシーの代わりに妹のバーサがピンチヒッターとして、ベージルと共に出席することになった。
妹バーサはこの時25歳。輝くばかりの美貌をもった女性に成長していた。
披露宴の最中、ベージルはバーサにさかんに酒を勧めた。バーサは、飲み慣れていないアルコールを次々と飲まされた。
大量に飲まされたバーサは完全に酔っ払ってしまい、すでに意識も半分なくなってきた。
計画的だったのかどうか、これをチャンスとばかりにベージルはバーサを抱きかかえ、すぐに別の部屋へバーサを連れ込んだ。
2人きりになるとベージルはバーサの服を脱がせ始めた。バーサは意識がもうろうとしていたが、それでもさすがに脱がされていることは分る。バーサは、ベージルが自分にやろうとしていることを悟り、声を上げて抵抗を始めた。
相手は自分の姉の夫、つまり義理の兄である。こういう関係になってはならないと、必死になって抵抗したが、酔っている上に男の力にはかなわず、なされるがままになってしまった。
やりたい放題にやり、満足したベージルは行為が終わると、裸のままのバーサにコーヒーを飲ませた。
帰りの車の中でベージルは、バーサに脅しをかけておいた。
「今夜のことは誰にもしゃべるな。もしバラしたら、俺はすぐにお前の姉さんと離婚してやる。
それに、バラした場合、あの日の夜は、お前が完全に酔っ払って、しつこく俺を誘ってきたからどうにもならなかった、とも言ってやるぜ。
どうすることが自分にとって得なのかをよく考えろ。」
こんなことは姉ドロシーにも、母エディスにも言えない。バーサはベージルの言った通り、全てを自分の心の中にしまっておくしかなかった。
しかしバーサには更に残酷な運命が待ち構えていた。あの夜のことで妊娠してしまったのだ。
これ以上黙っているわけにもいかず、バーサは悩んだあげく、全てを打ち明ける決心をした。頼れるのは母親しかいない。母エディスに、あの日の夜のことを全て話した。
話を聞いたエディスは気が遠くなるような衝撃を受けた。すぐにドロシーも呼び、ドロシーにもこのことを伝えた。ドロシーもまた、大変なショックを受け、しばらく放心状態となった。
ベージルに対して怒り心頭の母エディスは、強姦されたとして警察に訴えることにした。しかし実際、2人の娘を連れて警察には来たものの、警察側の対応は彼女たちの考えていたものとは大きく違っていた。
「時間が経ち過ぎている。」
バーサが訴えを起こしたのが遅過ぎて、立件は不可能だろうと言う。あの時の証拠となる品々もすでにない。実況検分も出来ない。
「お気の毒ですが、事件が本当に起こっていたとしても、どうすることも出来ません。」
担当官はそう言った。
現代であれば、展開も違ったものになったかもしれないが、この時、まだ時代は1930年ごろである。
警察は動いてはくれなかった。
当然のごとく、ドロシーはベージルと一緒に住んでいた家を出て別居を始めた。だがドロシーが出ていっても、ベージルは追いかけもせず、連絡もしてこなかった。
友人たちには「女房が出ていってせいせいした。」などと言っているらしい。
ベージルは法では裁けない。自分たちにも何も出来ない。警察は何も対処してくれないと分った二日後、バーサは自分を責め抜いたあげく、自宅近くの川に飛び込み、自(みずか)らの命を絶った。
バーサの水死体が発見された時、ドロシーは反狂乱になり、泣きわめいた。それから間もなくして、今度はドロシーが、バーサが自殺した同じ場所から同じように川に飛び込み、ドロシーもまた自殺した。
2人の娘が立て続けに自殺したのだ。母親エディスは狂ったように泣きわめき、娘たちの名前を叫んだ。エディスの心は崩壊寸前だった。娘たちは自殺ではあったが、ベージルに殺されたも同然だった。
もちろん、エディスは自殺のことも警察にかけあったが、遺書がなかったために、2人の自殺はベージルとは無関係と判断され、またもや警察は動いてはくれなかった。
残った娘は三女のリリアンだけとなってしまった。
どうしてもあの男だけは許せない。法で裁けないなら、もはや自分で裁くしかない。
エディスはベージルの殺害を決意した。すぐに街へ出てショットガンを買ってくると、それをとりあえずリリアンに見つからない所へ隠した。
