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10巻
10-3
しおりを挟むダウディング商会が四つの商会による連合体に組織を変更した――その事実が与えた衝撃は計り知れなかった。
この世界で初めて、ダウディング商会は独立した商会を束ねるホールディングス形態に移行したのである。
サンファン王国に新設されたコルネリアス商会の会頭は、当然ながらセリーナだった。
すでにサンファン王国は、これを全面的に歓迎する意向をマウリシア王国へ伝達している。
そしてノルトランド帝国ではマルドン商会が、トリストヴィー王国では代理店という形でガリバルディ商会が、その任を担うことになっていた。
これは本社機能の海外移転であり、経済統制を目論むマウリシアの官僚貴族にとって、決して見過ごせない事態だった。
商人から納められる税金は所得に対して一割とされており、これはフランスのナポレオンが戦費調達のために、世界で初めて導入した所得税と同じ割合である。
またそれ以外にも各種営業ごとに、油、塩、酒、市場、水運などの運上金が設定されているが、もちろん本店の所在する各国で税を負担することになる。
塩や水運がダウディング商会から切り離されてしまえば、それだけでマウリシア王国の税収が減るのは確実なのだ。
「ダウディング商会の商業権をはく奪するべきでは?」
「こんなことを認めては税収に深刻な影響が出ますぞ?」
「そうだ! たかが商人ごときが思いあがりも甚だしい!」
「――では誰がそれをやりますか?」
官僚貴族の一人、ローレンツ男爵ウォルシンガムの問いに仲間たちは一様に首を傾げた。その言葉がどこか不吉なものに思われたのである。
「べ、別に誰でも構うまいよ。民部省の次官あたりに……」
「あの方はランドルフ侯爵の縁戚です。簡単に首を縦に振るとは思いませんね」
「どうしてそこでランドルフ侯爵が出るのだ!」
「今回新設されたコルネリアス商会の会頭はアントリム辺境伯の側室ですよ? 令嬢のシルク様が正室として嫁がれる以上、同じ派閥と見るべきではありませんか?」
「だとしても、たかが一商会くらいのことで……」
「問題はもはや一商会にはとどまらないのです。すでにサンファン王家、ノルトランド帝家から陛下に対し、分裂を歓迎する意向が届いております。今ダウディング商会を罰すれば、サンファン王家、ノルトランド帝家、マウリシア王家の面子に泥を塗ることになります。いったい誰がその火中の栗を拾う任を果たすか、と聞いているのです」
ウォルシンガムの言葉に、仲間たちは顔色を蒼白にして黙り込んだ。
彼らの権限は確かに強大だが、それはあくまでも自分の持つ職権の範囲内の話でしかない。その職権を踏み越えると途端に無力な羊に成り下がってしまう。
「し、しかしリッチモンド公爵閣下であれば……」
「確かに、できるとすれば公爵閣下しかおりますまい。しかし閣下がランドルフ侯爵ほかを正面から敵に回してまで、ダウディング商会を処罰するとはとても思えないのです。何より期待しているほどの効果がないでしょう」
「どういう意味だ? 効果がない?」
「奴らがなんのために本店を分けたと思いますか? 最悪マウリシアを捨てても致命傷を受けぬためですよ」
「――そんな馬鹿な!」
ウォルシンガムの指摘は仲間たちの意表をついた。
このときになるまで、彼らは自国の商会が国を捨てる可能性を想像だにしていなかったのである。
大規模な商会は少なからず国外に販路を有しているが、大本の本店を国外に移した例はかつてなかった。
それは統一王朝の分裂以来、各国がライバルとして互いにしのぎを削り、自国の経済を発展させてきた影響もあるだろう。
規模ではダウディング商会を凌駕するアンサラー王国の商会といえど、本国の庇護を受けられない国外に本店を移すなど考えたこともないはずだ。
バルドを軸にマウリシア、ハウレリア、サンファン、ノルトランド、ガルトレイク、トリストヴィーが友好国となりつつある今だからこそ取れた選択肢と言える。
何より問題なのは、それを阻止する術がないことだった。
下手に課税すればダウディング商会はマウリシアでの商いの規模を縮小し、国外に軸足を移すに違いない。かといって、後ろ盾の大きすぎるダウディング商会を取り潰すとなると、国外から袋叩きに遭いかねなかった。
いつの間にか自分たちの知らないルールが、手の届かないところでまかり通っていることを、ようやく官僚貴族たちは自覚したのである。
「どうしてこうなってしまったのか……」
ウォルシンガムの呟きを最後に、重い沈黙のままダウディング商会の処罰は見送られることとなった。
その後ひと月を待たずして、マウリシア国内に流通する塩の価格はほぼ一割近い値上げとなり、ダウディング商会の収める税金にいたっては、従来の六割程度に激減した。
「うちを甘く見た罰や! 敵に回るなら手加減はせえへんで!」
セリーナは得意げに嗤う。
バルドから、正確にはバルドの前世である岡雅晴から多国籍企業のホールディングス形態の話を聞いた時点で、すでに構想自体はあった。
それが今になって可能となったのは、やはりマウリシア国内においてダウディング商会の規模が大きくなりすぎ、同時に官僚貴族の締め付けが強くなってきたからである。
一国にしか頭がなければそれだけ押さえておけばよい。しかし頭が複数となればそうはいかない。
しかも分裂の大義名分ならば十分すぎるほどにあった。
なにせセリーナは未来のトリストヴィー国王の側室となることが決定しており、その傍らにはかつてマウリシア王国の王女であったレイチェルがいる。
加えてノルトランドはマウリシアほど商業が盛んではないため、ダウディング商会の新たな出店は渡りに船でもあった。
何よりバルドの足を引っ張ろうとした官僚貴族どもに、吼え面をかかせることができるのだから、躊躇う理由は何もなかった。
今やダウディング商会を実質的に経営する副会頭トーマスの了承を得て、セリーナはこの絵図面を描き上げたのである。
もちろん、これまでダウディング商会には足りなかった海運業を立ち上げるため、サンファン王国の協力を取り付けられたのも大きかった。
「ダウディンググループが商売で大陸を制覇する。うちもトーマスとの約束を破るわけにはいかんのや」
大国アンサラー王国との経済戦争に勝利するためには、さらなる経済力と信用が絶対に必要であった。
――その一歩を踏み出した影響はあまりにも大きかった。
「長らくご無沙汰をしておりました。ウィリアム殿下」
リッチモンド公爵家嫡男であるオーガストは、バルドからアントリム辺境伯領を引き継いだウィリアムのもとを訪れていた。
「こちらこそ久しぶりだ。このアントリムに来て以来、残念ながら夜会に出席するような暇はとてもなくてな」
太々しく苦笑するウィリアムを見たオーガストは、持って生まれた血か、ウィリアムが男として大きく成長しているのを感じた。
もとよりカリスマには定評のあったウィリアムである。
しかし四男という立場上、ウィリアムは自分の力を過少に評価する傾向があった。いずれ養子にでも出されて飼い殺しにされると考えていたのだ。
王位継承権の低い四男などスペアのそのまたスペアであり、よほどのことがないかぎり華々しい人生は望めない。
騎士として頭角を現したいというのは、そんな未来に対するささやかな抵抗でもあった。
自分の実力でささやかなりとも地位を掴んで見せる――そのウィリアムの気概は、運命の悪戯からアントリムという豊穣の地を任された今でも変わらなかった。
志あれば激動の一年は男を大きく成長させるに足りる。
正直なところ、操りやすい馬鹿王子であってくれたほうがありがたかったと思うオーガストであった。
結果的にウィリアムの成長に多大な影響を与えたであろうバルドは、やはり疫病神にしか思えなかった。
「そういえば、もうバルド殿の部隊は出発したのですな」
先日まで領内狭しと訓練に明け暮れていた数千の兵の姿が見えない。それだけで随分と閑散と感じるものだ。
「いや、領内の警護にある程度の数を残している。希望があれば俺に仕官させるつもりだがな」
ウィリアムの言葉の響きにオーガストは若干の違和感を覚えた。
