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第百七十七話 神話の世界その6
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混乱はさらに広がり、王国は収拾のつかない戦乱に巻き込まれた。
王都を抑えたロベスピエールの勢力が最大であるとはいえ、アドルフ・ヒトラーの組織した親衛隊は精強で対抗するには十分なものだった。
幸いであったのは、ヒトラーにそれほど基礎技術の知識がなかったために、内政チートをするだけの余裕がなかったことであろう。
そのあたりの事情はロベスピエールも同様であり、戦いは平凡な歩兵と魔法兵による消耗戦に推移するしかなかった。
戦線が膠着した間隙と縫って、ゾラスたちはメジナを脱出し、国境のエンゲルホルムを越え未踏領域へと身を潜めた。
「どうなるのでしょう、これから…………」
「ロベスピエールにアドルフ・ヒトラーか。おそらくはこの世界の魂ではあるまいよ」
深刻そうな顔でゾラスは唇を噛んだ。
彼には今の事態の恐ろしさがわかっていた。
次元境界の同調が中途半端に終わり、隣接する異世界からの侵食が始まっているのである。
その最初に起こる現象が、転生者の覚醒なのであった。
異なる世界の知識、そして思想によってこのアウレリア大陸の色を塗り替えようとしているのが証拠である。
つい先日まで、この大陸には理性を人間の最上位に置くという思想も、王国西部のダイナバール地方を選良(エリート)とする思想もなかった。
「このままでは大陸は異世界に飲みこまれてしまうだろう」
今はまだ、世界を滅ぼす兵器や魔法の類は持ちこまれていないが、この先どうなるかはわからない。
ゾラスの観測によれば、この世界と隣接する世界はフィンランディアだけでなくさらに四つ以上の世界が隣接していることがわかっていた。
ロベスピエールやヒトラーの名前に聞き覚えがないことを考えれば、それはフィンランディアからやってきたものではあるまい。
このまま転生者が増殖すれば、異世界の因果がより拡大することになる。
すなわち、異世界の知識、思想、文化、そういったものがこのアウレリア大陸に浸透すればするほど、次元境界のほころびは大きくなる。
近い将来、さらなる転生者がこのアウレリア大陸に次々と出現するであろう。
もはやそうなれば、このアウレリア大陸に古来から根づいてきた文化と伝統は根こそぎ異世界の色に塗り替えられてしまうに違いなかった。
何より、フィンランディアより上位の世界が侵食してきた場合、世界が滅亡してしまうような大戦争が現出する可能性があった。
築き上げてきた歴史が、より強い異世界の介入によって無価値なものにされる。
それは許しがたい暴虐だとゾラスは思う。
「――――急がなくては、な」
「ゾラス様?」
遠く王都を睨みつけて深く覚悟を固めるゾラスに、メイラが心配そうな視線を向けた。
ゾラスの体調が決してよくないことを知っていたからだ。
人目を忍んだ逃亡生活、栄養状態もよいとは言えず、責任感の強いゾラスは精神的にも打ちのめされていた。
だが、そんなことさえ今は取るに足りない。
そう、もはやコルネアと再会する見込みのなくなったこの命さえ――――。
「研究施設が早急に必要だ。人手も集めなくては――メイラ、ラターシュ、力を貸してくれるか?」
「わ、私でよければ喜んで!」
「いくらでも手を貸しますから、隠し事はなしですよ?」
「すまん」
ゾラスたちが密かに研究所を建設したのは、現在のガルトレイク王国がある大陸の東、マーグモニクであった。
寒冷な地であるそこは、心身ともにダメージを受けたゾラスにさらなるダメージを与えた。
それでもなお、憑かれたようにゾラスは研究を続けていた。
彼がそれほどに必死になるのにはもちろんそれなりの事情がある。
王都を占拠したロベスピエールと、副都ダイナバールのアドルフ・ヒトラーが酸鼻を極める消耗戦を戦っているうちに、第三勢力の登場が混乱に拍車をかけた。
第三勢力の旗頭になったのは一人の少女である。
その名をマルガリータ・ナリデス――現在の名をジャンヌ・ダルクという。
ロベスピエールもアドルフ・ヒトラーも既成の宗教を否定し弾圧したために、宗教勢力が彼女のもとに集結したのである。
彼女は政治的にも軍事的にも無能に近かったが、彼女を補佐するジル・ド・レは十分な軍事的才能に恵まれていた。
結果としてアウレリア大陸は対立が対立を呼ぶ戦国時代と化していたのであった。
異世界の記憶を持つ転生者が、この平和だったアウレリア大陸を地獄絵図に塗り替えていくのを、ゾラスは忸怩たる思いで見守るしかなかった。
なんとしても防がなくてはならない。たとえ二度と故郷フィンランディアに帰らなくなるとしてもである。
これまで培われてきた歴史が、ある日突然異世界からの侵略によって失われるような未来を容認するつもりは、ゾラスにはなかった。
ただフィンランディアに帰る、もう一度コルネアに再会するためだけに研究を続けてきたが、それが叶わなくなった今、ゾラスが成すべきはメイラやラターシュの未来の防衛であった。
「現在のところ異世界からの侵食は止まっているようだが、同調の失敗から次元境界に穴が開いている状態が続いている。この穴を閉じなければ異世界の影響を失くすことはできないだろう」
「どうすればよいのですか?」
「同調位相を反転させる。そうすることで次元境界の接点を弾き飛ばすしかあるまい」
それはすなわち、フィンランディアとの接点を突き放すこと。
やらなければならない、と決意しながらも、ゾラスの心は暗澹たる思いに捕らわれていた。
そんな心の隙間を埋めてくれたのが、メイラの存在である。
彼女はゾラスの妻として、研究の右腕になると同時に、五つ子を含む五男二女を出産してにぎやかな家庭の花となった。
それからおよそ六年の月日が過ぎた。
大陸はますます混沌の度を増しているが、先日ロベスピエールが同志によって暗殺されると、その跡をオリバー・クロムウェルが継いだ。
オリバー・クロムウェルは軍事的才能においてロベスピエールを凌駕しており、アドルフ・ヒトラーとジャンヌ・ダルクは劣勢に立たされる。
だが人望という点においてオリバー・クロムウェルはロベスピエールの数段も下であったために、たびたび戦闘に勝利しながらも王都勢は勢力を伸ばしきれずにいた。
そうして戦いの担い手であるアウレリア大陸人の間に、厭戦気分が高まっていく。
その一部からメイラやラターシュのようにフィンランディア人に友好的な人間が集まり、マーグモニクを中心に一大勢力と化していた。
王国の争いに嫌気が差した難民たちが、辺境に散らばり新たな生息域を開拓し始めたのもこのときである。
「――――ようやく形になったか」
疲労で頭髪が真っ白になってしまったゾラスを、心配そうにメイラが後ろから支えた。
「あまり無理しないで、あなた」
「無理をできるのは今だけさ」
ここ数か月というもの、ゾラスは自分の寿命が尽きようとしているのをひしひしと感じていた。
フィンラディア人には事故ではなく自然死することの自覚症状がある。
実験事故のときのマグワイアもそうだったのだろう。
自分の思ったよりも、自覚症状は早かった。
なるほど、気が焦るはずだ、とゾラスは思った。
事実、ゾラスは命を削る思いで次元境界の封鎖のための秘宝(アーティファクト)作成に血道をあげていた。
死んでしまっては製作することもできないからだ。
「残念だが、これ以上試行錯誤している余裕はない。今までの試作品でも異世界の侵食を排除する効果は確認できた……」
異世界人が持つ力の根源をこの世界から切り離す。
そうすることでおそらくは転生者の記憶もまた失われるはずだ、とゾラスは考えていた。
転生者が転生者の記憶を失えば、この混沌とした戦争も終わりを告げるだろう。
そしてこのアウレリア大陸の人間が、本当の歴史を紡いでいくことができる。
そのときは、ゾラスの子どもたちもまた、新たなアウレリア大陸の住人として生きていくことができるはずだ。
「あなた、もうそれ以上は……」
「だが、やはり完全には無理だったか」
円筒やマントをはじめとした複数の実験物を一瞥して、ゾラスは深いため息を吐いた。
獣人の身体と融合した結果、ゾラスたちフィンランディア人は魔力を失った。
この世界のメイラやラターシュたちでは魔力が足りない。厳密には、次元境界の穴を塞ぎ切り離すためには、このアウレリア大陸人の魔力とフィンランディア人の魔力の双方が必要であった。
だが、そのフィンランディア人の魔力を使うことのできる人間が誰一人としていないのが問題だった。
「ラターシュよ」
「はい。お師様」
「これより最後の実験を行う。おそらくほぼ99%の侵食は封じることができるはずだが、決して完全ではない。もはや残された時間も少ないゆえ、やり残した方策を託す」
「この身にかえましても」
「今後、獣人で魔力を持つ者が現われたらこれを監視し、危険と思えばこれを排除しろ。我が魔導具を発動すれば、獣人の魔力は失われる。そうと知って協力するものは多くはあるまい」
「つまり、次元境界の封鎖には魔力を持った獣人が必要だと?」
「厳密にはこの世界と、フィンランディア――獣人の世界の魔力が必要なのだ。しかし、獣人が協力をよしとせず、欲しいままに振舞うなら次元境界の封印を再び緩むであろう」
たとえば、異世界の知識に基づいて作られた武器や思想などの因果が普及すればするほど、次元境界の封印は緩む。
「メイラよ」
「はい、あなた」
「獣の血筋を守り、いつか獣人が魔力を持って生まれたら十全に力を使いこなすことができるよう、獣人たちを守ってくれ。まだまだこの世界は異邦人の獣人に冷たいであろう」
「この子たちを守るのは当たり前ですわ」
この世界に残る獣人の数は少ない。
決してその血が途絶えることがあってはならなかった。
そうなれば完全な封印を実施するための条件が永遠に失われてしまうからだ。
「さて、では実験を始めるとしようか。完全ならざる平和のために」
ゾラスは巨大な尖塔の地下に収められた宝珠を起動した。
「魔力充填開始」
「充填接続します」
宝珠の色が、赤から青へ、そしてゆっくりと黄金へと変化していく。
およそ半刻ほどして、黄金の輝きはますます増し、ついには一筋の閃光となって空の彼方を照らし始めた。
その幻想的な光景は、アウレリア大陸のどの地点からも見ることができたという。
「充填率八十%」
「これ以上充填できません」
「同調反転開始」
「反転、開始します」
目には見えないが、不可視の壁がこの世界とフィンランディアとの境界を閉ざしていくのをゾラスは幻視して涙した。
「さらば――――コルネア」
封印実験は成功のうちに終わった。
実験後、この世界にアドルフ・ヒトラーやジャンヌ・ダルク、オリバー・クロムウェルという人格は影も形もなくその姿を消していた。
長い物語を語り終え、シュエは薔薇水を飲んで唇を湿らせた。
「長い年月が経過するうちに伝承は歪められていきました。教団はただただ獣人を排除し、聖遺物を管理するようになり、我がカディロス王国は鎖国して獣人族をひそかに匿う。なぜそのような掟ができたのか知るものは誰もいなくなってしまったのです」
「ならばそれを知る貴女は?」
アウグストの問いにシュエは嫣然と答えた。
「もう予想はしているのでしょう? 宰相殿。それは私が――――メイラの転生者であるからです」
※ 眠いので後日加筆します
王都を抑えたロベスピエールの勢力が最大であるとはいえ、アドルフ・ヒトラーの組織した親衛隊は精強で対抗するには十分なものだった。
幸いであったのは、ヒトラーにそれほど基礎技術の知識がなかったために、内政チートをするだけの余裕がなかったことであろう。
そのあたりの事情はロベスピエールも同様であり、戦いは平凡な歩兵と魔法兵による消耗戦に推移するしかなかった。
戦線が膠着した間隙と縫って、ゾラスたちはメジナを脱出し、国境のエンゲルホルムを越え未踏領域へと身を潜めた。
「どうなるのでしょう、これから…………」
「ロベスピエールにアドルフ・ヒトラーか。おそらくはこの世界の魂ではあるまいよ」
深刻そうな顔でゾラスは唇を噛んだ。
彼には今の事態の恐ろしさがわかっていた。
次元境界の同調が中途半端に終わり、隣接する異世界からの侵食が始まっているのである。
その最初に起こる現象が、転生者の覚醒なのであった。
異なる世界の知識、そして思想によってこのアウレリア大陸の色を塗り替えようとしているのが証拠である。
つい先日まで、この大陸には理性を人間の最上位に置くという思想も、王国西部のダイナバール地方を選良(エリート)とする思想もなかった。
「このままでは大陸は異世界に飲みこまれてしまうだろう」
今はまだ、世界を滅ぼす兵器や魔法の類は持ちこまれていないが、この先どうなるかはわからない。
ゾラスの観測によれば、この世界と隣接する世界はフィンランディアだけでなくさらに四つ以上の世界が隣接していることがわかっていた。
ロベスピエールやヒトラーの名前に聞き覚えがないことを考えれば、それはフィンランディアからやってきたものではあるまい。
このまま転生者が増殖すれば、異世界の因果がより拡大することになる。
すなわち、異世界の知識、思想、文化、そういったものがこのアウレリア大陸に浸透すればするほど、次元境界のほころびは大きくなる。
近い将来、さらなる転生者がこのアウレリア大陸に次々と出現するであろう。
もはやそうなれば、このアウレリア大陸に古来から根づいてきた文化と伝統は根こそぎ異世界の色に塗り替えられてしまうに違いなかった。
何より、フィンランディアより上位の世界が侵食してきた場合、世界が滅亡してしまうような大戦争が現出する可能性があった。
築き上げてきた歴史が、より強い異世界の介入によって無価値なものにされる。
それは許しがたい暴虐だとゾラスは思う。
「――――急がなくては、な」
「ゾラス様?」
遠く王都を睨みつけて深く覚悟を固めるゾラスに、メイラが心配そうな視線を向けた。
ゾラスの体調が決してよくないことを知っていたからだ。
人目を忍んだ逃亡生活、栄養状態もよいとは言えず、責任感の強いゾラスは精神的にも打ちのめされていた。
だが、そんなことさえ今は取るに足りない。
そう、もはやコルネアと再会する見込みのなくなったこの命さえ――――。
「研究施設が早急に必要だ。人手も集めなくては――メイラ、ラターシュ、力を貸してくれるか?」
「わ、私でよければ喜んで!」
「いくらでも手を貸しますから、隠し事はなしですよ?」
「すまん」
ゾラスたちが密かに研究所を建設したのは、現在のガルトレイク王国がある大陸の東、マーグモニクであった。
寒冷な地であるそこは、心身ともにダメージを受けたゾラスにさらなるダメージを与えた。
それでもなお、憑かれたようにゾラスは研究を続けていた。
彼がそれほどに必死になるのにはもちろんそれなりの事情がある。
王都を占拠したロベスピエールと、副都ダイナバールのアドルフ・ヒトラーが酸鼻を極める消耗戦を戦っているうちに、第三勢力の登場が混乱に拍車をかけた。
第三勢力の旗頭になったのは一人の少女である。
その名をマルガリータ・ナリデス――現在の名をジャンヌ・ダルクという。
ロベスピエールもアドルフ・ヒトラーも既成の宗教を否定し弾圧したために、宗教勢力が彼女のもとに集結したのである。
彼女は政治的にも軍事的にも無能に近かったが、彼女を補佐するジル・ド・レは十分な軍事的才能に恵まれていた。
結果としてアウレリア大陸は対立が対立を呼ぶ戦国時代と化していたのであった。
異世界の記憶を持つ転生者が、この平和だったアウレリア大陸を地獄絵図に塗り替えていくのを、ゾラスは忸怩たる思いで見守るしかなかった。
なんとしても防がなくてはならない。たとえ二度と故郷フィンランディアに帰らなくなるとしてもである。
これまで培われてきた歴史が、ある日突然異世界からの侵略によって失われるような未来を容認するつもりは、ゾラスにはなかった。
ただフィンランディアに帰る、もう一度コルネアに再会するためだけに研究を続けてきたが、それが叶わなくなった今、ゾラスが成すべきはメイラやラターシュの未来の防衛であった。
「現在のところ異世界からの侵食は止まっているようだが、同調の失敗から次元境界に穴が開いている状態が続いている。この穴を閉じなければ異世界の影響を失くすことはできないだろう」
「どうすればよいのですか?」
「同調位相を反転させる。そうすることで次元境界の接点を弾き飛ばすしかあるまい」
それはすなわち、フィンランディアとの接点を突き放すこと。
やらなければならない、と決意しながらも、ゾラスの心は暗澹たる思いに捕らわれていた。
そんな心の隙間を埋めてくれたのが、メイラの存在である。
彼女はゾラスの妻として、研究の右腕になると同時に、五つ子を含む五男二女を出産してにぎやかな家庭の花となった。
それからおよそ六年の月日が過ぎた。
大陸はますます混沌の度を増しているが、先日ロベスピエールが同志によって暗殺されると、その跡をオリバー・クロムウェルが継いだ。
オリバー・クロムウェルは軍事的才能においてロベスピエールを凌駕しており、アドルフ・ヒトラーとジャンヌ・ダルクは劣勢に立たされる。
だが人望という点においてオリバー・クロムウェルはロベスピエールの数段も下であったために、たびたび戦闘に勝利しながらも王都勢は勢力を伸ばしきれずにいた。
そうして戦いの担い手であるアウレリア大陸人の間に、厭戦気分が高まっていく。
その一部からメイラやラターシュのようにフィンランディア人に友好的な人間が集まり、マーグモニクを中心に一大勢力と化していた。
王国の争いに嫌気が差した難民たちが、辺境に散らばり新たな生息域を開拓し始めたのもこのときである。
「――――ようやく形になったか」
疲労で頭髪が真っ白になってしまったゾラスを、心配そうにメイラが後ろから支えた。
「あまり無理しないで、あなた」
「無理をできるのは今だけさ」
ここ数か月というもの、ゾラスは自分の寿命が尽きようとしているのをひしひしと感じていた。
フィンラディア人には事故ではなく自然死することの自覚症状がある。
実験事故のときのマグワイアもそうだったのだろう。
自分の思ったよりも、自覚症状は早かった。
なるほど、気が焦るはずだ、とゾラスは思った。
事実、ゾラスは命を削る思いで次元境界の封鎖のための秘宝(アーティファクト)作成に血道をあげていた。
死んでしまっては製作することもできないからだ。
「残念だが、これ以上試行錯誤している余裕はない。今までの試作品でも異世界の侵食を排除する効果は確認できた……」
異世界人が持つ力の根源をこの世界から切り離す。
そうすることでおそらくは転生者の記憶もまた失われるはずだ、とゾラスは考えていた。
転生者が転生者の記憶を失えば、この混沌とした戦争も終わりを告げるだろう。
そしてこのアウレリア大陸の人間が、本当の歴史を紡いでいくことができる。
そのときは、ゾラスの子どもたちもまた、新たなアウレリア大陸の住人として生きていくことができるはずだ。
「あなた、もうそれ以上は……」
「だが、やはり完全には無理だったか」
円筒やマントをはじめとした複数の実験物を一瞥して、ゾラスは深いため息を吐いた。
獣人の身体と融合した結果、ゾラスたちフィンランディア人は魔力を失った。
この世界のメイラやラターシュたちでは魔力が足りない。厳密には、次元境界の穴を塞ぎ切り離すためには、このアウレリア大陸人の魔力とフィンランディア人の魔力の双方が必要であった。
だが、そのフィンランディア人の魔力を使うことのできる人間が誰一人としていないのが問題だった。
「ラターシュよ」
「はい。お師様」
「これより最後の実験を行う。おそらくほぼ99%の侵食は封じることができるはずだが、決して完全ではない。もはや残された時間も少ないゆえ、やり残した方策を託す」
「この身にかえましても」
「今後、獣人で魔力を持つ者が現われたらこれを監視し、危険と思えばこれを排除しろ。我が魔導具を発動すれば、獣人の魔力は失われる。そうと知って協力するものは多くはあるまい」
「つまり、次元境界の封鎖には魔力を持った獣人が必要だと?」
「厳密にはこの世界と、フィンランディア――獣人の世界の魔力が必要なのだ。しかし、獣人が協力をよしとせず、欲しいままに振舞うなら次元境界の封印を再び緩むであろう」
たとえば、異世界の知識に基づいて作られた武器や思想などの因果が普及すればするほど、次元境界の封印は緩む。
「メイラよ」
「はい、あなた」
「獣の血筋を守り、いつか獣人が魔力を持って生まれたら十全に力を使いこなすことができるよう、獣人たちを守ってくれ。まだまだこの世界は異邦人の獣人に冷たいであろう」
「この子たちを守るのは当たり前ですわ」
この世界に残る獣人の数は少ない。
決してその血が途絶えることがあってはならなかった。
そうなれば完全な封印を実施するための条件が永遠に失われてしまうからだ。
「さて、では実験を始めるとしようか。完全ならざる平和のために」
ゾラスは巨大な尖塔の地下に収められた宝珠を起動した。
「魔力充填開始」
「充填接続します」
宝珠の色が、赤から青へ、そしてゆっくりと黄金へと変化していく。
およそ半刻ほどして、黄金の輝きはますます増し、ついには一筋の閃光となって空の彼方を照らし始めた。
その幻想的な光景は、アウレリア大陸のどの地点からも見ることができたという。
「充填率八十%」
「これ以上充填できません」
「同調反転開始」
「反転、開始します」
目には見えないが、不可視の壁がこの世界とフィンランディアとの境界を閉ざしていくのをゾラスは幻視して涙した。
「さらば――――コルネア」
封印実験は成功のうちに終わった。
実験後、この世界にアドルフ・ヒトラーやジャンヌ・ダルク、オリバー・クロムウェルという人格は影も形もなくその姿を消していた。
長い物語を語り終え、シュエは薔薇水を飲んで唇を湿らせた。
「長い年月が経過するうちに伝承は歪められていきました。教団はただただ獣人を排除し、聖遺物を管理するようになり、我がカディロス王国は鎖国して獣人族をひそかに匿う。なぜそのような掟ができたのか知るものは誰もいなくなってしまったのです」
「ならばそれを知る貴女は?」
アウグストの問いにシュエは嫣然と答えた。
「もう予想はしているのでしょう? 宰相殿。それは私が――――メイラの転生者であるからです」
※ 眠いので後日加筆します
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著者: よっしぃ
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出版社: アルファポリス
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Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
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