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メデューズの筏

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『メデューズ号の筏』は1818年~1819年、フランスロマン主義派の画家・版画家テオドール・ジェリコーによる油彩画で、フランスパリのルーブル美術館に所蔵されている。
 ジェリコーが27歳の時の作品であり、フランス・ロマン主義の象徴となった。
 本作は、大きさ 491 cm × 716 cm 実物大の絵画で、フランス海軍のフリゲート艦メデューズ号が難破した際に起きた事件を表している。
 が、実際のところ本物の筏は絵よりは遥かに巨大であり、ここまで切実な狭さではなかった。
 そのためか、当時はジェリコーが政治批判的にこの絵画を描いたとしてサロン・ド・パリにおいて激しい賛否両論を引き起こした。

 この事件の概要はこうである。
 1816年6月18日 メデューズ号は3隻の僚艦を伴いフランスを出港した。
 目的地はセネガルの港町サン・ルイである。
 今日、セネガルといえば独立した共和国であり、首都はパリ ― ダカール・ラリーで有名な港湾都市のダカールだが1816年当時のセネガルはまだフランス領だった。
 メデューズ号のセネガル行きは、新任総督と総督府の要人や兵士らの足になり、現地へ運ぶことを主目的とした輸送であった。
 ところが1816年7月2日、大西洋を南下したメデューズ号は、目的地のサン・ルイまで残りわずか約500kmのアルギン岬で座礁事故を起こしてしまう。
 当時のフランスの新聞、コルレアール紙は、この座礁は艦長の無能によるものだったと報じている。
 メデューズ号の船長だったショーマレイは、かつて革命を避けるために国外逃亡していた貴族で、ナポレオン退位に伴う王政復古で帰国したばかりのボンボンであった。
 当時の国王ルイ18世から海軍に任官するようにと命を受けただけで、艦長としての経験も資格ない無能な者が出した間違った指示が艦を座礁させるに至ったのだという。
 
 1816年7月6日 事故を起こした直後からこの日まで、メデューズ号は離礁する努力を続けていたが、ことごとく失敗してしまう。
 ついに自力での離礁は無理だと判断したショーマレイ艦長は、それ以上の努力をやめさせ、代わりに大きな筏を作るよう指示を出した。同6日、マストと帆1枚がついた筏が完成した。 
 それがジェリコーの描いた巨大な筏であった。
 同6日、ショーマレイ艦長は、出来上がったばかりの筏に、乗客・兵士・水兵たち149人を移し、それ以外の女性1人を含む、総督ら要人などの残りの全員を救命ボートに分乗させて艦を棄てた。
 筏に乗せられた149人に与えられたのは、なんと12.5kgのビスケットと数樽の飲料水とワインだけであった。
 149人を乗せたことでもわかるとおり、よほどの巨大な筏であったことは窺える。


 漂流の初日から困難は訪れた。 
 当初救命ボートと筏はロープで繋がれ、先頭のボートのが漕いで筏をひいていたようだが、嵐に見舞われたため、艦を棄てて間もなくボートと筏を繋いでいたロープが切れてしまった。
 これにより、これ以降は筏とボートは、2つのグループに分かれてしまう。
 ボートという漕ぎ手を失った筏は波と風にまかせになってしまい、次第に陸から離れて、逆に沖へ沖へと押し流されていったようである。
 はたしてボートと筏のロープが切れたのは偶然なのか、甚だ怪しいと管理人は考えている。
 夜が明けると、すでに筏から65人が消えており、筏の上には7つの死体が転がっていた。
 食料や飲み水の奪い合いが起きたのだ。
 しかも昨夜の乱闘の最中に、発狂した兵士が、筏の土台となる材木同士を束ねていたロープを断ち切ってしまった。そのため、筏は皆の膝の高さまで浸水していた。
 たった一夜にして生き残りは半分以下へと激減していた。

 翌日、ショーマレイ艦長らは、全員無事にあっさり目的地のサン・ルイにたどり着いている。
 それは筏を切り離し、身軽になったからではなかったか。
 筏で生き残った人々は飢えを紛らすために革ベルトやアゴ紐を囓っていたが、とうとう筏の上に転がっている死体の肉を口にすることに決めた。
 さすがに屍の生肉を食べることには抵抗があったようだ。彼らは肉を日干しにてから食べた。

 絶望と戦い生存競争を生き抜いた筏の生き残りは度重なる闘争と自殺によって15人にまで減っていた。
 そんな彼らの前に、1隻の船が水平線に現れたが、遠すぎる船に気付かせる方法は何もなかった。
 絶望的な気持ちになりながらも生存者たちは、日射しを避けるためにテント代わりにしていた帆布に、救助を求める文字を書き始めた。
 その時、捜索に出ていた軍艦アルギュス号が約3キロほどのところにいるのが彼らの目に映った。
 アルギュス号は進路的に遠ざかって行こうとしていたが、帆布を大きく振る彼らに気づき、とうとう彼らは救助された。
 筏で海へ脱出してから12日目のことであった。


 メデューズ号の事件は、最初の海難事故の発端が操艦ミスである疑いがあるとと、その後の筏の漂流中に134人が凄惨な最期をとげていることなどから、当時、事件の真相は厚いベールで覆われていた。
 艦長デュロワ・ド・ショーマレイ伯爵の経験無能さと冷酷さを鋭く指摘し、事件を詳細に調査・報道した1817年10月28日付のコルレアール紙は、当局によって発行禁止処分を受けている。
 海軍の体面を重視したためか、艦長のショーマレイはその後の処分されることなく現役生活を続けた。


 この大作メデューズの筏を描きあげたテオドール・ジェリコーは、画家としては不遇なままに35歳の若さで病死している。
 現在のルーブル美術館での評価を生前に彼が知ることができなかったことは、不幸というほかあるまい。
 ロマン主義の巨匠となったドラクロワは、友人であったジェリコーの才能を非常に高く評価している。
 だが、メデューズ号のあまりに生々しい絶望と不安と悲劇にジェリコーは才能だけでなく運命までとりつかれてしまったと後に語ったという。
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