53 / 172
第一部 綿毛のようにたどり着きました
神縛契約
しおりを挟む
「神縛契約ということでいいですね」
契約神官補の口調は淡々としていた。
「ええ。こちらのお嬢さんが契約絡みでゴネていましてね」
「それは……」
神官補は肩をすくめた。
「私とは関係のないことです。神前の契約は神聖なものですから、それだけ理解しておいていただければ」
「いやあ、もうそれはそれは……」
答えるハーマンさんに私はジトッとした視線を向ける。
「契約するなんて言ってません」
「いやあ、そんなことを言っても、このままでは出るところに出なくちゃいけないんですよ」
ハーマンさんは満面の笑顔だ。
「ギルドの筆跡鑑定士の鑑定結果は出てるわけですしねえ……」
「鑑定結果がどうであれ、私はそもそもの契約にもサインしてませんし、それなのに神縛契約だなんて……」
「まあ、いい加減に気持ちの整理をつけてください。新しい契約書はここにありますから、契約内容を読み上げますね」
ハーマンさんは、喜々として契約内容を読み上げる。
予想はしてたけど、ひどい内容だ。こんなのサインした日には自分のペースで仕事をするなんて不可能に近い。
「ちょっとそれ……」
内容も酷いしここに至るまでのやり取りも酷いし、これはちょっと……と口を開きかけると、神官補のまとう空気が冷たくなった。
「神縛契約は神聖なものです。おわかりではないかもしれませんが」
神官補は私をギロッと睨みつけた。
「遊び半分でサインをされては困る」
いや、何で私が睨まれてるの?!
「神罰」は過去百年近く発動していないらしい、とは「知識」で知っていたけれど、だからといつて私が神縛契約を軽く見ているわけないじゃないですか!
理由を説明できないのがもどかしいよ!
「まあ、私からサインをしましょう」
ハーマンさんはニコニコとペンを取り、自分の名前を書き込んだ。
「えっ…ちょ……やめて!」
私が大声で制止しようとしたのと、
「うぎゃー」
という、悲鳴がハーマンさんから上がったのが同時だった。
「な、何が……?!」
慌てて駆け寄ったギルドの男性が蒼白になった。
「うわあああ」
パニックしている、としか形容できない悲鳴がハーマンさんから上がる。
ハーマンさんの右手は肩から先が石化していた。相当重いのだろう。左手で必死に支えている。
「え、ええ……!」
それを見た鑑定士も悲鳴を上げる。
「手が……手が………!」
彼の右手も手首から石化している。
「神罰が……発動したんだ……」
チャーリーの茫然とした声が、部屋に響いた。
うん。だから、やめようよって言ったのに……。
「……神罰の、ようですね」
神官補は目を細める。
「このようなケースは私も初めてです。何か思い当たることは?」
聞かれると思ったよ。
「オーロラの儀式をしてあります」
「結婚の……?」
思わず、といった様子で今まで沈黙を守っていたトーマスさんが尋ねる。
「いえ、古いしきたりのように、ただ意志を伝えて誓いを立てただけです」
「……内容を聞いても?」
神官補は淡々と聞く。
胆力のある人だ。他の人達はみんな相当ショックを受けているのに。というか、私もショックだ。
「母の死後、一人で暮らして行けていることへの感謝を述べ、主神ないしは三大神の神託なしには専属契約をしないこと、及びどのような契約をするにしても、利益の1割を主神ないしは三大神への寄進とすること、意に反して契約を強制されたり利益をごまかされたりした場合は、オーロラ神を始めとした神々の加護を得られるようにと願ってあります」
「なるほど……」
神官補は納得がいった、という様子で頷いた。
「神への寄進の誓いを立てていたので、単に意志の儀式で誓ったことを破らされそうになっただけでなく神の物を盗もうとした、とされたわけですね」
道理で……と、神官補の切れ長の目が言う。
うん、多分そうだと思う。と、私も目で答える。
「これはギルド長にすぐに報告するべきですね。契約の協力者にも神罰が下りてますし、ギルド全体が協力者と見なされるのはあまり良くないでしょう」
「……!」
言われて、ガタタンと大きな音を立ててギルド職員が立ち上がった。
「そ、そうですね……!」
神官補はギルドの男性が部屋を出ると「神殿にも報告せねば……」と小声で独り言を言った。それからため息。仕事が増えたのだろう。
苛立ったように細い指がタタタンと机を叩く。
うん。それはわかるけど!
やめておいてって言ったのに押し通そうとしたのはハーマンさんだから! 何で私を睨むの!
契約神官補の口調は淡々としていた。
「ええ。こちらのお嬢さんが契約絡みでゴネていましてね」
「それは……」
神官補は肩をすくめた。
「私とは関係のないことです。神前の契約は神聖なものですから、それだけ理解しておいていただければ」
「いやあ、もうそれはそれは……」
答えるハーマンさんに私はジトッとした視線を向ける。
「契約するなんて言ってません」
「いやあ、そんなことを言っても、このままでは出るところに出なくちゃいけないんですよ」
ハーマンさんは満面の笑顔だ。
「ギルドの筆跡鑑定士の鑑定結果は出てるわけですしねえ……」
「鑑定結果がどうであれ、私はそもそもの契約にもサインしてませんし、それなのに神縛契約だなんて……」
「まあ、いい加減に気持ちの整理をつけてください。新しい契約書はここにありますから、契約内容を読み上げますね」
ハーマンさんは、喜々として契約内容を読み上げる。
予想はしてたけど、ひどい内容だ。こんなのサインした日には自分のペースで仕事をするなんて不可能に近い。
「ちょっとそれ……」
内容も酷いしここに至るまでのやり取りも酷いし、これはちょっと……と口を開きかけると、神官補のまとう空気が冷たくなった。
「神縛契約は神聖なものです。おわかりではないかもしれませんが」
神官補は私をギロッと睨みつけた。
「遊び半分でサインをされては困る」
いや、何で私が睨まれてるの?!
「神罰」は過去百年近く発動していないらしい、とは「知識」で知っていたけれど、だからといつて私が神縛契約を軽く見ているわけないじゃないですか!
理由を説明できないのがもどかしいよ!
「まあ、私からサインをしましょう」
ハーマンさんはニコニコとペンを取り、自分の名前を書き込んだ。
「えっ…ちょ……やめて!」
私が大声で制止しようとしたのと、
「うぎゃー」
という、悲鳴がハーマンさんから上がったのが同時だった。
「な、何が……?!」
慌てて駆け寄ったギルドの男性が蒼白になった。
「うわあああ」
パニックしている、としか形容できない悲鳴がハーマンさんから上がる。
ハーマンさんの右手は肩から先が石化していた。相当重いのだろう。左手で必死に支えている。
「え、ええ……!」
それを見た鑑定士も悲鳴を上げる。
「手が……手が………!」
彼の右手も手首から石化している。
「神罰が……発動したんだ……」
チャーリーの茫然とした声が、部屋に響いた。
うん。だから、やめようよって言ったのに……。
「……神罰の、ようですね」
神官補は目を細める。
「このようなケースは私も初めてです。何か思い当たることは?」
聞かれると思ったよ。
「オーロラの儀式をしてあります」
「結婚の……?」
思わず、といった様子で今まで沈黙を守っていたトーマスさんが尋ねる。
「いえ、古いしきたりのように、ただ意志を伝えて誓いを立てただけです」
「……内容を聞いても?」
神官補は淡々と聞く。
胆力のある人だ。他の人達はみんな相当ショックを受けているのに。というか、私もショックだ。
「母の死後、一人で暮らして行けていることへの感謝を述べ、主神ないしは三大神の神託なしには専属契約をしないこと、及びどのような契約をするにしても、利益の1割を主神ないしは三大神への寄進とすること、意に反して契約を強制されたり利益をごまかされたりした場合は、オーロラ神を始めとした神々の加護を得られるようにと願ってあります」
「なるほど……」
神官補は納得がいった、という様子で頷いた。
「神への寄進の誓いを立てていたので、単に意志の儀式で誓ったことを破らされそうになっただけでなく神の物を盗もうとした、とされたわけですね」
道理で……と、神官補の切れ長の目が言う。
うん、多分そうだと思う。と、私も目で答える。
「これはギルド長にすぐに報告するべきですね。契約の協力者にも神罰が下りてますし、ギルド全体が協力者と見なされるのはあまり良くないでしょう」
「……!」
言われて、ガタタンと大きな音を立ててギルド職員が立ち上がった。
「そ、そうですね……!」
神官補はギルドの男性が部屋を出ると「神殿にも報告せねば……」と小声で独り言を言った。それからため息。仕事が増えたのだろう。
苛立ったように細い指がタタタンと机を叩く。
うん。それはわかるけど!
やめておいてって言ったのに押し通そうとしたのはハーマンさんだから! 何で私を睨むの!
34
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~
中畑 道
ファンタジー
「充実した人生を送ってください。私が創造した剣と魔法の世界で」
唯一の肉親だった妹の葬儀を終えた帰り道、不慮の事故で命を落とした世良登希雄は異世界の創造神に召喚される。弟子である第一女神の願いを叶えるために。
人類未開の地、魔獣の大森林最奥地で異世界の常識や習慣、魔法やスキル、身の守り方や戦い方を学んだトキオ セラは、女神から遣わされた御供のコタローと街へ向かう。
目的は一つ。充実した人生を送ること。
異世界でスローライフを満喫する為に
美鈴
ファンタジー
ホットランキング一位本当にありがとうございます!
【※毎日18時更新中】
タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です!
※カクヨム様にも投稿しております
※イラストはAIアートイラストを使用
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん
夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。
のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる