239 / 252
連載
第百七十七話 神話の世界その6
しおりを挟む
混乱はさらに広がり、王国は収拾のつかない戦乱に巻き込まれた。
王都を抑えたロベスピエールの勢力が最大であるとはいえ、アドルフ・ヒトラーの組織した親衛隊は精強で対抗するには十分なものだった。
幸いであったのは、ヒトラーにそれほど基礎技術の知識がなかったために、内政チートをするだけの余裕がなかったことであろう。
そのあたりの事情はロベスピエールも同様であり、戦いは平凡な歩兵と魔法兵による消耗戦に推移するしかなかった。
戦線が膠着した間隙と縫って、ゾラスたちはメジナを脱出し、国境のエンゲルホルムを越え未踏領域へと身を潜めた。
「どうなるのでしょう、これから…………」
「ロベスピエールにアドルフ・ヒトラーか。おそらくはこの世界の魂ではあるまいよ」
深刻そうな顔でゾラスは唇を噛んだ。
彼には今の事態の恐ろしさがわかっていた。
次元境界の同調が中途半端に終わり、隣接する異世界からの侵食が始まっているのである。
その最初に起こる現象が、転生者の覚醒なのであった。
異なる世界の知識、そして思想によってこのアウレリア大陸の色を塗り替えようとしているのが証拠である。
つい先日まで、この大陸には理性を人間の最上位に置くという思想も、王国西部のダイナバール地方を選良(エリート)とする思想もなかった。
「このままでは大陸は異世界に飲みこまれてしまうだろう」
今はまだ、世界を滅ぼす兵器や魔法の類は持ちこまれていないが、この先どうなるかはわからない。
ゾラスの観測によれば、この世界と隣接する世界はフィンランディアだけでなくさらに四つ以上の世界が隣接していることがわかっていた。
ロベスピエールやヒトラーの名前に聞き覚えがないことを考えれば、それはフィンランディアからやってきたものではあるまい。
このまま転生者が増殖すれば、異世界の因果がより拡大することになる。
すなわち、異世界の知識、思想、文化、そういったものがこのアウレリア大陸に浸透すればするほど、次元境界のほころびは大きくなる。
近い将来、さらなる転生者がこのアウレリア大陸に次々と出現するであろう。
もはやそうなれば、このアウレリア大陸に古来から根づいてきた文化と伝統は根こそぎ異世界の色に塗り替えられてしまうに違いなかった。
何より、フィンランディアより上位の世界が侵食してきた場合、世界が滅亡してしまうような大戦争が現出する可能性があった。
築き上げてきた歴史が、より強い異世界の介入によって無価値なものにされる。
それは許しがたい暴虐だとゾラスは思う。
「――――急がなくては、な」
「ゾラス様?」
遠く王都を睨みつけて深く覚悟を固めるゾラスに、メイラが心配そうな視線を向けた。
ゾラスの体調が決してよくないことを知っていたからだ。
人目を忍んだ逃亡生活、栄養状態もよいとは言えず、責任感の強いゾラスは精神的にも打ちのめされていた。
だが、そんなことさえ今は取るに足りない。
そう、もはやコルネアと再会する見込みのなくなったこの命さえ――――。
「研究施設が早急に必要だ。人手も集めなくては――メイラ、ラターシュ、力を貸してくれるか?」
「わ、私でよければ喜んで!」
「いくらでも手を貸しますから、隠し事はなしですよ?」
「すまん」
ゾラスたちが密かに研究所を建設したのは、現在のガルトレイク王国がある大陸の東、マーグモニクであった。
寒冷な地であるそこは、心身ともにダメージを受けたゾラスにさらなるダメージを与えた。
それでもなお、憑かれたようにゾラスは研究を続けていた。
彼がそれほどに必死になるのにはもちろんそれなりの事情がある。
王都を占拠したロベスピエールと、副都ダイナバールのアドルフ・ヒトラーが酸鼻を極める消耗戦を戦っているうちに、第三勢力の登場が混乱に拍車をかけた。
第三勢力の旗頭になったのは一人の少女である。
その名をマルガリータ・ナリデス――現在の名をジャンヌ・ダルクという。
ロベスピエールもアドルフ・ヒトラーも既成の宗教を否定し弾圧したために、宗教勢力が彼女のもとに集結したのである。
彼女は政治的にも軍事的にも無能に近かったが、彼女を補佐するジル・ド・レは十分な軍事的才能に恵まれていた。
結果としてアウレリア大陸は対立が対立を呼ぶ戦国時代と化していたのであった。
異世界の記憶を持つ転生者が、この平和だったアウレリア大陸を地獄絵図に塗り替えていくのを、ゾラスは忸怩たる思いで見守るしかなかった。
なんとしても防がなくてはならない。たとえ二度と故郷フィンランディアに帰らなくなるとしてもである。
これまで培われてきた歴史が、ある日突然異世界からの侵略によって失われるような未来を容認するつもりは、ゾラスにはなかった。
ただフィンランディアに帰る、もう一度コルネアに再会するためだけに研究を続けてきたが、それが叶わなくなった今、ゾラスが成すべきはメイラやラターシュの未来の防衛であった。
「現在のところ異世界からの侵食は止まっているようだが、同調の失敗から次元境界に穴が開いている状態が続いている。この穴を閉じなければ異世界の影響を失くすことはできないだろう」
「どうすればよいのですか?」
「同調位相を反転させる。そうすることで次元境界の接点を弾き飛ばすしかあるまい」
それはすなわち、フィンランディアとの接点を突き放すこと。
やらなければならない、と決意しながらも、ゾラスの心は暗澹たる思いに捕らわれていた。
そんな心の隙間を埋めてくれたのが、メイラの存在である。
彼女はゾラスの妻として、研究の右腕になると同時に、五つ子を含む五男二女を出産してにぎやかな家庭の花となった。
それからおよそ六年の月日が過ぎた。
大陸はますます混沌の度を増しているが、先日ロベスピエールが同志によって暗殺されると、その跡をオリバー・クロムウェルが継いだ。
オリバー・クロムウェルは軍事的才能においてロベスピエールを凌駕しており、アドルフ・ヒトラーとジャンヌ・ダルクは劣勢に立たされる。
だが人望という点においてオリバー・クロムウェルはロベスピエールの数段も下であったために、たびたび戦闘に勝利しながらも王都勢は勢力を伸ばしきれずにいた。
そうして戦いの担い手であるアウレリア大陸人の間に、厭戦気分が高まっていく。
その一部からメイラやラターシュのようにフィンランディア人に友好的な人間が集まり、マーグモニクを中心に一大勢力と化していた。
王国の争いに嫌気が差した難民たちが、辺境に散らばり新たな生息域を開拓し始めたのもこのときである。
「――――ようやく形になったか」
疲労で頭髪が真っ白になってしまったゾラスを、心配そうにメイラが後ろから支えた。
「あまり無理しないで、あなた」
「無理をできるのは今だけさ」
ここ数か月というもの、ゾラスは自分の寿命が尽きようとしているのをひしひしと感じていた。
フィンラディア人には事故ではなく自然死することの自覚症状がある。
実験事故のときのマグワイアもそうだったのだろう。
自分の思ったよりも、自覚症状は早かった。
なるほど、気が焦るはずだ、とゾラスは思った。
事実、ゾラスは命を削る思いで次元境界の封鎖のための秘宝(アーティファクト)作成に血道をあげていた。
死んでしまっては製作することもできないからだ。
「残念だが、これ以上試行錯誤している余裕はない。今までの試作品でも異世界の侵食を排除する効果は確認できた……」
異世界人が持つ力の根源をこの世界から切り離す。
そうすることでおそらくは転生者の記憶もまた失われるはずだ、とゾラスは考えていた。
転生者が転生者の記憶を失えば、この混沌とした戦争も終わりを告げるだろう。
そしてこのアウレリア大陸の人間が、本当の歴史を紡いでいくことができる。
そのときは、ゾラスの子どもたちもまた、新たなアウレリア大陸の住人として生きていくことができるはずだ。
「あなた、もうそれ以上は……」
「だが、やはり完全には無理だったか」
円筒やマントをはじめとした複数の実験物を一瞥して、ゾラスは深いため息を吐いた。
獣人の身体と融合した結果、ゾラスたちフィンランディア人は魔力を失った。
この世界のメイラやラターシュたちでは魔力が足りない。厳密には、次元境界の穴を塞ぎ切り離すためには、このアウレリア大陸人の魔力とフィンランディア人の魔力の双方が必要であった。
だが、そのフィンランディア人の魔力を使うことのできる人間が誰一人としていないのが問題だった。
「ラターシュよ」
「はい。お師様」
「これより最後の実験を行う。おそらくほぼ99%の侵食は封じることができるはずだが、決して完全ではない。もはや残された時間も少ないゆえ、やり残した方策を託す」
「この身にかえましても」
「今後、獣人で魔力を持つ者が現われたらこれを監視し、危険と思えばこれを排除しろ。我が魔導具を発動すれば、獣人の魔力は失われる。そうと知って協力するものは多くはあるまい」
「つまり、次元境界の封鎖には魔力を持った獣人が必要だと?」
