異世界転生騒動記

高見 梁川

文字の大きさ
表紙へ
97 / 252
7巻

7-1

しおりを挟む


 嵐が過ぎ去った――。
 コルネリアスで繰り広げられた、お互いの意地をけた息子バルドマゴットの決闘は、バルドの勝利で幕を閉じた。
『最強』という孤独こどく呪縛じゅばくから力尽ちからずくで解放してくれた愛する息子の胸にすがりついて、マゴットは少女のようにむせび泣いた。


 どれだけ時間が過ぎただろうか。
 ひとしきりいたマゴットとバルドは精もこんも尽き果てたように、ぐったりと意識を失った。
 余人よじんの介入を許さぬ人外の攻防が、二人の身体に与えた負担は大きかったのである。
 そのまま死んだように眠る二人を、半泣きのセイルーンが必死に介抱かいほうしたのは言うまでもない。
 丸一日眠り続けたバルドは意識を取り戻すと、セイルーンに泣きながら抱きつかれ、急を聞いて駆けつけたイグニスにゴツンと拳骨げんこつを落とされた。

「ふぎゃっ!」
「手加減しろとは言えんが……これは、子供を産んだばかりの母親に勝負を挑んだ落とし前だ」
「はい……」

 そう言われると、バルドも項垂うなだれてうなずくしかなかった。
 ――やはり母はとてつもなく強かった。
 獣人族の秘技ひぎである王門おうもんの解放からオーバーブースト、という力業ちからわざで勝ったバルドではあるが、マゴットが産後でなければ、あるいは二十代の全盛期であったら果たして勝てたかどうか。
 もちろん幼いころから母の理不尽りふじんに耐え続けてきたバルドとしては、彼女を乗り越えたことに対する感慨かんがいは深い。しかし同時に、改めて母の規格外ぶりを実感もするのだった。
 セイルーンに聞いたところでは、怪我けがの状態はバルドのほうがひどいらしく、マゴットは打撲だぼく程度で済んだそうだ。
 マゴットは数刻すうこくほどで目を覚まし、双子の弟妹ナイジェルとマルグリットの授乳じゅにゅうを果たしたという。
 それを聞いて、人知れず落ち込んだバルドであった。


「なんやなんや、随分ずいぶんボロボロやなあ」
「私たちを置いていったばつですわ」

 傷だらけのバルドに果物くだものきながら、セリーナとアガサは笑う。
 セイルーンとイグニスは、今はマゴットのほうに付き添っていた。
 本気で怒っているわけでないのは表情から明らかであったが、マゴットとの再会を急ぐバルドに置いていかれたことに対しては、少なからずねているらしい。
 普段クールなアガサも、最近ではバルドの前でそうしたの思いを隠さなくなった。

「悪かったよ。でも僕にとっては必要なことだったから……」

 マゴットはバルドにとって、いつか乗り越えなければならないかべだった。
 そして『マルグリット王女』の因縁いんねんを聞き出すために、いや、聞き出す資格を得るために、絶対に勝たなければならなかった。
 本当に奇跡きせき的なめぐり合わせだったと思う。
 王都キャメロンでの祝勝会の後、ノルトランド帝国に行かず直接マゴットのもとに戻っていれば、マゴットは決して口をることはなかっただろう。
 バルドがジーナに出会うこともなく、マゴットに勝利することもなかった。
 あのとき、セリーナの婚約者を名乗るエルンストが現れたのは、果たして本当に偶然だったのか。
 バルドは運命的なものを感じずにはいられなかった。
 といっても、まだマゴットから何も聞き出してはいないのだが。

「――何と言って切り出したらよいものか」

 バルドは一人つぶやいた。
 ジーナからすでに聞いている話を、またマゴットに語らせるのもおかしい話である。
 かといって、「ジーナの話は本当なのか?」「そうだ」で終わってしまうのも間抜けな気がした。

「ようやく目を覚ましたって? せっかく見直してやったのにだらしないねえ」

 つやつやと肌をかがやかせたマゴットが、マルグリットを抱きかかえて入室してきたのはそのときだった。
 心なしか、いつもの刺々とげとげしい笑みではなく優しい母親の笑みのように、バルドには感じられた。
 その後ろからナイジェルを抱いたセイルーンと、イグニスも姿を見せる。

「きゃっ!」

 突然、セイルーンのくちびるからつやめいた悲鳴がこぼれた。
 ナイジェルが乳を求めて、セイルーンの胸の敏感びんかんな部分にすがりついたのだ。

「ま、待って! わわわ、私はまだお乳は出ないというか……はうっ! そこはバルド様にも触らせたことないのにぃ……!」
「このとしで女泣かせとは、ナイジェルは父親に似たのかねえ……」
「な、なんのことかな?」

 ギロリとマゴットににらまれて、視線を彷徨さまよわせて冷や汗を流すイグニス。
 多少温厚おんこうになったからといって、マゴットはマゴットなのだ。怒らせたら死より恐ろしい制裁せいさいが待っている。
 お腹がいたらしいナイジェルに乳を吸わせるマゴットは、まさしく母親だった。
 どれだけ子供が愛しいのか、見ているバルドたちにもすぐにわかる慈愛じあいに満ちた視線と至福しふく微笑ほほえみ。
 おそらくはマゴットにとって、家族とはいつくしむよりもまず守らなければならないものだったのだろう。その強迫観念にも似た思いが、バルドとの勝負で取り払われた。
 きっとナイジェルは、あの拷問ごうもんじみた修業を経験しなくてもいいんだろうな、と思わず遠い目をしてしまうバルドであった。

「なあ、乳を吸われてどないやった?」
「明らかに感じてましたね」
「そ、そんなことありません! た、ただ、バルド様との間に子供が出来たらこんななのかな、と思ったら変な気分に……」

 れた林檎りんごのように真っ赤になってうつむくセイルーンの言葉に、セリーナとアガサもその将来図を思い浮かべずにはいられなかった。

「え、ええかも……」
「予行演習というものも必要ですよね」
「私もお乳が出ればいいのですけど……」
「もうやめない? この羞恥しゅうちプレイ!」

 バルドはさけんだ。どうしてマゴットの話が自分に降りかかってくるのか。
 ふん、と鼻で笑って、イグニスはいかにも年長の経験者らしく胸を張った。

「そもそもお前がいつまでも優柔不断ゆうじゅうふだんだからいかんのだ。好きならば後先を考えずに抱くくらいの情熱がだな……」
「ああん? もう一度言ってみろ、この軽薄発情男けいはくはつじょうおとこ!」

 マゴットが怒鳴どなると、イグニスの表情が一変する。

「……バルドよ、男にとってもっとも大事なのは誠実である、ということだ」
欠片かけらも説得力がありませんね」

 たまにこの世界のどこかには、自分の知らぬ兄妹がまだいるのではないか、という不安に駆られるバルドであった。
 実は先ごろの戦役で、バルドは父の戦友マティスから、往時おうじのイグニスの漁色家ぎょしょくかぶりを聞いている。
 まさに天然の釣り師で、街を歩けば女性の危機に出くわし、颯爽さっそうと女性を助けてはれられるのが日常茶飯事さはんじであったという。
 しかも女性の誘いは断らずに受けるのが礼儀で、それでも特定の関係にならない手管てくだはまるで魔法のようであったそうだ。
『キャメロンの赤い種馬たねうま』の異名は伊達だてではなかった。
 関係を持った女性の数は二けたどころか、下手をすれば三桁に達していても不思議ではない、とマティスは苦笑していた。

「これは奥方マゴットには内緒にしておいてやれ、男の情けだ」

 ちなみにマゴットにばれて清算させられたのは、そのうちの三割程度だとか。
 下手をすれば自分も父の二の舞になりかねない、とバルドは自戒じかいとともに、身を引き締めるのであった。
 もっとも、すでにセイルーン、セリーナ、アガサに続きシルク、レイチェル、そしてウラカという美女たちに想いを寄せられているのである。
 やはり種馬の子は種馬だった、と世間で評されているのを、幸いにもバルドはまだ知らずにいた。
 やがてお腹がいっぱいになったナイジェルはむずかりながらも、マルグリットと並んでバスケットのなかで眠りにつく。
 その様子を、マゴットをはじめとする女性陣は恍惚こうこつと眺めていた。
 いつの世も無垢むくな赤子は天使である。
 ナイジェルとマルグリットの天使の寝顔にいやされて、セイルーンたちは近い将来の現実に思いをせるのであった。


「――さて」

 その一言で、慈母の笑みを浮かべていたマゴットの雰囲気がガラリと変わった。幾多いくたの戦場を乗り越えた銀光マゴットのそれへ。

「バルドはすでに知っているが、私には秘密がある」

 低く落ちついた声は、まるで抜き身の剣を突きつけられているかのようだった。
 その迫力に、思わずセイルーンたちはごくりと生唾なまつばみ込む。

「私はその秘密をはかまで持っていくつもりだった。それは、私のせいで家族が傷つくことを絶対に許せなかったから。そして、この家族を命懸いのちがけで守り抜くとちかったからだ」

 だからマゴットは強くあらねばならなかった。
 バルドを強くきたえねばならなかった。

「私も歳を取ったのかね……馬鹿ばか息子から『一緒に守ってやる』なんて言われて、ちょいと心が揺れたのさ」

 くすぐったそうにマゴットが笑うと、張りつめた空気が何かやわらかいものにふわりと包まれた気がして、セイルーンたちはホッとため息を吐いた。
 イグニスが複雑そうな笑みを浮かべているのは、マゴットを解放したのが、誰よりもマゴットを守りたかったはずの自分ではなかったからだろう。
 同時にそれを成し遂げた息子バルドに対して、ほこりに近い感情も抱いていた。
 マゴットの実力と性格を誰より知るイグニスだからこそ、その困難を達成した偉大いだいさがわかるのだ。

(立派になりおって――父は……父はうれしいぞ! 後は早く孫の顔をっっ!)

 そんなことを考えるイグニスは、もしかしたら割と早くけるかもしれない。

「……バルドに知られたと思ったら、秘密を墓まで持っていくのも馬鹿らしくなってね。そう考えたら――」

 そう言ってマゴットはすみれ色の瞳を閉じた。
 脳裏に浮かぶ人々の顔は、いつも安らかに笑っている。
 うらめしい顔をされても当然なのに、彼らはいつも決まって笑顔だった。
 マゴットにとって、かけがえのない家族の姿である。

「このまま忘れられちまうのはさびしいって思ったのさ。私だって、せっかく出来た可愛い娘たちに忘れられたくないからね」
「お義母かあさまっ!」

 うれしさに涙ぐむセイルーンたちを見るかぎり、嫁姑よめしゅうとの争いは心配しなくてもよさそうである。
 もっともそんな事態になったら、バルドには到底止められないだろうが。

「母様……リーシャ義母様……そしてナイジェル兄様……みんな私が死んだら、誰からも忘れ去られてしまう。そんなことにも気づかないとは、私も若かったのかねえ」
「ナイ……ジェル?」

 突然出てきた息子の名前に、イグニスは思わずスヤスヤとまどろむ愛しい息子ナイジェルに視線を移した。

「ああ、ナイジェルの名前は、私の大事な大事な兄様からいただいたんだよ」

 そう言ってマゴットは過ぎ去った遠い昔を思い出す。
 まだ自分が幼く無垢であったころ。
 無条件の信頼を家族に寄せ、そこがどんなに危険で悪意に満ちた場所であるかを知らずにいたあのころ。
 ナイジェルはマゴットにとって、もっとも心の深い部分をゆだねられる相手だった。

「ナイジェル兄様の優しい声で、マルグリットと呼んでもらうのが好きだった」
「マルグリット……それがお前の本名なのか?」

 イグニスの問いかけに弱々しくマゴットは頷いた。
 覚悟していたとはいえ、それを認めてしまうことで、張りつめていた何かが壊れ、涙があふれそうだった。

「私の名はマルグリット・パザロフ・トリストヴィー。滅亡めつぼうしたトリストヴィー王国の第八王女と呼ばれていた」
「なっ!」

 イグニスもセイルーンたちも、想像だにしないマゴットの言葉に絶句する。
 ただ一人、すべてを承知しているバルドだけが顔色ひとつ変えず無言であった。

「――誰でもない、ここにいる家族に聞いてほしい。そしてその胸に覚えておいて欲しい。マルグリットという女と、今はいないもうひとつの家族の物語を」




 さかのぼること三十年。トリストヴィーには内憂ないゆうがあった。
 一見、王国は繁栄はんえい謳歌おうかしているように見える。
 王都ミリアーナには大陸中のモノが溢れ返り、人口は増え続け、今や大陸最大の国家であるアンサラー王国をも凌駕りょうがしようとしている。
 特に強力な海軍力と有力な商人たちによる輸送船団は、すでに大陸一かもしれなかった。
 国民の王室に対する支持は揺るぎなく、十年後には最強の国家になるとうわさされていたほどである。
 ところが、光あるところに影があるように、それを苦々にがにがしく思う勢力が存在した。
 トリストヴィー王国の支配層である貴族たちの一部は、有力商人や平民官僚に既得権きとくけんを奪われつつあった。
 国が豊かになり経済が発展するほど、金権主義が蔓延まんえんするのはどの国でも避けられない。
 そして次第しだいに既得権が金で売買されるようになり、財産を失って貴族が没落し、いつしか商人がよりもうけるために貴族が使役しえきされてしまう。
 そうして逆転した社会構造そのものを批判する貴族は、決して少なくなかったのである。
 その中心を成すのが、スフォルツァ公爵こうしゃくバティスタだった。
 王国でも最大の所領を持つスフォルツァ公爵は、先々代国王の孫で現国王の従兄弟いとこにあたる。
 さらに正妃として娘のベルティーナを国王ウンベルトに差し出しており、その影響力は非常に巨大なものであった。
 彼は貴族が経済を統制し、商人たちが資金力を背景に王国の既得権を売買することを禁じようと画策かくさくしていた。
 これに対し、すでに世の主流は平民にかたむきつつあることを自覚し、貴族も変わらねばならないと主張する一派もある。
 そのなかでもっとも注目を浴びる人物が、パザロフ伯爵はくしゃくヴィクトール――マゴットの祖父であった。
 若いころから軍人として功績を挙げ、さらに領内の振興しんこうと治安の強化に成功したヴィクトールは、富裕な平民の選良エリート化によって国内改革を推進するべきと考えていた。
 彼らの後押しによって少なくない数の平民の管理職が生まれ、その数は年々増えつつあったのである。
 危機感を覚えたスフォルツァ公爵は、もはや手段を選ばずヴィクトールを排除しなければならないと覚悟を固めた。


「――これはいったい何の真似まねだ?」

 屋敷を取り囲む数十の騎士の群れを、ヴィクトールは威嚇いかくするように睨みつけた。
 歴戦の武人であるヴィクトールにとって、数十人の騎士は必ずしも倒せない敵ではないのである。
 それを知ってか、騎士たちもヴィクトールに対して礼節を守った。

「まことに恐れながら、伯にはアンサラー王国との癒着ゆちゃく嫌疑けんぎがかかっております。どうかこのまま我々と同道ください」
「――癒着? この俺が賄賂わいろを受け取ったとでも言うのか?」

 軍人を引退したヴィクトールは改革派のリーダーと目されているが、国政において、他国から賄賂を受け取ってなにかできる権限があるわけではない。
 明らかに冤罪えんざいで誰かがおとしいれようと企んでいると、ヴィクトールは感じ取った。

下種げすどもが! こんな下品な策を用いても世の流れは変えられんとわからんか!」
「どうかご自重じちょうくださいませ。剣を抜き、王国にあだなしたとなれば、ご息女そくじょ様も連座れんざの罪に問われましょう」

 後宮こうきゅうにいる娘の名を出されては、ヴィクトールも暴れることを自重せざるを得ない。
 すなわちそれは、ヴィクトールの末路まつろが決まったことを意味していた。
 もしこれがスフォルツァ公爵の陰謀いんぼうであるとすれば、生贄いけにえとなるのはヴィクトールだけにとどまらず、多くの改革派貴族に及ぶであろう。
 無理を承知で武装闘争に打って出ることも不可能ではない。ヴィクトールをしたう貴族と平民の数はそれほどに大きいのだ。
 しかし国王の側室としてとつがせた娘、そして可愛い孫の顔を思い浮かべると,ヴィクトールはあらがおうという気力が持てなかった。

(すまん、ジーナ。お前からたくされた娘を不幸にしてしまう俺を許してくれ)




「あら、父親が罪をおかしたのにまだ生き恥をさらしていたの? 父が父なら娘も娘ね!」

 勝ち誇ったように取り巻きを連れて現れたのは、正妃であるベルティーナ・スフォルツァであった。
 青天の霹靂へきれきで父の逮捕を告げられ、王女を産んでいたことから罪一等を減じられたものの後宮から追放されることになったダリアは、従容しょうようとベルティーナの言葉を受け入れた。

陛下へいかのお慈悲に感謝するばかりでございます……」
「情けないことよ。陛下もこのような娘に慈悲をかける必要などないものを!」

 それだけがベルティーナには不満だった。
 彼女にとってダリアは、後宮でもっとも殺したい女であったからだ。
 正妃であるベルティーナはもともと悋気りんきの強い女であったが、結婚から三年がった今も子宝に恵まれず、子を産んだ側室に対して激しく嫉妬しっとの炎を燃やしていた。
 すでに身分の低いめかけが何人か殺されており、身ごもった子供を殺されている者も多かった。
 ダリアが無事に出産できたのは、国王の寵愛ちょうあいが深かったと同時に、後宮で働く平民たちから暗黙あんもくの支持を受けていたからである。

「死になさい! 死んで国王の側室たる名誉めいよを守りなさい! あなたにはもったいないけれど、わらわの守り刀を貸してあげるわ」

 そう言ってベルティーナはダリアに小刀を投げつけた。

「生きていたってどうせ罪人の娘扱いをされるだけですもの。死んだほうが楽なのではなくて?」
「そうよ。今さら平民のような貧しい暮らしなど、あなたもしたくはないでしょう?」

 ベルティーナとその取り巻きからの悪意にまみれ、ダリアは息苦しさを覚えていた。
 しかし幼い我が子を残して死ぬことなどありえない。
 ダリアは首を横に振り、深々と頭を下げた。

「陛下の御意ぎょいに従いますので」
「この私が死ねと言っているのよ!」

 毅然きぜんとして国王の意を匂わせるダリアに、ベルティーナは激昂げきこうして扇子せんすを投げつけた。
 何としてもこの女を殺してやりたい。
 ベルティーナがここまでダリアを憎むのには、ひとつの理由がある。
 ダリアの父ヴィクトールはスフォルツァ公爵家の権勢をぐために、トリストヴィーの国王と、隣国であるマウリシア王国の王女を結婚させようと画策していた。
 ベルティーナは国内であれば貴族筆頭ひっとうの公爵家だが、マウリシアのような大国の王女が正妃となれば、序列は下がらざるを得ない。
 そんな禁忌きんきに触れたヴィクトールのことが、どうしてもベルティーナは許せないのだった。

「構わないわ。あなたたち、あの女を取り押さえなさい」

 こめかみに青筋を浮かび上がらせてベルティーナは取り巻きに命じる。
 まるで小動物をいじめるような快感に酔った女たちが、ダリアの肩に、髪に手を伸ばす。
 顔色を蒼白そうはくにしてダリアが抵抗しようとした、そのときである。

「――陛下より警護の任をたまわりました騎士のラミリーズでございますが、これはいかがしたことですかな?」
「ぶ、無礼な! 騎士ごときが何のゆえあって後宮に入り込んだ!」

 あと一歩のところで邪魔をされたベルティーナは、その美貌を般若はんにゃのようにゆがめて叫んだ。

勅命ちょくめいでございます。これよりそれがしはダリア様付きとして、後宮より新たな離宮まで護衛させていただきます」

 国王の印影が押された勅書をラミリーズは広げる。
 表立ってこれに逆らえば身の破滅が待っていることは、ベルティーナであっても同じだった。
 血がにじむほどに唇をみしめて、ベルティーナは震える拳を握りしめ、ようやく自分の心に折り合いをつける。

「――覚えていなさい。妾は望みをかなえるために手段を選ぶつもりはないわ」

 必ず殺す。
 母娘ともども敗北者の烙印らくいんとともに冥府めいふに送り込んで、快哉かいさいとともに美酒を飲む――ベルティーナは心に誓った。

「行きますわよ。こんなところにいては下賤げせんの空気にけがされますわ」

 ぞろぞろと取り巻きを引き連れたベルティーナが視界から消えると、ダリアはふらりとよろめく。危うく顔から床に倒れかけたのを、ラミリーズがかろうじて右手で支えた。

「間に合ってようございました」
「ラミリーズ、あなたが来てくれて助かりました。それにしても、よく陛下があなたを寄こしてくれましたね」
「恐れながらこれは、ヴィクトール様が血気けっきにはやらぬための取引でございます。ダリア様の安全が確保できない場合、その気になればヴィクトール様は内乱を起こすことが可能ですから」
「そう……お父様が……」

 自分のことなど気にせずに力のかぎり暴れてもいい、とは言えなかった。
 ダリアには守らなくてはいけない愛しい娘の存在があったからだ。

しおりを挟む
表紙へ
感想 929

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。