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第百七十三話 神話の世界その2
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――――それは統一王朝の成立よりも遥かに昔の話である。
「大丈夫ですか? ゾラス様」
気づかわし気に少年は狼耳の男性の額に手を当てた。
発熱は収まってきているようだが、男の体力の消耗が激しいのが心配であった。
「大丈夫だ。この体になってからは丈夫なことだけが自慢だからな」
少年に気遣われたゾラスは自嘲気味に嗤った。
バンヒュート族の大魔導(グランウィズ)ゾラスは逃亡生活を送っており、すでに半月以上も経過している。
慣れない逃亡生活にストレスと疲労が溜まっていた。
はたして別れた仲間たちはどうしているか、彼らの安否が心配であった。
「このあたりはいったいどこなのでしょう?」
不安そうにあたりを見渡すのは、水色の瞳の美しい少女メイラである。
少年――ラターシュは聡明そうな黒い瞳を向けて明快に答えた。
「エンゲルホルムからおよそ十数キロというところかな」
のちにノルトランド帝国と呼ばれることになるそこは、いまだ手つかずの辺境にすぎなかった。
帝都コンンスタンティノスで大規模な叛乱が発生してから、どれほどの日数が経過しただろうか。
あの悪夢のような転移実験の失敗から、すでに半年が経過しようとしていた。
そもそもバンヒュート族は、このアウレリア大陸の生物であるどころか、この世界の人間ですらない。
彼らの故郷はフィンランディアと呼ばれる世界で、バンヒュート族はそのなかの少数民族のひとつであった。
望郷の念に駆られ、バンヒュート族は帰還のための実験を強行した。
理論的には成功するはずだった故郷への帰還実験は、全く予想外の失敗に終わった。
肉体はおそらくあの懐かしいフィンランディアへと帰り着いた。
しかし魂だけは――このアウレリア大陸を離れることはできなかったのである。
そしてバンヒュート族の身体は、あのフィンランディアで奴隷同然に暮らしていた獣人族の身体に置き換わっていた。
結果から推察するに、肉体だけが獣人の身体と交換する形で帰還した――ということであろう。
ゾラスは絶望とともに瞑目して天を仰いだ。
「失敗の責任は取らなくてはならない――だが一人には荷が重いよ、コルネア」
ゾラスの記憶は、まだフィンランディアで一研究者をしていたころに遡る。
フィンランディアで全大陸を巻きこんだ大戦争がはじまった。
東の大国アグレシアと西の大国ベゾースは、内陸の小国パンゲアの資源を争い、小規模な戦闘はたちまち全面戦争に拡大した。
アグレシアと安全保障条約を締結していたバンヒュート族も否応なくその戦いに巻き込まれてしまう。
戦いは大陸を二分する大国同士が一歩も退かず、激戦は数年以上に及び大陸に膨大な混乱をもたらした。
小国にすぎなかったバンヒュート族は、大国アグレシアの圧力を前に経済的収奪を防ぐことができず、国民は飢え、産業は衰退した。
そんな中、バンヒュート族のとある魔導士(ウィザード)が、並列する異世界のエネルギーを魔力に変換するという仮説を発見してしまう。
ゾラスの愛弟子にして恋人でもあるコルネアの発見であった。
この仮説はまだまだ論証に耐えうるものではなく、もしかしたら可能かもしれない、という程度のものでしかなかったのだが、戦争に理性を失った大国がそれを放置しておくわけがなかった。
もし仮説が事実であれば、出口の見えない大戦争も一日で決着がつくかもしれないからだ。
たちまちバンヒュート族の国家は、援助と収奪からの保護を条件に仮説を実証することを求められた。事実上の命令であった。
だが、それを敵国であるベゾ―スも手をつかねて見守っているはずがない。
実証試験と時を合わせて、バンヒュート族と敵対する大国ベゾースが大侵攻作戦を発動した。
実験のスタッフであったゾラスにとっては、まさに悪夢を見る思いであった。
同盟とは名ばかりの大国アグレシアは、実験の強行を圧しつけてくるし、それをさせまいと敵対する大国ベゾースも威信をかけ攻撃を激しくする。
両軍合わせて十万を超える大会戦の末、戦いはベゾース側の勝利に終わった。
著しく消耗しながらも、ベゾースは実験を中止させるべく精鋭をバンヒュート族のもとへ送りこんできた。
それでもなお、アグレシアから派遣されてきた外交武官は実験を続けさせる。
今さら実験の成果をもって逃亡するには遅すぎたし、実験をする前とした後では研究の進行に差がありすぎたためだ。
彼にはなんとしても役に立つデータを本国に持ち帰るという使命があった。
時間とともに市内の各所で防衛線を突破し、ベゾースの部隊が研究所へと接近し始め、もはや実験の開始は間に合わないかに思われたが、ゾラスやコルネアの必死の反対は何の役にも立たなかった。
上層部の判断によって、ついに実験は見切り発進で開始されてしまう。
世界境界線を魔力によって同調させ、異世界の力を利用して互いの境界を曖昧なものにしてしまう。
成功すればそのエネルギーは核爆発を遥かに凌ぐものになったはずであった。
しかし――――
「だめ! 同調レベルが想定より低いわ!」
「回路エラーは?」
「自己診断異常なし!」
「なぜだ? 反転作用でも?」
「すぐにエネルギーの供給を遮断しろ!」
「もう無理なのよ! 侵食する異世界のエネルギーのほうがこっちより大きいの!」
世界境界が破壊されてしまえば、二つの世界が融合しどちらかの世界が壊れてしまうかもしれない。あるいは二つの世界が壊れ、全く新しい世界が誕生するのかも。
だからこそ境界線を曖昧にするよう同調することが要だった。その同調が失敗しようとしているのである。
「なんとかエネルギーの侵食だけでも阻止するんだ! 最悪全世界が滅びるぞ!」
やはり何がなんでも実験を阻止するべきだった、とゾラスは臍をかんだ。
「こうなったら同調は捨てるわ!」
そこで実験のリーダーであるコルネアは、恐ろしい判断を下した。
男よりも大胆で剛毅果断、それがコルネアの本質であり、研究者として師であるゾラスを超えた最大の要因であった。
彼女と同じ判断を、ゾラスは絶対に採ることができなかったであろう。
コルネアが何を考えているのかゾラスは察することができた。
エネルギーの総量で劣るなら、一時的にこちらのエネルギーを収束することで上回り、異世界のエネルギーの侵食を跳ね返そうというのである。
そんなことをして反発しあったエネルギーはどんな副作用をもたらすかゾラスには見当もつかない。
しかしこのまま座して待っても、侵食され臨界を迎えればおそらくこの世界は終わるのである。
気がつけばゾラスはコルネアに右手を痛いほどに強く握られていた。
「研究者は一度始めた実験の結果に責任を持たなくてはならない、だったわよね?」
「…………ああ、そうだ」
「責任取り切れるかしら?」
失敗すれば、死ぬ人間の数は数万ではきかない。あるいは世界自体は滅亡して人間が死に絶えるかもしれないのだ。
「だが研究者は知を守護するものとして、破滅を傍観することは許されない。たとえ責任がこの身の器を超えるとしても。それに――――」
「それに?」
「一人で責任を取る必要なんてない。俺じゃさして足しにもならんかもしれんが」
「…………ありがとう」
照れたように呟いたコルネアの目はすでに前を向いていた。
「全魔力を用いて境界線を強化、異世界境界を弾き飛ばします!」
同調することが不可能なら、逆に弾き飛ばすしか侵食を防ぐ方法はない。
だが、ただでさえ異世界側のほうが魔力が強い以上、その機会はおそらく一度きり。失敗は許されなかった。
その重圧をものともせず、コルネアは必死に奮闘した。
侵食を力でねじ伏せ、最後の最後で世界が救われた――そんなことをゾラスとコルネアが確信したとき、一発の砲弾が運命を変えた。
とうとう研究所までやってきたベゾース軍は、すでに実験が開始されたとみるや、実験の接収ではなく破壊の方向へと舵を切ったのだ。
天井が破壊されて順調であった計器類が一斉に異常な数値を示した。
「ゾラス!」
「コルネア!」