「……殿下の直臣になさるので?」
厳密に言えばウィリアムは国王ウェルキンの代官として、アントリムを代理統治することになる。
そのため代官として家臣を採用するならそれは王国の官吏としてであり、ウィリアム個人として家臣を採用するのとはまた別な話のはずだった。
しかし言葉の響きから、ウィリアムが自分個人の部下として仕官させると言ったようにオーガストには思われたのである。
「これはまだ内密の話だが――」
少しも内密ではなさそうにウィリアムは軽く笑った。
「王族籍を離れアントリム公爵を賜るという内示を父上からいただいている」
「なんと!」
予想していなかったわけではないが、あまりにも早すぎる。
ウィリアムには領主としての実務経験がない。代官として、少なくとも五年程度は経験を積ませるだろうとオーガストは考えていた。
「まあ、心配なのはわかるが、そう驚かれると傷つくぞ」
からかうように笑われ、オーガストは顔を赤らめて弁解する。
「いいえ! 決してそのようなことは……ですが、そういうことであれば我がリッチモンド家はいつでもご協力申し上げますぞ!」
ウィリアムの家臣団はごくわずかである。多少はウェルキンからの支援もあるだろうが、それでもアントリム辺境伯領を治めるには数が足りないはずだ。
第二次アントリム戦役の結果、広大となったアントリム辺境伯領は、ハウレリア、ノルトランドと国境を接するマウリシアの要衝となった。
その維持に必要な人手は莫大であり、また一大商業圏と化したアントリムを経営するための人材は、数さえ多ければよいというものではなかった。
「お気持ちはありがたくいただいておこう。だがさしあたっては困っているわけではない。ある程度はバルドが人員を残してくれたしな」
「――ご冗談でしょう?」
これからトリストヴィー王国を経営しようとしているバルドが、せっかく教育した家臣を残していくとはオーガストには信じられなかった。
マウリシア王国にも匹敵する広大な国土を経営していくためには、いくら人材がいても足りないはずなのだ。
「向こうの海運ギルドは人材が豊富らしくてな。それにバルドの家臣は、もともとのアントリム子爵領の地元民が多い。故郷に残りたいのは自然な思いだろう」
せっかく豊かになった故郷に骨を埋めたい、そんな気持ちを抱く者が多いのも事実だった。
そのためバルドはむしろ、地元官僚にはアントリムに残ることを推奨している。もっともそれは、ただの善意というわけではなかったが。
「こうなると騎士学校に入学しておいたのは正解だったな。親衛隊を率いる騎士も顔見知りが引き受けてくれたし、経理部門にはダウディング商会から人を紹介してもらえたしな」
「――ダウディング商会ですと?」
ウィリアムの口から飛び出した思わぬ名前に、オーガストはあからさまに顔をしかめた。
彼にとって今一番聞きたくない名前であった。
「あまり感心いたしませんな。所詮商人風情、金勘定には強くても王国への忠誠など期待できませんぞ?」
まさにその結果としてダウディング商会は国外に本店機能を分散したのだから。
「さすがに国のために死ねというほどの忠誠は期待しないさ。だが、給料に見合う程度の信用はできる。基本奴らが牙を剥くのは財布に手を突っ込まれたときだけだ」
「それは――」
だから問題なのではないか。
結局商人にとって大事なのは暖簾と財布なのであって、それを侵害されるとなれば故国にすら牙を剥く。それではオーガストの望む統制などいつになっても叶わない。
「それに、これまで四男坊として気ままに生きてきた俺には、あまり策のない人間が使いやすいのでな。悪く思うな」
あまり余計な介入はするな、そう釘を刺された気がしたオーガストは、改めてウィリアムの姿を見つめた。
数年前までは武芸にしか興味のない、やんちゃな王家の末っ子だったのだ。間違ってもこんな巨大な領地を経営するなど想像もしていなかったはず。
オーガストですら父に比べればまだまだ勉強の途上である。もしいきなり領地の経営を任されれば戸惑うことのほうが多いだろう。
どうしてこれほど泰然自若としていられるのか?
ウィリアムがバルドと同じ化け物のように思われて、オーガストは無意識に生唾を呑み込んだ。
「……殿下はお変わりになられた」
思わずこぼしてしまったその言葉はオーガストの偽らざる本音であった。
「そうか? 変わったか。うれしい言葉だ。変わらねばならぬ……俺にとっては特に」
どこかほっとしたようにウィリアムは笑顔を見せた。
姉のレイチェルが幽閉されたときに、なにひとつ力になれずバルドに頼るしかなかったあの無力さを、ウィリアムは片時も忘れたことはない。
もう二度とあんな無力感を味わうのは御免だった。
必ずや父ウェルキンでも無視することのできぬ力を手に入れて見せる。
それはただの地位や権力ではなく、ウィリアム個人の力量でなければならない。ウィリアムはそれをバルドから学んでいた。
そして何より、バルドはかけがえのない親友だ。その親友が王として立とうとしているのに、自分がいつまでも未熟なままでいられるはずがなかった。
ここ一年のウィリアムの血がにじむような努力は、ウェルキンですら驚愕するほどのもので、才能ある人間が本気で努力するとどうなるかの典型だろう。
新領土の経営でウィリアムに恩を売ろうというオーガストの目論見は完膚なきまでに潰えた。
予定していた交渉の材料がなくなったのは痛い。だが今さら手ぶらで帰るという選択肢はオーガストにはなかった。
(くそっ! やはりあの王の子だけあって一筋縄ではいかないか……)
オーガストは気を取り直して大きく息を吸った。
「本日私が参りましたのは、殿下に協力を願いたい案件がございまして」
「……ほう、俺はそんなに暇そうに見えるのか?」
マウリシア王国でも有数の要衝であるアントリムを引き継ぐのである。連日身を削るような激務をこなしているウィリアムからすれば、嫌味にしか聞こえなかった。
「い、いえ、そういうわけではないのですが……!」
慌ててオーガストは頭を下げる。
やりにくいことこの上ない。ウィリアムは腹芸とは無縁で、こんな憎まれ口を叩く人間ではなかったはずなのに。
「ですが是非とも聞いてもらわなくてはなりません。ことは国益に関わるのです!」
「国益とは穏やかではないな。俺はバルドではないぞ?」
残念だがウィリアムにはまだバルドの隣に立てるほどの影響力はない。国政を左右することのできる影響力を手に入れるのはこれからだ。
「――先代のアントリム辺境伯の強い抵抗により隠されてきたことですが、殿下のお力でアントリムの秘匿技術を公開していただきたいのです。もちろん十分な対価はお支払いいたします!」
これはウィリアムにしかできないことなのである。バルドは最初から交渉そのものをする意思がなかったのだから。
「アントリムの狭い土地だけで利用させておくにはもったいない。国を挙げて新技術を普及させてこそ国益に適うとは思いませんか!」
「なるほど、確かにこのアントリムには他に見られない様々な技術が存在する。これがマウリシア全土に普及すれば国力は倍増だな」
「わかっていただけますか!」
喜び勇むオーガストを手で制してウィリアムは意地悪く嗤った。
「先ほど十分な対価と言ったが」
「はい。できうる限りの額はお支払いするつもりです」
「十分、という言葉の意味を過小評価してもらっては困る。マウリシア全土に普及すれば当然アントリムの収入は下がるが、その補填をどうするつもりなのか。何より技術というものは模倣されるものだ。技術が国外に流出した場合の責任を誰がどのように取るのか、はっきりさせてもらいたい」
「そのようなことを申されましても……」
回答するだけの権限がオーガストにはない。それ以上にウィリアムの提案を受け入れる余地などあるはずがなかった。
誰だって利益は欲しいが責任など取りたくもない。
このまま父リッチモンド公爵に話しても、激怒されて断られるのがオチであろう。
「これはマウリシア王国の国益に適うのですぞ?」
「だからこそ責任の所在をはっきりさせるべきなのだ。国外への技術の流出が国益を損なうのは明らかなのだからな」
オーガストとしては返す言葉がなかった。
アントリムの技術さえ引き出せれば、莫大な収益があがることしか考えていなかったのである。
しかし規模が大きくなれば技術を秘匿することは不可能だ。ましてリッチモンド家だけで技術を独占するわけでもないのだから、なおのことであった。
「ですがアントリムだけが利益を独占するのは、王国の秩序からしていかがなものでしょう? 殿下ならそれがおわかりでは?」
一貴族の独占を許していては、王国内に別に小王国が出現したようなものだ。
王国全土を一元管理するためには、そうした領主貴族の権限を縮小させる必要がある。それは王家の権力を高めるためにも必要なはずだった。
「困ったものだな。俺は今は王族だが、すぐに王族を離れ領主となる人間でもある。己の領地の将来を考えるべき義務もあるのだ」
「しかし王国と一領地、どちらを優先すべきかはおのずから明らかでは?」
王国の代官としての立場であれば、王国の利益を優先するべきであろう。
オーガストにはもはやその手札しか残されていない。
後には引けぬオーガストの気迫を、ウィリアムは苦笑して受け流した。
父ウェルキンやバルドの気迫を知るウィリアムにとって、それはあまりにも背伸びしたものにしか感じられなかった。
「――これはあくまでも俺個人の予想なのだが」
はぐらかされたような落ち着いた声にオーガストは鼻白む。
「はあ……」
「官僚による中央集権化の理想はよい。だが責任の所在があまりに曖昧すぎて、理想が現実に追いついていない。いざというときは国王に責任をすべて押しつける気ではないか? という危惧を拭えん」
「なにを言われるか!」
かっとなってオーガストは立ち上がった。
「だが王国に不利益を与えた場合の責任の所在を、卿は答えられなかった。卿の望む制度改革で損害が生じた場合、誰がどのように責任を負うのだ? 責任は取りたくないが、自分の好きなようにしたいというのではあるまいな?」
責任はトップが取る、とは口が裂けても言えなかった。
国王と言えば不敬にあたり、事務方のトップ、宰相や財務卿が取ると言えば、下手をすれば父リッチモンド公爵に累が及ぶ。
そもそも官僚組織というものは責任を分散する傾向があり、オーガストは改革の責任を取る気などさらさらなかった。
王家にとっても利益のあることなのに、どうして責任を取らなければならないのか。
ハウレリアとの長期にわたる対立において、さんざん足を引っ張られたウェルキンの苦悩を目の当たりにしていたウィリアムは、そんなオーガストの不満を正確に洞察した。
「まあ、これはあくまでも私見だ。しかし俺は陛下に、可能なかぎりアントリム辺境伯に便宜を図るよう言われているが、アントリムの技術を収集せよとは言われていない」
果たしてそれはなぜか?
もちろんバルドを敵に回したくないこともあろう。だがある程度の技術流出はバルドも折り込み済みである。そのためにウィリアムをアントリムの後任に推したのだから。
「卿もその理由を考えてみるとよい。いずれにしろ陛下の命令でもないかぎり俺の要求は対価と責任を明確にすることだ。それがないことには始まらん」
「……わかりました」
不満を表に出さぬよう必死に表情を強張らせて、オーガストは席を立った。
(……俺の役割はお前たちが暴走したときのための保険だ。俺と外圧を利用して官僚の暴走を防ぐ。相変わらず腹黒いぜ父上)
それがわからないようでは、オーガストもウェルキンに振り回されるだけの道化にすぎない。
ウィリアムが親友と肩を並べるために、越えなければならない壁はあまりにも大きかった。
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