209 / 252
14巻
14-1
しおりを挟む巡洋艦薄雪の艦橋に立った隆は、真っ赤になって沈む夕陽を睨みつけていた。
既に辺りは夜の闇が降りてきており、お世辞にも視界がいいとは言えない状況だ。
隆の第十二戦隊は、第一遊撃部隊の第三部隊――通称『西村艦隊』に編制された。
西村艦隊とは、第三部隊の指揮官が西村祥治中将だったためにそう呼ばれた。同様に栗田健男中将指揮の第一部隊は『栗田艦隊』と呼ばれている。
西村艦隊の旗艦は戦艦『山城』であり、その後ろに戦艦『扶桑』が続き、重巡洋艦『最上』、軽巡洋艦『多景』。その後ろに五隻の駆逐艦が続く。
隆の乗る『薄雪』は駆逐艦隊の二番手を進んでいた。
西村艦隊はレイテ島南方のボホール海に差し掛かっている。朝のうちはアメリカ空母艦載機による空襲があったが、その後予想された敵の追撃は無く、今は順調にスリガオ海峡を目指して航行していた。
この太陽が沈んで再び上る頃には、レイテ湾に停泊するアメリカ艦隊の姿が見えているはずだ。
当初の作戦ではレイテ島の北から栗田艦隊が突撃する手はずになっている。栗田艦隊が北から、西村艦隊が南から同時にレイテ湾に迫り、南北挟撃の形を取って敵補給船団を叩く予定だ。
だが、昨日のうちに栗田艦隊は北のシブヤン海でアメリカ軍の猛攻に晒されているという情報も入っており、こちらの現状を栗田艦隊に打電しているものの今に至るも返信は届いていない。
果たして予定通り栗田艦隊が北から突入するのかは、レイテ湾に行ってみないと分からないという状況になっていた。
予定通り突入するのか、それとも引き返すのか。
やきもきした気持ちですっかり暗くなった空を見つめる隆の元に通信兵が駆け込んで来た。
「旗艦山城より入電! 偵察機の報告により敵魚雷艇が集結しているとのこと。先行して敵魚雷艇を掃討せよ! 以上です!」
報告と同時に通信兵から紙片を受け取ると、隆は艦橋にいる全員に指示を出した。
「総員夜戦準備! 配置につき次第行動を開始する!」
各分隊長が持ち場に戻ろうと動き始めた時、もう一人通信兵が駆け込んで来た。
「報告します! 連合艦隊司令長官より西村艦隊全艦宛てに入電! 全艦突撃せよ! 繰り返します! 全艦突撃せよ!」
全員が動きを止めて隆に視線を向ける。
一体どうするのか。どちらの指示に従うのか。全員の目がそう言っていた。
一瞬の逡巡の後、隆は再び宣言した。
「西村中将からの命令は魚雷艇の掃討だ。各員持ち場に戻り、夜戦の準備に掛かれ」
再び各分隊長らが動き始めた。
連合艦隊司令部の命令には具体的な時間等は指示されていない。実際にいつ突撃するかは、艦隊指揮官の西村から追って指示があるはずだ。
すぐに準備完了の報告を受け取った隆は、他の駆逐艦と共に船速を早めた。
見張りの兵に哨戒命令を出すと共に隆も艦橋から双眼鏡で周囲を警戒する。夜の闇に紛れて魚雷艇が集結しているはずだ。そのわずかな灯りを見逃さぬよう、慎重に周囲を見回した。
しばらくすると、また通信兵が駆け込んで来た。
「報告します! 旗艦山城より入電! これより夜戦を開始する! 各艦はレイテ湾に向けて突撃せよ! 以上です」
一瞬、隆の背中に冷たい汗が滲んだ。
いよいよレイテ湾に突入する時が来た。栗田艦隊の動きは分からないが、西村は当初の作戦通りの時間にレイテ湾に突入することを決断した。
隆は伝声管を掴むと、艦内に向けて怒鳴った。
「これより我が艦隊はレイテ湾突入を開始する!
……各員、奮起せよ。 以上!」
伝声管越しにヒリついた空気が伝わって来た。
これから敵艦隊の待ち受けるスリガオ海峡に突入するのだ。誰しも怖くないと言えば嘘になるだろうが、もはや覚悟を決めて飛び込まねばならない。
二時間ほどそのまま進んだが、薄雲の前を行く時雨が突然照明弾を放った。
瞬間的に周囲の闇が照らされ、少し先に魚雷艇らしき船影が浮き上がった。
同時に時雨から敵船に向けた砲撃が始まる。
「敵船発見! 砲撃用意! 撃てー!」
号令と共に轟音が響き、時雨に続いて薄雪からも敵魚雷艇に対する砲撃が始まる。
はるか後方から山城と扶桑も砲撃を開始し、敵船はたまらずに後退を始めた。
「撃ち方ヤメ!」
号令から少し遅れて砲撃が止まった。
既に照明弾の光も無くなっており、無闇な砲撃はこちらの位置を敵に報せるだけとなる。その後、スコールによって視界が悪くなったため、薄雪を含む掃討隊は反転して本隊に合流した。
夜戦開始から既に六時間が経過した深夜、再び時雨が敵艦を発見し、照射射撃を開始した。今度は各艦からも照明弾が発射され、周囲は一時昼間のように明るくなった。
腹に響く轟音が何度も繰り返されるが、敵の反撃は無い。
隆達日本側は気付かなかったが、この時アメリカ側から発射されていた魚雷によって戦艦扶桑が撃沈されていた。
そんなことに構う余裕も無く、今度は正面のレイテ島方面から接近する多数の艦影を確認した。
敵艦発見と同時に隆は海中を走る白い影を見つけた。
「魚雷だ! 退避行動!」
船が急速に右に傾き、白い影の何本かが後ろに逸れる。
だが、魚雷はそれで止まず次々に西村艦隊に迫って来た。
「退避行動! 急げ!」
今度は船体が左に傾く。
今度も何とか交わすことが出来たが、薄雪の前を行く駆逐艦満潮と駆逐艦山雲が相次いで被雷して沈んだ。
「左方より雷跡!」
伝声管から見張りの声が響き、同時に船体が大きく揺れた。
船首の辺りに敵の魚雷が命中し、船体が大きく左に傾き始める。
――沈没する!
瞬時に伝声管を掴んだ隆は、「隔壁封鎖! 右舷注水!」と叫んだ。
即時沈没は何とか免れたものの、船足が一気に遅くなる。
左前方には敵の砲撃による閃光がいくつも見え、すぐに周囲にいくつもの水柱が上がった。
モタつく薄雲の横を旗艦山城が追い越してゆくが、隆の目には山城が左に傾いているように見えた。
すぐに伝令兵が駆け込んで来る。
「山城より入電!――」
瞬間、大きな爆発音と共に薄雪の船体が大きく揺れた。
少し先を行く山城の左舷側で大きな火が見える。恐らく敵の魚雷を受けて山城の船体が誘爆を起こしたのだろう。
揺れが収まった時、再び伝令兵が声を発した。
「や、山城より入電! 我魚雷攻撃を受く、各艦は我をかえりみず前進し、敵を攻撃すべし! 以上です!」
伝令兵の声が終わらぬうちに再び大きな爆発音が聞こえた。山城に第二の誘爆が起きたのだろう。先ほどよりも大きな衝撃が薄雪を襲う。
その時、山城の後ろを航行していた多景が隆の目の前に現れた。
様子を見る限り、多景は回頭して脱出する動きをしている。
再び伝令兵が駆け込む。
「多景より入電! これより戦闘海域を離脱する! 我に続け! 以上です!」
すぐに反応した隆は、伝声管に怒鳴った。
「180°回頭! 海域を離脱する!」
一拍遅れて薄雪が回頭を始める。
最後尾の最上も同様に回頭を始め、西村艦隊の突撃は中止を余儀なくされた。
回頭中も敵の砲撃と雷撃は止まず、周囲に次々と水柱が上がる。
山城に視線をやると、今までで一番大きな爆発が起こって山城の艦橋が崩れ落ちた。
恐らく火薬庫に引火したのだろう。指揮官の西村中将以下、西村艦隊の首脳部がたった今壊滅したことを理解した。
何とか回頭が完了し、薄雪は南に向かって離脱を開始した。
足が自慢の駆逐艦だが、被弾の為に速力が低下しており多景の後ろにつく格好になっている。
未だ周囲は夜の中だが、間もなく夜が明ける。足の遅くなった駆逐艦など良い的になってしまうから、夜明けまでにできるだけ敵から離れなければならない。
敵の砲撃音が絶え間なく続き、その度に水柱が上がる。
その時、前を行く多景の艦橋に二発の砲弾が命中した。
――直撃!?
「蒲生さん!」
叫ぶ隆の目の前で多景の艦橋が火を噴くのが見えた。一拍遅れて多数の破片が多景の甲板に降り注ぐ。隆は、その様子がまるでスローモーションのようにゆっくりに見えた。
多景の艦橋と防空指揮所は炎上を続けているが、多景の足は止まっていない。
同時に、今まで間断なく続いていた敵の砲撃が止んだ。
多景、最上、薄雪、時雨の四隻はその隙に南方へ離脱し、何とかアメリカ艦隊の射程圏外へと離脱した。
この日の戦闘で西村艦隊は壊滅し、その日の午前中には北から突入予定だった栗田艦隊も敗走。その他の艦艇も大きな損害を受けた。
66
お気に入りに追加
16,182
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。