「厳密にはこの世界と、フィンランディア――獣人の世界の魔力が必要なのだ。しかし、獣人が協力をよしとせず、欲しいままに振舞うなら次元境界の封印を再び緩むであろう」
たとえば、異世界の知識に基づいて作られた武器や思想などの因果が普及すればするほど、次元境界の封印は緩む。
「メイラよ」
「はい、あなた」
「獣の血筋を守り、いつか獣人が魔力を持って生まれたら十全に力を使いこなすことができるよう、獣人たちを守ってくれ。まだまだこの世界は異邦人の獣人に冷たいであろう」
「この子たちを守るのは当たり前ですわ」
この世界に残る獣人の数は少ない。
決してその血が途絶えることがあってはならなかった。
そうなれば完全な封印を実施するための条件が永遠に失われてしまうからだ。
「さて、では実験を始めるとしようか。完全ならざる平和のために」
ゾラスは巨大な尖塔の地下に収められた宝珠を起動した。
「魔力充填開始」
「充填接続します」
宝珠の色が、赤から青へ、そしてゆっくりと黄金へと変化していく。
およそ半刻ほどして、黄金の輝きはますます増し、ついには一筋の閃光となって空の彼方を照らし始めた。
その幻想的な光景は、アウレリア大陸のどの地点からも見ることができたという。
「充填率八十%」
「これ以上充填できません」
「同調反転開始」
「反転、開始します」
目には見えないが、不可視の壁がこの世界とフィンランディアとの境界を閉ざしていくのをゾラスは幻視して涙した。
「さらば――――コルネア」
封印実験は成功のうちに終わった。
実験後、この世界にアドルフ・ヒトラーやジャンヌ・ダルク、オリバー・クロムウェルという人格は影も形もなくその姿を消していた。
長い物語を語り終え、シュエは薔薇水を飲んで唇を湿らせた。
「長い年月が経過するうちに伝承は歪められていきました。教団はただただ獣人を排除し、聖遺物を管理するようになり、我がカディロス王国は鎖国して獣人族をひそかに匿う。なぜそのような掟ができたのか知るものは誰もいなくなってしまったのです」
「ならばそれを知る貴女は?」
アウグストの問いにシュエは嫣然と答えた。
「もう予想はしているのでしょう? 宰相殿。それは私が――――メイラの転生者であるからです」
※ 眠いので後日加筆します
王都を抑えたロベスピエールの勢力が最大であるとはいえ、アドルフ・ヒトラーの組織した親衛隊は精強で対抗するには十分なものだった。
幸いであったのは、ヒトラーにそれほど基礎技術の知識がなかったために、内政チートをするだけの余裕がなかったことであろう。
そのあたりの事情はロベスピエールも同様であり、戦いは平凡な歩兵と魔法兵による消耗戦に推移するしかなかった。
戦線が膠着した間隙と縫って、ゾラスたちはメジナを脱出し、国境のエンゲルホルムを越え未踏領域へと身を潜めた。
「どうなるのでしょう、これから…………」
「ロベスピエールにアドルフ・ヒトラーか。おそらくはこの世界の魂ではあるまいよ」
深刻そうな顔でゾラスは唇を噛んだ。
彼には今の事態の恐ろしさがわかっていた。
次元境界の同調が中途半端に終わり、隣接する異世界からの侵食が始まっているのである。
その最初に起こる現象が、転生者の覚醒なのであった。
異なる世界の知識、そして思想によってこのアウレリア大陸の色を塗り替えようとしているのが証拠である。
つい先日まで、この大陸には理性を人間の最上位に置くという思想も、王国西部のダイナバール地方を選良(エリート)とする思想もなかった。
「このままでは大陸は異世界に飲みこまれてしまうだろう」
今はまだ、世界を滅ぼす兵器や魔法の類は持ちこまれていないが、この先どうなるかはわからない。
ゾラスの観測によれば、この世界と隣接する世界はフィンランディアだけでなくさらに四つ以上の世界が隣接していることがわかっていた。
ロベスピエールやヒトラーの名前に聞き覚えがないことを考えれば、それはフィンランディアからやってきたものではあるまい。
このまま転生者が増殖すれば、異世界の因果がより拡大することになる。
すなわち、異世界の知識、思想、文化、そういったものがこのアウレリア大陸に浸透すればするほど、次元境界のほころびは大きくなる。
近い将来、さらなる転生者がこのアウレリア大陸に次々と出現するであろう。
もはやそうなれば、このアウレリア大陸に古来から根づいてきた文化と伝統は根こそぎ異世界の色に塗り替えられてしまうに違いなかった。
何より、フィンランディアより上位の世界が侵食してきた場合、世界が滅亡してしまうような大戦争が現出する可能性があった。
築き上げてきた歴史が、より強い異世界の介入によって無価値なものにされる。
それは許しがたい暴虐だとゾラスは思う。
「――――急がなくては、な」
「ゾラス様?」
遠く王都を睨みつけて深く覚悟を固めるゾラスに、メイラが心配そうな視線を向けた。
ゾラスの体調が決してよくないことを知っていたからだ。
人目を忍んだ逃亡生活、栄養状態もよいとは言えず、責任感の強いゾラスは精神的にも打ちのめされていた。
だが、そんなことさえ今は取るに足りない。
そう、もはやコルネアと再会する見込みのなくなったこの命さえ――――。
「研究施設が早急に必要だ。人手も集めなくては――メイラ、ラターシュ、力を貸してくれるか?」
「わ、私でよければ喜んで!」
「いくらでも手を貸しますから、隠し事はなしですよ?」
「すまん」
ゾラスたちが密かに研究所を建設したのは、現在のガルトレイク王国がある大陸の東、マーグモニクであった。
寒冷な地であるそこは、心身ともにダメージを受けたゾラスにさらなるダメージを与えた。
それでもなお、憑かれたようにゾラスは研究を続けていた。
彼がそれほどに必死になるのにはもちろんそれなりの事情がある。
王都を占拠したロベスピエールと、副都ダイナバールのアドルフ・ヒトラーが酸鼻を極める消耗戦を戦っているうちに、第三勢力の登場が混乱に拍車をかけた。
第三勢力の旗頭になったのは一人の少女である。
その名をマルガリータ・ナリデス――現在の名をジャンヌ・ダルクという。
ロベスピエールもアドルフ・ヒトラーも既成の宗教を否定し弾圧したために、宗教勢力が彼女のもとに集結したのである。
彼女は政治的にも軍事的にも無能に近かったが、彼女を補佐するジル・ド・レは十分な軍事的才能に恵まれていた。
結果としてアウレリア大陸は対立が対立を呼ぶ戦国時代と化していたのであった。
異世界の記憶を持つ転生者が、この平和だったアウレリア大陸を地獄絵図に塗り替えていくのを、ゾラスは忸怩たる思いで見守るしかなかった。
なんとしても防がなくてはならない。たとえ二度と故郷フィンランディアに帰らなくなるとしてもである。
これまで培われてきた歴史が、ある日突然異世界からの侵略によって失われるような未来を容認するつもりは、ゾラスにはなかった。
ただフィンランディアに帰る、もう一度コルネアに再会するためだけに研究を続けてきたが、それが叶わなくなった今、ゾラスが成すべきはメイラやラターシュの未来の防衛であった。
「現在のところ異世界からの侵食は止まっているようだが、同調の失敗から次元境界に穴が開いている状態が続いている。この穴を閉じなければ異世界の影響を失くすことはできないだろう」
「どうすればよいのですか?」
「同調位相を反転させる。そうすることで次元境界の接点を弾き飛ばすしかあるまい」
それはすなわち、フィンランディアとの接点を突き放すこと。
やらなければならない、と決意しながらも、ゾラスの心は暗澹たる思いに捕らわれていた。
そんな心の隙間を埋めてくれたのが、メイラの存在である。
彼女はゾラスの妻として、研究の右腕になると同時に、五つ子を含む五男二女を出産してにぎやかな家庭の花となった。
それからおよそ六年の月日が過ぎた。
大陸はますます混沌の度を増しているが、先日ロベスピエールが同志によって暗殺されると、その跡をオリバー・クロムウェルが継いだ。
オリバー・クロムウェルは軍事的才能においてロベスピエールを凌駕しており、アドルフ・ヒトラーとジャンヌ・ダルクは劣勢に立たされる。
だが人望という点においてオリバー・クロムウェルはロベスピエールの数段も下であったために、たびたび戦闘に勝利しながらも王都勢は勢力を伸ばしきれずにいた。
そうして戦いの担い手であるアウレリア大陸人の間に、厭戦気分が高まっていく。
その一部からメイラやラターシュのようにフィンランディア人に友好的な人間が集まり、マーグモニクを中心に一大勢力と化していた。
王国の争いに嫌気が差した難民たちが、辺境に散らばり新たな生息域を開拓し始めたのもこのときである。
「――――ようやく形になったか」
疲労で頭髪が真っ白になってしまったゾラスを、心配そうにメイラが後ろから支えた。
「あまり無理しないで、あなた」
「無理をできるのは今だけさ」
ここ数か月というもの、ゾラスは自分の寿命が尽きようとしているのをひしひしと感じていた。
フィンラディア人には事故ではなく自然死することの自覚症状がある。
実験事故のときのマグワイアもそうだったのだろう。
自分の思ったよりも、自覚症状は早かった。
なるほど、気が焦るはずだ、とゾラスは思った。
事実、ゾラスは命を削る思いで次元境界の封鎖のための秘宝(アーティファクト)作成に血道をあげていた。
死んでしまっては製作することもできないからだ。
「残念だが、これ以上試行錯誤している余裕はない。今までの試作品でも異世界の侵食を排除する効果は確認できた……」
異世界人が持つ力の根源をこの世界から切り離す。
そうすることでおそらくは転生者の記憶もまた失われるはずだ、とゾラスは考えていた。
転生者が転生者の記憶を失えば、この混沌とした戦争も終わりを告げるだろう。
そしてこのアウレリア大陸の人間が、本当の歴史を紡いでいくことができる。
そのときは、ゾラスの子どもたちもまた、新たなアウレリア大陸の住人として生きていくことができるはずだ。
「あなた、もうそれ以上は……」
「だが、やはり完全には無理だったか」
円筒やマントをはじめとした複数の実験物を一瞥して、ゾラスは深いため息を吐いた。
獣人の身体と融合した結果、ゾラスたちフィンランディア人は魔力を失った。
この世界のメイラやラターシュたちでは魔力が足りない。厳密には、次元境界の穴を塞ぎ切り離すためには、このアウレリア大陸人の魔力とフィンランディア人の魔力の双方が必要であった。
だが、そのフィンランディア人の魔力を使うことのできる人間が誰一人としていないのが問題だった。
「ラターシュよ」
「はい。お師様」
「これより最後の実験を行う。おそらくほぼ99%の侵食は封じることができるはずだが、決して完全ではない。もはや残された時間も少ないゆえ、やり残した方策を託す」
「この身にかえましても」
「今後、獣人で魔力を持つ者が現われたらこれを監視し、危険と思えばこれを排除しろ。我が魔導具を発動すれば、獣人の魔力は失われる。そうと知って協力するものは多くはあるまい」
「つまり、次元境界の封鎖には魔力を持った獣人が必要だと?」
「厳密にはこの世界と、フィンランディア――獣人の世界の魔力が必要なのだ。しかし、獣人が協力をよしとせず、欲しいままに振舞うなら次元境界の封印を再び緩むであろう」
たとえば、異世界の知識に基づいて作られた武器や思想などの因果が普及すればするほど、次元境界の封印は緩む。
「メイラよ」
「はい、あなた」
「獣の血筋を守り、いつか獣人が魔力を持って生まれたら十全に力を使いこなすことができるよう、獣人たちを守ってくれ。まだまだこの世界は異邦人の獣人に冷たいであろう」
「この子たちを守るのは当たり前ですわ」
この世界に残る獣人の数は少ない。
決してその血が途絶えることがあってはならなかった。
そうなれば完全な封印を実施するための条件が永遠に失われてしまうからだ。
「さて、では実験を始めるとしようか。完全ならざる平和のために」
ゾラスは巨大な尖塔の地下に収められた宝珠を起動した。
「魔力充填開始」
「充填接続します」
宝珠の色が、赤から青へ、そしてゆっくりと黄金へと変化していく。
およそ半刻ほどして、黄金の輝きはますます増し、ついには一筋の閃光となって空の彼方を照らし始めた。
その幻想的な光景は、アウレリア大陸のどの地点からも見ることができたという。
「充填率八十%」
「これ以上充填できません」
「同調反転開始」
「反転、開始します」
目には見えないが、不可視の壁がこの世界とフィンランディアとの境界を閉ざしていくのをゾラスは幻視して涙した。
「さらば――――コルネア」
封印実験は成功のうちに終わった。
実験後、この世界にアドルフ・ヒトラーやジャンヌ・ダルク、オリバー・クロムウェルという人格は影も形もなくその姿を消していた。
長い物語を語り終え、シュエは薔薇水を飲んで唇を湿らせた。
「長い年月が経過するうちに伝承は歪められていきました。教団はただただ獣人を排除し、聖遺物を管理するようになり、我がカディロス王国は鎖国して獣人族をひそかに匿う。なぜそのような掟ができたのか知るものは誰もいなくなってしまったのです」
「ならばそれを知る貴女は?」
アウグストの問いにシュエは嫣然と答えた。
「もう予想はしているのでしょう? 宰相殿。それは私が――――メイラの転生者であるからです」
※ 眠いので後日加筆します
65
お気に入りに追加
16,185
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。