その二日後、エディスは計画を実行に移した。
リリアンは今、彼とデートに出かけており、家の中はエディス一人である。
隠しておいたショットガンを取り出し、自分は黒の礼服に着替えた。部屋がきちんと片付いていることを確認し、リリアンに宛てた手紙を台所のテーブルの上に置いた。
「ベージル・グラントを殺してきます。殺した後に自首します。」
手紙にはそういった内容のことが書かれていた。
ショットガンに弾丸を装填し、予備の弾丸をポケットに入れると彼女は家を出た。
目的地であるベージルの家までは約2キロ。決意を新たにしながらエディスは一歩一歩目的地に向かって歩く。
ベージルの家はわりと街のはずれにあり、街灯も少ない。エディスはしばらく歩き、やがて大きな家の前へと到着した。ベージルの家である。
ガレージが開いたままになっており、そこにベージルの車はない。どうやら出かけているようだ。
ガレージから3メートルほど離れた所に大きな木があり、エディスはその後ろに隠れてベージルの帰りを待つことにした。
時間は22時になろうとしている。リリアンがあの手紙を読めば、ここに止めに来るのは間違いない。それまでに何としてもカタをつけなければ、エディスはそんなことを思いながらベージルの帰りを待った。
40分が経過した、22時40分。一台の大きな車が帰ってきた。間違いなくベージルの車だ。
車がガレージに入ると同時にエディスは動いた。車から降りたベージルの背後からそっと近づき、声をかけた。
「あなたと話がしたくて来たわ、ベージル・グラントさん。」
ぎょっとしてベージルが振り向く。そこにいたのは、銃を構えて完全に自分に狙いを定めているエディス・フォイだった。
「私はあなたに娘2人を殺されたわ。その罪を貴方の命で償ってもらうことに決めたの。最後のお祈りがしたいのなら、少しだけ時間をあげるわ。」
完全に殺意があることはエディスの表情で分った。ベージルは恐怖に引きつった顔で弁明を始めた。
「あの2人が自殺したのは、何も俺が自殺を勧めたわけじゃない! 俺が原因であるわけがないだろう!俺を殺す気なのか!あんたは狂ってる! 警察だってそう言ったはずだ!」
「わかってるわ。だから私が裁くの。法律が裁いてくれないから」
ベージルはエディスを説得しようと、一歩足を踏み出した。
その瞬間、エディスは引き金を引いた。2発の銃声が夜空に響いた。エディスはベージルを射殺することに何のためらいもなかった。
弾丸はベージルの胸と腹に命中し、その衝撃でベージルは後ろへと倒れ込んだ。ベージルは死亡した。
銃声を聞いて、近所の家の窓に灯りがつき始めた。窓を開けてこっちを見ている人もいる。
目的を達成したエディスは、そのまま歩いて警察署へと向かった。
街へ行き、警察署の灯りを見た時、彼女は娘が死んで以来、初めて心からほっとしたと言う。
エディスは警察署のドアを開けると、今使ったばかりのショットガンを受け付けのカウンターに置いた。
「私の名前はエディス・フォイと言います。人を殺したので自首してきました。」
周りにいた警官たちも驚いたように、エディスに近づいて来た。
「私は義理の息子である、ベージル・グラントという男をこのショットガンで射殺したのです。あの男は私の娘2人を裏切りました。彼は死ななければならなかったのです。法はあの男を裁けませんでした。ですから、死んでしまった2人の娘たちのために私が死刑を執行したのです。」
エディスは淡々と語った。
「何があったのか、詳しく話してもらえますか。」
警官の一人がこう言い、エディスは取り調べ室へと案内された。
エディスはこのまま逮捕された。
残された三女リリアンは、完全に一人になってしまった。2人の姉が自殺し、母は殺人犯として逮捕されたのだ。
復讐として相手を殺すという手段が決して良いとは言えないが、自分の娘を2人も自殺に追い込んだ人間を許せるような人間など、ほとんどいない。
しかも相手は何ら罰されることもなく普通に生活している。法で裁けぬから自分で処刑したという考えは理解出来ないわけでもない。
裁判では彼女に国民の同情が集まり署名活動なども行われたが、エディス・フォイの一審での判決は死刑であった。
