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番外編 猫娘誕生秘話
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サツキの誕生はガルトレイクの猫耳族に大きな福音をもたらした。
猫耳族は犬耳族と違い、女性優位の社会である。
また獣神殿は一応大司教がいるものの、その権力の頂点にいるのは巫女頭であるサクヤであった。
だからこそサクヤの産んだサツキは、いずれ巫女頭を継ぐ者として期待を集めたのである。
ところがひとつの問題があった。
産まれてきたサツキには猫耳族の象徴である猫耳がなかったのだ。
そのときサクヤを除く誰もがサツキに落伍者の烙印を押した。
「これは……いけませんな」
「産まれてきた子供に罪はないが……」
「困ったことになりました」
猫耳族の長い歴史のなかで、人間の血を継いで産まれた巫女頭は存在しなかったからである。
「――いい加減にしな。私を本気で怒らせたいのかい?」
「滅相もございません!!」
とはいえ巫女頭であるサクヤに睨まれては迂闊なことも言えない。
巫女頭の宗教的権威もさることながら、まず実力でサクヤに敵う者がいなかった。
仇敵犬耳族のジーナと並び、サクヤは猫耳族の歴史のなかでも指折りの戦士であった。
彼女を敵に回すなど想像することすら困難であった。
しかしまだこの段階では、サツキは暫定的なサクヤの嫡子の扱いを超えるものではなかった。
「――痛い!」
「こんな球も避けられないなんて、お前本当に巫女頭様の娘かよ!」
辛辣な言葉がサツキの頭上に浴びせられた。
「私、ちゃんとお母さんの娘だもん!」
そう言い返すサツキの声は弱弱しいものであった。
今年五歳になったサツキは見るからにおどおどして内向的な少女であった。
「そんな耳してよく言うぜ!」
辛辣な少年の言葉にサツキは咄嗟に自分の耳を隠した。
母親とも友達とも違う小さな耳は、サツキにとって逃れることのできないコンプレックスだった。
大人には言えないようなことも、子供は平然と口にする。
いつしかサツキは、子供たちの格好のいじめの対象になっていた。
「人間があまりえらそうな顔するんじゃねえよ!」
子供たちのリーダー格である少年は、実は父親がサクヤに仕える騎士であり、サツキに無礼を働かぬよう口を酸っぱくして言われていた。
父親に憧れを抱く少年としては、素直に受け入れられぬのも無理からぬ話ではあった。
もっともそれをサツキが理解することもまた無理な話なのだが。
「違うもん! サツキはちゃんと猫耳族だもん!」
涙に暮れてサツキは公園を飛び出す。そうして日暮れを待って家へと帰るのがサツキの日課となっていた。
毎日うちひしがれて帰ってくる娘(サツキ)を見てサクヤもまた困惑していた。
抱きしめてあげたい感情と、叱りつけてやりたい感情がせめぎあう。
いくら女傑のサクヤといえど、子育ては初めての経験なのである。
はたしてどこまで子供の世界に介入してよいものか、どの程度ならば甘やかすことにはならないのか、彼女としても手探りの状態なのであった。
「……そんな顔しないの。あなたはお母さんの自慢の娘で、間違いなく私の血を引いているのだから」
「でもでも、みんな私のこと、お母さんの娘じゃないっていうの! 私だけ仲間はずれなの!」
「逃げてはだめよ。あなたを認めさせる努力をしなくちゃ」
この言葉を何度繰り返したかわからない。
子供の喧嘩に親が出るわけにはいなかいのだ。
サツキ自身が自分の意志を貫かなくては、いつまで経ってもサツキは仲間とは認められない。
サクヤは苦笑いしてサツキの頭を撫でる。
「しょうがないわね。お母さんがあなたにおまじないをしてあげる。無敵の娘に変身できるおまじないを」
結果からいえば、そのおまじないが大成功であり、大惨事の原因であった。
「よくぞ来たのにゃ、下僕たちよ!」
「いきなり何をわけのわからんことを……って、なんだよその出来の悪い猫耳は――」
「お母さんがくれたものを悪くいうにゃあああ!」
ドゲシッ!
とある異世界でも通用しそうなヤクザキックで少年の一人が三回転半(トリプルアクセル)をきめた。
「げぼはああっ!?」
「ああっ! モブAがやられた!」
よくよく考えればサクヤに鍛えられているサツキが、近所の子供なんかにやられるはずがなかった。
もっともサツキもそれを自覚していたわけではない。
彼女自身、こんな解き放たれた感覚は初めての経験だった。
――彼女を解き放ったのは、サクヤお手製の猫耳リボンである。
たったそれだけでもサツキのコンプレックスを破壊する力はあったということらしい。
「おい! お前こんなことしてただで済むと――」
「うにゃっ!」
「へぶろあああああっ!」
「あああ! モブBっっ!」
上から打ち下ろす見事な猫パンチでまた一人の少年が宙に舞う。
「猫娘に覚醒した私に敵うと思うのかにゃ?」
「そ、それ猫娘ちゃう……」
――ズビシッ!
「ああっ! モブC――!!」
「覚醒したといったはずにゃ」
「覚醒は覚醒でも厨二病に覚醒してるっ!」
「とりあえず物理で殴るのが交渉(たたかい)の基本とお母さんも言っていたにゃ!」
「絶対に意味間違ってるからあああああっ!」
「悪は滅んだ。第一章完!」
「この私がスローリー? もとい、子育てに失敗したというの?」
うつろな目で頭を抱えるサクヤが再び自信を取り戻すのは、サツキが王門を持つことが判明した後の話であったという。
恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文
https://www.alphapolis.co.jp/novel/6072941/240171301 更新始めました
猫耳族は犬耳族と違い、女性優位の社会である。
また獣神殿は一応大司教がいるものの、その権力の頂点にいるのは巫女頭であるサクヤであった。
だからこそサクヤの産んだサツキは、いずれ巫女頭を継ぐ者として期待を集めたのである。
ところがひとつの問題があった。
産まれてきたサツキには猫耳族の象徴である猫耳がなかったのだ。
そのときサクヤを除く誰もがサツキに落伍者の烙印を押した。
「これは……いけませんな」
「産まれてきた子供に罪はないが……」
「困ったことになりました」
猫耳族の長い歴史のなかで、人間の血を継いで産まれた巫女頭は存在しなかったからである。
「――いい加減にしな。私を本気で怒らせたいのかい?」
「滅相もございません!!」
とはいえ巫女頭であるサクヤに睨まれては迂闊なことも言えない。
巫女頭の宗教的権威もさることながら、まず実力でサクヤに敵う者がいなかった。
仇敵犬耳族のジーナと並び、サクヤは猫耳族の歴史のなかでも指折りの戦士であった。
彼女を敵に回すなど想像することすら困難であった。
しかしまだこの段階では、サツキは暫定的なサクヤの嫡子の扱いを超えるものではなかった。
「――痛い!」
「こんな球も避けられないなんて、お前本当に巫女頭様の娘かよ!」
辛辣な言葉がサツキの頭上に浴びせられた。
「私、ちゃんとお母さんの娘だもん!」
そう言い返すサツキの声は弱弱しいものであった。
今年五歳になったサツキは見るからにおどおどして内向的な少女であった。
「そんな耳してよく言うぜ!」
辛辣な少年の言葉にサツキは咄嗟に自分の耳を隠した。
母親とも友達とも違う小さな耳は、サツキにとって逃れることのできないコンプレックスだった。
大人には言えないようなことも、子供は平然と口にする。
いつしかサツキは、子供たちの格好のいじめの対象になっていた。
「人間があまりえらそうな顔するんじゃねえよ!」
子供たちのリーダー格である少年は、実は父親がサクヤに仕える騎士であり、サツキに無礼を働かぬよう口を酸っぱくして言われていた。
父親に憧れを抱く少年としては、素直に受け入れられぬのも無理からぬ話ではあった。
もっともそれをサツキが理解することもまた無理な話なのだが。
「違うもん! サツキはちゃんと猫耳族だもん!」
涙に暮れてサツキは公園を飛び出す。そうして日暮れを待って家へと帰るのがサツキの日課となっていた。
毎日うちひしがれて帰ってくる娘(サツキ)を見てサクヤもまた困惑していた。
抱きしめてあげたい感情と、叱りつけてやりたい感情がせめぎあう。
いくら女傑のサクヤといえど、子育ては初めての経験なのである。
はたしてどこまで子供の世界に介入してよいものか、どの程度ならば甘やかすことにはならないのか、彼女としても手探りの状態なのであった。
「……そんな顔しないの。あなたはお母さんの自慢の娘で、間違いなく私の血を引いているのだから」
「でもでも、みんな私のこと、お母さんの娘じゃないっていうの! 私だけ仲間はずれなの!」
「逃げてはだめよ。あなたを認めさせる努力をしなくちゃ」
この言葉を何度繰り返したかわからない。
子供の喧嘩に親が出るわけにはいなかいのだ。
サツキ自身が自分の意志を貫かなくては、いつまで経ってもサツキは仲間とは認められない。
サクヤは苦笑いしてサツキの頭を撫でる。
「しょうがないわね。お母さんがあなたにおまじないをしてあげる。無敵の娘に変身できるおまじないを」
結果からいえば、そのおまじないが大成功であり、大惨事の原因であった。
「よくぞ来たのにゃ、下僕たちよ!」
「いきなり何をわけのわからんことを……って、なんだよその出来の悪い猫耳は――」
「お母さんがくれたものを悪くいうにゃあああ!」
ドゲシッ!
とある異世界でも通用しそうなヤクザキックで少年の一人が三回転半(トリプルアクセル)をきめた。
「げぼはああっ!?」
「ああっ! モブAがやられた!」
よくよく考えればサクヤに鍛えられているサツキが、近所の子供なんかにやられるはずがなかった。
もっともサツキもそれを自覚していたわけではない。
彼女自身、こんな解き放たれた感覚は初めての経験だった。
――彼女を解き放ったのは、サクヤお手製の猫耳リボンである。
たったそれだけでもサツキのコンプレックスを破壊する力はあったということらしい。
「おい! お前こんなことしてただで済むと――」
「うにゃっ!」
「へぶろあああああっ!」
「あああ! モブBっっ!」
上から打ち下ろす見事な猫パンチでまた一人の少年が宙に舞う。
「猫娘に覚醒した私に敵うと思うのかにゃ?」
「そ、それ猫娘ちゃう……」
――ズビシッ!
「ああっ! モブC――!!」
「覚醒したといったはずにゃ」
「覚醒は覚醒でも厨二病に覚醒してるっ!」
「とりあえず物理で殴るのが交渉(たたかい)の基本とお母さんも言っていたにゃ!」
「絶対に意味間違ってるからあああああっ!」
「悪は滅んだ。第一章完!」
「この私がスローリー? もとい、子育てに失敗したというの?」
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