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6巻
6-1
しおりを挟む熾烈を極めたハウレリア王国軍との決戦に、ついに勝利したアントリム陣営は沸きに沸いていた。
しかし、歓声に応えるべきアントリム子爵バルドの姿は、その中にはなかった。
身重の身体で奮戦した母マゴットが、勝利に気が緩んだのか倒れ込み、そのまま産気づいてしまったのだ。
まさかの緊急事態にバルドは大いにうろたえた。
バルドの前世、岡雅晴のチート知識にも、出産に関する詳しい情報はない。精々が殺菌などの衛生知識程度である。
「ささささ、産婆さん、産婆さんを呼ばないと!」
「でででも、住民は疎開させたからここにはいないだろう?」
「そそ、そうだった! どうしよう!」
シルクという娘がいるランドルフ侯爵アルフォードでさえ、混乱のあまり右往左往して全く役に立たなかった。いつの世も、お産に関して役に立つ男は医者だけなのだ。
ところが不幸なことに、同行した軍医にも出産に立ち会った経験のある者はいなかった。通常、彼らの職務は負傷した軍人の手当てなのだから、それもやむを得ないだろう。
果たして本当にこれが戦場の英雄なのか、と疑いたくなるほどうろたえながら、バルドたちはガウェイン城へと急行した。
「どうしたらいいんだ? どうしたら……」
つい先刻までの堂々たる武者ぶりが嘘のように取り乱したバルドを、マゴットは盛大に怒鳴りつけた。
「目障りだからうろちょろするんじゃないよっ! おい、嫁!」
「はいっ!」
咄嗟に返事をしてしまったセイルーンなど女性陣のなかに、ちゃっかりシルクも交じっていたのはここだけの秘密である。
「予行演習だと思って手伝いな! 男どもはとっとと出ていくんだよ! それから湯を沸かして清潔な布も用意しな!」
「了解っ!」
まさに神速の名に相応しい速さで城の外へと飛び出していったバルドを見て、部下のブルックスは、絶対に理解していないな、と思った。
――案の定。
「フレイムボム!」
井戸めがけて魔法を放ったかと思うと、釣瓶を落として沸騰した湯を盥へと汲み上げる。両手に盥を抱えたバルドは、マゴットのもとへ猛スピードで引き返した。
そして運の悪いことに、マゴットが身体をしめつけない分娩服に着替えているところに戻ってきてしまったのである。
「お湯を持ってきました! 母さん」
「男は出て行けといったろうが、あほんだらっ!」
破水して出産間近な女性とは思われぬ早業で、バルドの急所とみぞおち、そして人中への三連撃が見事に決まった。
「……す、すげえ……」
ブルックスが思わず股間を押さえて後ずさるほどの、電光石火の連撃。
たとえどんなことがあろうとも、マゴットを怒らせることだけはやめようと心に誓うブルックスだった。
「この馬鹿を片づけて、お湯をどんどん持ってきな! セイルーン、あんたが窓口になって男どもを勝手に入らせるんじゃないよ!」
「は、はいいいいっ!」
号令一下、女性陣は声もなく悶絶したままのバルドを無情にも部屋から追い出し、未来の義母に忠誠を誓う兵と化した。
いつの世も女たちの連帯に、男は立ち入ることなどできないのだ。
「あんたたちの義弟か義妹になるかもしれないんだ。腹の底から気合いを入れな!」
「義弟……」
「義妹……」
アガサを除く三人、セイルーン、セリーナ、シルクは末っ子か一人娘であるため、下の弟妹がいない。
生まれて初めての弟妹、しかもそれがバルドの弟妹でもあることを意識して、テンションが上がってしまったとて誰が責められよう。
「がんばりますっ!」
「い、妹の顔を見るまでは……」
「もういいっ! お前はよく頑張ったからもう休んでいろ!」
なぜか妹が生まれることを確信してうめくバルドと、彼の安否を気遣うブルックスはとりあえず無視されていた。
マゴットが高齢であるためか、それとも身重で戦場に立つという常軌を逸した無茶が祟ったのか、出産は予想以上の難産となった。
一刻も早く専門家である医師と産婆を連れてこようと、疎開先へ騎士の一隊が馬を飛ばしたが、どんなに急いでも優に一日半はかかる。
素人のセイルーンたちには、難産の理由がマゴットの身体の問題なのか、それとも逆子など子供のほうの問題なのか判断がつかなかった。
「ど、どうしよう……」
「お、お義母さま! 何かできることがあったら遠慮なくおっしゃってください!」
女同士にしか理解できない出産という大事業にあって、マゴットと嫁たちは奇妙な連帯感を共有しつつあった。
「バルドのときも一晩中かかったもんさ。銀光マゴットともあろうものが、このくらい耐えられないわきゃあない」
脂汗を流しながらもニヤリと笑うマゴットに、セイルーンたちは世代を超えた尊敬の念を抱くのだった。
額の汗をセリーナに拭いてもらい、マゴットは目を閉じた。
正直なところを言えば、バルドの時より遥かに事態は深刻である。
母親だけが持つ直感で、おそらく赤子は双子だろうとマゴットは睨んでいた。
そのどちらかが逆子だとか、あるいはへその緒に絡まるなどの問題があるのではないか?
時間の経過とともに衰えの見える自分の体力を考えると、体内の子供の体力も限界が近いのではないか?
そのような不安が頭をよぎり、マゴットは本当は震える思いなのである。
(死なせたくない……死なせてたまるものか!)
表現の方法は別として、マゴットは人並み外れて母性に厚い性格だった。しかもおそらくは人生最後の出産であり、何より愛するイグニスとの間の子供である。
自分の命に代えても必ず子供を助けてみせる。
誰にも告げることなく、マゴットは自分にしかできない戦いへの覚悟を決めた。
出産に大量のお湯が必要とされるのは、産まれたての赤ん坊を産湯につけるためだけではなく、道具や産婆の手を清潔に保つためでもある。
危うく天国の扉を開きそうになっていたバルドだが、意識を取り戻すと再び、猛然と湯を沸かす作業に取り掛かった。
「フレイムボム! フレイムボム! フレイムボム!」
あまりに大量に作りすぎて、使う前に冷めてしまう有様であったが、バルドは動かずにはいられなかった。
ただ待つしかない身にとっては、何か少しでも仕事をしていないと、無為に耐えられない気持ちが襲ってくるのだ。
バルドですらそうなのだから、親であるイグニスやマゴットの憔悴はいかばかりであろうか。
ようやくにして、親の気持ちが少しわかった気がしたバルドであった。
「無事に……無事に産まれてきてくれよ!」
不眠不休のまま朝を迎えてもなお、マゴットのお産は続いていた。
さすがに体力の低下を懸念した軍医が治癒魔法の使用を提案したが、マゴットは頑として男たちを寄せ付けなかった。
確かに魔力による体力の補完はマゴット自身の得意技である。しかし、限界を超える戦いで魔力はほぼ底を突いているはず。
今にして思えば、普段から肌の露出が少ない母であった。まさか他人に肌をさらすのが嫌、とかそんな乙女な理由があるのか?
そこまで考えて、バルドは悪寒を覚え、ブルブルと激しく頭を振った。
今はそんなことよりも、マゴットと胎児の安否が気遣われる。
事と次第によってはマゴットに殺されようとも、軍医に診察してもらう必要があるかもしれなかった。
そのときである。
「マゴットオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
聞き慣れたただ一人の番の声を、マゴットが聞き逃すはずもなかった。
「どうやら無茶をしたようだね……(来てくれてうれしい! 愛してるイグニス!)」
呆れた風を装いながらも、どうにも我慢できずに口元が緩みきっている。
まさにここぞというタイミングで、全身を汗に濡らし、背中に気絶した産婆を担いだイグニスが到着したのだった。
ここで話は、マゴットがアントリムへとバルド救援に向かった日まで遡る。
マゴットを止めようとして意識がなくなるほどボコられたイグニスが回復するまで、実に一昼夜の時間が必要であった。
しかも治癒師による必死の介護が必要であったというから、マゴットよ。お前は加減というものを知らないのか、と突っ込みたくなる。
しかし意識が回復したイグニスはそんなことに頓着しなかった。
戦況とマゴットの行動について報告を受け、もはやコルネリアスの危機は去ったと判断し、単身マゴットを追ったのである。
この際、今度はイグニスを止めようとした部下が数人、薙ぎ倒されたという。
マゴットの後を追って全力で北上するイグニスが、産婆を迎えに馬を走らせるアントリム騎士の一隊に出会ったのは奇跡的な偶然だった。
「俺が走ったほうがお前らより早い」
「ええっ? ちょ……あんたは平気でもこっちの身がもたな……ぎゃあああああああ!」
不幸中の幸いは、イグニスの背中におぶわれた産婆が、早い段階で気絶したことであろうか。
「――マゴット!」
他の男は論外だが、ただ一人イグニスだけはマゴットに近づくことを許されていた。
戸口の前で仁王立ちしていたセイルーンも、コルネリアス家に長年仕えたメイドとして、当然そのことは承知していた。
「……ああ……イグニス。きっと来てくれると信じてたわ」
「全く心配ばかりさせる――もう大丈夫だから可愛い子を産んでくれ」
汗で湿ったマゴットの銀髪を、愛おしそうにイグニスは撫で上げた。
「汚い手で触るんじゃないよ! 母親と子を殺す気かい!」
つい先ほどまで気絶していたというのに、耳が張り裂けそうなほどの大音声で、アントリムでは有名な産婆サンドラが怒号した。
「このあたしが来たからにゃ、万が一にも子供を死なしゃしないよ! あんたも亭主の前なんだから格好つけなぁ!」
「あ、ああ……」
この迫力にはさすがのマゴットも、相槌を打つのが精いっぱいであった。
先日サバラン商会から紹介された女性医師に、負けずとも劣らない。
「亭主はとっとと出てって、まずは身体を洗ってくるんだね! そんな汗臭い身体じゃ子供は抱かせないよ!」
「わ、わかった!」
所詮イグニスは素人で、マゴットも出産経験は一度だけ。
一方、サンドラが生涯に取り上げてきた赤ん坊の数は千を超えるのである。
いかに戦場では鬼神のような二人であっても、この出産という戦いではサンドラの敵ではなかった。
「あんたらが誰か知らないが、ここはあたしの生きる場所だ。黙って言うことを聞きな! 必ず子供と対面させてやる」
結果的にサンドラは大言を守った。
それからおよそ四時間後、マゴットは見事に双子を産み落としたのである。
しかし双子の一人は首にへその緒が巻きついており、その呼吸は浅く、心臓の鼓動は聞き取れないほどに小さかった。
「――良かった。私にも母親としてやれることが残っていたね」
マゴットは産まれてきてくれた子供を見て愛おしそうに微笑むと、残された魔力を根こそぎかき集めた。
「活性」
魔力で細胞を活性化させて、全身の生命力を高めるマゴットの魔法をかけられた赤ん坊の呼吸が、穏やかで規則正しいものに変わった。
「ありがとうマゴット。とてもかわいい男の子と女の子だ」
「イグニス――ずっと考えていた名前があるんだけど……」
遠い昔のつらい記憶を思い出すように、瞳を虚空に向けてマゴットは続けた。
「ナイジェルとマルグリットと名付けたいんだ――いいかな?」
何もかもが幻であると知らずにいたころの自分と、二度と会えない人の名前をマゴットは望んだ。
マルグリットと呼ばれていたかつての自分。
そして、家族同然で兄とも慕う存在だったナイジェル。
もしも運命の悪戯がなければ、二人は幸福に生きることができたと信じたい。
イグニスは言葉には出さず、マゴットが胸に秘めた哀しい記憶を丸ごと呑み込んだ。
「いい名前だ――必ず幸せにしよう」
「うん……うん……!」
嗚咽しながら、マゴットはイグニスの胸に額を寄せる。
「夫婦仲が良いのはいいことだけど、あんたら早く子供も抱いてあげなよ?」
サンドラに揶揄されると、マゴットは恥ずかしそうに顔を赤らめて、産まれたばかりの子供を受け取った。
髪の色は男の子がイグニスに似た茶髪で、女の子がマゴット譲りの銀髪をしていた。
バルドの時にも感じたことだが、子供たちの容姿に自分の遺伝子が受け継がれていることを確認すると、胸が締め付けられるような愛しさが込み上げる。
ギュッと握り込んでいる小さな手に指を差し入れると、まるで母とのスキンシップを喜ぶかのように男の子がキャッキャと笑った。
「――あなたたちは仲のいい兄妹になるのよ?」
「きっとなるさ。私と君の子なのだから」
この子たちは絶対に大人の都合で不幸になることがないように。
身重でありながらバルドを助けるため、マゴットが飛び出した理由もそこにある。
たとえどんなに強大な権力の横暴があろうとも、我が子の命だけはただの一槍を振るって救い出す。
それが若き日にいくつもの戦場を渡り歩き、誰にも真似のできない人外の武を身につけた銀光マゴットの誇りであった。
なぜならそれは、幼い日の自分が叶えられなかった誓いだから。
「私にも義弟と義妹が!」
「うう……良かった……ほんま良かったわああ」
「おめでたいですわ」
「……素敵ね」
いろいろと邪な思惑が混じっていた気もするが、セイルーン、セリーナ、アガサ、そしてシルクも、イグニスとマゴットの愛情の深さを見せつけられて感動に瞳を潤ませていた。
もちろん夫婦の姿に、自分とバルドの姿を重ね合わせた妄想をしてのことである。
(いつか私たちも……!)
「うふふふ……」
「ぐへへ……」
「ほほほほほ……」
「……ぽっ」
――ゾクリ。
「なんだかとても背筋が寒いんだが……ただの風邪だよね?」
こめかみからタラリと冷や汗を流すバルドに、呆れたようにブルックスは答える。
「頼むから、これ以上フラグを立てないでくれ」
第二次アントリム戦役――後の世に伝説として語り継がれることになる一連の戦闘は、ランドルフ侯爵の援軍が到着したことでほぼ終了した。
ハウレリア王国軍は辺境の一子爵にすぎないバルドに完敗を喫して敗走。
全軍の三割以上を失う大敗の責任を取って、国王ルイは王都に戻ると同時に退位を宣言し、その王位を和平派であったモンフォール公ジャンに譲位する。
納得いかないのは、国王ルイに賛同し出兵した貴族たちであった。
領地経営に支障をきたすほどの大損害を受けながら報償もなく、さらに今後国政を牛耳るのはこれまで反主流派であった和平派なのである。
これで大人しく納得するほうがどうかしていた。
「我々はいったい何のために戦ったのだ!」
もちろんそれは、身内の復讐とマウリシアの肥沃な大地を欲したからだったのだが、彼らの言い分としては、国王の命令に従い忠誠を尽くした結果でもある。
しかし国内最右翼であり、もっとも強大な戦力を保持していたセルヴィー侯爵家が文字通り潰滅したこともあって、力で対抗するのは難しかった。
強硬派の盟主となったのは、ルイの従兄弟に当たるノルマンディー公クロヴィスである。
ハウレリア王国の軍事力はまだまだマウリシアに優越しており、侵攻することはできなくとも防衛力に不足はないというのが彼の主張であった。
新たに即位した国王ジャンの和平交渉は、かなりハウレリアに屈辱的な内容となることが予想されていた。
事実、ジャンは国境地帯の割譲や賠償金の支払いなど、ハウレリア王国の政治的独立を保つためにあらゆる譲歩を考慮するつもりであった。
長年に及ぶ重税、そして徴兵された民兵の損害。
苦しみが長く、期待するものも大きかっただけ、裏切られた民衆の反感も大きかった。
ハウレリア王国全土で反政府機運が高まり、この機に乗じ周辺諸国、特にハウレリア王国の南東に位置するケネストラード王国が食指を伸ばそうとしていた。
後ろ盾を得たと思い込んだ頭の軽い国内貴族が、武装蜂起を決意しかけたそのときである。
現国王ジャンの政策に反対した先国王ルイが、隠居先のシュビーズに反国王派勢力を集めて反乱を企てた。
「余はこのような屈辱的な和平のために、ジャンに譲位したのではない」
敗戦の責任を取り、退位したときには誰も引き止めなかった貴族たちであるが、神輿が現れたとばかりにたちまちシュビーズに参集する。
国王ジャンに反旗を翻そうとしていた彼らも、正面から国王と戦えば勝ち目は薄いと感じていたのだ。
新政府の中枢から排除された貴族を中心にシュビーズに会盟に訪れた貴族の数は、実に二十三家を数えた。これはハウレリア王国の上流貴族の、およそ六分の一に当たる。
まだ政権基盤が安定していないジャンにとって、これらの貴族の反乱は致命傷となる可能性が高かった。
集まった貴族たちに、ルイが機嫌よく手ずからワインをついで回ると、否が応にも彼らの士気は高まった。
「諸君、卿らの献身まことにうれしく思う。これは嘘いつわりのない余の本心だ」
宴もたけなわになったころ、ルイは涙ながらにそう言った。
あれほどの無様な敗戦を喫した自分の旗を仰ごうとしてくれる。たとえそこに利害関係があろうとも、その事実がルイにとっては慰めとなっていた。
「余は愚かな王であった。許せとは言わん。だが王であるからこそ王の役割は果たさねばならぬ。すまんが卿らの命、余にくれ!」
「おおっ! 我が命、我が君に捧げます!」
その言葉が形式的なものであると判断した貴族たちは、口ぐちにルイに対する忠誠を叫んだ。
しかしルイの言葉は決して比喩的な表現ではなく、文字通りに彼らの命を要求していたのである。
「ぐほおおっ!」
喉に熱い物が込み上げてきて、彼らは見栄も外聞もなく嘔吐した。
そして吐しゃ物とともに、見間違いようもない真っ赤な鮮血が溢れていることに気づいて愕然とする。
「い、医師を……早く医師を呼んでくれ!」
口から血泡をまき散らしながら、すがるような思いで彼らは叫んだ。
このままでは死を免れない。本能的に彼らは自分を襲う激痛の正体を察していた。
豪奢を極めた料理の数々が鮮血に染まり、血だまりの中で男たちが痙攣してのたうちまわる様子はまさに地獄絵図である。
そんななかでただ一人、平然と彼らを睥睨して佇む男がいた。
静かに涙を流しながら、この地獄絵図を決して忘れまいと睨みつけるその男は、誰あろうルイその人にほかならない。
ようやくにして貴族たちは、この地獄を演出した者が誰であるかを知った。
「――何故だ? 私たちは陛下のために!」
「あれほど殺しておきながら、まだ足りないのか? この殺戮王め……」
「いやだ! 死にたくない! 何でもするから助けてくれえええ!」
「――あの世についたら余を八つ裂きにでもなんでもするがよい。余は拒まぬ。逆らわぬ。こんな無様な方法しか王国を救う手を見つけられぬ無能な王ゆえな」
最初からルイに反乱を起こすつもりなどなかった。
今ハウレリア王国が内戦に突入すれば、間違いなく諸外国の介入を招く。
国際的な政治バランスからして一国が独占することは不可能であるから、マウリシア、ケネストラード、モルネア、ケルティアス、ガルトレイク各国が分割占領する可能性が最も高い。
マウリシアと敵対する関係上、モルネアやガルトレイクとは友好関係を保ってきたが、隣国だけに甘い蜜を吸わせて指を咥えて黙っている国があるとは、ルイは思えなかった。
ゆえに――反乱の芽は根絶しなくてはならない。
そしてその憎悪を向けられるべきは、ジャンであってはならないのだ。
「こんなことが許されると思うな……貴様の名は……未来永劫……卑怯者として……」
怨念が込められたクロヴィスの最後の言葉は、それ以上続かなかった。
無念の表情を張りつけたままクロヴィスは絶命する。
最終的に参集した全ての貴族が死に絶えるまで、半刻近い時間が必要であった。
「国を滅ぼす汚名に比べたら、卑怯者ぐらい何ほどのこともないさ」
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