しかし当時の法務大臣が、この事件の内容をよく理解しており、同情すべき点も多々あることから、刑の執行を凍結した。
やがてエディスの刑は終身刑に減刑された。さらに、刑に服して10年後には釈放され、結果的には温情判決となった。
エディスの望んだ「娘たちの幸せな結婚」を果たせたのは三女のリリアンだけだったが、エディスはそのリリアンの家族にみとられながら、72歳でこの世を去った。
その顔は安らかであったという。
法律ないかぎり犯罪もなし。法治国家の原則である。
そうした意味では安楽死も法制化されないかぎり、犯罪に認定され続けることであろう。
しかし法律が裁いてくれない不義に対し、私的制裁を下す文化は今なお残されている。
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時代は第一次世界対戦が終結して、十数年後のイギリス、コーンウォールでの話である。
ある日の夜、一人の女性が警察署に出頭してきた。
彼女の話を聞けば、たった今、人を殺してきたばかりで、ここへ自首しに来たのだという。
彼女は殺害に使ったというショットガンを警察署のカウンターに置くと、これまでの経緯を話し始めた。
妙齢の婦人である彼女の名前はエディス・フォイといった。
そして殺害した相手は、自分の娘の夫であるベージル・グラントという男性である。
自分の娘婿を射殺した女性エディス・フォイ。
どれほど凶暴な女かと思われたが、彼女の言い分を聞き、捜査してみると、殺されたベージル・グラントという男性には、殺されるだけの理由があることが分かった。
エディス・フォイは、夫と3人の娘に囲まれて平凡な生活を送っていたが、3人目の娘を出産してからまもなくして、時代は第一次世界対戦に突入した。
この戦争で戦地に出向いていた夫は戦死し、残されたエディスは、途方にくれた。これからは自分一人で幼い3人の娘たちを育てていかなければならない。
女一人の収入では家計はとても苦しい。だが、苦労して育て上げ、何とか娘たちは成人してくれた。後は結婚である。3人ともどうか幸せな家庭を築いて欲しいと、エディスは切に願っていた。
この3人の娘、長女はドロシー、次女はバーサ、三女はリリアンといった。
夫が亡くなって10年ほど経った時、長女のドロシーが彼氏を家に連れてきた。彼氏の名前はベージル・グラントというハンサムな男性だった。
だが母エディスは、最初にベージルに会った時、彼に対して良い印象は持たなかった。
娘ドロシーの話を聞けばとても裕福な家庭に育っているという。そんなお金持ちがうちのような貧乏な娘と真面目に付き合うだろうか。
見た目もどうも遊び人風だし、ひょっとして娘は遊ばれているだけではないのか?そんな疑問がエディスの頭をよぎった。
しかしこれ以降、ドロシーは、たびたびベージルを家に連れて来るようになった。最初こそいい印象は持たなかったものの、話をしていくうちにエディスはベージルのことを理解し始めた。
どうも、最初の印象は誤解だったようだ。親しくなるにつれてエディスの、ベージルに対する評価はどんどん高まっていった。
間もなくして、ベージルは、ドロシーに正式に結婚を申し込み、エディスの所へも結婚の承諾を求めてきた。すっかりベージルを気に入っていたエディスは、すぐに2人の結婚を承諾してやった。
ベージルとドロシーが結婚して1年近く経った翌年の6月、ベージルとドロシーの夫婦は、ベージルの友人の結婚式に招待された。この時ドロシーは妊娠5ヶ月になっていた。
この時から運命が狂い始める。ドロシーが結婚式の前日、ひどい風邪を引いてしまったのだ。
結婚式にはドロシーの代わりに妹のバーサがピンチヒッターとして、ベージルと共に出席することになった。
妹バーサはこの時25歳。輝くばかりの美貌をもった女性に成長していた。
披露宴の最中、ベージルはバーサにさかんに酒を勧めた。バーサは、飲み慣れていないアルコールを次々と飲まされた。
大量に飲まされたバーサは完全に酔っ払ってしまい、すでに意識も半分なくなってきた。
計画的だったのかどうか、これをチャンスとばかりにベージルはバーサを抱きかかえ、すぐに別の部屋へバーサを連れ込んだ。
2人きりになるとベージルはバーサの服を脱がせ始めた。バーサは意識がもうろうとしていたが、それでもさすがに脱がされていることは分る。バーサは、ベージルが自分にやろうとしていることを悟り、声を上げて抵抗を始めた。
相手は自分の姉の夫、つまり義理の兄である。こういう関係になってはならないと、必死になって抵抗したが、酔っている上に男の力にはかなわず、なされるがままになってしまった。
やりたい放題にやり、満足したベージルは行為が終わると、裸のままのバーサにコーヒーを飲ませた。
帰りの車の中でベージルは、バーサに脅しをかけておいた。
「今夜のことは誰にもしゃべるな。もしバラしたら、俺はすぐにお前の姉さんと離婚してやる。
それに、バラした場合、あの日の夜は、お前が完全に酔っ払って、しつこく俺を誘ってきたからどうにもならなかった、とも言ってやるぜ。
どうすることが自分にとって得なのかをよく考えろ。」
こんなことは姉ドロシーにも、母エディスにも言えない。バーサはベージルの言った通り、全てを自分の心の中にしまっておくしかなかった。
しかしバーサには更に残酷な運命が待ち構えていた。あの夜のことで妊娠してしまったのだ。
これ以上黙っているわけにもいかず、バーサは悩んだあげく、全てを打ち明ける決心をした。頼れるのは母親しかいない。母エディスに、あの日の夜のことを全て話した。
話を聞いたエディスは気が遠くなるような衝撃を受けた。すぐにドロシーも呼び、ドロシーにもこのことを伝えた。ドロシーもまた、大変なショックを受け、しばらく放心状態となった。
ベージルに対して怒り心頭の母エディスは、強姦されたとして警察に訴えることにした。しかし実際、2人の娘を連れて警察には来たものの、警察側の対応は彼女たちの考えていたものとは大きく違っていた。
「時間が経ち過ぎている。」
バーサが訴えを起こしたのが遅過ぎて、立件は不可能だろうと言う。あの時の証拠となる品々もすでにない。実況検分も出来ない。
「お気の毒ですが、事件が本当に起こっていたとしても、どうすることも出来ません。」
担当官はそう言った。
現代であれば、展開も違ったものになったかもしれないが、この時、まだ時代は1930年ごろである。
警察は動いてはくれなかった。
当然のごとく、ドロシーはベージルと一緒に住んでいた家を出て別居を始めた。だがドロシーが出ていっても、ベージルは追いかけもせず、連絡もしてこなかった。
友人たちには「女房が出ていってせいせいした。」などと言っているらしい。
ベージルは法では裁けない。自分たちにも何も出来ない。警察は何も対処してくれないと分った二日後、バーサは自分を責め抜いたあげく、自宅近くの川に飛び込み、自(みずか)らの命を絶った。
バーサの水死体が発見された時、ドロシーは反狂乱になり、泣きわめいた。それから間もなくして、今度はドロシーが、バーサが自殺した同じ場所から同じように川に飛び込み、ドロシーもまた自殺した。
2人の娘が立て続けに自殺したのだ。母親エディスは狂ったように泣きわめき、娘たちの名前を叫んだ。エディスの心は崩壊寸前だった。娘たちは自殺ではあったが、ベージルに殺されたも同然だった。
もちろん、エディスは自殺のことも警察にかけあったが、遺書がなかったために、2人の自殺はベージルとは無関係と判断され、またもや警察は動いてはくれなかった。
残った娘は三女のリリアンだけとなってしまった。
どうしてもあの男だけは許せない。法で裁けないなら、もはや自分で裁くしかない。
エディスはベージルの殺害を決意した。すぐに街へ出てショットガンを買ってくると、それをとりあえずリリアンに見つからない所へ隠した。
その二日後、エディスは計画を実行に移した。
リリアンは今、彼とデートに出かけており、家の中はエディス一人である。
隠しておいたショットガンを取り出し、自分は黒の礼服に着替えた。部屋がきちんと片付いていることを確認し、リリアンに宛てた手紙を台所のテーブルの上に置いた。
「ベージル・グラントを殺してきます。殺した後に自首します。」
手紙にはそういった内容のことが書かれていた。
ショットガンに弾丸を装填し、予備の弾丸をポケットに入れると彼女は家を出た。
