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マシュー君
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明くる日の朝、チャーリーとアリスちゃんは、もう一人赤毛の男の子を連れてやって来た。
「マシュー、11歳です」
そばかすだらけの男の子が、人懐っこい笑顔でピョコンと頭を下げる。チャーリーとアリスちゃんの兄弟だ。チャーリーの弟で、アリスちゃんのお兄さんだね。
兄弟だからチャーリーと顔立ちが似てるといえば似てるんだけど、雰囲気が全然違う。
雰囲気は天使……というか、ほら、あの、マヨネーズのパッケージの天使……みたいな感じ。お目々クリクリ。チャーリーだって目が小さいわけじゃないんだけど、なぜかチャーリーはお目々クリクリって感じじゃないんだよね。
マシュー君。かわいい。
もちろんメンストンさんの農場で会ったことはあったけど、あまり話をしたことはない。
チャーリーとは違い、順調に基本の試験は通ったはずで、勉強をしにきたわけではないと思うんだけど……?
と首をかしげたら、「豚を森に連れに来ました!」と元気よく説明してくれた。
赤ちゃんを産んだばかりの母豚は別だけど、そろそろ森のどんぐりが実り始めるから、冬に向けて豚を太らせるために森に放すのだそうだ。
本当に大歓迎!
スタンピードランチのお陰で私の冬支度は著しく滞っている。
お一人様としてはしっかり準備をしていきたい。
「これからは、マシューが、動物の世話をするから……」
チャーリーがぼそっと説明する。
「チャーリーのあとはまかせて!」
マシューは嬉しそうに胸をたたく。
あ、そうか。
チャーリーが試験に受かって神官補助になったら、だれか他の人にうちの動物の世話を頼まないとだめなんだね。
これは引き継ぎなんだ。うちの小さな菜園の手伝いをしてくれる代わりに、私がいないときの収穫は自分のものにして良い、という取り決めの……。
何せ私の農業能力は本当に低い。鶏に餌をやるくらいだったら何とかなるけど、出産だなんだってなったら本気で慌てちゃう。
メンストンさんの農場の子だったら安心だよ!
どちらかというと寡黙なチャーリーと違ってマシューの印象は人当たりが良い。
あまり話すわけじゃないんだけど、とにかくニコニコしている。
笛を吹くのが好きで、今まではメンストンさんの家の家畜を森へ連れて行ったり連れて帰ったりみたいな仕事をしていたんだけれど、これからはそろそろ近所の家畜の面倒も見ることになるのだという。
「マージョの家の家畜は、冬の間、どうするかも考えなくちゃいけないだろ?」
チャーリーに言われて初めて気づく。
そっか。
冬の間もチャーリーが毎日来てくれるとは限らないんだ。となると、子豚の世話とか、私、無理!!
鶏もこんなにたくさん面倒を見るのは無理……!
「僕ね! 今年、小さな柵と豚小屋作ったの。だから、冬の間、豚のお預かり、できるよ!」
いや、しかし……それはお代が発生するに違いない……。
「子豚一匹……?」
「二匹、くれない?」
……なんてあざとい上目遣い……!
隣でチャーリーも苦笑してる。これは流石にぼり過ぎだよね?
でも、取引自体はいい。マシュー君が自分で作った豚小屋で私の豚たちの面倒を一冬見てくれて、代わりに我が家から子豚をあげる……と!
いくつかの家から冬の間豚を預かることができれば、独り立ちする頃にはある程度まとまったお金と豚が手に入っているってわけだ。
賢い! 考えたね! マシュー君!
思うんだけど、やはりメンストン一家のヒトたちは、頭が良い。
後で聞いたら、チャーリーは、我が家の面倒を見ることで、かなりの数のヒヨコを自分のものにしたらしい。
文句はないよ。
私は家にはいなかったし、帰ってきたら菜園も動物も家を出た時と同じ数、ちゃんと元気だったし。
その間に生まれたヒヨコや子豚がチャーリーのものになっただけだ。
土地も持たない農家の子たちにとっては私の家のような家って初期資金を得るために大切なんだな……。
というわけで、私の知らない間に我が家の動物たちの面倒はマシューが見てくれることになってた!
実はスタンピードランチの時、チャーリーが村から出ている間もマシューが面倒を見ていてくれたらしい。
その仕事に満足したチャーリーが、お墨付きをくれたんだね。
とにかく、冬の間、我が家は鶏を数羽面倒見るだけ、ということで話はついた。
めったにないことだけど、病気がはやったり、狐にやられたりみたいなことはないわけではないので、ある程度分散させておいたほうが良いのだそうだ。最低限何匹かおのおのの家にの残っていれば、一軒の家畜がかなりの打撃を受けても集落全体の鶏の数はやがて回復する。
そうやって助け合ってやってきたんだね。この村は。私みたいな家にも鶏がいるわけだよ!
「豚はいっぱい太らせて来ますね!」
マシュー君がやる気満々で言ってくれた。
「トリュフの取り分は、2対8でいいですか?」
えっ……トリュフ?
「豚が結構見つけるんだよ……」
何故か疲れた声でチャーリーが教えてくれた。そういえば、言ってた……!そんなこと。
「ええっ……」
でも……流石に豚の面倒を見てくれる人が2割というのは……と口ごもると、マシュー君が泣きそうになった。
「だ……だめですかね、やっぱり……あの……でも、1割でいいのでいただけると……」
え?!マシュー君が2割という話?!
いやいやいやいや。
「あの、もっと取っていいのよ?」
「えっ……?」
「えっ……?」
マシュー君がさんが3割、我が家が7割、それから、トリュフオイルを我が家から少しおすそわけする、と言うことで落ち着きました。チャーリー曰く、破格の取り決めらしい。
「豚がいないと見つけられないしな」っていうけど、私から言わせれば、マシュー君がいないと見つからないんだよ!
「じゃあ行ってきますね~!」
マシュー君はニコニコ我が家の豚を連れて出かけていった。
豚にはぜひ太って欲しい!
マシュー君が出ていったら、今度は柿酢である。
こちらも先日エレンさんのところで買った陶器の壷にたくさん仕込んでおいた。渋柿でも柿の実をこうして壷に入れておくと自然に発酵して酢が出来るのだ。
不思議なことに渋みのもとになるタンニンは発酵の過程で抜けるんだとか。ワインや林檎酒からもお酢は作れるけど、できることだったらお酒はお酢になる前に飲みたいよね。
洗濯物も実はすごい量あったりする。冬の最中に洗濯をするって、どう考えてもとてつもなく大変そうだ。暖かい服は少しずつ冬の間に縫って増やしていくつもりだけれど、その前の布地の処理はしておきたい。
そしてなにげに実りの秋。
林檎も梨も栗も実をつけていて、摘んで、ジャムにしたり干したり漬け込んだりしたい!
パニックしている私にさらにパニックしそうなことをアリスちゃんが教えてくれた。
「マージョ、来週はお祭りがあるよ! 収穫祭。みんなきれいな服を着て踊るんだよ! 楽しみだね!」
えっ……!お祭り?!
ちょっと待って~。こういうしきたり系ってあれじゃないですか?
よそ者には分かりづらい不文律があったりしませんか?!
「マシュー、11歳です」
そばかすだらけの男の子が、人懐っこい笑顔でピョコンと頭を下げる。チャーリーとアリスちゃんの兄弟だ。チャーリーの弟で、アリスちゃんのお兄さんだね。
兄弟だからチャーリーと顔立ちが似てるといえば似てるんだけど、雰囲気が全然違う。
雰囲気は天使……というか、ほら、あの、マヨネーズのパッケージの天使……みたいな感じ。お目々クリクリ。チャーリーだって目が小さいわけじゃないんだけど、なぜかチャーリーはお目々クリクリって感じじゃないんだよね。
マシュー君。かわいい。
もちろんメンストンさんの農場で会ったことはあったけど、あまり話をしたことはない。
チャーリーとは違い、順調に基本の試験は通ったはずで、勉強をしにきたわけではないと思うんだけど……?
と首をかしげたら、「豚を森に連れに来ました!」と元気よく説明してくれた。
赤ちゃんを産んだばかりの母豚は別だけど、そろそろ森のどんぐりが実り始めるから、冬に向けて豚を太らせるために森に放すのだそうだ。
本当に大歓迎!
スタンピードランチのお陰で私の冬支度は著しく滞っている。
お一人様としてはしっかり準備をしていきたい。
「これからは、マシューが、動物の世話をするから……」
チャーリーがぼそっと説明する。
「チャーリーのあとはまかせて!」
マシューは嬉しそうに胸をたたく。
あ、そうか。
チャーリーが試験に受かって神官補助になったら、だれか他の人にうちの動物の世話を頼まないとだめなんだね。
これは引き継ぎなんだ。うちの小さな菜園の手伝いをしてくれる代わりに、私がいないときの収穫は自分のものにして良い、という取り決めの……。
何せ私の農業能力は本当に低い。鶏に餌をやるくらいだったら何とかなるけど、出産だなんだってなったら本気で慌てちゃう。
メンストンさんの農場の子だったら安心だよ!
どちらかというと寡黙なチャーリーと違ってマシューの印象は人当たりが良い。
あまり話すわけじゃないんだけど、とにかくニコニコしている。
笛を吹くのが好きで、今まではメンストンさんの家の家畜を森へ連れて行ったり連れて帰ったりみたいな仕事をしていたんだけれど、これからはそろそろ近所の家畜の面倒も見ることになるのだという。
「マージョの家の家畜は、冬の間、どうするかも考えなくちゃいけないだろ?」
チャーリーに言われて初めて気づく。
そっか。
冬の間もチャーリーが毎日来てくれるとは限らないんだ。となると、子豚の世話とか、私、無理!!
鶏もこんなにたくさん面倒を見るのは無理……!
「僕ね! 今年、小さな柵と豚小屋作ったの。だから、冬の間、豚のお預かり、できるよ!」
いや、しかし……それはお代が発生するに違いない……。
「子豚一匹……?」
「二匹、くれない?」
……なんてあざとい上目遣い……!
隣でチャーリーも苦笑してる。これは流石にぼり過ぎだよね?
でも、取引自体はいい。マシュー君が自分で作った豚小屋で私の豚たちの面倒を一冬見てくれて、代わりに我が家から子豚をあげる……と!
いくつかの家から冬の間豚を預かることができれば、独り立ちする頃にはある程度まとまったお金と豚が手に入っているってわけだ。
賢い! 考えたね! マシュー君!
思うんだけど、やはりメンストン一家のヒトたちは、頭が良い。
後で聞いたら、チャーリーは、我が家の面倒を見ることで、かなりの数のヒヨコを自分のものにしたらしい。
文句はないよ。
私は家にはいなかったし、帰ってきたら菜園も動物も家を出た時と同じ数、ちゃんと元気だったし。
その間に生まれたヒヨコや子豚がチャーリーのものになっただけだ。
土地も持たない農家の子たちにとっては私の家のような家って初期資金を得るために大切なんだな……。
というわけで、私の知らない間に我が家の動物たちの面倒はマシューが見てくれることになってた!
実はスタンピードランチの時、チャーリーが村から出ている間もマシューが面倒を見ていてくれたらしい。
その仕事に満足したチャーリーが、お墨付きをくれたんだね。
とにかく、冬の間、我が家は鶏を数羽面倒見るだけ、ということで話はついた。
めったにないことだけど、病気がはやったり、狐にやられたりみたいなことはないわけではないので、ある程度分散させておいたほうが良いのだそうだ。最低限何匹かおのおのの家にの残っていれば、一軒の家畜がかなりの打撃を受けても集落全体の鶏の数はやがて回復する。
そうやって助け合ってやってきたんだね。この村は。私みたいな家にも鶏がいるわけだよ!
「豚はいっぱい太らせて来ますね!」
マシュー君がやる気満々で言ってくれた。
「トリュフの取り分は、2対8でいいですか?」
えっ……トリュフ?
「豚が結構見つけるんだよ……」
何故か疲れた声でチャーリーが教えてくれた。そういえば、言ってた……!そんなこと。
「ええっ……」
でも……流石に豚の面倒を見てくれる人が2割というのは……と口ごもると、マシュー君が泣きそうになった。
「だ……だめですかね、やっぱり……あの……でも、1割でいいのでいただけると……」
え?!マシュー君が2割という話?!
いやいやいやいや。
「あの、もっと取っていいのよ?」
「えっ……?」
「えっ……?」
マシュー君がさんが3割、我が家が7割、それから、トリュフオイルを我が家から少しおすそわけする、と言うことで落ち着きました。チャーリー曰く、破格の取り決めらしい。
「豚がいないと見つけられないしな」っていうけど、私から言わせれば、マシュー君がいないと見つからないんだよ!
「じゃあ行ってきますね~!」
マシュー君はニコニコ我が家の豚を連れて出かけていった。
豚にはぜひ太って欲しい!
マシュー君が出ていったら、今度は柿酢である。
こちらも先日エレンさんのところで買った陶器の壷にたくさん仕込んでおいた。渋柿でも柿の実をこうして壷に入れておくと自然に発酵して酢が出来るのだ。
不思議なことに渋みのもとになるタンニンは発酵の過程で抜けるんだとか。ワインや林檎酒からもお酢は作れるけど、できることだったらお酒はお酢になる前に飲みたいよね。
洗濯物も実はすごい量あったりする。冬の最中に洗濯をするって、どう考えてもとてつもなく大変そうだ。暖かい服は少しずつ冬の間に縫って増やしていくつもりだけれど、その前の布地の処理はしておきたい。
そしてなにげに実りの秋。
林檎も梨も栗も実をつけていて、摘んで、ジャムにしたり干したり漬け込んだりしたい!
パニックしている私にさらにパニックしそうなことをアリスちゃんが教えてくれた。
「マージョ、来週はお祭りがあるよ! 収穫祭。みんなきれいな服を着て踊るんだよ! 楽しみだね!」
えっ……!お祭り?!
ちょっと待って~。こういうしきたり系ってあれじゃないですか?
よそ者には分かりづらい不文律があったりしませんか?!
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