異世界転生騒動記

高見 梁川

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11巻

11-3

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 マルベリーから南西へ数百キロの海上を航行するアンサラー王国艦隊に、穏やかな潮風が南方からの暖かな空気を運んでいた。
 アウレリア大陸のはるか南にあるという南方大陸は、ほとんど裸で生活するほど酷暑らしいという噂を、思わず信じたくなるほどの熱気だった。

「ご機嫌斜めですな。司令官」
「公国のやつらは、こんな馬鹿馬鹿しい理由で決戦することになるなど恥ずかしいと思わんのか!」

 蒸し暑い空気に当てられたのか、からかうような艦長ドミトリーの言葉に、艦隊司令官のパーシバルが苛立いらだたしげにき捨てた。
 もとより決戦を望んではいたが、リガというトリストヴィー海軍始まって以来の根拠地を喪失するとはいかなることか。
 そもそも、海軍の根拠地がひとつしかないことがありえない。
 アンサラー王国には大きく四つの根拠地があり、パーシバルの艦隊はもっとも北西のセバストポリに所属している。
 ネドラス王国の西方に浮かぶ大きな島には、季節風の激しいガレアレス海を管制する、ノヴォローシスクという重要な拠点がある。
 そして本国艦隊の母港として王都に近いケーニヒスベルグ、北方艦隊が根拠地とするアルハンゲリスクが、アンサラー王国海軍の基地として知られている。
 トリストヴィー海軍もリガだけを根拠地としていたわけではない。本来は準根拠地として機能するはずのマルベリーが、公国に反乱した結果としてリガだけとなった経緯がある。
 内乱を戦いながら新たな母港を開発するのは、予算的にも人材的にも不可能だった。
 とはいえこうしてリガが機能を停止した今となっては、いかなる理由があろうと西側のターラントあたりに軍港を建設しておくべきだったのだろう。
 ターラントはカディロス王国にほど近い公国西部の小さな貿易都市で、港の規模は小さいがそれなりに発展している。
 規模は多少小さくとも、ターラントであればアンサラー王国からの支援も容易い。

「万が一にもありえんが、決戦に敗北すれば公国も我々も制海権を失って、取り戻すことは叶わんぞ」

 リガを失った以上、敗北した場合アンサラー王国艦隊ははるかに遠いセバストポリへと帰還しなければならなかった。
 公国艦隊も王国に降伏するか、アンサラー王国へ亡命するか、選択肢は二つに一つであろう。
 ここで海軍が公国から撤退するということは、アンサラー王国の国家戦略にとっても大きな危機となる。

「――もはや言ってもせん無いこと。目の前の戦いに勝つことだけ考えましょう」

 ドミトリーにさとされ、ようやくパーシバルは八つ当たりのほこを収めた。
 パーシバルもわかってはいたのだ。しかしトリストヴィー公国海軍に対する不信感――対等の味方たりえないという疑念はぬぐい去れなかった。
 不信をぶつけられる格好となった公国艦隊司令官フェデリーゴは、八つ当たりどころか完全に怒り狂っていた。

巨人ギガンテなんて図体ずうたいのでかい置物は、リガで拠点防御をやっておけばよかったんだ!」

 なんたる怠慢、なんたる愚劣、なんたる恥であろうか。
 母港を焼かれた公国海軍は今後数百年にわたって、無能の烙印らくいんを押され語り継がれることになるだろう。母港を焼かれるなど、生まれ故郷を焼かれるに等しい。
 今まで一度もなかったから、などという理由でリガをほぼからにしていた自分たちが、たまらなく愚かに思われてならなかった。
 それだけではない。老骨にむちを打って見事に命を散らしたボニファティオは、フェデリーゴが新兵だったころの艦長であった。
 海の男とはかくあるべきか、とあこがれを抱いたことをフェデリーゴは今も覚えている。おかに上がったあの老人をみすみす死なせてしまったことを、どうしても割り切ることができなかった。

「――情けない。かつてはサンファン王国どころかアンサラー王国にも匹敵した我が海軍が、今や自国の海域でも脇役扱いか」

 フェデリーゴが激高している理由のもう半分はこれだ。
 間違いなく自国の海域にもかかわらず、敗北を重ね数を減らした公国海軍は、艦隊指揮の主導権をアンサラー王国へ譲り渡すことになった。
 アンサラーの支援なしには、マルベリーにつどう勢力と戦う戦力を確保するどころか、現在の艦隊を維持することすらままならない。
 艦隊の隻数もアンサラーが上。さらに海戦を根底から覆す決戦兵器もまた、アンサラー経由で供給されていた。
 このままではたとえ勝利したとしても、公国海軍はアンサラー王国海軍の風下に立たされるだけだ。自分たちの不甲斐ふがいなさが、子孫にまで重い負担を押しつけることになる。

「……これというのも、マルベリーのやつらがサンファンやマジョルカのような、余所者よそものの手を借りるからだ! 売国の豚どもめ!」

 もし敵が海運ギルドだけだったなら、アンサラー王国の手など借りる必要もなく撃退できただろう。
 そう考えれば考えるほど、フェデリーゴの胸中は焼かれるような怒りに満たされる。

「今に見ていろ! 公国海軍が決してアンサラー王国に劣らぬところを見せてやる! きボニファティオ提督への勝利の報告とともに!」

 フェデリーゴの指揮する公国第一艦隊は、公国に残された最後の艦隊戦力である。
 沿岸警備や敗残艦隊を除けば、第一艦隊が敗北した瞬間に公国海軍というシーパワーは消失する。
 もちろんフェデリーゴの抱く怒りは本物だった。
 しかし、怒りという人としてもっとも攻撃的なエネルギーを供給していないと、あまりの責任の大きさに押しつぶされそうなのもまた事実だった。




「――そろそろ海は始まるころか」
「で、ありましょうな。この季節、よほど天気が悪くないかぎり、今日か明日には」

 まったくよどみのない優雅ゆうがかつ完璧な動作で、カリラはヴァレリーの前に熱めのミントティーを差し出した。ヴァレリーが若いころから気分転換に好むお茶である。
 一口それを喉へと流し込むと、脱力した身体を背もたれに預けて、ヴァレリーは疲れたように目頭をむ。
 斜陽の公国の宰相としての激務は、ヴァレリーの年老いた肉体からエネルギーを奪い去るには十分だった。
 このところ目がかすみ、睡眠時間が短くなりつつある。老人特有の早寝早起きというわけではない。
 副交感神経が正常に働かないほどに、今のヴァレリーは疲弊ひへいしていた。
 それでも、これが最後だと思えば不思議と頑張る気になれるものだ。疲れるからといって、人生の集大成から手を抜くわけにはいかなかった。

「これで海が負ければ――」
「チェックメイト、というところでございましょう」

 海軍という組織は陸軍と違って再建が難しい。フェデリーゴの第一艦隊が潰滅したならば、公国海軍の復活には十年以上を要するだろう。
 もっともそんな予算は存在しないから、もはや再建の見込み自体がなくなる。
 公国は内陸に首都を持つが、建国以来の本質は海洋国家であった。
 海上の勢力が失われて回復する見込みがないとわかれば、公国に属していた商人や技術者の流失が加速するだろう。
 すでに現時点でも、重税を課された平民の流出は社会問題になりつつある。
 阻止したくても、国境線が陸でつながり隔離されていない状況で流出を根本的に防ぐのは不可能なのだ。
 しかしこのままなし崩しにバルドに勝利されては、積もりに積もった公国のしき汚泥おでいは拭えない。

「それで、バルドの容態は?」
「一時は命を危ぶまれるほどでしたが……やはり英雄ですな。すでに歩けるほどにまで回復しております」

 驚くべきことに、カリラはマルベリーの情報を正しくつかんでいた。
 無線を使ったバルド陣営の情報網に速さでは劣るが、正確性ではむしろ上回る。
 こうした諜報活動では、長年つちかった人脈が物を言う。
 いかに優秀な組織や人材をもってしても、時間をかけて作り上げた人脈に対抗するのは並大抵なことではない。
 公国の中心から王国側のスパイが一掃されたのも、ヴァレリーが構築した諜報組織のスイーパーが動いたためだ。
 もちろんこれはバルドの諜報網が劣っているというわけではなかった。
 基本的にバルドが必要とする情報機関は、誰でも知ることができる情報を誰よりも早く、というのがコンセプトであって、非合法な情報戦争を主としてはいないからである。

