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第一部 綿毛のようにたどり着きました
ロバートさん
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「親方が言ったんです」
ロバートさんの第一声はそれだった。
みんなの視線がハンナさんのお父さんに向かう。
「な、な、な、なんだ?! 俺は何も言ってないぞ」
慌てる親方さん。
「『まあ、これはうまくいかんだろう。そうなったら家の娘を頼むな。あんなガラス馬鹿と結婚してくれる男が他にいるとも思えない』……って親方が……」
「それで、これが失敗すれば、と思ったのか……」
フェリックスさんが茫然と呟く。
ハンナさんと結婚すれば工房を継ぐことができる。自分のマスターピースがまだできていなくても、だ。
考えてみればロバートさんには十分以上の動機があった。
そしてそれを後押ししたのはハンナさんのお父さんの無責任な台詞だ。
「みなさん……ごめんなさい……わたしの……せい……」
ハンナさんが蚊の泣くような声であやまる。
「いや、それハンナのせいじゃないし」
「ハンナさんのせいじゃないですよ……!」
私達の声が重なる。
それにしても……。
夏雪草のみんながなんとも言えない顔でお互いを見ている。
私は現代日本から来てるからそれほどでもないけど、でもわかる……。
みんな嫌というほど経験してるんだね。
職人として、真剣に働いていて、ほぼ一人前なのに「結婚はまだなの?」「結婚できなくなるよ」とまるで自分の技能は全く価値がないように言われるということを。
しばらく重い沈黙が支配する。
それを打ち破るようにハンナさんが小さい声で、言った。
「関係ない……」
「え?」
ロバートさんが顔を上げる。
「父さんと私の結婚は関係ない。……私の結婚相手を父さんが決めることはない」
「ハンナ……」
チワワ属性のハンナさんはぷるぷる震えながら、それでもはっきりと言い切った。
「私はロバートが好きだなんて一度も言ったこと、ない……です。それは、父さんが決めることじゃない……です」
「いや、しかし、ハンナ、父親は娘の相手を探すもので……」
「私はもう親方です」
「あ……」
ハンナさんのお父さんは、ショックを受けたような顔をする。
「『親方の結婚は当人とその相手の同意のみによって成立する』……」
工房の親方には様々な権限がある。通常だったら家長にしか認められない権限だ。
徒弟から独り立ちした若い親方が、かつての親方や兄弟子たちに軽く見られないよう、きちんと定められているのだ。
まだ自分の工房を出す準備段階で、もとの親方の工房で働いていても、この規定は適用される。
通常だったら娘の結婚は家長に決定権があるけれど、一人前の職人の場合は話が別なのだ。
女性の親方第一号がハンナさんだということで、全く頭が追いついていなかったのだろう。周囲の男性陣はみんなポカンとハンナさんを見ている。
大人しそうな女の子がこれを言っているってことも混乱に輪をかけている感じ。
「確かに……規定から言うとハンナ親方には結婚相手を自分で決める権利がありますね」
副ギルド長が、ゆっくりと言う。
「そして、ギルド規定は神縛契約事項ですね」
神官補が付け加える。
「はい……」
ハンナさんの声は依然小さい。でも、みんなの耳に確実に届いている。
ハンナさんの顔を見ていたらなんか、わかってしまった。
彼女はこの規定を知っていたんだ。
ガラス馬鹿なのは本当。
でも、ガラスを好きなのと同じくらい、ロバートさんとの結婚が嫌だったんだね……。
「父さんが何を言ってもロバートが私の夫になる可能性はない」
ハンナさんは言い切った。
「だから……処罰について話してください……」
ハンナガラス工房が処罰を受ける可能性も考えました。覚悟してきました、と、ハンナさんは言った。
ロバートさんの第一声はそれだった。
みんなの視線がハンナさんのお父さんに向かう。
「な、な、な、なんだ?! 俺は何も言ってないぞ」
慌てる親方さん。
「『まあ、これはうまくいかんだろう。そうなったら家の娘を頼むな。あんなガラス馬鹿と結婚してくれる男が他にいるとも思えない』……って親方が……」
「それで、これが失敗すれば、と思ったのか……」
フェリックスさんが茫然と呟く。
ハンナさんと結婚すれば工房を継ぐことができる。自分のマスターピースがまだできていなくても、だ。
考えてみればロバートさんには十分以上の動機があった。
そしてそれを後押ししたのはハンナさんのお父さんの無責任な台詞だ。
「みなさん……ごめんなさい……わたしの……せい……」
ハンナさんが蚊の泣くような声であやまる。
「いや、それハンナのせいじゃないし」
「ハンナさんのせいじゃないですよ……!」
私達の声が重なる。
それにしても……。
夏雪草のみんながなんとも言えない顔でお互いを見ている。
私は現代日本から来てるからそれほどでもないけど、でもわかる……。
みんな嫌というほど経験してるんだね。
職人として、真剣に働いていて、ほぼ一人前なのに「結婚はまだなの?」「結婚できなくなるよ」とまるで自分の技能は全く価値がないように言われるということを。
しばらく重い沈黙が支配する。
それを打ち破るようにハンナさんが小さい声で、言った。
「関係ない……」
「え?」
ロバートさんが顔を上げる。
「父さんと私の結婚は関係ない。……私の結婚相手を父さんが決めることはない」
「ハンナ……」
チワワ属性のハンナさんはぷるぷる震えながら、それでもはっきりと言い切った。
「私はロバートが好きだなんて一度も言ったこと、ない……です。それは、父さんが決めることじゃない……です」
「いや、しかし、ハンナ、父親は娘の相手を探すもので……」
「私はもう親方です」
「あ……」
ハンナさんのお父さんは、ショックを受けたような顔をする。
「『親方の結婚は当人とその相手の同意のみによって成立する』……」
工房の親方には様々な権限がある。通常だったら家長にしか認められない権限だ。
徒弟から独り立ちした若い親方が、かつての親方や兄弟子たちに軽く見られないよう、きちんと定められているのだ。
まだ自分の工房を出す準備段階で、もとの親方の工房で働いていても、この規定は適用される。
通常だったら娘の結婚は家長に決定権があるけれど、一人前の職人の場合は話が別なのだ。
女性の親方第一号がハンナさんだということで、全く頭が追いついていなかったのだろう。周囲の男性陣はみんなポカンとハンナさんを見ている。
大人しそうな女の子がこれを言っているってことも混乱に輪をかけている感じ。
「確かに……規定から言うとハンナ親方には結婚相手を自分で決める権利がありますね」
副ギルド長が、ゆっくりと言う。
「そして、ギルド規定は神縛契約事項ですね」
神官補が付け加える。
「はい……」
ハンナさんの声は依然小さい。でも、みんなの耳に確実に届いている。
ハンナさんの顔を見ていたらなんか、わかってしまった。
彼女はこの規定を知っていたんだ。
ガラス馬鹿なのは本当。
でも、ガラスを好きなのと同じくらい、ロバートさんとの結婚が嫌だったんだね……。
「父さんが何を言ってもロバートが私の夫になる可能性はない」
ハンナさんは言い切った。
「だから……処罰について話してください……」
ハンナガラス工房が処罰を受ける可能性も考えました。覚悟してきました、と、ハンナさんは言った。
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