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第二部 根を張り始めた私

勉学の日々

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雪が降る。

ヴァル神官補の静かな声が、聖典の言葉を紡ぎ、私は彼が書き留めた文をひたすら目で追う。
時折目が合い、ふっと微笑む……

……なんて静かな時間はそう長くは続きませんでした。


……だってね! 語学習得のやり方としてはこれ、どうなのよ?!
叫んだ私を神官補はジトッと睨んだ。
「……私はこのように学びましたが」

いやいやいやいや。

これで習得できたって、神官補、おいくつだったんですか?!

「5歳くらいでしょうか……。私は孤児ですので、本神殿で下働きをしているうちに、神官たちの聖句の朗読を聞いて、自然と……」

こ、孤児……だったんですね。
意外と大変そうな出自だった。

「それで、ある日、耳から覚えた聖句を暗唱したら、神学校に放り込まれまして」

あー。

遠い目になっちゃうよ。

それは5歳児だからできたワザですね。
文法概念がなくてもなんとか身についてしまうという……。

神官補と話していて気づいたんだけど、彼にはあまり文法概念がない。
でも、例文類はスラスラ出てくる。
本神殿の通訳として駆り出されることもあると言っていたから、多分能力はとても高い。

でも、私は大人だし、語学が得意なわけでもない。頼みの綱は入試英語を勉強した記憶くらいのものだ。

そしてこの世界には文法書もなければ頻出語彙リストもない。

というわけで、まずは、単語カードの作成。
どの単語がどう活用するのか分からないと大人の語学学習はキツイ。
某密林オンラインショップの梱包に使われている茶色い紙をスキルで大量に拾ってきて、手のひらサイズに揃えて切る。
単語と例文、推測される品詞を書き入れておく。

「それは何ですか?」
「ワードバンクです」
「ワードバンク?」
「次に同じ単語に出会ったとき、これで調べることもできますし、暗記に使うこともできます」

手製の辞書みたいな、単語帳みたいな。本当だったらもっと厚手のものが良いんだけど。

「ほう……」
神官補は興味津々だ。
「なるほど、並び替えることが出来るのか」
「そうです。私の理解が間違えていてもカードを一つ書き直すだけで済みます」

最初渡された聖句の紙をもとに、神官補を質問攻めにする。
文はどこで区切れるのか、それぞれの単語は活用するのかしないのか。
他の例文を作ることが出来るのか。

構文が分かったら口からすんなり出てくるまで例文を繰り返す。
掃除をしているときや、布ものを作っている時も。
暖炉前の神官補から、時々発音や文法の指摘が入る。

「ふむ……これはなかなか合理的ですね」
最初は懐疑的だった神官補は、数日後には私の勉強の仕方に質問をするようになった。
「マージョさんはどこでこんな勉強の仕方を知ったのですか?」

えっ。
えーと、なんとなく?

「なんとなく?」

情報カードの使い方は大学で、卒論の時に習ったんだけど、まさかそんなことは言えないし。

「とにかくこのカードが秀逸だ……どれだけ色々なことに応用できるか」

あ!わかります?
コンピューター以前の世界だと、本当、情報カード強いんだよね!
書籍は素晴らしいんだけど、情報の検索がしづらいのが難点なのだ。
こうしてカードにしておくと、必要な時に必要な情報を取り出しやすい。
今では検索かければすぐに見つかるから必要ないんだけど、大学で教わったおばあちゃん教授は古い木の箱に情報カードをたくさん持っていて、使い方を教えてくれたのだ。
「新しいものはもう電子化してあるんだけど、こんな古いものは電子化する手間のほうが惜しくて……」なんて言ってたの、覚えてる。
ちなみに、それを応用して我が家のレシピは全部情報カード管理してた!

古臭いとか言われるけど、優秀なんだよ、情報カード。

「こうすることで、情報を探し当てる時間を大幅に削減出来るわけだな……」
さすが、書類仕事の多い契約神官補! 理解が早い!

「そうなんですよ! 蔵書の管理から個人情報の管理に至るまで、これ無敵ですよ。盗まれやすいのが難点なんですけど、カードの下に穴を開けて金属の棒に通しておいて棒に錠をかけると……」

ふんす!と主張していたら、神官補の視線が、情報カードから私へと移った。

「……マージョさん。あなたはどこでそんなことを学んだのですか?」

え…いや…だから……なんとなく……

慌ててごまかそうとしたんだけど、神官補はごまかされてくれなかった。

「数多くの蔵書の管理も、大人数の人員管理もマージョさんにはこれまでやる必要性はほとんどなかったはずですよね?」


あう。

あううう!
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