「あのミハイル率いる二万の軍勢を相手にたった三千で完勝し、重傷を負うも数日で回復か。英雄というのは恐ろしいものだな」
「まったくです。理不尽と言っても差し支えないかと」

 そう言いつつもカリラは穏やかな笑みを浮かべている。主人の機嫌が良いことに気づいているからだ。
 バルドならばと信じつつ、それでも万が一という疑念をヴァレリーは捨てられなかった。
 アンサラー王国が誇るミハイル・カラシニコフという男は、ヴァレリーをもってしてもはかることができなかったのだ。
 王としてならばバルドの勝利に疑いはないが、武人としてはどうか?
 戦いには勝利することができたとしても、一騎討ちに持ち込まれたらどうか?
 このところのヴァレリーの消耗は、宰相の激務のみならずバルドの安否を心配しての部分が大きかったように思う。
 暗殺者として当代一流の腕を持つカリラも、ミハイルのような野性の天才を相手にするのは御免こうむりたかった。
 その天才を相手に重傷を負ったとはいえ一人で勝利したのだから、バルドのうつわはやはり常人のそれではない。
 これで今晩からはヴァレリーも安心して眠れるだろう。

「――だが英雄というのは、英雄であるがゆえに小人の器を見誤る」

 底意地の悪い獰猛どうもうな笑みをヴァレリーは浮かべた。
 安心したと思ったら、たちまち新たな悪知恵が浮かんできたらしい。
 もっとも千尋せんじんの谷に突き落としただけでは飽き足らず、さらに岩を落として油を撒き、火をかけるのがヴァレリー流の親心である。バルドにしてみればたまったものではあるまい。
 安堵あんどしたからゆっくり寝て身体を休めようなどと考えるのは、間違ってもカリラの知る主人ではなかった。

「笑うな」

 むっとしたようにねるヴァレリーに対し、カリラはまったく意に介した様子もなく、丁重に腰を折るとここぞとばかりに口端をつり上げた。

「お茶のおかわりはいかがですか? 今日は質の良い春摘のファーストフラッシュが入っておりますが」
「主人の見栄みえを立てるのも従者の務めだぞ?」
「無論、いかなるときも主をうやまいこの身のかぎり尽くすつもりですとも。ヴァレリー様は実に尽くし甲斐のある主でいらっしゃる」
「ふん。やらかした家族を見るような生暖かい目で主人を見るのが、いつから従者の仕事になった?」
「おそれながらヴァレリー様。何十年も付き合った従者というものは、家族も同然ではありませんか?」

 人を食ったようなカリラの言葉にヴァレリーは絶句した。

「……主人に似て底意地が悪いことだな」
「これはこれは、主様じきじきのお墨付きとは。私も主を見習った甲斐があったというものです」
「しかしまだ精進しょうじんが足りぬぞ、カリラよ。俺は家族には優しい男だ」

 思いも寄らないヴァレリーの言葉に今度はカリラのほうがきょを突かれたように言葉を失った。

「……なるほど、底意地の悪さではこのカリラ、主の足元にも及びませぬ」




 バルバリーノ提督率いる海運ギルド艦隊と合流したサンファン王国、マジョルカ王国艦隊は美しい三本の単縦陣たんじゅうじんを形成している。
 南よりの生暖かい風が海面を揺らし、泡立った長い航跡波ウェーキはまるで筆で描かれたかのようだ。
 初顔合わせとなるホセ提督のサンファン王国艦隊はともかく、すでに幾度もバルバリーノとの共同作戦を経験したウラカは、海運ギルドとの連携にいささかの不安もない。
 長年マルベリーを公国から守り抜いてきたバルバリーノ提督の手腕は見事の一言で、所詮は民間人の集まりにすぎない海運ギルドがなぜ今まで自治を守ることができたのか、ウラカは納得していた。
 また、サンファン王国艦隊もウラカにとっては兄弟のようなものであり、三者の連携のかなめとしてマジョルカ王国艦隊は三叉戟トライデントの先頭を走っていた。

「アンサラー王国の指揮官はわからんが、公国のフェデリーゴは手ごわいぞ」

 軍議のために、短艇カッターでホセ提督の旗艦に乗り込んだバルバリーノは、渋面じゅうめんを作って腕を組んだ。
 フェデリーゴとは、互いに好敵手としてマルマラ海の制海権を争ってきた。
 艦隊指揮ではバルバリーノに一日いちじつちょうがあるが、フェデリーゴは戦場の空気を読むのが抜群に上手い。
 常々いつか雌雄を決しようと思いながら、その機会のなかった二人。しかし今日こそは決着の日となるだろう。
 海上交通路シーレーンの維持を主たる任務としてきたこれまでと違い、正真正銘の艦隊決戦である。
 勝てるときだけ戦い、負ける戦いからは逃げるという選択肢は存在しない。
 だからこそ、バルバリーノが好敵手フェデリーゴに入れ込むのも無理からぬことではあった。

「アンサラー王国の指揮官も、将来を期待されたやり手らしいですよ? どうやら統一指揮権はこちらのようですし」
「マルマラ海での指揮をアンサラー王国が執るというのか!?」

 従来、その海軍が縄張りとしている海域で戦闘する場合、縄張りの海軍に優先指揮権がある。フェデリーゴの無念を思ってバルバリーノは激高した。
 ウラカのマジョルカ王国艦隊を先頭に立たせているとはいえ、バルバリーノの海運ギルド艦隊が上位指揮権を有している。それが海軍の慣例ではなかったか。

「もはやアンサラー王国の援助なしに公国は立ち行かないということなのでしょうね……」

 亡国の危機にある公国には、対等の条件を求めるだけの力がない。
 敵ながらその事実がホセには哀れだった。
 なんとしてもアンサラー王国を繋ぎ留めなければならないという忖度そんたくが、この結果に繋がったに違いない。

「気に入らないね! 余所者にマルマラ海は冷たいということを教えてやろうじゃないか」

 バルバリーノほどではないが、ウラカにとっても、アンサラー王国がこちらの縄張りであるマルマラ海にちょっかいをかけてくるのは面白くない。
 当然のように、旺盛おうせいな戦意で完膚かんぷなきまでに叩き潰す心算である。

「うむ、さすがは『漆黒の暴風ネグロトルメンタ』。よくぞ言ってくれた」

 バルバリーノは我が意を得たりとばかりに仰々ぎょうぎょうしくうなずいた。
 元来船乗りというのは縄張り意識の強い人種である。
 そうした意味でバルバリーノとウラカは、単純な味方というだけではなく、同じマルマラ海で育った船乗りとしての意識を共有していた。

「私としても異存はありません。問題は敵の艦隊が所有しているであろう兵器です」

 ホセは先日からその対策ばかり考えている。
 棒火矢相手には交戦距離で勝ち目がなく、ほかの手段で補うしかない。
 まともに火力だけでぶつかれば、ホセやウラカの手腕をもってしても勝利は難しいだろう。

「バルバリーノ提督、例の物は?」
「言われた通り積んでは来たが……あんな物がなんの役に立つと?」
「こういう行き当たりばったりは私の流儀ではないのですがね……実戦で試す時間がないのだから仕方がありません」

 できるかぎり賭けの要素を排し、勝つべくして勝つのがホセの流儀である。
 こんな即席の思いつきに頼ることに忸怩じくじたる思いがあるが、ほかに良い手段が思い浮かばないのだから仕方がない。

「智将ホセ・リベリアーノの手品が拝見できそうだね?」

 からかうように笑うウラカに、ホセは真剣な表情で向き直った。

「私にできるのは攪乱かくらんだけですからね? その攪乱を勝利に結びつけられるかどうかはウラカさん、あなたの操船技術にかかっています」

 人によっては重すぎる期待を、ウラカは当然のように受け止めた。

「あたしも、バルドの敵に容赦する気は欠片かけらもないね」

 厄介な兵器を使うようだが、海戦は決して兵器の優劣だけでは決まらない。決めさせない。
 船乗りの力量がいかに恐ろしく残酷か、異国の愚か者に教育してやる。
 凄絶せいぜつな覚悟のもとに、引きつれるようにわらうウラカを見たホセは、まだ見ぬ敵に密かに同情の声を送った。

