異世界に召喚されたんですけど、スキルが「資源ごみ」だったので隠れて生きたいです

新田 安音(あらた あのん)

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第一部 綿毛のようにたどり着きました

ランチ

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「し……神域だと思ったのに……」

衝撃を受けている神官補はよそに、時間は着々と過ぎ、だんだん食事の配膳台の前にも列が出来てきた。

というわけで私達もスタンバイする。
バオは2種類から選べる。

「まずはバオをどうぞ」
「バオって何だい?」
「蒸したパンのようなものです。なんの味もないものと、ネギの入ったものがありますからお好きな方を」

バオの説明はアナベルさんだ。前にもちょっと思ったんだけど、アナベルさん、人当たりもいいし説明上手だな。人前で話したりするの、向いているんじゃないかと思う。

「バオを受け取ったらあちらのスープの方へ移動してください」
会場整理の子どもたち、大活躍だ。

スープは一度に3つずつ鍋を持ってくる。
「なんで鍋が布に入ってるんだ?」
「保温してるんだよ」
ジョーさんが、ぶっきらぼうなながらも熱のこもった説明をする。
「普通は鍋は分厚いほうがいいって言われる。簡単には壊れないし熱が長持ちするしな。でもそれじゃあ、野営に持っていくのは大変だろ?特に徒歩のパーティーは」
「ああ、そうだ」
「だからこれはとことん軽く薄くしたんだ」
「すぐへこむんじゃないか」
「ああ、そのとおりだ。だからちょいと気をつけてやる必要はある。でも、すぐに熱が伝わる。そしてこの鍋帽子と合わせると、燃料をたいして使わなくても煮込み物ができる」
「本当かい?」
「ま、くわしくは、後であのテーブルで聞いてみると良い。お腹も空いただろ? まずは腹ごしらえをしたらどうだ?」


鍋は小さいので五人程度にスープをよそうとすぐに空になる。
空になった鍋と鍋帽子はアリスちゃんがさっさと裏にしまう。
チャーリーとベンさんが次々と新しい鍋を運んでくる。

使った鍋はすぐにマーサさんたちによって洗われ、トーマスさんがやっている販売台に並べられる。
「今日、使われた鍋と鍋帽子です。沸騰してからこの砂時計が落ちきるくらいまで煮立たせて後は鍋帽子任せです」
「あ、本当だ。かなり軽い」
「持てない重さじゃないな……」
「ここから北の森だったらそう遠くはないし、森についたら基本的には野営地を動かさないしな」
「だが、役に立つのはここと北の森の間くらいだぜ? ここまでの街道は割と整ってるし……」
「ちなみに下取りサービスもあります」
「下取り?」
「帰り道で私どもに売っていただくこともできるということです」
「!!」


「美味しい……!」
「あ、これは……なかなか……」
料理の方も評判は上々だ。肉は大して入ってないんだけど、旨味がしっかりあるからガツンと食べた感じがするんだね。
人の流れもうまくさばけている。ちびっこたちが、頑張っているのだ!


「今年はエールがないのかよ……」
文句も出ている。
「あー、うまいエールだったら花区の手前の『象と城』を勧めるぜ。安い上にうまいんだ」
オーウェンさんが、その手の呟きをうまく拾っては街へと誘導する。
「大きい声じゃ言えないが、こういうので振る舞われるエールとは格が違うぜ」
「そりゃあそうかな」
「まあ、ここでは腹ごしらえをするつもりでいるのがいいんじゃないか?」
「まあ、そうだよな……」
「例年だったら温かいメシじゃなくて、せいぜいチーズとパンとエールだったしな……」

「え、スープ?」
「料理したものが出てくるなんて思っても見なかったよ、コップくらいしか入れ物がねーな……」
「うちも。最近壊しちゃって、まだ新しいの買ってないのよね……」
「木製の食器も売ってますよ~」
「手頃で軽くて丈夫ですよ~」

子どもたちが時折、列に並んでいる冒険者に頼まれて食器を買いに走っている。
彼らも交代で休ませたり、ご飯を食べさせたりしないといけない。ごはんと法被で張り切ってくれているけど本来まだ働く年齢じゃないしね。


「マージョさん……なんか、スープが足りなくなるかもしれません……」
マーサさんが青い顔をしてやってくる。
「まだお鍋はいくつかありますけど、列のほうがずっと長くて……」

えっ……

「あー、こりゃ近所の人間も紛れ込んでるな……」
オーウェンさんが、目を眇める。
「例年はこういうことはないんだが……」

なまじ子供を引き込んだことで話が下町に広がり、紛れ込むハードルも下がったのか……。


困った。冒険者のためのランチだ。近所の人にはお引き取りねがいたいけど私だってぱっと見には冒険者なのか近所の人なのか簡単には区別がつかないよ。

「まあ、気づいたら俺とガキどもがおい返すよ」
オーウェンさんが頼もしい。
「そっちは俺達でなんとかするとして、お嬢ちゃんあと鍋いくつぐらい追加できるか?」

「3つか4つぐらいまでならなんとか……でも、煮込みと言うよりはすぐ出来上がるスープにしたほうがいいですね」

「そうだな、そう長くは待てないと思う」
「わかりました」

もうあまり肉は残っていない。空になった鍋をそのまま使って野菜と昆布茶をたっぷり入れ、沸き立ったら小麦粉をこねた団子を入れていく。

すいとんだ。
熱い汁物でたっぷり食べた感じがする。旨味はしっかりつけてあるから美味しいはず。味噌があったら良かったのにな……


アリスちゃんとマルタさんに頼んで急遽バオも増産する。子どもたちが走り回ってずいぶん列が短くなり、料理もある程度仕込み直したところで、ようやく落ち着いて広場を見る。


冒険者はやはりガタイの良い男性が多い。荒っぽい感じは確かにあるのだけれど領主様絡みの案件だということもあるのか、行動はあまり荒れていない。


「今年は食べごたえがあったぞ、ねーちゃん」
「あのバオ……だったか?うめーな」

歩いていると声をかけられたりもする。
「あのバオだったか……面白い料理の仕方だ」と、呟く痩せぎすの冒険者がいた。女性だ。珍しいな。
「蒸し料理ですね」
「蒸し料理……」
「湯煎と同じで、水が少し不安でもなんとかなるのが強みですね。今回は幸い安全な水がたくさん手に入りましたけど……」
「なるほど、蒸気で調理するのだから……そうか……」
湯煎もだけれど新しい土地で水を飲む時、濾して、沸かして……と気を使うのは冒険者の習い性のようなものだ。
    「大きいパーティーの時便利そうだ……」
「蒸籠を運ぶのがちょっと大変かもしれませんけどね」
「そりゃあそうか……」
女性冒険者はくすり、と笑った。
「貴女の名前は?」
「夏雪草乙女会のマージョです」
まず、会の名前を言う。
「夏雪草乙女会?」
「女性職人のグループです。このマークの製品が私達の製品です」
ちょこっと靴の焼印を見せる。
「なるほど……私の名前はピップだ」
ピップ……。
フィリッパさん、かな?
「大変美味しいスープだった」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「また会えるといいのだが……」

ピップさんは、名残惜しげだが個人名を覚えておいてもらいたいとはあまり思わない。相手が女性でもね。

「こちらこそ。夏雪草をご贔屓にしていただければ、またお会いすることもあるかと!」

明るく答えておいた。
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