眩い太陽のような光のなかに、ゾラスの身体は一瞬で飲みこまれた。
それがコルネアとの最後の別れであった。
気がついたときにはゾラスはこのアウレリア大陸にいた。
どうしてこのような肉体を伴う転移が行われたのかは、全く推論すらできないことだった。
全てはあの攻撃による偶然の産物であるからだ。
「コルネア?」
ともに転移したと思われたコルネアの姿はどこを探しても見当たらなかった。
ゾラスは狂ったように恋人の姿を探し求めた。
しかし見つかったのは同じ研究所にいた職員と、なぜかアグレシアの外交武官、そして何も事情を知らない民衆が数百名。
その後大陸中を探しても、見つかったフィンランディア世界の住人はそれだけだった。
アグレシアの外交武官――名をアミアンという四十代の軍人は、ゾラスたち研究者に元の世界への帰還を要求した。
戦争中である故国に一瞬でも早く帰らなければならないというのである。
帰りたいという気持ちはゾラスも同じであった。
この世界にいないのなら、コルネアはあの世界に残された可能性が高いからだ。
ベゾースによって攻撃されている研究所に残るということが何を意味するのかわからないゾラスではなかった。
だが現実の問題として、帰還のための設備を構築するのは至難を極めた。
あれほどの大規模な実験を実施するためには、人手があまりにも不足していた。
この世界へ漂着したフィンランディア人は合計で二百四十名にすぎない。さらに魔導技術者となるとわずかに十八名だけ。
あの同調実験に参加した技術者の数は軽く千名を超えるのである。
帰る見込みのないことを知ると、アミアンは三か月と経たぬうちに精神を病んで、ある日唐突に自殺した。
彼のように自殺するフィンランディア人はごく短期間の間に十名を数えた。
絶望がゾラスの胸を蝕んでいく。
だが、それでもなおゾラスは帰還を諦めようとは思わなかった。
技術者がいないのなら育てればよい。
仲間を探す過程で接点を得たアウレリア大陸の人間は、比較的温厚で交流をする点で不足はなかった。
その日から、先住民たるアウレリア大陸人を指導し教育するという、気が遠くなるような長い帰還への道のりが始まったのである。
「大丈夫ですか? ゾラス様」
気づかわし気に少年は狼耳の男性の額に手を当てた。
発熱は収まってきているようだが、男の体力の消耗が激しいのが心配であった。
「大丈夫だ。この体になってからは丈夫なことだけが自慢だからな」
少年に気遣われたゾラスは自嘲気味に嗤った。
バンヒュート族の大魔導(グランウィズ)ゾラスは逃亡生活を送っており、すでに半月以上も経過している。
慣れない逃亡生活にストレスと疲労が溜まっていた。
はたして別れた仲間たちはどうしているか、彼らの安否が心配であった。
「このあたりはいったいどこなのでしょう?」
不安そうにあたりを見渡すのは、水色の瞳の美しい少女メイラである。
少年――ラターシュは聡明そうな黒い瞳を向けて明快に答えた。
「エンゲルホルムからおよそ十数キロというところかな」
のちにノルトランド帝国と呼ばれることになるそこは、いまだ手つかずの辺境にすぎなかった。
帝都コンンスタンティノスで大規模な叛乱が発生してから、どれほどの日数が経過しただろうか。
あの悪夢のような転移実験の失敗から、すでに半年が経過しようとしていた。
そもそもバンヒュート族は、このアウレリア大陸の生物であるどころか、この世界の人間ですらない。
彼らの故郷はフィンランディアと呼ばれる世界で、バンヒュート族はそのなかの少数民族のひとつであった。
望郷の念に駆られ、バンヒュート族は帰還のための実験を強行した。
理論的には成功するはずだった故郷への帰還実験は、全く予想外の失敗に終わった。
肉体はおそらくあの懐かしいフィンランディアへと帰り着いた。
しかし魂だけは――このアウレリア大陸を離れることはできなかったのである。
そしてバンヒュート族の身体は、あのフィンランディアで奴隷同然に暮らしていた獣人族の身体に置き換わっていた。
結果から推察するに、肉体だけが獣人の身体と交換する形で帰還した――ということであろう。
ゾラスは絶望とともに瞑目して天を仰いだ。
「失敗の責任は取らなくてはならない――だが一人には荷が重いよ、コルネア」
ゾラスの記憶は、まだフィンランディアで一研究者をしていたころに遡る。
フィンランディアで全大陸を巻きこんだ大戦争がはじまった。
東の大国アグレシアと西の大国ベゾースは、内陸の小国パンゲアの資源を争い、小規模な戦闘はたちまち全面戦争に拡大した。
アグレシアと安全保障条約を締結していたバンヒュート族も否応なくその戦いに巻き込まれてしまう。
戦いは大陸を二分する大国同士が一歩も退かず、激戦は数年以上に及び大陸に膨大な混乱をもたらした。
小国にすぎなかったバンヒュート族は、大国アグレシアの圧力を前に経済的収奪を防ぐことができず、国民は飢え、産業は衰退した。
そんな中、バンヒュート族のとある魔導士(ウィザード)が、並列する異世界のエネルギーを魔力に変換するという仮説を発見してしまう。
ゾラスの愛弟子にして恋人でもあるコルネアの発見であった。
この仮説はまだまだ論証に耐えうるものではなく、もしかしたら可能かもしれない、という程度のものでしかなかったのだが、戦争に理性を失った大国がそれを放置しておくわけがなかった。
もし仮説が事実であれば、出口の見えない大戦争も一日で決着がつくかもしれないからだ。
たちまちバンヒュート族の国家は、援助と収奪からの保護を条件に仮説を実証することを求められた。事実上の命令であった。
だが、それを敵国であるベゾ―スも手をつかねて見守っているはずがない。
実証試験と時を合わせて、バンヒュート族と敵対する大国ベゾースが大侵攻作戦を発動した。
実験のスタッフであったゾラスにとっては、まさに悪夢を見る思いであった。
同盟とは名ばかりの大国アグレシアは、実験の強行を圧しつけてくるし、それをさせまいと敵対する大国ベゾースも威信をかけ攻撃を激しくする。
両軍合わせて十万を超える大会戦の末、戦いはベゾース側の勝利に終わった。
著しく消耗しながらも、ベゾースは実験を中止させるべく精鋭をバンヒュート族のもとへ送りこんできた。
それでもなお、アグレシアから派遣されてきた外交武官は実験を続けさせる。
今さら実験の成果をもって逃亡するには遅すぎたし、実験をする前とした後では研究の進行に差がありすぎたためだ。
彼にはなんとしても役に立つデータを本国に持ち帰るという使命があった。
時間とともに市内の各所で防衛線を突破し、ベゾースの部隊が研究所へと接近し始め、もはや実験の開始は間に合わないかに思われたが、ゾラスやコルネアの必死の反対は何の役にも立たなかった。
上層部の判断によって、ついに実験は見切り発進で開始されてしまう。
世界境界線を魔力によって同調させ、異世界の力を利用して互いの境界を曖昧なものにしてしまう。
成功すればそのエネルギーは核爆発を遥かに凌ぐものになったはずであった。
しかし――――
「だめ! 同調レベルが想定より低いわ!」
「回路エラーは?」
「自己診断異常なし!」
「なぜだ? 反転作用でも?」
「すぐにエネルギーの供給を遮断しろ!」
「もう無理なのよ! 侵食する異世界のエネルギーのほうがこっちより大きいの!」
世界境界が破壊されてしまえば、二つの世界が融合しどちらかの世界が壊れてしまうかもしれない。あるいは二つの世界が壊れ、全く新しい世界が誕生するのかも。
だからこそ境界線を曖昧にするよう同調することが要だった。その同調が失敗しようとしているのである。
「なんとかエネルギーの侵食だけでも阻止するんだ! 最悪全世界が滅びるぞ!」
やはり何がなんでも実験を阻止するべきだった、とゾラスは臍をかんだ。
「こうなったら同調は捨てるわ!」
そこで実験のリーダーであるコルネアは、恐ろしい判断を下した。
男よりも大胆で剛毅果断、それがコルネアの本質であり、研究者として師であるゾラスを超えた最大の要因であった。
彼女と同じ判断を、ゾラスは絶対に採ることができなかったであろう。
コルネアが何を考えているのかゾラスは察することができた。
エネルギーの総量で劣るなら、一時的にこちらのエネルギーを収束することで上回り、異世界のエネルギーの侵食を跳ね返そうというのである。
そんなことをして反発しあったエネルギーはどんな副作用をもたらすかゾラスには見当もつかない。
しかしこのまま座して待っても、侵食され臨界を迎えればおそらくこの世界は終わるのである。
気がつけばゾラスはコルネアに右手を痛いほどに強く握られていた。
「研究者は一度始めた実験の結果に責任を持たなくてはならない、だったわよね?」
「…………ああ、そうだ」
「責任取り切れるかしら?」
失敗すれば、死ぬ人間の数は数万ではきかない。あるいは世界自体は滅亡して人間が死に絶えるかもしれないのだ。
「だが研究者は知を守護するものとして、破滅を傍観することは許されない。たとえ責任がこの身の器を超えるとしても。それに――――」
「それに?」
「一人で責任を取る必要なんてない。俺じゃさして足しにもならんかもしれんが」
「…………ありがとう」
照れたように呟いたコルネアの目はすでに前を向いていた。
「全魔力を用いて境界線を強化、異世界境界を弾き飛ばします!」
同調することが不可能なら、逆に弾き飛ばすしか侵食を防ぐ方法はない。
だが、ただでさえ異世界側のほうが魔力が強い以上、その機会はおそらく一度きり。失敗は許されなかった。
その重圧をものともせず、コルネアは必死に奮闘した。
侵食を力でねじ伏せ、最後の最後で世界が救われた――そんなことをゾラスとコルネアが確信したとき、一発の砲弾が運命を変えた。
とうとう研究所までやってきたベゾース軍は、すでに実験が開始されたとみるや、実験の接収ではなく破壊の方向へと舵を切ったのだ。
天井が破壊されて順調であった計器類が一斉に異常な数値を示した。
「ゾラス!」
「コルネア!」
眩い太陽のような光のなかに、ゾラスの身体は一瞬で飲みこまれた。
それがコルネアとの最後の別れであった。
気がついたときにはゾラスはこのアウレリア大陸にいた。
どうしてこのような肉体を伴う転移が行われたのかは、全く推論すらできないことだった。
全てはあの攻撃による偶然の産物であるからだ。
「コルネア?」
ともに転移したと思われたコルネアの姿はどこを探しても見当たらなかった。
ゾラスは狂ったように恋人の姿を探し求めた。
しかし見つかったのは同じ研究所にいた職員と、なぜかアグレシアの外交武官、そして何も事情を知らない民衆が数百名。
その後大陸中を探しても、見つかったフィンランディア世界の住人はそれだけだった。
アグレシアの外交武官――名をアミアンという四十代の軍人は、ゾラスたち研究者に元の世界への帰還を要求した。
戦争中である故国に一瞬でも早く帰らなければならないというのである。
帰りたいという気持ちはゾラスも同じであった。
この世界にいないのなら、コルネアはあの世界に残された可能性が高いからだ。
ベゾースによって攻撃されている研究所に残るということが何を意味するのかわからないゾラスではなかった。
だが現実の問題として、帰還のための設備を構築するのは至難を極めた。
あれほどの大規模な実験を実施するためには、人手があまりにも不足していた。
この世界へ漂着したフィンランディア人は合計で二百四十名にすぎない。さらに魔導技術者となるとわずかに十八名だけ。
あの同調実験に参加した技術者の数は軽く千名を超えるのである。
帰る見込みのないことを知ると、アミアンは三か月と経たぬうちに精神を病んで、ある日唐突に自殺した。
彼のように自殺するフィンランディア人はごく短期間の間に十名を数えた。
絶望がゾラスの胸を蝕んでいく。
だが、それでもなおゾラスは帰還を諦めようとは思わなかった。
技術者がいないのなら育てればよい。
仲間を探す過程で接点を得たアウレリア大陸の人間は、比較的温厚で交流をする点で不足はなかった。
その日から、先住民たるアウレリア大陸人を指導し教育するという、気が遠くなるような長い帰還への道のりが始まったのである。
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