(悪く思わないでくれよ? 相手が悪かったんだ)

 パーシバル率いるアンサラー王国艦隊と、フェデリーゴ率いるトリストヴィー公国艦隊が二列の縦陣で緩い弧を描く。
 その航跡を見れば、やはり公国がマルマラ海を知る船乗りとして一日の長があるとわかる。
 ともすればアンサラー王国艦隊を追い抜いてしまいそうになるのを、フェデリーゴは苦心して足並みを揃えさせていた。
 そうした気持ちは水兵たちにも伝わる。
 どうして自分たちよりも腕の悪い海軍に指揮されなければいけないのか。生まれ育った故郷の海で、どうして余所者に顎で使われなければならないのか。
 そもそもは明確な国家戦略もないままに、海軍を消耗させてしまった公国の上層部が悪いのだが、そうでも考えないと憤懣のぶつけどころがなかった。

「……フォアスパンカー、風を抜け」
「アイサー」

 フェデリーゴは速度を落とすよう、何度目かの指示を部下に下して暗澹あんたんたる思いに歯噛みした。
 このままではあの漆黒の暴風ネグロトルメンタを相手に艦隊運動で遅れをとるのは明らかに思われたのだ。

「……確かにあれの力は破格かもしれんが」

 アンサラー王国が供給してくれた棒火矢は、これまでの海戦の概念を覆す恐るべきものであるのはわかる。
 報告にあったサンファン王国艦隊が使用したという火炎放射器も、船にとっては脅威以外の何物でもないが、射程と数において棒火矢のほうが兵器としての質は上であろう。
 長年の雄敵、海運ギルド艦隊やサンファン王国艦隊が、棒火矢の一斉射撃で為すすべもなく炎上するさまを思えば心が躍る。
 しかし心のどこかでこうも思ってしまうのだ。
 フェデリーゴよ。お前はそんな勝ち方で満足なのか、と。

「……らちもない」

 海軍軍人として、勝利より優先すべきものなどないことは承知している。だがもし、もしも叶うのならば、あんな兵器がない時に決着をつけておくのだった。
 本来ならば公国と海運ギルド艦隊だけで、全艦隊を挙げて舳先へさきをぶつけ合い、剣と弓を振るって古き海の男の戦いを果たすべきだった。
 そうすれば、こうして他国に鼻面を引き回され、得体のしれぬ兵器に頼らなければならないこともなかったろうに。

「せめて全身全霊で戦おう。そして勝利を祖国に」

 一方のパーシバルは、フェデリーゴが感じるような、昔ながらの船乗りとしての哀愁とは完全に無縁であった。

「先日の借りは返させてもらう。そして今日より我がアンサラー王国が世界の海の覇者となるのだ!」

 今や海兵の力量が勝敗を決する接舷戦闘の時代は終わろうとしている。そして船の性能と火力がすべてを支配する時代がやってくる。
 パーシバルの脳裏でその青写真はすでに出来上がりつつあった。当然その艦隊を率いるえある司令官はパーシバル自身であった。

「時代遅れの海賊くずれめが!」

 パーシバルが勝利の皮算用を始めたことに気づいた旗艦パーヴェルの艦長ドミトリーは、誰にも気づかれぬ程度にまゆをひそめた。
 彼に言わせると、パーシバルがもっとも力を発揮できるのは前線を離れた後方での軍政であり、実戦指揮官としてはまだまだ未熟である。
 もちろん実戦指揮官としてもそれなりの腕は見せるだろうが、相手が超一流の提督となると分が悪い。
 なまじ頭のいい人間は、出来の悪い人間がちょっとした気分の変化で大きく集中力を失うことを見過ごしがちである。
 棒火矢という新兵器が登場した今でも、海の戦には歴戦の船乗りの力が必要であり、船乗りは士気という心でその力を発揮するのだ。
 それがドミトリーの船乗りとしての信念だった。
 だからといって、パーシバルを低く見積もっているわけではない。
 ドミトリーには軍事と政治を結び付けて考える能力も構想力もなかった。
 それができるパーシバルのような人間が上に立つことは正しいが、その前に戦場げんばを経験させる必要があるのも確かだ。
 実戦での機微は自分がフォローすればよい。場合によってはパーシバルを殴りつけてでも。


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