47 / 172
第一部 綿毛のようにたどり着きました
女の作った手綱
しおりを挟む
アナベルさんの馬具はどれも丁寧に作られたものだった。
手渡された手綱をためつすがめつ検分したチャーリーは「とてもいいと思う」と、短く言った。
「丁寧に作ってあるし、サイズもパールにちょうどいいと思う」
「これは、他のお客様のために作ったものなんですけど、私を見たら怒ってしまわれて……」
女が作った手綱など、と面と向かって言われたのだそうだ。
現代日本の感覚がある私としてはかなり引くけど、そうか……この世界ではそれはまだスタンダードに近い反応なのかもしれない。
でも、そりゃあ涙も出るよね。
「口惜しくて」
うんうん。
「親方や工房に迷惑をかけていると思うと苦しいし」
うんうん。
「でもね、今はちょうど靴の作り方を習っているところなんです。兄弟子に一人、靴工房から来た人がいて……」
おや、それは珍しい。普通、技術の流出を恐れてそうそう簡単によその業種には行かないのに。
「はい。職人の仁義と言いますか……。うちみたいに色々広く浅くやる工房もありますけど、大抵大まかな専門範囲が決まってます。あまり、他所様の工房から引き抜いてると見られると良くないので気を使います。でもこれは仕方なかったんです」
火事が起きて工房そのものがなくなってしまったのだそうだ。
「きちんとした靴の作り方をこの工房では一番良く知ってますから、今、つきまとって教わっているところなんです。そこにあるのが作ったばかりの靴なんですよ。友人にあげようと思って」
指さした先にはきれいな編み上げブーツがあった。
足の木型から作ったのだそうだ。
あ、いいなこういうの。色もいいしデザインもいい。なんてことないのだけど素敵。
こちらもチャーリーがしげしげと眺めて何やら頷いた。
「これ、作ってもらおうと思ったらおいくらぐらいに……」
と、言いかけた時だった。
壮年の男性が二人笑いながら奥から出てきた。
「おお、アナベル、帰ってきていたのか」
「親方!」
「いや、お前に話があってね、こちらの方がお前の作ったものをまとめて買ってくれると言うんだよ」
「え! 本当ですか……?!」
信じられない、といった表情のアナベルさんだ。嬉しそうだ。
「はい。良ければうちの商会と専属契約をしてほしいんですが、どうでしょう、こんな感じで……」
親方と呼ばれた男性の後ろにいた壮年の男性が顔を出した。そのヒゲモジャの顔を見て私は固まる。
ストウブリッジのハーマンさんだ!
しかも呈示した額はさっきアナベルさんが言っていた額より3割も低い。これじゃ手間賃が出ないんじゃないかってくらい。
「女性の作った革製品はなかなか売れないですが、私どもが引き取れば誰が作ったと知らせずに売りさばくことができますしね。お任せいただければ、と……!」
は?
……は?!
……なにそれ。
女性が作ったからと3割も買い叩いておいて、売るときはそれを言わずに通常の値段で売るつもりってこと?!
親方は何も言わずにアナベルさんを見つめている。
アナベルさんは、何も言えないようで真っ赤になって唇を噛み、うつむいてしまった。
あー!!
だめ、私こういうのだめなんだよ!!
アナベルさん、頑張ってるじゃんか!
ちゃんと評価しようよ。
気づいたら私は大きな声を出していた。
「困ったわ……。今、口約束ですけど、靴を発注してしまったばかりでしたの。それに馬具も」
ハーマンさんが、びっくりしたようにこちらを見て、私に気づき、二重に驚いた顔をした。
「申し訳ないんですけれど、私はこの値段で買おうと言ったばかりで……」
さっきアナベルさんが言った値段に少し色を付けて提示すれば、「えっ」と、親方もハーマンさんも驚いた顔をした。
いや、アナベルさん、あなたは驚いた顔をしちゃだめだよ!
これで合意したっていう話にするつもりなんだから!
「な、なんで女が作ったものにそんな値段を……」
いや、ハーマンさん、それを言っちゃだめでしょ。私とも専属契約したかったんじゃないの?
「だって靴を作るには足を見てもらわなくてはならないじゃないですか。男性よりも女性の方がずっと気安いです」
当たり前のことですよね?
と、首をかしげると
「なるほど!」と、アナベルさんが私の手を取った。
「その視点はなかったです。ありがとうございます!!!」
ぶんぶん! と、元気に両手を振られてなんだかこそばゆい気持ちになる。
いや、ハーマンさんの前だからね!
「ということで、本当にありがたいのですが、もうすでにこの先しばらくの仕事は入ってしまったんです。今回はご縁がなかったということで……!」
「いや、それだったらあの……」
「本当にありがとうございます。ぜひまたの機会に!」
アナベルさんは、私の手をブンブンした明るさのまま非常にいい笑顔でハーマンさんを追い返した。
ハーマンさんが工房を出るとき、コチラをギラッと見たので私はにこやかに革製品の質問をしているふりをした。
知らないったら知らないよ!
手渡された手綱をためつすがめつ検分したチャーリーは「とてもいいと思う」と、短く言った。
「丁寧に作ってあるし、サイズもパールにちょうどいいと思う」
「これは、他のお客様のために作ったものなんですけど、私を見たら怒ってしまわれて……」
女が作った手綱など、と面と向かって言われたのだそうだ。
現代日本の感覚がある私としてはかなり引くけど、そうか……この世界ではそれはまだスタンダードに近い反応なのかもしれない。
でも、そりゃあ涙も出るよね。
「口惜しくて」
うんうん。
「親方や工房に迷惑をかけていると思うと苦しいし」
うんうん。
「でもね、今はちょうど靴の作り方を習っているところなんです。兄弟子に一人、靴工房から来た人がいて……」
おや、それは珍しい。普通、技術の流出を恐れてそうそう簡単によその業種には行かないのに。
「はい。職人の仁義と言いますか……。うちみたいに色々広く浅くやる工房もありますけど、大抵大まかな専門範囲が決まってます。あまり、他所様の工房から引き抜いてると見られると良くないので気を使います。でもこれは仕方なかったんです」
火事が起きて工房そのものがなくなってしまったのだそうだ。
「きちんとした靴の作り方をこの工房では一番良く知ってますから、今、つきまとって教わっているところなんです。そこにあるのが作ったばかりの靴なんですよ。友人にあげようと思って」
指さした先にはきれいな編み上げブーツがあった。
足の木型から作ったのだそうだ。
あ、いいなこういうの。色もいいしデザインもいい。なんてことないのだけど素敵。
こちらもチャーリーがしげしげと眺めて何やら頷いた。
「これ、作ってもらおうと思ったらおいくらぐらいに……」
と、言いかけた時だった。
壮年の男性が二人笑いながら奥から出てきた。
「おお、アナベル、帰ってきていたのか」
「親方!」
「いや、お前に話があってね、こちらの方がお前の作ったものをまとめて買ってくれると言うんだよ」
「え! 本当ですか……?!」
信じられない、といった表情のアナベルさんだ。嬉しそうだ。
「はい。良ければうちの商会と専属契約をしてほしいんですが、どうでしょう、こんな感じで……」
親方と呼ばれた男性の後ろにいた壮年の男性が顔を出した。そのヒゲモジャの顔を見て私は固まる。
ストウブリッジのハーマンさんだ!
しかも呈示した額はさっきアナベルさんが言っていた額より3割も低い。これじゃ手間賃が出ないんじゃないかってくらい。
「女性の作った革製品はなかなか売れないですが、私どもが引き取れば誰が作ったと知らせずに売りさばくことができますしね。お任せいただければ、と……!」
は?
……は?!
……なにそれ。
女性が作ったからと3割も買い叩いておいて、売るときはそれを言わずに通常の値段で売るつもりってこと?!
親方は何も言わずにアナベルさんを見つめている。
アナベルさんは、何も言えないようで真っ赤になって唇を噛み、うつむいてしまった。
あー!!
だめ、私こういうのだめなんだよ!!
アナベルさん、頑張ってるじゃんか!
ちゃんと評価しようよ。
気づいたら私は大きな声を出していた。
「困ったわ……。今、口約束ですけど、靴を発注してしまったばかりでしたの。それに馬具も」
ハーマンさんが、びっくりしたようにこちらを見て、私に気づき、二重に驚いた顔をした。
「申し訳ないんですけれど、私はこの値段で買おうと言ったばかりで……」
さっきアナベルさんが言った値段に少し色を付けて提示すれば、「えっ」と、親方もハーマンさんも驚いた顔をした。
いや、アナベルさん、あなたは驚いた顔をしちゃだめだよ!
これで合意したっていう話にするつもりなんだから!
「な、なんで女が作ったものにそんな値段を……」
いや、ハーマンさん、それを言っちゃだめでしょ。私とも専属契約したかったんじゃないの?
「だって靴を作るには足を見てもらわなくてはならないじゃないですか。男性よりも女性の方がずっと気安いです」
当たり前のことですよね?
と、首をかしげると
「なるほど!」と、アナベルさんが私の手を取った。
「その視点はなかったです。ありがとうございます!!!」
ぶんぶん! と、元気に両手を振られてなんだかこそばゆい気持ちになる。
いや、ハーマンさんの前だからね!
「ということで、本当にありがたいのですが、もうすでにこの先しばらくの仕事は入ってしまったんです。今回はご縁がなかったということで……!」
「いや、それだったらあの……」
「本当にありがとうございます。ぜひまたの機会に!」
アナベルさんは、私の手をブンブンした明るさのまま非常にいい笑顔でハーマンさんを追い返した。
ハーマンさんが工房を出るとき、コチラをギラッと見たので私はにこやかに革製品の質問をしているふりをした。
知らないったら知らないよ!
44
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~
中畑 道
ファンタジー
「充実した人生を送ってください。私が創造した剣と魔法の世界で」
唯一の肉親だった妹の葬儀を終えた帰り道、不慮の事故で命を落とした世良登希雄は異世界の創造神に召喚される。弟子である第一女神の願いを叶えるために。
人類未開の地、魔獣の大森林最奥地で異世界の常識や習慣、魔法やスキル、身の守り方や戦い方を学んだトキオ セラは、女神から遣わされた御供のコタローと街へ向かう。
目的は一つ。充実した人生を送ること。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界でスローライフを満喫する為に
美鈴
ファンタジー
ホットランキング一位本当にありがとうございます!
【※毎日18時更新中】
タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です!
※カクヨム様にも投稿しております
※イラストはAIアートイラストを使用
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん
夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。
のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。
道端に落ちてた竜を拾ったら、ウチの家政夫になりました!
椿蛍
ファンタジー
森で染物の仕事をしているアリーチェ十六歳。
なぜか誤解されて魔女呼ばわり。
家はメモリアルの宝庫、思い出を捨てられない私。
(つまり、家は荒れ放題)
そんな私が拾ったのは竜!?
拾った竜は伝説の竜人族で、彼の名前はラウリ。
蟻の卵ほどの謙虚さしかないラウリは私の城(森の家)をゴミ小屋扱い。
せめてゴミ屋敷って言ってくれたらいいのに。
ラウリは私に借金を作り(作らせた)、家政夫となったけど――彼には秘密があった。
※まったり系
※コメディファンタジー
※3日目から1日1回更新12時
※他サイトでも連載してます。
祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。
rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる