54 / 139
第一部 綿毛のようにたどり着きました
ギルド長 フェリックス
しおりを挟む
「はじめまして。ギルド長のフェリックス・ウォーフです」
やがて長身の優男が入ってきた。なんか見たことがある人だなあ……とぼんやりしていたら、彼の目が大きく見開かれた。
「おや……あなたは……」
何週間か前、ストウブリッジの市で声をかけてきた優男だ。金髪で洒脱な服を着ていて、人当たりも柔らかそうな人だ。
でも権力者っぽいと思って逃げたんだったよ。若いのにギルド長だったんだね。
私の直感は当たっていた。
「ストウブリッジで楽しそうに市場の噂話を聞いて回っていたお嬢さんですね」
向こうもしっかり私のことを覚えていた。
「ギルド長!」
「フェリックスさん!」
今まで言葉もなくヘナヘナと座り込んでいた二人が切迫詰まった声を上げた。
半分悲鳴のような声だ。
「神罰が下ったと聞きましたが……説明してもらいましょうか」
優男はギルド職員と契約神官補に目をやった。
††††
「なるほど……」
ギルド長の声は深刻だった。ギルド会員に神罰が下るというのは余程のことだ。外聞もとても悪い。
「ハーマン商会には力をつけつつある女性層の開拓をお願いしていたのですが……」
「人選ミスですね」
思わず言うと部屋の中の全員がぎょっとした顔でこちらを見た。
「人選ミス……」
直接にギルド長を批判することになるから、私のような若い女性のセリフとしては衝撃的なのだろうけれど。
でも、そういう発想がこれを引き起こしたんだよ。
「他の分野で能力はお有りになるかもしれませんが、現状ここまで男尊女卑の人に女性対応を任せるのは無茶だと思いますよ」
私が誰かということにも、アナベルさんがどんな職人かということにも興味がなく、ハーマンさんは「若い女性」という一点しか見ていなかったのだもの。
「これは手厳しい」
フェリックスさんは私の言葉の先を促す。そのあたりは、やはりひとかどの人なのだな。
でも、これ以上言うことはないんだよね。
「契約関係の虚偽申告も相手が若い女性だからやっても大丈夫だとハーマンさんは考えられたのだと思いますけど……。それが御本人の考えだったにせよ、そういう人にプロジェクトを任せたわけですよね」
これ、若い徒弟の女性たちに知られたらギルドの信頼はだだ下がりだと思う。
そして最終的な責任はそういうプロジェクトをハーマンさんに任せたギルド長にある。
それは自分でも嫌というほどわかっていたのだろう。
フェリックスさんは眉を寄せて額に手を当てた。
「……神罰は、一生残るものですか……」
フェリックスさんが契約神官補に目を向けると、神官補は淡々と「お二人にかかっているのは、一定条件を満たしさえすればそのうち消えると思いますよ」と告げた。
「そ、そのうち、というのは……」
ハーマンさんがおそるおそる聞く。
「その前にまず条件を満たさないといけませんがね」
神官補は素っ気なく切り捨てる。
わかった、この人素がこんな感じなのね。
「そんなことよりギルドに神罰がかからないようにするのが先だと思いますが……」
神官補は厳しい。というか、ハーマンさんの神罰は「そんなこと」扱い?!
「今は神罰が留保されているだけの状態だと思いますから、ギルドの出方次第ではかなり広範囲に神罰が下される可能性があります」
神官補の説明に、フェリックスさんは真顔になった。
そう。ここで手早く処分を下さないとギルドに波及する。
そう気づいた瞬間からフェリックスさんは早かった。
「……まず、ハーマンは除名処分とする」
フェリックスさんはギルド職員に告げる。
「鑑定士も同様。これは決定事項だ」
「……」
神官補も私も黙ってフェリックスさんを見ている。
と、ため息をつかれた。
「何か言いたいことがあるんじゃないですか、お嬢さん」
「このままではハーマンさんに余罪があるかどうかわかりません。どのように再発が防止されるのかも」
余罪の追求は大事だ。アナベルさんのところにも酷い条件の契約を持ちかけていたし、多分泣いている子がいる。
そのあたりは、フェリックスさんにも思い当たるところがあつたのだろう。ピキッと顔が引きつった。
「もちろん、余罪は調査させる。今回の件は公表し……」
「ギルド長!」
職員が慌てた声をあげる。
公表したときのギルドの名誉や信頼は大きく損なわれるだろうからだ。
「……仕方ないだろう。こういうのは隠しておけるものではない」
うん。私もそう思う。
でも。
「私の名前は出さないで頂きたいです」
本当に目をつけられただけで災難なのに、この上噂のタネになるとかイヤだよ。
「わかった」
フェリックスさんは頷いてくれた。
「公表の範囲は適宜検討するが、おおむね公表。契約神官補とともに再発防止に努めよう」
落とし所としてはこれが順当なところだろうか。
「わかりました。それでは私はここで」
チャーリーやトーマスさんに目配せして席を立とうとしたら「いや、ちょっと待って」と引き止められた。
「まだ、お話を伺いたいんです。マージョさん、今日はバグズブリッジに泊まることはできますか? もちろん帰りは村までお送りします」
泊まるって……どこに?
「ギルドの貴賓室でもいいですし宿屋の手配もできます」
えええ~。気合を入れてお弁当を作ったのに!
「お弁当?!」
いえ、こっちの話です。
やがて長身の優男が入ってきた。なんか見たことがある人だなあ……とぼんやりしていたら、彼の目が大きく見開かれた。
「おや……あなたは……」
何週間か前、ストウブリッジの市で声をかけてきた優男だ。金髪で洒脱な服を着ていて、人当たりも柔らかそうな人だ。
でも権力者っぽいと思って逃げたんだったよ。若いのにギルド長だったんだね。
私の直感は当たっていた。
「ストウブリッジで楽しそうに市場の噂話を聞いて回っていたお嬢さんですね」
向こうもしっかり私のことを覚えていた。
「ギルド長!」
「フェリックスさん!」
今まで言葉もなくヘナヘナと座り込んでいた二人が切迫詰まった声を上げた。
半分悲鳴のような声だ。
「神罰が下ったと聞きましたが……説明してもらいましょうか」
優男はギルド職員と契約神官補に目をやった。
††††
「なるほど……」
ギルド長の声は深刻だった。ギルド会員に神罰が下るというのは余程のことだ。外聞もとても悪い。
「ハーマン商会には力をつけつつある女性層の開拓をお願いしていたのですが……」
「人選ミスですね」
思わず言うと部屋の中の全員がぎょっとした顔でこちらを見た。
「人選ミス……」
直接にギルド長を批判することになるから、私のような若い女性のセリフとしては衝撃的なのだろうけれど。
でも、そういう発想がこれを引き起こしたんだよ。
「他の分野で能力はお有りになるかもしれませんが、現状ここまで男尊女卑の人に女性対応を任せるのは無茶だと思いますよ」
私が誰かということにも、アナベルさんがどんな職人かということにも興味がなく、ハーマンさんは「若い女性」という一点しか見ていなかったのだもの。
「これは手厳しい」
フェリックスさんは私の言葉の先を促す。そのあたりは、やはりひとかどの人なのだな。
でも、これ以上言うことはないんだよね。
「契約関係の虚偽申告も相手が若い女性だからやっても大丈夫だとハーマンさんは考えられたのだと思いますけど……。それが御本人の考えだったにせよ、そういう人にプロジェクトを任せたわけですよね」
これ、若い徒弟の女性たちに知られたらギルドの信頼はだだ下がりだと思う。
そして最終的な責任はそういうプロジェクトをハーマンさんに任せたギルド長にある。
それは自分でも嫌というほどわかっていたのだろう。
フェリックスさんは眉を寄せて額に手を当てた。
「……神罰は、一生残るものですか……」
フェリックスさんが契約神官補に目を向けると、神官補は淡々と「お二人にかかっているのは、一定条件を満たしさえすればそのうち消えると思いますよ」と告げた。
「そ、そのうち、というのは……」
ハーマンさんがおそるおそる聞く。
「その前にまず条件を満たさないといけませんがね」
神官補は素っ気なく切り捨てる。
わかった、この人素がこんな感じなのね。
「そんなことよりギルドに神罰がかからないようにするのが先だと思いますが……」
神官補は厳しい。というか、ハーマンさんの神罰は「そんなこと」扱い?!
