異世界転生騒動記

高見 梁川

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第百七十六話 神話の世界その5

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 世界の支配者であったフィンランディア人、そしてその英知の擁護者バンヒュート族が獣人に変化したという事実は、帝国の政治環境を激変させずには置かなかった。
 まず本当にフィンランディア人と今の姿に変わった獣人が同一の存在であるのか、という疑念があり、関係者の証言によってそれが事実が判明すると帝国は真っ二つに割れた。
 すなわち、魔力を失ったフィンランディア人を駆逐して新たな支配者に成り上がろうとする者と、彼らの英知の恩恵を守ろうとする者にである。
 魔力を失ったとはいえ、統治のシステムや魔法技術の大半は研究者であるバンヒュート族の管理下にあった。
 これまでのそうした秩序を否定し失ってしまうならば、アウレリア大陸の文明の退化と混乱は避けられない。
 しかしこの時点で急がずとも緩やかに人間の地位は向上すると考える者が多数派であった。
 なんといってもフィンランディア人は絶対的に少数であり、コンスタンティノス魔導学校を筆頭に、英知を授けられたアウレリア大陸人は年々増加していた。
 わざわざ危険を犯してまで彼らを排除する理由がなかった。

 ――――ところが一人の少年の出現がその流れを変えた。
 マクシミリアン・ロベスピエールと名乗る少年は、巧みな弁舌で民衆を味方につけると、不平等と貧困は全てフィンランディアのせいであると扇動したのである。
 なんの肩書もない少年の演説に群衆は釘付けとなった。
 彼は正しく生まれながらの扇動者(アジテーター)であった。
 無垢で、無私で、かしこく、それゆえに残酷な徹頭徹尾容赦のない革命者としてすべての素養を所有していた。
 少年こそは、あの暗黒のフランス革命を指導し反対する政治勢力を万単位で虐殺した魔王、マクシミリアン・ロベスピエールの転生者であったのだ。
「何の権利もなく我が大陸人の上に君臨する異国人は、人類と世界に反逆する奴隷である!」
 彼は為政者からのフィンランディア人の排除を堂々と宣言した。
「平等こそがすべての前の根源であり、不平等はあらゆる悪徳の根源である。今こそ不平等の象徴であるフィンランディア人を排除せよ!」
 ほんのわずかな数の扇動にすぎなかったそれは、王都を起点として瞬く間に大陸全土に波及していった。
 決して人間は虐げられているとはいえなかったが、アウレリア人がフィンランディア人よりも貧しく、危険な仕事に従事させられていたのは事実であったし、これまで支配していたフィンランディア人を追い出し、自分が支配者に成り上がることを夢見る人間は、優秀な人間のなかにほど多かったのである。
 たちまちのうちに数万という大衆の支持を受けたロベスピエールは、王都の中心にあるテュイルリーの広場で群衆に向けて毒を解き放った。
「殺せ! 徳無き彼らの支配の時代は終わり、新たな夜明けがやってくる。その夜明けは血によって贖われなければならない!」
 この熱狂がたちまちのうちに帝都コンスタンティノスを席巻した。
 かつての力あるバンヒュート族であれば、鎮圧することなど造作もなかったであろう。それだけの格差がバンヒュート族と人間の間には存在した。
 なんの誇張もなく、バンヒュートの研究者が本気で対人魔法を無制限に使用すれば、たった百人のバンヒュート族がアウレリア大陸全ての人間を全滅させることも可能であったろう。
 それはいわば生物としての生まれ持った格差であり、平等とはまるで無縁な覆すことのできない絶対的な壁であった。
 しかし今のバンヒュート族には肝心の魔力が失われてしまっている。
 もはや数の暴力に対抗する術はなく、かろうじて貴重な魔道具によって均衡を保っていたのだが、ロベスピエールの扇動による内乱は、その均衡状態を根底から覆した。
 真っ先に狙われたのがゾラスが主管する帝国研究所であった。
 ロベスピエールに傾倒したアウレリア人の研究者によって、研究所の魔法セキュリティーは解除されていた。
 そのため研究所は暴徒によって奇襲されることとなったのである。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「防御結界の起動を急げ! 逃げるんだ!」
 殺戮が始まった。
 魔力を失ったフィンランディア人は、戦闘力ではなんらアウレリア大陸人と変わらない。
 変わらないのならば数の力に勝てるはずがなかった。
 わずかに稼働していた魔道具が暴徒の侵入を防ぎ、その隙に逃げようとバンヒュート族の研究者たちは模索するが、彼らには運がなかった。
 現在この研究所にいるアウレリア大陸人の研究者は、ロベスピエールに共感するものばかりであった。
 ゾラスに近い研究者は、メイラとラターシュを筆頭に王都から離れたメジナの地で新たな魔導施設を新設するために赴いていた。
 そのため残った研究所員は、ほぼ全員が彼らバンヒュート族の敵であった。
「うわああああ! やめろ! 来るな!」
「わ、我らの英知を授けられなければ猿同然の分際で…………!」
 異郷で殺されていく無念はいかばかりか。
 殺されゆくバンヒュート族研究者たちは絶望し、かつアウレリア大陸人を憎んだ。
 彼らは望んでこの地に来たわけではない。
 帰れるならばすぐにでも帰りたかった。決してアウレリア人を侵略し奴隷とするために来たわけでもないし、そうしたわけでもなかった。
 なのにこうして殺されなければならない理不尽を、彼らは許容することができなかった。
「いやだっ! 俺は帰る! 帰るぞ!」
 万が一、いや、億が一の可能性に賭けて一人の研究者が次元境界の同調を作動させたのはそのときである。
 もちろん、作動に必要な魔力は先ごろの実験で失われていた。
 同調も決して万全なものとはいえず、結局暴走を引き起こすだけに終わった。
 それを十分に承知していても、最後の望みに縋った気持ちを誰が責められるだろう。
 はたして彼の行動に同調する者が二人、三人と現れ、殺されるくらいなら、と実験室に集合したバンヒュート族の研究者は最終的に十数名を数えた。
「――――生き残ったのはこれだけか」
「みんな死んでしまった……」
「どんなにかフィンランディアへ帰りたかっただろうに、あの蛮族どものせいで……」
 すでに脱出の望みは失われている。
 実験室は研究所の中枢にあり、そこから外部へと通じる通路はすべて叛徒に占拠されてしまっていた。
「せめて最後にもう一度でいい。あの懐かしい空を見せてくれ!」
 魔力が必要量の百分の一にも満たぬ以上、実験が失敗に終わることは目に見えている。
 だがほんのわずかでもチャンスがあるならそれにすがりたい。それができぬなら、せめてもう一度故郷の景色が見たい。
 その一心で男たちは次元境界同調装置の起動スイッチを押した。
「ここかっ!」
 ついに叛徒たちが実験室の扉にまで達した。
「開かないぞ?」
「くそっ! 魔法阻害装置が働いている!」
「いいから壊せ!」
 人海戦術で扉を破壊し始めると、バリケードとして積み上げられたテーブルや薬品棚が姿を現した。
 しかしそのときにはすでに、起動スイッチは押され、同調装置は静かに稼働を始めていた。
 幸か不幸か、考えていた通り次元境界を同調させるには魔力があまりに足りな過ぎたようで、モニターを見つめる彼らの求める光景が現われることはなかった。
「――――無理だったか……」
 モニターを睨み、呻くように呟くと次々にバンヒュート族研究者たちは殺されていった。
「そんな機械は壊してしまえ!」
 叛徒からしてみれば、万が一にもフィンランディア人が力を取り戻すようなことがあっては困る。
 そんな短絡的な発想で、営々として築き上げられた英知の結晶である次元境界同調装置は破壊されてしまったのである。
 それがどんな結果をもたらすのかを、そのときは誰も知らなかった。


 ゾラスがこの悲報を聞いたのはそれから翌日のことであった。
 ことの成り行きを聞いたゾラスは、事態の深刻さを正確に洞察した。
「ここも危ういな」
 叛徒が王都を掌握すれば、いずれ周辺地域にも押し寄せてくることは明白である。
 彼らはその大義名分のためにも、ゾラスを討ちはたさずにはおかないだろう。
「……残っているのは俺たち五人だけか」
 寂しそうに嗤ったのはゾラスの同僚、ハメネスである。
 ゾラスよりも年長であり、確かフィンランディア世界に妻と二人の子を残してきているはずであった。
「研究所の同調装置が破壊されたというのは本当か?」
「逃げてきた王都民の話が事実であれば」
「死ぬ直前の同胞が、あの装置を稼働させなかったとは思えん。下手をすると最悪の状況になるかもしれんぞ」
「――――最悪の状況とはなんなのでしょうか?」
 ゾラスの血の気の引いた表情に、自らも生唾を飲みこみながらメイラが問う。
「次元境界の侵食が始まる。異世界からの影響によって、この世界が侵食され、変容され、最悪の場合は飲みこまれてしまうだろう」
 このゾラスの懸念は全てではないが、的中していた。
 最悪に至らなかったのは、やはり同調するための魔力が少なすぎたことによるものだ。
 しかし異世界による浸食は、わずかだが確実にこのアウレリア大陸をむしばみ始めていた。
 すなわち、異世界の侵食による転生者の覚醒がロベスピエール以外にも起こり始めていた。
 王都をロベスピエールとその一党が占拠してからまもなくして、副都であるダイナバールにおいて抵抗勢力が決起する。
 一人の少年が余裕の笑みを浮かべ、バルコニーから群衆へ向かって手を振っていた。
「私は戦争を望む。ゆえに、私の手段はすべて正当化される」
 王国の頂点に君臨することができるのは一人のみ。
 ロベスピエールにその地位を譲りたくないという野心家は王国に数多く存在した。
 ダイナバール都督の息子もまたそうした群雄の一人であり、類まれな弁舌力と戦略眼に恵まれていた。
 その指導者たる少年の名を、アウグスト・ダイナバールそして現在の名をアドルフ・ヒトラーと言った。
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