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第一部 綿毛のようにたどり着きました
閑話・酒瓶のオーウェン
しおりを挟む商人ギルドの用心棒の仕事が冒険者ギルドに出たとき、周囲の反応は「何も今この依頼をされてもな……」だった。
ギルドの用心棒は失敗が許されない割に報酬はケッチイ仕事だ。北の森に魔物退治にいけば一攫千金も狙えるんだが……。
オレがその依頼を受けたのは「コミュニティ依頼」の達成数が足りず、自分で依頼を選ぶことができなかったからだ。
「コミュニティ依頼」を一定数受けることは冒険者の義務だ。あまりにも受けないでいると、その他の依頼を引き受けられなくなる。たいして金にはならないから、受けたがらない奴の方が多い。要領がいいやつは簡単なコミュニティ依頼に目を光らせておいて実績数だけ積んでたりするんだが、どうも、俺はそういうのが苦手なんだよなあ。
「だから、暇な時にコミュニティ依頼を受けとけって言っただろ?」
知り合いがニヤニヤ小突いてくる。
「るせ~」
いや、確かにしばらくコミュニティ依頼を受けてなかったが、それにしてもこのタイミングで依頼受注禁止を食らうなんてめちゃくちゃ運が悪くないか?
しかも、前日飲みすぎて金がすっからかんになったところだ。「酒瓶のオーウェン」なんて呼ばれることもあるが、俺はそんなにいつも飲んだくれてるわけじゃない。時々とことん飲むだけだ。
実入りの良い仕事が必要な時に限ってこんなことになるなんて、ふんだり蹴ったりだ。
天幕に寝泊まりすると言ったのはせめて実入りをもう少し良くしなくてはと思ったからだ。どっちにせよ今の時期、宿屋は高すぎて泊まれたもんじゃない。自分でテントを張らずに雨風しのげて夜勤代も上乗せしてもらえるなんて渡りに船じゃないか。
そん時は思わなかったんだよ。
これで人生が変わるなんざ……。
天幕は真新しくて綺麗だった。
中に入ると意外と広々としている。
「クッションがあるのでご自由に使ってください」
今回の指揮を取っているお嬢ちゃんが大きめのクッションをいくつか指差す。
……クッション?
荷物置きの天幕に?
「はい。当日は順番に休みを取りますから」
だからってクッションまで持ち込むか?
「? 休みやすい環境のほうが短い時間で元気を取り戻せますよね? 休息は大事ですよ?」
そりゃそうか。
床の上に毛布でゴロ寝を覚悟していたのだが、これでフカフカのクッションの上で眠ることは確定した。
そして不思議なことは初日の夜におきた。
眠りに落ちてどのくらい立った頃か……金縛りにあったのだ。
身動き一つできないのに不思議と恐怖も焦燥感もなかった。
「オーウェンよ」
不思議な声が俺の上で響いた。
なぜか俺はそれが俺以外の人間には聞こえないことを知っていた。
「オーウェンよ。酒瓶を捨てよ」
「ふぇっ?」
変な声が出た。
あ、声は出るんだ……。
「……ふぇっとは……」
「いや、でも、そりゃあなんか、こう、唐突ってもんじゃないっすかねえ?」
いや、ほら、俺そんなに趣味がある人間ってわけでもないっすしね。酒が唯一の趣味みたいなもんで……。
俺の手元には今回の仕事で知り合ったやつから渡された酒瓶がある。半分空だが。
これを捨てろとか言われたらツライ。
「呆れたやつだ」
声はため息をつく。
いや、だってそんなことを言われましても。
一仕事終えて酒場で知り合いと飲むくらいしか楽しみがないんっすよ。
「酒場よりも面白いことがお前を待っている……と言ったら?」
声は面白がるような響きを持つ。
「いやあ、そりゃあそうなのかもしれませんけどね、ほら……」
俺は口ごもった。
「あの、声の人、神様かなんかわからんすけど、人を超えた方だって言うのはわかるんすよ。で、こう、下手に約束したらオオゴトになりそうじゃないですか?」
「ほほう?」
あたりまえだ。人と神が約束するってのはめちゃくちゃ大変な事態だ。主に人間側に。
「ですからね、面白いことがあるって言われましても、神様と人の面白いことってちょっとずれていてもおかしくないですし……」
あれ、俺は何をこんなに必死で主張しているんだ?
「ははは」
声は突然笑った。
「面白いやつだ。よし、今晩は祈れ。祈りによっては、酒瓶は諦めなくても良いとしよう」
「本当っすか?」
「祈りは覚えているか? お前の母が教えた祈りだ」
「へい」
変な返事しちゃったよ。
ちゃんとした祈りの言葉を唱えるなんて久しぶりだな。最近の神殿じゃ新しい祈りしか教えないからな……。
「あまつはらすべられるあなすたしあ、ひとのこのさとりあかるきあーろん、こころぐみかたきおーろら、すべてさやけきもののおさおーぶりーほまれはいとたかきよんのかみがみとともに。かしこみたてまつる。わがいのり、ききたまえ」
「ほうっ……」
「久々じゃな」
「久々だの……」
意味もわからぬまま子供の頃唱えていた祈りを唱えると、複数のため息が聞こえた……ような気がした。
この祈り、まだ長いんだよ……
しかし、思い出して何度も繰り返しているうちに、俺の心は凪いでいった。
代わりに、村を出てから感じたことのないような多幸感が俺を満たす。
そして、何故俺が呼ばれたのか、唐突に理解した。
母さんが俺にこの祈りを教えたのは……まあ、少し理由がある。親の世代でもこの祈りを知っている人間は多くなかった筈だ。
「あー。もしかして、カミサマ俺にこの祈りを広めて欲しいんすか」
「そうだ」
神の声は静かに肯定する。
「この祈りが忘れられて久しい。オーウェンよ、この祈りを広めよ。そなたがバグズブリッジにいる限り、そなたの生活に不自由はさせぬ」
え?!
まさかの居住区限定?
なんかいきなりスケール小さくないっすか?
「酒も飲んで良い」
ふはは。
「わかりました。承ります。智慧の神アーロンさま」
「お前は勘が良い」
声は面白そうに笑った。
「餞別だ。体調を良くしておく」
そうして声は消えた。
そして、俺はその晩一晩天幕の中で祈り続けた。
一睡もしなかったのに朝になったら体調スッキリで、ここしばらくなかったような爽やかさだった。
すげ。
アーロン様、さすが、マジ神。
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