「今は神罰が留保されているだけの状態だと思いますから、ギルドの出方次第ではかなり広範囲に神罰が下される可能性があります」
神官補の説明に、フェリックスさんは真顔になった。
そう。ここで手早く処分を下さないとギルドに波及する。
そう気づいた瞬間からフェリックスさんは早かった。
「……まず、ハーマンは除名処分とする」
フェリックスさんはギルド職員に告げる。
「鑑定士も同様。これは決定事項だ」
「……」
神官補も私も黙ってフェリックスさんを見ている。
と、ため息をつかれた。
「何か言いたいことがあるんじゃないですか、お嬢さん」
「このままではハーマンさんに余罪があるかどうかわかりません。どのように再発が防止されるのかも」
余罪の追求は大事だ。アナベルさんのところにも酷い条件の契約を持ちかけていたし、多分泣いている子がいる。
そのあたりは、フェリックスさんにも思い当たるところがあつたのだろう。ピキッと顔が引きつった。
「もちろん、余罪は調査させる。今回の件は公表し……」
「ギルド長!」
職員が慌てた声をあげる。
公表したときのギルドの名誉や信頼は大きく損なわれるだろうからだ。
「……仕方ないだろう。こういうのは隠しておけるものではない」
うん。私もそう思う。
でも。
「私の名前は出さないで頂きたいです」
本当に目をつけられただけで災難なのに、この上噂のタネになるとかイヤだよ。
「わかった」
フェリックスさんは頷いてくれた。
「公表の範囲は適宜検討するが、おおむね公表。契約神官補とともに再発防止に努めよう」
落とし所としてはこれが順当なところだろうか。
「わかりました。それでは私はここで」
チャーリーやトーマスさんに目配せして席を立とうとしたら「いや、ちょっと待って」と引き止められた。
「まだ、お話を伺いたいんです。マージョさん、今日はバグズブリッジに泊まることはできますか? もちろん帰りは村までお送りします」
泊まるって……どこに?
「ギルドの貴賓室でもいいですし宿屋の手配もできます」
えええ~。気合を入れてお弁当を作ったのに!
「お弁当?!」
いえ、こっちの話です。
44
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!
コスモクイーンハート
ファンタジー
異世界転移してしまった女子高生の合田結菜はある高難度ダンジョンで一人放置されていた。そんな結菜を冒険者育成クラン《炎樹の森》の冒険者達が保護してくれる。ダンジョンの大きな狼さんをもふもふしたり、テイムしちゃったり……。
何気にチートな結菜だが、本人は普通の生活がしたかった。
本人の望み通りしばらくは普通の生活をすることができたが……。勇者に担がれて早朝に誘拐された日を境にそんな生活も終わりを告げる。
何で⁉私を誘拐してもいいことないよ⁉
何だかんだ、半分無意識にチートっぷりを炸裂しながらも己の普通の生活の(自分が自由に行動できるようにする)ために今日も元気に異世界を爆走します‼
※現代の知識活かしちゃいます‼料理と物作りで改革します‼←地球と比べてむっちゃ不便だから。
#更新は不定期になりそう
#一話だいたい2000字をめどにして書いています(長くも短くもなるかも……)
#感想お待ちしてます‼どしどしカモン‼(誹謗中傷はNGだよ?)
#頑張るので、暖かく見守ってください笑
#誤字脱字があれば指摘お願いします!
#いいなと思ったらお気に入り登録してくれると幸いです(〃∇〃)
#チートがずっとあるわけではないです。(何気なく時たまありますが……。)普通にファンタジーです。
スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。
異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん
夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。
のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。
異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
異世界に行ったら才能に満ち溢れていました
みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。
異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....
イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)
こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位!
死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。
閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話
2作目になります。
まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。
「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」
異世界で農業をやろうとしたら雪山に放り出されました。
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたサラリーマンが異世界でスローライフ。
女神からアイテム貰って意気揚々と行った先はまさかの雪山でした。
※当分主人公以外人は出てきません。3か月は確実に出てきません。
修行パートや縛りゲーが好きな方向けです。湿度や温度管理、土のphや連作、肥料までは加味しません。
雪山設定なので害虫も病気もありません。遺伝子組み換えなんかも出てきません。完璧にご都合主義です。魔法チート有りで本格的な農業ではありません。
更新も不定期になります。
※小説家になろうと同じ内容を公開してます。
週末にまとめて更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる