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座棺
しおりを挟む遠目に見える広間の扉が徐々に近付き、リュシアは少し残念に思う。
自分は側妻という役職をもらった臣下だと言い聞かせて、何とか恋心を抑えても、彼の体温や存在を身近に感じると、ふつふつと湧いてくる彼への熱い想いに、どうしようもなく心が揺さぶられた。
――あ……、着いちゃった。
広間の扉前に到着して、彼と離れなくてはいけないのか、とリュシアが寂しく思っていると、じっと扉の前で待つダーヴィンに、「陛下、何してるのです?」とエグモントは呆れたように言う。
「ダーヴィン陛下の入り口はそこではありません、ご存じでしょう?」
「どこから入っても一緒だろう?」
「一緒ではありません」
声を荒げるエグモントに言われ、仕方なくダーヴィンは王族の扉へ向かった。
側妻として迎えてもらえるからと言って、リュシア自身の身分が上がるわけではないし、彼と共に歩める時間や場所は限られているのだと知り、先程のまで茹だるような熱さを感じていた体も、スっと冷めていった。
彼が側にいないと途端に冷静になれる自分に苦笑いし、リュシアは正面の扉を潜った。
「リュシア様がご到着なさいました」
扉が開き、子供の頃に見た謁見の間が視界に飛び込んで来る。周りには役職のある長官達が勢揃いしており、幼い頃に見た光景とまったく同じだったが、ひとつだけ違うことがあった。
それはダーヴィンの隣にイメルダ王妃が座っていることだった。
前を歩く執政官の後をついて行き、指定の位置まで来るとサっと彼が身を横へ移動する。それを合図にリュシアは跪いた。
「リュシア、顔を上げよ」
「はい」
言われた通り、顔を上げ国王陛下である彼を見つめる。
「これより、そなたを側妻として受け入れる」
「はい、ありがとうございます」
先程まで側で体温を感じ、顔も見ていたはずなのに、玉座に座る彼は、まったく違う人に見える。けれど、目の前で威厳を携え、命令する彼こそが、自分が知る本来のダーヴィンの姿だと実感した。
その並びで優しく微笑む王妃へ視線を向ければ、小さく頷いてくれている。噂でしか聞いたことが無かったイメルダ王妃を見て、素直な言葉がポンと浮かんだ。
――綺麗な人……。
雲ひとつない澄みきった空のような水縹色の髪が、全てを吸い込んでしまいそうなほど美しく、儚げで可憐な王妃の姿を見て、ああ、この人のような佇まいを、お姫様と呼ぶのだと思った。
それと同時に、もし自分のせいで心を痛めているなら、申し訳ない気持ちになる。
――王妃様、ごめんなさい。心の中でひっそりダーヴィン様を想うくらいは許して下さい。
そのくらいは許して欲しいと思った。
彼の心が欲しいなんて贅沢なことは言わないし、思ってもいない……、もしかすると、心の底で少しは思っているかも知れないけど、それでもダーヴィンの役に立てて側に居られるだけで自分は満足です。と王妃を見つめ、リュシアは切に思った。
いくら受巣持ちでも、所詮は男だ。
側妻という役職をもらったに過ぎない、他の役職員と同じように、陛下のお役に立つという志だけは揺るぎないし、その過程でちょっとだけ恋心を抱いてしまっただけ、と自分に言い聞かせた――。
謁見が終わり、息つく暇もなく、その足で先王の元へ挨拶に向かった。
寝台の上で気品を漂わせ、にこやかに迎え入れてくれた先王へ、リュシアは深々と頭を下げ腰を折った。
「風魔法の使い手イリラノス家より、本日、側妻として召し上げられましたリュシア・イリラノスです」
挨拶を終えると「堅苦しい礼儀は必要ない、気を楽にしなさい」と先王に言われてリュシアは顔を上げた。
漆黒の髪と年齢に見合う美貌を持つ先王を見て、ダーヴィンは両親のいい所を全て受け継いだと思った。
寝台に座りながらの挨拶で申し訳ないと言うのを聞き、こちらこそ体調が思わしくないのに挨拶に来たことを謝罪し、リュシアは頭を垂れた。
「それにしても、見事な絹毛だな、両親もそなたを手放すのは胸を痛めただろう、希望があるなら何でも言いなさい」
「ありがとうございます。僕の希望は陛下のお役に立つことだけです」
その言葉に自分の背後に居るダーヴィンが、そわそわっと動くのを感じた。
皇太后はリュシアの言葉に瞳を輝かせたあと、喜びと悲しみを両方を表した表情で胸元に手を置き。
「まぁ、なんて健気な……、うちの馬鹿息子には勿体ないわ」
リュシアの背後にいるダーヴィンから深い溜息が聞えると……。
「母上、不敬です」
「何が不敬なものですか、まったく……。そう言えばルイギア王国からの丁寧な同盟の申し出を突っぱねたと聞きましたよ」
「同盟ねぇ……、魔力を欲してると言われた方が、まだ可愛いと思える」
政治的なことはリュシアには分からないし、口を挟めないけど、先王の話を聞いたばかりだったこともあり、ダーヴィンの思いは十分に理解出来た。
静かに二人の話を聞いていた先王は微笑み「好きなようにやらせてあげなさい」と痩せ細った身体を動かし、皇太后の手に自身の手を重ねた。
労わるように寄り添う皇太后は、心配そうに先王の手を握り、リュシアへと顔向けると笑みを零した。
「我儘な息子だけど、宜しくね」
「はい、僕に出来ることであれば一生懸命尽くします」
皇太后は小首を傾げると、絶対に甘やかさないように、と何故かリュシアにダーヴィンのお守りを言いつけた――。
先王への挨拶が終わり部屋を出ると浮かない顔をしたダーヴィンが「悪かったな」と言う。
健康な状態であれば、他に色々話も出来たし、リュシアも気を使うことは無かっただろう、と言われて頭を振った。
「気を遣うのは当然です。病人の前に先王なのですから」
「ああ……、そうか、父が健在だったら、お前は父の物だった……、か」
一瞬、冷気が漂い、ぶるっと背筋に何かが走る。今まで聞いていた声と違い、彼の低く抑揚のない声に驚き、リュシアは顔を上げるとダーヴィンを覗き見た。
こちらの視線に気が付いたダーヴィンは、ツイと正面を向き、結んでいた口を解く。
「きっと、お前は父にも同じことを言うのだろうな……『自分の全ては王の物だ』と」
そう言われて、考えもしなかったことを考えさせられた。
先王が健在だったなら、先王の側妻になっていたことに気付かされ、もし、そうだとしたら、自分はどうしただろうと思う。
当然、拒むことは出来ないけど、同じように先王に恋焦がれただろうか? 視線を落とし考え込んでいると、リュシアの髪に彼の手が触れた。
髪に神経など通っていないのに、何故か肌に触れられているかのような気分になり、勝手に胸が高鳴った。
――きっと貴方だけです。こんなにも胸が熱くなる相手は……。
そう言いたかったけれど、云えることは出来なかった。
臣下として、そんな感情は抱いてはいけないことで、これから先、何があってもダーヴィンの期待だけは裏切りたくないし、間違っても自分の気持ちは誰にも知られてはいけないと思う。
しばらく沈黙が続き、リュシアが掛ける言葉を見失っていると、通路の端にいた執政官と侍従長がこちらへ歩み寄る。
「リュシア様、宮殿内をご案内します」
コクリと頷いたあと、ダーヴィンに向かって「それでは失礼します」と頭を下げ、彼に背を向けた瞬間、手首を掴まれた。
「今日は食事も俺と一緒だ。後で迎えに行かせる」
その言葉を聞き、エグモント執政官から、「少しはリュシア様の身体を労わって下さい」とボソリと言葉を零すのが聞えた。
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