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4巻
4-1
しおりを挟む親善大使としての役割を果たし、サンファン王国から帰国したバルドたちを待ち受けていたのは、マウリシア王国を挙げての祝典だった。
友人テレサは養子とはいえ、形式上は歴としたマウリシア王国国王、ウェルキンの娘となった。その彼女がサンファン王国の新王太子、フランコと婚約したのである。
これはもちろん、二人の恋が実った結果だ。
しかし同時に、サンファン王国の王位継承を巡る争いに巻き込まれたバルドが、サンファン王国とマジョルカ王国の海軍を味方につけ、トリストヴィー公国を根城にする海賊を相手に獅子奮迅の活躍を見せなければ、こうなりえなかったのも事実である。
マウリシア王国第二王女レイチェルの婚約が、前サンファン王国王太子だったアブレーゴの死去によって頓挫していたため、マウリシア王宮は必要以上に祝典を盛り上げることとなった。
「テレサ姫、万歳!」
「マウリシア王国、万歳!」
「ウェルキン陛下、万歳!」
降って湧いたようなこのシンデレラストーリーに、民衆は沸きに沸いた。
もとより民衆というものは、この手の立身出世物語を好む。
もちろんテレサは、序列は低いがあくまで貴族であって、平民ではない。しかし、実家のブラッドフォード家は戦争で武勲を立てて貴族に列せられた、騎士の家系である。
今は平民であっても、遠い将来には一国の王族に成り上がることができるかもしれない――そんな想像を膨らませ、民は熱狂したのだった。
だが、そうした空気を苦々しく思う者もまた存在する。
とくにウェルキンの構造改革で利権を失ったり、自らが支配する職域に平民が進出してきて将来に不安を覚えたりしている貴族たちがその中心であった。
「まったく嘆かわしい。子爵ごときの娘を、他国とはいえ王家に差し出すとは。マウリシア王国の品格を問われようぞ!」
「あの娘は男装を好む鬼子だというではないか。そんな娘ではかえって、サンファン王国との間に禍根を生むのではないか?」
「王太子の相手に相応しい娘は、ほかにいくらでもいたであろう。そもそもなぜレイチェル殿下ではいけないのだ?」
彼らは貴族のなかでも一段低く見られがちな、辺境の武官貴族から王太子妃が出たことに衝撃を受けてさえいた。
王族や十大貴族家ならばまだ話はわかる。
しかしよりにもよって、剣を振るうしか能がない武官貴族の小娘が、彼らの頭越しに王族となることに、自分たちが最後にすがるべき権威までもが侵される予感を覚えたのである。
「――このままでよいと思うか?」
「しっ! 滅多なことを言うものではないぞ。あの国王はよい耳を持っていることで有名なのだ」
「ふん! このなかに裏切り者などおらぬ!」
集まった貴族のリーダー格を気取る三十半ばほどの男、ヘイスティングス伯爵ヘンドリックは一喝して立ち上がった。
「権力とは常に相対的なものだ。確かに現在我々は、相対的に地位が低下しているかもしれぬ。しかし忘れたか? かの戦役まで王宮は、官僚も軍部も制御することはできなかったのだ。あの戦役さえなければ、今も十大貴族に頭も上がらぬ有り様であったろうよ!」
この発言は、まさに正鵠を射ていたと言ってよい。
わずか十年ほど前まで、彼ら貴族は今ほど権利の維持に汲々としていたわけではなかった。
むしろ貴族の支持なしには政策も作戦も実現できず、国王や宰相は度重なる妥協を強いられてきたのである。
あの戦役さえなかりせば――もっとも、戦役で多くの貴族たちが犠牲となり力を弱めたのは、彼らの勝手な思惑と暴走によるものであったのだが――そう考てしまうのを、誰も止めることなどできなかった。
「この十年を、王宮は自らの権力拡張に費やしてきた。忌々しい平民の成り上がりがそれを後押ししている。今や我々は王宮の顔色を窺い、生き残るために逼塞を強いられる始末」
ヘンドリックは拳を握りしめて言い募る。
「すでに幾人もの同志が没落した。このまま傍観を続ければ我々の正当な権利は失われ、抵抗すれば簡単に粛清される日が来るだろう。かつての栄光を取り戻すために、我々は今こそ行動すべきなのだ!」
「だが下手をすれば、すぐに粛清されてしまうぞ?」
先ごろ司法省や財務省の官僚貴族が見せしめのために処罰されたのは、未だ記憶に新しかった。
それが国王からの警告であるということを、当然彼らは理解している。
「もちろんまともにはやらん。今は条件が悪すぎる。しかし、いつまでも座して待つつもりはない……戦役が我々の力を削いだのならば、逆に国王の力を削ぐこともできるとは思わないか?」
ヘンドリックの言葉は、自分らの力で状況を打破できない没落貴族にとって非常に魅力的に思われた。
相対的に国王の力が減少すれば、再び貴族の力が上昇する。
それはごく単純な天びんであるかのように彼らは考えていたが、天びんに載せられるのは決して国王と貴族だけではない。
この世のすべて――例えばマウリシア王国と仇敵ハウレリア王国もまた、天びんの両端に載せられているという視点がヘンドリックの言葉から抜けていることに、気づく者は誰もいなかった。
その近視眼的な思考こそが、自身の没落に繋がったということを学習するには、彼らはプライドが高すぎたのである。
「――まったく、テレサ嬢を養子にしてくれと言われたときは何事が起ったかと思ったぞ」
「面目次第もございません」
明らかに横紙破りをしたという自覚があるだけに、バルドは額に汗を滲ませて平身低頭するしかなかった。
どこの世界に、国王に養子縁組を要求する伯爵家の息子がいるだろう。
ことが無事収まったからいいようなものの、失敗していれば首が飛んでもおかしくない話である。今さらながらバルドは、無謀な真似をした、と背筋が寒くなる思いに囚われるのだった。
「まあ、結果としては最上だったがな。余としてはサンファン王国に恩を売れればそれでよかったのだが、まさか王太子に嫁まで見つけてくるとはなあ……」
呆れたかのように肩をすくめて、ウェルキンは豪快に笑った。
ウェルキンはサンファン王国から申し込まれた別の婚姻話を断った穴埋めに、せいぜい向こうの心証をよくしておきたいと考えて、バルドを送り出しただけだった。
もっともバルドのことだから、何かしら新たな繋がりを得てくるだろうとは考えていた。
本人は絶対に認めないだろうが(それに関してウェルキンは心から気の毒に思う)、バルドには勝手にトラブルのほうから歩み寄ってくる、トラブルメーカーの気質がある。
世が世ならば英雄の相という奴だ。
それにしても、王位継承争いに介入し、新しい王太子に多大な恩を売りつけ、あまつさえ自己の幼馴染を妃として縁を取り持ってしまうなど、誰が予想できよう。
これで両国は、ウェルキンが想定していた以上に親密な同盟国となった。
ウェルキンが目に入れても痛くないほど可愛がっている娘たちを国外に出すこともなく、テレサの実父であるマティスも泣いて喜ぶ良縁である。
さらに驚くべきことは、新たに就任したサンファン王国の軍務卿とバルドが、個人的な親交を結んだという事実だ。
海軍力を持つ国家と連携を強めたいマウリシア王国にとって、これは無視できない功績である。
しかし、マジョルカ王国の女海軍卿、ウラカに求婚までされているのはどうかと思う。
父親顔負けの女誑しぶりではないか。バルドにレイチェルを託そうかとも思ったが、考え直すべきだろうか?
ともあれ、基本的に陸軍国であるマウリシア王国としては、対トリストヴィー公国戦略において、サンファン王国海軍はなくてはならぬ存在だ。
さらに国内経済の発展を支えるうえで、海路の開拓はいつか必ず直面する問題であった。
「――期待以上の成果だ、バルド・コルネリアス。まあ、いろいろと問題はあるが、あえてそれは問うまい。余計なところをつつくと藪蛇になりかねんからな」
バルドからサンファン王国海軍にもたらされた、羅針盤や避雷針などの新技術――それらはバルド本人の秘匿技術であるからこそ、即決での提供が可能だったものだ。
これがマウリシア王国の管轄する技術であれば、さすがにバルドも自重しただろう。
なのでウェルキンは、バルドが勝ち得た信頼を横取りするのは無粋だと考えていた。また、バルド以外の者が新軍務卿の信頼を得られるとも思えない。
バルド自身にはまだまだ多くの謎があるが、今彼やその周辺を敵に回すことは危険であると、ウェルキンは長年の勘から承知していた。
同じころ、故郷で息子の帰りを待つマゴットがくしゃみをしたかどうかは定かではない。
「――と、いうわけで、だ」
パンッと両手を打って、ウェルキンは玉座にどっしりと背中を押しつけるとふてぶてしく嗤った。
その笑顔はまるで、いじり甲斐のあるおもちゃを手に入れた子供のように残酷かつ容赦のないもので、宰相のハロルドはバルドに幸多かれと祈るしかなかった。
今回、テレサの美談の陰でいったい誰が暗躍したのか、知る人は知っている。
本人にその気がなくとも、たとえ大半が成り行きに任せたものだったとしても、結果だけ見るとバルドの成し遂げた偉業は、どの国の一流外交官でも達成が難しいものだ。
さらにサバラン商会という独自の流通網と国外とのパイプを併せ持ったことで、万が一王国に仇なした場合、おそるべき敵となる可能性がある。
「出る杭は打たれる」の言葉通り、今後バルドを自らの利権の敵と認識し、排除に乗り出す勢力が現れるのは確実であった。
王国の将来を背負って立つ有為の才を、ウェルキンもハロルドも見捨てる心算はない。
つまり宮廷政治という名の陰謀劇に慣れないバルドを、ここで一度王都から遠ざけておくことが必要だと思われたのである。
「今回の功績を賞して卿を子爵に陞爵する。並びに――」
これは賭けだ。
分が悪いとは思わないが、国家指導者としてはいささか問題のある賭けだとウェルキンは思う。
しかし、勝負どころとしては間違っていない。
この国に残された時間はそれほど多くはないし、対症療法では将来に禍根を残す。
さあ、コールだ。
「卿を、現在王国直轄領であるアントリムの領主に任命する。謹んでこれを拝命せよ」
(なに言ってくれちゃってるんですか!)
バルドはそう叫びたかったが、国王直々の、しかも表面上は褒美の体裁を取っている言葉に、臣下が正面から異を唱えることは不可能に近い。
(くそっ、はめやがったな! この腹黒狸がっ!)
おそらく自分がサンファンへの大使として選ばれたときから、この人事は既定事項だったに違いなかった。
適度な功績を口実に、バルドを領主として抜擢する。
実にいい顔で笑っているウェルキンの表情が、「計画通り」と言っている気がした。
まともな人間ならおそらく考えつきもしないであろう。
なぜならアントリムとは、ハウレリア王国との戦役の発端ともなった、マウリシア王国の忌まわしい突出部だからである。
四方のうち三方をハウレリア王国に囲まれ、〝マウリシア王国の盲腸〟とまで呼ばれたこの僻地をポッと出の少年に委ねるなど、政治的暴挙としか言いようのないものだ。
ことと次第によっては、再び両国間で火種が再燃しかねない。
あるいは最初からそれが狙いか? 両国の緊張を増大させて、軍備の拡張を官僚に認めさせることができれば……リスクは高いが、この腹黒狸の考えることだしな……。
「――恐れながらも、謹んで拝命いたします」
「うむ、是非余の予想を超えてくれることを期待しているぞ――でないと娘はやれんからな」
最後の言葉をバルドに聞かれないように濁しつつ、ウェルキンは上機嫌で締めくくった。
ハロルドは、この先もウェルキンに翻弄されるであろう少年の未来を思い、そっと目尻の涙を拭うのだった。
アントリム――コルネリアス伯爵領から北に約三百二十キロほど離れたそこは、コルネリアスと同じく平地の少ないモルガン山系の東端に位置する。
そのアントリムの後背に位置するのがブラッドフォード子爵領であり、テレサの実家が近くにあるということは、早急な軍事支援が必要な場合に非常に大きな意味を持つはずであった。
もっとも先の戦役においてアントリム子爵家は、援軍の到着を待つことなく一族が全滅している。領地の三方を敵国に囲まれているという環境は、想像以上に重く困難なものと言えた。
子爵家の族滅以後、王室の直轄領となったアントリムは国王が派遣した代官によって統治されてきたが、領土防衛にはまったくと言っていいほど手が入っていない状態である。
守ることがはなはだ困難なこの地は、戦争が始まった場合速やかに放棄するというのがこれまでの方策だった。ゆえに表立ってバルドの抜擢を批判する貴族は少ないだろう、とウェルキンは読んでいる。
それではお前が代わりに治めてみるか、と言われても、皆が尻込みすることは明らかだったからだ。
誰だって、わざわざ危険な土地をもらいたいとは思わない。
しかしこのバルドは、これまで幾度もウェルキンの予想を覆してきた男である。
彼がおとなしくまともな領主としての枠に収まるなどとは、ウェルキンは欠片も考えていなかった。
バルドが予想を超える結果を出したとき、その反動で動き出す者たちがいるはずだ。
うまくすれば今は巣穴に閉じこもった害虫を引きずり出し、一掃する機会が訪れるに違いなかった。
「くっくっくっ……余の期待を裏切らんでくれよ?」
そろそろ国内の色を塗り替えても良いころだ――冷徹な統治者としての視点から、ウェルキンはそう判断している。
婚姻外交によって対外関係を強化することも必要だが、国内貴族との関係も、王室としては同じように大切である。
王室と貴族の婚姻は、下手をすれば外戚の専横を呼び込みかねない。一方、王室に忠実かつ有能な仲間を得るには有効な手段であることも確かだった。
もちろん娘が本気で嫌がる婚姻を無理強いするつもりはない。
有能かつ腹黒いことで知られるウェルキンだが、家族に対しては私情入りまくりの子煩悩な一面がある。
そもそも古今の君主を並べてみても、私情の入らない聖人君子など千人に一人もいはしない。親が娘を大切にして何が悪い! とウェルキンは本気でそう思う。
決して口にこそ出さないが、娘がバルドに特別な感情を抱いていることもウェルキンは知っていた。
まだ恋情とまでは言えないかもしれない。ならば、そうなるべく肩を押してやるのが出来た父親の仕事だと、おせっかいを焼く気満々でウェルキンはほくそ笑む。
――レイチェル! あとはお前が頑張る番だぞ!
「父上の用は済んだか?」
城の回廊を歩くバルドに、何故か非常に不機嫌そうな様子で話しかけてきたのは王子ウィリアムであった。
サンファン王国へ同道できずにブツブツ不平を言っていたのをバルドは覚えているが、それをいつまでも根に持つタイプでもない。
てっきり土産話をせがまれると思っていたバルドとしては、これは意外な反応だった。
「……随分とまた無茶をしたそうだな。父上が大喜びで聞かせてくれたぞ。ふん、俺のいないところで楽しそうなことをやりやがって――まあ父上の褒美には同情するけどな。俺の力で役に立つことならいつでも言ってくれ。ああ、そうじゃなくて……と、とにかくついてこい!」
「結局何が言いたいんだ? ウィリアム?」
「俺が知るものか!」
ついてこい、と言っておきながら理由は知らないとは、なんたる理不尽。
もとより傍若無人なところはあるが、筋は通す男だっただけに、ウィリアムの態度の変化にバルドは首をかしげた。
(まったく、どいつもこいつも――こんな女誑しのどこがいいんだ……)
ウィリアムは言葉には出さずに、口の中で呪いにも似た呟きを漏らす。
シスコンの気がある思春期の少年ウィリアムにとって、バルドという存在はあくまで友人であり、間違っても義兄と呼びたい人物ではありえなかった。
「お久しぶりです。せっかく元気になったのでご挨拶したかったのに……その前にサンファン王国に行ってしまって……」
出迎えてくれた王女レイチェルに、バルドは丁重に礼を返した。
「お元気そうで何よりです。レイチェル殿下」
「あら、ウィリアムは呼び捨てにしているのに。殿下なんて他人行儀だわ。あなたは私の命の恩人なのよ?」
いたずらっぽく微笑したレイチェルはまるで誘うかのように、胸の大きく開いたドレス姿の身体をかがめて、バルドを上目遣いに見上げた。
見てはいけないものが危うく視界に入りそうになって、バルドは赤面しながら慌てて顔を背ける。
(やっぱりこの人もあの親の娘だったか――!)
この一家はどこまで自分をいじれば気が済むのだろうか?
「姉上、少々慎みが足りないのではないですか?」
「――あなたにそれを言う資格があるとでも思っているのですか、この愚弟」
「はっ、返す言葉もございません」
(弱っ! ウィリアム弱っっ!)
視線からバルドの内心を察したのか、ウィリアムは決まり悪そうにしている。
父や兄には反抗的なウィリアムだが、なぜか姉にはいくつになってもまったく頭が上がらないのだった。
「――返事がまだですわよ? バルド様」
小悪魔的に笑うレイチェルの美貌に、これまで共に過ごしたセイルーン、セリーナやシルクで美少女には見慣れているはずのバルドも息を呑んだ。
自己の身分の高さを十分に承知して、それを武器に、魅力をさらに上乗せする佇まいは、王族として生まれた者にしか身につけることのできないものだ。
身分違いで怯むバルドではないのだが、相手が年上の美しい女性である場合、いささか勝手が悪いと言わねばならなかった。
「随分と積極的ですわね、お姉さま。でもせめて、私が挨拶する時間くらいは我慢してくれてもいいのではないかしら?」
「べべべ、別に待ちきれなかったわけじゃないわよっ!」
隣に座る陽気な瞳をした少女から、からかうような声をかけられると、これまで余裕の表情に見えたレイチェルは目に見えて動揺した。
わたわたと手を顔の前で交差させ、首筋まで真っ赤に染まり、咄嗟に言葉も出ない有り様である。
いったい何が彼女をそんなに慌てさせているのかとバルドが首をかしげると、それが癪に障ったのか、ウィリアムは腹立ちまぎれにバルドの脛を蹴り上げた。
「っ痛うううううう!」
「ふん、この朴念仁め!」
「こらこら、ウィリアムも彼に八つ当たりしちゃだめでしょ? レイチェルお姉さまに嫌われたら、また口を聞いてもらえなくなるわよ?」
「すいません……それだけはご勘弁を!」
(こいつ……本当にあのウィリアムなのか? そっくりな別人じゃなくて?)
ここまで従順なウィリアムなどバルドにとって意外どころではなく、もう気持ち悪い何かにしか見えなかった。
というか、姉に口を聞いてもらえないのがそんなに嫌なのかウィリアム。
「お初にお目にかかるわね。私はレイチェルお姉さまの妹で、ウィリアムの姉マーガレットよ。あなたにはいつか直接会って、お礼を言いたいと思っていたわ。私の大切なレイチェルお姉さまの命を救ってくれたんですもの」
上品で清楚な雰囲気が特徴的なレイチェルとは違い、内から溢れる生命力がそのまま美しさになったような、活発な女性である。
しかしその表情の裏で、レイチェル以上にどこかウェルキンの血筋を感じさせてもいた。
内心で警戒しつつ、バルドは丁重に腰を折る。
「お会いできて光栄です。マーガレット殿下。どうぞ今後ともよしなに」
「是非今後とも仲良くしたいものだわ。なんならお義兄さまと呼んだほうがよろしいかしら?」
ブフーーーーーーーーーーーッ!
気を落ち着けるため紅茶のカップに口をつけていたレイチェルとウィリアムは、同時に紅茶を噴き出して、バルドの数少ない謁見用の礼服を赤黒く染めた。
「マママ、マーガレット! あなた急に何を言い出すの?」
「そうですぞ姉上! かかる重大事を軽々しく口にするなど――」
「あちっ! あちっ! あちっ!」
「……いいのかしら? あなたたちが噴き出したお茶で、火傷しかかっている殿方がいるのだけれど」
「ああああああ! も、申し訳ありませんわバルド様!」
熱さにのたうちまわっているバルドに気づいたレイチェルは、慌ててバルドの胸にハンカチを押し当てた。
下着にまで浸み込んでしまったそれをふき取るために、半ば無意識のうちにバルドの上着をはだけさせる。
服の上からは想像もできない、鍛え上げられ引き締まった白い肌が露わにされ、ようやくレイチェルは自分のしていることに思い至った。
「あら、お姉さまったら大胆っ!」
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