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連載
番外編 死にたがりの傭兵
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死にたがりの傭兵
死にたがりのラミリーズという傭兵がいる。
どうやらトリストヴィーから流れて来たらしく、特に剣の使い手としては並ぶ者がない。
進んで戦場のもっとも危険な場所を望み、味方が敗北すれば殿を引き受けるという。
それで手柄が重なり、いつの前にか騎士団の一員に迎えられていた。
死にたがりは相変わらずで、どうしていまだに生き残っているのかわからない男である。
「――さすがに年貢の収めどきかね」
伸び放題の無精ひげをボリボリと掻きながらラミリーズは嗤った。
前線はひどいことになっていた。
手柄欲しさに貴族の馬鹿息子が、勝手に突出して袋叩きに合い、その敗北が味方全体に波及している。
こうしてラミリーズが前線に残されたのは、敗戦処理以外の何ものでもなかった。
かろうじて野戦築城で持ちこたえてはいるが、所詮多勢に無勢である。
今度こそ死ねるかもしれない。
なのに一度も死んだことがない。
死にたがりとよばれながら、手加減と言うものをラミリーズは嫌う。
抗って抗って、それでもなおどうしようもなくなった結果としての意義ある死しか受け入れられない。
騎士としての死に場所を失ったラミリーズにとって、せめてより意義のある死に方をしたいというのは最後の代替欲求なのであった。
「――よう、死にたがり。願ってもない死に場所じゃないかい。ええ?」
「これは、中隊長殿」
「せっかくだから急きょ大隊長に格上げしてくれるとよ」
それは死後に名誉として与えられる二階級特進の先渡しのようなものだろうか。
こうした戦場での野戦昇進は珍しくもないが、敗走する友軍を守るため、十倍以上の敵中に孤立したなかの昇進は、そう考えられてもおかしくはなかった。
「ついでにお前も今日から小隊長だ」
「……中隊長殿、それは……」
「いくら死にたがりでもお前は命の値段を知っている男だ。これでも俺はお前を買ってるんだぜ?」
「買いかぶりです」
ラミリーズはゆっくりと首を振った。
主人を守ることも叶わず、さらに託された家族すらこの手から離してしまった愚か者である。
これ以上人の命を背負えるような男ではない。
「それじゃお前は助けられる味方を見捨てられるか? 責任から逃げてお前の誇りは満足なのか?」
自分を傭兵から騎士へ野戦昇進させた中隊長の言葉に、ラミリーズは言葉を詰まらせた。
自分は騎士として失格であるかもしれない。
だが、騎士の資格は失おうとも、騎士である誇りを、何より主人パザロフ伯ヴィクトールの名を穢すわけにはいかないのだ。
その誇りを盾にされては、ラミリーズも反論をすることができなかった。
ラミリーズの沈黙を都合よく了承と解釈した男は、慣れ慣れしくラミリーズの肩を抱くと語り始めた。
「……実は撤退する貴族から貧乏くじを引いた傭兵を押しつけられてな。お前なら使い潰しはしないだろう?」
傭兵の扱い方は過酷である。
つい先ごろまで傭兵であったラミリーズは、その現実を骨身にしみて知っている。
彼らは生きた肉の盾であり、戦場でもっとも安く扱われる命なのだ。
だからこうした敗戦の場合、傭兵は真っ先に逃げ散ってしまう。
負け戦に給金を払ってくれる良心的な主人は、残念ながら少ないのである。
その傭兵がまだ残っているとすれば、よほどの変わり者か、あるいは自らに自信があるかのいずれかであろう。
「…………貧乏くじを引くだけあって、ひと癖ある連中が揃ってるぜ? なかでも銀髪の――どえらい別嬪が恐ろしくてなあ」
「恐ろしい?」
肝の太いことで有名な男であった。
今のような絶望的な戦況でさえ、恐ろしいなどと言ったことは一度もない。
その男が恐ろしいと言ったことに、ラミリーズは新鮮な驚きを覚えたのである。
「――なんというかな、俺は人間なら恐れんが、化け物は苦手だ。田舎の婆さんに散々脅されたからな。あれは、そういう化け物の匂いがする」
「中隊長がそう思うのならそうなのでしょう」
男の人を見る目をラミリーズは欠片も疑ったことはない。
どうやらとんでもない鬼札を託されたようだ。
「……もしかするとまた死にそこなったかもしれません」
――予感は当たった。
死にそこなったどころではない。
今後二度と死にたがりなど口にすることさえ許されなくなった。
「――ここに死にたがりのおっさんがいると聞いたんだがね?」
ニヤニヤと見覚えのある美しい少女に顔を覗きこまれて、慌ててラミリーズは顔を背けた。
不覚にも瞳が潤んでいることを気づかれるのが、たまらなく恥ずかしかったからだ。
「馬鹿を言うな! 死は望むものではない! 与えられるものだ! そんなことをいう馬鹿がいたらぶんなぐって目を覚まさせろ!」
「では遠慮なく――」
――――ドカリッ!
大の大人が悶絶しそうな一撃を、かろうじてラミリーズはこらえた。
間違っても目の前の彼女に、情けない自分の姿は見せられなかった。
「で? 目は覚めましたかい? 師匠?」
「それをいう君は誰だ?」
まさかマルグリットと呼ぶわけにもいかない。
ラミリーズの問いに、少女は破顔して胸を張った。
「マゴット――銀光マゴットとは私のことさ!」
もう死にたがりと呼ばれた傭兵はいない。
野戦任官ながら騎士として幾多の武勲に恵まれ、彼が常勝のラミリーズと呼ばれるのは、もう少し後の話である。
死にたがりのラミリーズという傭兵がいる。
どうやらトリストヴィーから流れて来たらしく、特に剣の使い手としては並ぶ者がない。
進んで戦場のもっとも危険な場所を望み、味方が敗北すれば殿を引き受けるという。
それで手柄が重なり、いつの前にか騎士団の一員に迎えられていた。
死にたがりは相変わらずで、どうしていまだに生き残っているのかわからない男である。
「――さすがに年貢の収めどきかね」
伸び放題の無精ひげをボリボリと掻きながらラミリーズは嗤った。
前線はひどいことになっていた。
手柄欲しさに貴族の馬鹿息子が、勝手に突出して袋叩きに合い、その敗北が味方全体に波及している。
こうしてラミリーズが前線に残されたのは、敗戦処理以外の何ものでもなかった。
かろうじて野戦築城で持ちこたえてはいるが、所詮多勢に無勢である。
今度こそ死ねるかもしれない。
なのに一度も死んだことがない。
死にたがりとよばれながら、手加減と言うものをラミリーズは嫌う。
抗って抗って、それでもなおどうしようもなくなった結果としての意義ある死しか受け入れられない。
騎士としての死に場所を失ったラミリーズにとって、せめてより意義のある死に方をしたいというのは最後の代替欲求なのであった。
「――よう、死にたがり。願ってもない死に場所じゃないかい。ええ?」
「これは、中隊長殿」
「せっかくだから急きょ大隊長に格上げしてくれるとよ」
それは死後に名誉として与えられる二階級特進の先渡しのようなものだろうか。
こうした戦場での野戦昇進は珍しくもないが、敗走する友軍を守るため、十倍以上の敵中に孤立したなかの昇進は、そう考えられてもおかしくはなかった。
「ついでにお前も今日から小隊長だ」
「……中隊長殿、それは……」
「いくら死にたがりでもお前は命の値段を知っている男だ。これでも俺はお前を買ってるんだぜ?」
「買いかぶりです」
ラミリーズはゆっくりと首を振った。
主人を守ることも叶わず、さらに託された家族すらこの手から離してしまった愚か者である。
これ以上人の命を背負えるような男ではない。
「それじゃお前は助けられる味方を見捨てられるか? 責任から逃げてお前の誇りは満足なのか?」
自分を傭兵から騎士へ野戦昇進させた中隊長の言葉に、ラミリーズは言葉を詰まらせた。
自分は騎士として失格であるかもしれない。
だが、騎士の資格は失おうとも、騎士である誇りを、何より主人パザロフ伯ヴィクトールの名を穢すわけにはいかないのだ。
その誇りを盾にされては、ラミリーズも反論をすることができなかった。
ラミリーズの沈黙を都合よく了承と解釈した男は、慣れ慣れしくラミリーズの肩を抱くと語り始めた。
「……実は撤退する貴族から貧乏くじを引いた傭兵を押しつけられてな。お前なら使い潰しはしないだろう?」
傭兵の扱い方は過酷である。
つい先ごろまで傭兵であったラミリーズは、その現実を骨身にしみて知っている。
彼らは生きた肉の盾であり、戦場でもっとも安く扱われる命なのだ。
だからこうした敗戦の場合、傭兵は真っ先に逃げ散ってしまう。
負け戦に給金を払ってくれる良心的な主人は、残念ながら少ないのである。
その傭兵がまだ残っているとすれば、よほどの変わり者か、あるいは自らに自信があるかのいずれかであろう。
「…………貧乏くじを引くだけあって、ひと癖ある連中が揃ってるぜ? なかでも銀髪の――どえらい別嬪が恐ろしくてなあ」
「恐ろしい?」
肝の太いことで有名な男であった。
今のような絶望的な戦況でさえ、恐ろしいなどと言ったことは一度もない。
その男が恐ろしいと言ったことに、ラミリーズは新鮮な驚きを覚えたのである。
「――なんというかな、俺は人間なら恐れんが、化け物は苦手だ。田舎の婆さんに散々脅されたからな。あれは、そういう化け物の匂いがする」
「中隊長がそう思うのならそうなのでしょう」
男の人を見る目をラミリーズは欠片も疑ったことはない。
どうやらとんでもない鬼札を託されたようだ。
「……もしかするとまた死にそこなったかもしれません」
――予感は当たった。
死にそこなったどころではない。
今後二度と死にたがりなど口にすることさえ許されなくなった。
「――ここに死にたがりのおっさんがいると聞いたんだがね?」
ニヤニヤと見覚えのある美しい少女に顔を覗きこまれて、慌ててラミリーズは顔を背けた。
不覚にも瞳が潤んでいることを気づかれるのが、たまらなく恥ずかしかったからだ。
「馬鹿を言うな! 死は望むものではない! 与えられるものだ! そんなことをいう馬鹿がいたらぶんなぐって目を覚まさせろ!」
「では遠慮なく――」
――――ドカリッ!
大の大人が悶絶しそうな一撃を、かろうじてラミリーズはこらえた。
間違っても目の前の彼女に、情けない自分の姿は見せられなかった。
「で? 目は覚めましたかい? 師匠?」
「それをいう君は誰だ?」
まさかマルグリットと呼ぶわけにもいかない。
ラミリーズの問いに、少女は破顔して胸を張った。
「マゴット――銀光マゴットとは私のことさ!」
もう死にたがりと呼ばれた傭兵はいない。
野戦任官ながら騎士として幾多の武勲に恵まれ、彼が常勝のラミリーズと呼ばれるのは、もう少し後の話である。
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