目的地であるベージルの家までは約2キロ。決意を新たにしながらエディスは一歩一歩目的地に向かって歩く。
ベージルの家はわりと街のはずれにあり、街灯も少ない。エディスはしばらく歩き、やがて大きな家の前へと到着した。ベージルの家である。
ガレージが開いたままになっており、そこにベージルの車はない。どうやら出かけているようだ。
ガレージから3メートルほど離れた所に大きな木があり、エディスはその後ろに隠れてベージルの帰りを待つことにした。
時間は22時になろうとしている。リリアンがあの手紙を読めば、ここに止めに来るのは間違いない。それまでに何としてもカタをつけなければ、エディスはそんなことを思いながらベージルの帰りを待った。
40分が経過した、22時40分。一台の大きな車が帰ってきた。間違いなくベージルの車だ。
車がガレージに入ると同時にエディスは動いた。車から降りたベージルの背後からそっと近づき、声をかけた。
「あなたと話がしたくて来たわ、ベージル・グラントさん。」
ぎょっとしてベージルが振り向く。そこにいたのは、銃を構えて完全に自分に狙いを定めているエディス・フォイだった。
「私はあなたに娘2人を殺されたわ。その罪を貴方の命で償ってもらうことに決めたの。最後のお祈りがしたいのなら、少しだけ時間をあげるわ。」
完全に殺意があることはエディスの表情で分った。ベージルは恐怖に引きつった顔で弁明を始めた。
「あの2人が自殺したのは、何も俺が自殺を勧めたわけじゃない! 俺が原因であるわけがないだろう!俺を殺す気なのか!あんたは狂ってる! 警察だってそう言ったはずだ!」
「わかってるわ。だから私が裁くの。法律が裁いてくれないから」
ベージルはエディスを説得しようと、一歩足を踏み出した。
その瞬間、エディスは引き金を引いた。2発の銃声が夜空に響いた。エディスはベージルを射殺することに何のためらいもなかった。
弾丸はベージルの胸と腹に命中し、その衝撃でベージルは後ろへと倒れ込んだ。ベージルは死亡した。
銃声を聞いて、近所の家の窓に灯りがつき始めた。窓を開けてこっちを見ている人もいる。
目的を達成したエディスは、そのまま歩いて警察署へと向かった。
街へ行き、警察署の灯りを見た時、彼女は娘が死んで以来、初めて心からほっとしたと言う。
エディスは警察署のドアを開けると、今使ったばかりのショットガンを受け付けのカウンターに置いた。
「私の名前はエディス・フォイと言います。人を殺したので自首してきました。」
周りにいた警官たちも驚いたように、エディスに近づいて来た。
「私は義理の息子である、ベージル・グラントという男をこのショットガンで射殺したのです。あの男は私の娘2人を裏切りました。彼は死ななければならなかったのです。法はあの男を裁けませんでした。ですから、死んでしまった2人の娘たちのために私が死刑を執行したのです。」
エディスは淡々と語った。
「何があったのか、詳しく話してもらえますか。」
警官の一人がこう言い、エディスは取り調べ室へと案内された。
エディスはこのまま逮捕された。
残された三女リリアンは、完全に一人になってしまった。2人の姉が自殺し、母は殺人犯として逮捕されたのだ。
復讐として相手を殺すという手段が決して良いとは言えないが、自分の娘を2人も自殺に追い込んだ人間を許せるような人間など、ほとんどいない。
しかも相手は何ら罰されることもなく普通に生活している。法で裁けぬから自分で処刑したという考えは理解出来ないわけでもない。
裁判では彼女に国民の同情が集まり署名活動なども行われたが、エディス・フォイの一審での判決は死刑であった。
しかし当時の法務大臣が、この事件の内容をよく理解しており、同情すべき点も多々あることから、刑の執行を凍結した。
やがてエディスの刑は終身刑に減刑された。さらに、刑に服して10年後には釈放され、結果的には温情判決となった。
エディスの望んだ「娘たちの幸せな結婚」を果たせたのは三女のリリアンだけだったが、エディスはそのリリアンの家族にみとられながら、72歳でこの世を去った。
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